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【真相に至る深層】第二話 過去からの螺旋

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【真相に至る深層】第二話 過去からの螺旋

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【刻まれたるは執着という名の呪縛】




「……どうしたのかな? 怖ぁい顔して」

 ビディシエは、険しい顔で詰め寄ったテティユス――天狼に、困ったように肩を竦めた。
 三色の騎士団の主立った者達による定例会の後、突然呼び止められたかと思ったところで柱の影まで引きずり込まれたのだ。困惑するなと言う方が無理な話だが、天狼は「単刀直入に聞く」と少しの時間も惜しむように口を開いた。
「ティユトスを犠牲にせずに済む方法が、本当にあるのか?」
 その一切繕いも無駄もない言葉に、ビディシエはすっと目を細めると、感情の窺いにくい笑みを浮かべると「あるよ」とこちらも端的に応じた。
「誰からそれ……あぁ、アジエスタか。まぁでもキミにも知ってて貰った方が都合が良いねぇ」
 一人納得したように頷くと、ビディシエは続ける。
「ボクが持ち掛けたって時点で、見当はついてるんでしょう?」
「龍を倒すこと、だろう。貴方が言うからには確信があるのたろうが」
 とても信じられる話ではない、とその目が言っているのにさもありなんと笑ってビディシエは勿論、と頷いた。
「紅の塔、蒼の塔はそれぞれ龍の両翼、神殿は心臓の上に建っている。これは、龍からの恩恵を効率良く受けるため、と言われてるけど、疑問を抱いたことは無いかい? あぁでもキミら光輝の騎士団は神殿警邏だから難しいかな。都市の地図作成は表向き禁止されてるから」
 天狼が怪訝な顔をするのに、構わずビディシエは続ける。彼の率いる藍色の騎士団はポセイドン守護だ。都市の細かな構造、龍水路の記録がある。騎士団の効率的な運用の為という名目で、秘密裏に地図を作ってみたことがあるらしい。明らかな違法に天狼は眉を潜めたが、本題はまだだ。言葉を飲んだ天狼に満足げに、ビディシエは件の地図を広げて見せた。
「これは……!」
「息の続く限界まで踏み出して、確かめた上で作ってるからね。外周より更に外は予想図だけど、まぁ間違いないと思うよ」
 広げられた地図に描かれていたのは、龍の背を磔にするかのような十字の道と塔、 そして地面を這う紋様は、繋げて上から眺めると魔法陣のように見えた。


「いいえ……ようなではなく、そのものなのだわ……」
 同じ頃、リュシエルもまた、都市の細かな情報を書き起された地図を前に呟いた。彼女にそれを探すように唆したのは、オーレリアからの密命を受けたケァルクセスだ。リュシエルにとっての恩人に縁有る者と嘯き、その「彼」の望みだと囁いたのだ。「あの人が望むなら」と、純粋なリュシエルが信じたのは無理も無い。そうして訪れた神殿の資料室は、ポセイドン誕生の頃よりの全ての記録があると言う部屋で、入れるのは黄族高官の一部と、巫女の中でも限られた者だけだ。だからこそ、ケァルクセスは高位巫女である彼女をたきつけたのだが。
「戦士たちの力、都市の維持、そのために龍水路は存在している……でもそれは、龍の力をそのまま魔法陣の起動に使うため……?」
 横から覗き込むようにしてそう呟いたのはネフェリイだ。彼女もまた、自身の望む知識を求めて訪れていたのだが、リュシエルに対してはにこりともせず淡々と書物を机に重ねた。リュシエルの方も最初は少し戸惑いを見せたものの、すぐに慣れ、重なる書物を紐解いて、文字を指でなぞった。
「おそらく……そうですね。龍自身の力を使って、この巨大な魔法陣を発動させるつもりで作られたのでしょう」
「問題は……それが……何か」
 独り言のような言葉に、リュシエルが頷くのに、ネフェリィは僅かに眉を寄せた。
 都市の構造は、その建造以来変わっていないと言う。ならば、三色の貴族が、その魔法陣を作り出したので間違いないだろう。もし現在に至るまでそれぞれの氏族の思いが変わっていないのであれば、蒼族は龍を倒すために、紅族は龍を利用するためにであろうが、では黄族の目的とは何だったのだろう。
(お養父さまは、恩義が有る……と仰っていた)
 だが、本当にそれだけだろうか。イグナーツが言うには、ティーズは重たい役目をずっと負ってきたと言う。血を繋ぐためだけの婚姻を続けてきた一族。ただの恩義でそこまでできるかどうかと考えた時、思い至ったのは――恐怖だった。恐らく黄族は、龍の力を恐れて、従う道を選んだのだ。だがただ従うことも出来ず、他の二色の氏族の望みを知りながらそれを咎めず、気付かぬふりを通してきた……そんなことを、その資料の中に見て、ネフェリィは眉を寄せた。
(でも、仕方がないのかもしれない。黄族は、巫女の直系……それに龍器)
 資料によれば、黄族は「薄倖のトリアイナ」の直系の一族だ。ポセイドンの他のどの一族よりも、龍の影響下にあり、だからこそ龍そのものを受け入れる器として、生まれながら色の全てをもたない子供……龍器が生まれるのだ。常に身内から監視のように目が生まれるのであれば無理も無い。
(この三人の思惑を、矛盾無く叶える為に、この構造はあるはず……なら、共通点は、何?)
 頭の中で思考を組み立てては消して、ネフェリィは不意にそれに思い至った。
「…………都市を、継続……させる、ため」
「え?」
 その呟きに、はっとリュシエルは目を開いた。そうして宿った閃きのままに、再び書物をめくり、自分を含めた数人のみしか知らない歌――龍を縛るその歌を思い出していた。その歌詞、そして歌われる音を思いながら指先をなぞらせれば、そこに思いを視れたように思えた。
「“右手には熱き生を、左手には冷徹なる死を。神殿は心殿。流れる血に廻るは祈り。走る其は鎖――……”そう……なんですね」
「……何」
 独り言のような言葉にネフェリィが首を傾げると、リュシエルはぎゅっと細い指を握り締めた。
「龍を縛るための魔法陣……なんです、これは。都市と龍が離れないための……だから、龍は気付かないんです。だって、龍は絶対にここを離れようとは考えないから」
 紅族は龍を都市に縛って永遠に維持しようとした。蒼族は龍を倒して、その力を都市の維持に使おうとした。そして黄族は、ただただ龍の加護を永遠にしようとした。そのために、この都市は「そのように」作られたのだ。
「つまり……この魔法陣を完全な形で起動させることが出来れば、龍を縛ることが出来る……?」
「……どうやって?」
 問いかけるネフェリィの声が熱を帯びているのにも気付かず、リュシエルは殆ど無意識に言葉を漏らした。
「塔の起動、そして媒介……つまり、巫女の命。オーレリア様は、これにティユトスの命を使おうとしていらっしゃるのね……」
「……」
 その回答に、ネフェリィは眉を寄せたが、その言葉にはまだ続きがあった。
「でも……その魂は、ティユトス様でなくても……」
 消え入りそうな言葉の意味は、誰に悟られることも無く、リュシエルはただきゅっと唇を噛み締めたのだった。



