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【真相に至る深層】第二話 過去からの螺旋

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【真相に至る深層】第二話 過去からの螺旋

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【終焉への前奏曲】




「……ッ、馬鹿な……!」

 塔の屋上から見張りに呼び出されたビディシエは、目前の光景に蒼白な顔で声を荒げた。半魚人達は殆ど夜に動かない。そう言われてきたし、ビディシエも経験でそれを知っている。だが、今のこの光景はどうだ。今まで見たことの無いような数の半魚人の群れが、外周の向こう側に集結しつつある。
「何故このタイミングなんだ……ッ」
 ビディシエは何時になく焦りを滲ませて声を吐き出した。オーレリアとの協議も終え、アジエスタと共謀して塔と龍との接続を解放し、龍が都市の維持のために力を使い始めたのが確認できている。後は、神殿の機能を起動させて、縛りの歌によって抑え込めば、後は自分たちが龍を倒す剣となれる……筈だったのだ。少しでも都市の危険を避けるため、半魚人の襲ってこない夜間を決行の時間と定めたのが、裏目に出た形だ。龍との接続を切られた戦士達の力が落ちている今、あの大軍相手に何処までやれるか知れない。
「オーレリアか? けど、これじゃ龍の力を削ぎ切る前に、都市の方が持たな…………まさか!」
 はっとビディシエが顔色を変えた瞬間。背中に熱い感覚を覚えて、ビディシエは目を見開いた。振り向き様一閃、斬り殺されたのは、ビディリードの私兵だ。残る二人も既に剣を抜いている。どちらも手練れだ。とうとう自分は邪魔になったらしいとビディシエは自嘲に口元を歪めた。
「兄上の阿呆、赤の女狐に踊らされやがって……」
 手を下そうとしているのは兄だが、本当に自分が邪魔になったのはオーレリアだろう。元々仲の良い兄弟ではなかったが、喧嘩をする程でも無く、手駒としてそれなりにやってきた筈の自分をわざわざ排除する理由が思いつかない。ビディリードに猜疑を植え付けて、不都合になった自分を排除にかかったのだ。薄々気付いていたというのに、兄弟と言うものに慢心していた結果か、とビディシエは更に自嘲を深めたが、わかったこともある。オーレリアがこんな姑息な手を使って排除しようとした、ということはビディシエの考えや行動が正しかったという証明だ。龍は倒せる。その力を縛って都市を維持出来る。逆に言えばオーレリアはそれをさせたくなかった、ということだ。
「兄上が……踊らされてるなら、次に狙われるのは……「絶命」か……っ」
 その力を龍を倒す剣にされてしまうのか、あるいは、オーレリアの手段を奪うために彼女を消してしまうか。いずれにせよ、彼女の立場は様々な方向から見ても非常に危うい位置に立っている。何とか彼女へ伝えるか、或いは止めなければならないが、自分には時間はあまり無さそうだ。やらなければならないことは、他にもある。都市を守ることだ。一時的にでも塔の力を再び起動させることが出来れば、半魚人たちの攻勢から人々は守れる。だが、残りの時間で選べるのは恐らく一手だけだ。
(コーセイ、リディア……きっと彼女達が上手くやってくれる)
 そう信じて、ビディシエは自らの血に濡れた剣を抜いて、刺客たちへと向き直った。

「残念だけど、キミら如きにやる命も時間も無いんだよ。悲鳴も上げずに、死ね」



 同時刻。
 夕日も落ちきって、夜にさしかかろうという頃合で、突如として押し寄せた武装集団に、神殿は騒然となっていた。装備を見る限りはどの騎士団でもないようで、いずれかの貴族の私兵らしいことが、出迎えた光輝の騎士団たちを戸惑わせた。そんな彼等をうろたえぬ様に制しながら前へ出た、神殿の主ティーズは、武装集団、いや自身の近衛騎士達に整列をさせながら姿を見せたその男に、きつく眉を寄せた。
「何のつもりだ、ビディリード」
「私の成すことなどひとつしかありますまい? 時が満ちたのですよ」
 訝しむティーズに、ビディリードは勝ち誇ったような笑みを浮かべて「貴方も手伝うべきだ、ティーズ」と手を差し出した。
「“娘”を助けたいのでしょう? 龍を打ち倒し、その心臓さえ歌で縛りさえすれば、龍は永劫にこの都市の歯車として機能する筈だ」
 その言葉に、ティーズは初めて嫌悪感も顕に、睨むようにしてその目を眇めた。
「愚かなことを。歌のみで倒すことが叶うような相手であるものか」
 だが、その言葉を受けたビディリードはその不敵な顔を崩しもせずに「存じております」と慇懃に頭を下げた。
「故にこそ、神殿……いや、心殿の主である貴方にお力添えを願っているのですよ。今こそ、この神殿と塔の、本当の役目を果たす時だ」
 語られる言葉に、ビディリードが何をしたのか、そして何をしようとしているのか悟って、ティーズは更に表情を険しく、そして苦くしながら、吐き出すように口を開いた。
「……オーレリアも知ってのことか」
「女狐は関係ない」
 言い切るビディリードの声は荒い。それが更に、ティーズの中で警戒心と共に、ビディリードの中の暗い妄執と焦りを確信させた。
「龍に対抗できる「絶命」……アジエスタも此処へ来ている筈だ。呼んで頂けますね? そして教えていただけますね、龍の心臓へ至る技を」
「断る。貴様の野心のために、この神殿があるわけではない。都市のためなどと……貴様のエゴをよくもそう厚顔にすりかえられるものだ」
 ビディシエの優しげにすら聞こえる声に、ティーズは即答した。
「先人達が死に物狂いで守ってきたものを、貴様如きに壊させるわけにはいかん」
 その回答はある程度予想していたのだろう。ビディリードはゆるく首を振ったが、特に衝撃を受けた様子は無かった。ただ、酷く失望した、とばかりの苦笑を浮かべて、「残念です。とても――」と、その手がするりとその意思を明確にするように剣を抜いた。