「だが、それでは誰かが犠牲になることに違いは無いではないか」

 ビディシエの語った説明に、天狼は声を強めた。
 確かに、ティユトスの魂である必要性は無いのかもしれないが、誰かが身代わりになってくれたと喜ぶような妹ではないのだ。その反論に「判ってるよ」とビディシエはのんびり言った。
「勿論、これは今みたいなただの接続ではなくて、正しく起動させるのであれば、だ」
 そう言って、ビディシエは節ばった指先で地図の上をゆっくりとなぞる。
「龍の力は強大だ。この方法でも本当に成功するかは五分五分って所だろうね。だからこそ、オーレリアはその要をティユトスの魂にすることで、確実に龍が縛りを破ることが出来ないようにしようと考えてるのさ。残念ながら、手段としてこれ以上確実に都市を永続させる方法は、無い」
 その返答に、天狼は唇を噛んだ。反論の余地は無い。悔しいが、父ティーズのような消極的な方法よりよほど確実性があるだろう。が、同時に、ティユトスを襲う不幸は増すのだ。眉を寄せた天狼とは逆に、ビディシエは目を細めて「だからね」と口を開いた。
「そこで、龍を倒す必要が出るんだよ。少なくとも、塔の力で縛ってしまえるぐらいには、弱体化させる必要がある」
「……! そうか」
 天狼はその意味を悟って頷いた。
「龍を消耗させることが出来れば、犠牲を出さずとも、魔法陣の力で都市に縛り付けることが出来る、というわけだな」
「そういうことになるね」
 ビディシエは頷いたが、天狼は眉を寄せた。
「理屈はわかるが、相手はこの都市そのものともいえる龍だぞ。多少の力を削いだ所で、弱体化するような相手とはとても思えない」
 そのもっともな疑問に「そうだね」とやはりビディシエは頷く。そののんびりとした様子に、天狼は苛立ちが増しそうになるのを堪え、説明を待つと「要は消耗のさせ方さ」とビディシエの声が低く沈んだ。
「人の力で力を削るんじゃない、力を――無理矢理使わせるのさ。塔の機能「解放」の力でね」
「解放?」
 その唐突な言葉の意味を図りかね、天狼が首を傾げるのにビディシエは続ける。
「龍と都市の接続を切って、都市機能を停止させる」
「馬鹿な、そんな真似をしたら……!」
 天狼は顔色を変えた。龍と都市の接続を切るということはつまり、都市の命綱を自ら切ることだ。だが、ビディシエは意味深に目を細めて「大丈夫。都市が沈むことは有り得ない。何故なら龍が守るからね」と口元を引き上げた。
「龍は、巫女との約束を果たし終えるまで、この都市を失うわけにはいかない。この場所が彼女との再会の約束の場だ、何が何でも守るさ。そこへ、アジエスタの言う「特別な歌」とやらも使って、龍の封縛を完全なものにする」
 その説明は一応筋は通っていたが、天狼は懐疑的な眼差しでビディシエを見やった。確かに、龍にとって巫女はかけがえの無い存在であることは間違いないだろう。だが、本当にそこまでするだろうか。本来人間に関心の無く、自殺の出来ない龍が、自身を削ってまで守ろうとするだろうか。そんな天狼の疑問に、ビディシエは妙な確信をその目に宿しながら「龍の執着は本物だ」ときっぱり言った。
「でなければ、あのアジエスタが今になっても殺せないなんてことはない」
「アジエスタか……」
 その名前に、複雑に眉を寄せた天狼は、ふとわいた疑問をそのまま口にした。
「しかし何故彼女なんだ。彼女が「絶命」という名を持っているのは知っているが……彼女でも殺害が叶っていない以上、龍の力では、龍の加護を破れないということではないのか?」
 不思議そうにする天狼に、ビディシエは複雑な表情を浮かべた。