「血を流すのは私の本意ではなかったのですが、多少の犠牲が出なければ、首を縦に振ってはくださらないようだ」




 同じ頃、静かに夜陰に紛れて神殿へと歩みを進めていたオーレリアは、その赤い口元を笑みに歪めていた。
(塔は止まり、アジエスタは動いた……今頃、紡巫女に接触している頃か。縛りの歌が真に発動を始めれば、龍の全ての加護が翳る。巫女を殺せもしようし、龍の両腕を磔にもできよう――さしもの龍も、不死身ではない故に)
 楽しげですらあるアジエスタとは反対に、供の者がいくらか緊張した面持ちだ。何故か彼女の周りは空気が冷たく、その背後の都市外周からは、塊のように接近してくる半魚人たちが迫りつつのにも、オーレリアがまるで気にした素振りも見せないためだ。
「ふ、ふ……弟に比べて、存外純な男よな。何処から流れた情報かも知らず、飛びつくとはの……全く、愚かで健気な蒼の長よ。貴様如きの甘さで、龍を倒せるものか」
 一族の面々が、それぞれ集めた情報は全てオーレリアの元にある。それを、意図的に「漏らす」ことなど、造作も無いことで、それに蒼族がどう動くかを予想するのは、少し頭の働くものならば容易いことだ。恐らく、蒼族側でも気づいたものがいるだろうが、最早動き出してはそれを止めるのは至難の技だ、と、自らの思惑が今の所順調に推移していることに、くく、と喉を震わせたオーレリアは、とうとう淡くではあるが黒い光を纏い始めた指輪を愛しげに撫でると目を細めた。従者達は身を竦めたが、最早その姿など、オーレリアの視界には無いようだ。
「塔は止まり、龍は身を削らねばならぬ。そしてこの魚どもの群れ、抑えるには戦士たちへも力を送らねばならぬ。この都市に流れる血の契約を、損なわぬためにの……ありとあらゆる責めを用いてこそ、立ち向かえぬ相手を地へ堕とすということぞ」
 オーレリアは歌うように言ったが、それは住人全てを犠牲にしかねない危険な真似だ。都市を守る人間が行えるような手段ではないが、まるで意に介していないかのごとく、酷薄な笑みだけを湛えて、オーレリアの瞳は爛々と輝き、何処とも知れない虚空を見やった。
「同胞よ、時は満ちた。今こそ腕(かいな)に抱く時ぞ……!」
 高く笑い声を上げたオーレリアの片目が、怪しい黒い光に満ちた。

「龍よ……妾から奪った全てを、そなたから取り戻す。そなたは、貴様は、永劫に“我”のもの。妾の味わったのと同じ苦しみを、身をもって味わうがいい」

 オーレリアの声に混じるその水底を這うような不気味な声が、夜陰に響いたのだった。




―――第三話 過去からの絶望 へ続く

担当マスターより

▼担当マスター

逆凪 まこと

▼マスターコメント

ご参加された皆さま、大変お疲れ様でした

今回もまたガイド中から難しい部分が多く、色々と悩んでいただいたなと言う感じで
こちらも頭から煙を上げながら、なんとかここまで辿り着くことが出来ました
二人の処遇につきましては様々にアクションがございまして、大変楽しませていただきました
判定の結果、具体的な方法があること、意見、実際の活動アクションの有無等から、「顕現させる」という結論となりました
それが吉か凶かは、次回、そして最終回で明らかになるかと思います


ともあれ、「顕現」方向で分岐も決定し、過去編は次回が最終回となります
エピローグにもございました通り、過去の大詰めを向かえますので
是非、それぞれの想いや野心のままに、挑んでいただけましたら幸いでございます

さて、此処までが前半戦
後半も、よろしくお願いいたします