「彼女は先天的に、相手の死に至る場所を視ることができるんだよ。勿論、そこを正確に捉えるのは本人の力量だけどね。それは、薄倖のトリアイナの懐刀と同じ力で、故に「絶命」と言う名と宿命を負わされたのさ。龍の力は、宿った時点で持ち主のものとなるわけだから、まぁ純粋に力の差だね。或いは巫女の命を奪う「絶命」たる条件が揃ってないってことかもしれないけど」
 初めて聞く情報に、天狼は瞬いたが、そこは重要ではない、とばかりにビディシエは話を先に進めていく。
「彼女には、巫女を殺すのを留まるように頼んである。万が一、と言うこともあるからね。まあボクが言わなくとも、計画が走り出したらオーレリアが止めただろうけど……」
 最後の方は呟きのようだったが、聞き逃せない内容に「オーレリア様が?」と天狼が眉を寄せると、ビディシエは簡単に「龍を縛る算段がつく前に殺されたのじゃ、台無しでしょ」と説明した。ビディシエは龍を倒すことが目的ではあるが、都市の崩壊は望む所ではない。オーレリアは都市を崩壊させないために、龍の力を永遠に都市に縛り付けようとしている。つまり、龍を倒し、その体と力を都市に封じ込めることが出来れば両者の願いは叶う、と言うわけだ。勿論、あの「毒の貴婦人」の方の計画は龍を倒すことではなく、巫女の魂を使って縛るということなので、最後まで同調できるかどうかは謎ではあるが、少なくともお互いに「途中までは」協力しなくてはならない間柄である。
「ボクらが先んじれば、オーレリアの目的は果たせるわけだから、それ以上の介入はしてこない筈だけど……オーレリアはこの所様子が可笑しいからね。うちの兄さんじゃないけど”どうしても先んじたい理由”ってのがあって、ボクらを出し抜いて強引に決行してこないとも限らない」
 だから、出来るだけ早く此方が動く必要がある、という説明に、幾らかは納得を見せた天狼だったが、それでも疑問は後から後からわいて、その口を動かさせた。
「しかし……そうお思いだったのなら何故、準備も整う前にアジエスタを動かしたんだ?」
「基本的に、三色の動きは黄族……いや、ティーズ様の意思を頂点として動いているからね」
 その言葉に、ビディシエは苦笑した。三色の中で最も発言権のある黄族の長であるティーズは、龍を倒すことも、縛ることも望まない。ただ役目を逸脱しないぎりぎりの妥協の道を選んだのだ。その説明には、天狼は眉を寄せた。
「その為に、娘を……ティユトスを犠牲にすることが、妥協なのか?」
「ティーズはその為に全てを犠牲にしてきた」
「……」
 ビディシエの妙に冷たい声に、天狼は思わず言葉を呑んだ。
「だから、ティーズは他の全てに手を出さない。ボク等を止めることも、オーレリアを諌めることもしない。多分……心のどこかで、待ってるからなんだと思う。この呪いのような箱庭の終焉を」
 まるで自らのことのように語るビディシエに訝しげな表情をする天狼だったが、ビディシエはいつもの中身のうかがえない笑みを浮かべると「だから、ボクらで望みをかなえてあげようじゃあないか」と演技がかった調子で言ったのだった。




 そんな二人の会話を、密かに耳にしていたのはリリアンヌ・コルペルディと、ジョルジェだ。戦士二人に悟られぬようにと遠巻きではあったが、幸いにして二人の声は良く響き、さして苦も無くその会話は耳に届き、リリアンヌはふ、とその口元を笑みにする。
「成る程……龍の執着が、自身を縛る鎖となるというわけですわね」
 オーレリアの目的は龍を縛ることで、そのための方法は恐らくビディシエと同じだ。だが、お互い手の内を明かしあっているとも思えない二人だ。特別な歌が何かは判らないが、この情報はオーレリアの望むものそのものだろう。満足げに目を細めたリリアンヌとは裏腹に、ジョルジェは胸の動機を押さえつけながら、深く眉を寄せた。
(…………龍は、倒せる)
 ティユトスの殺害に、アジエスタは失敗し続けているが、聞けば他の人間も試し、そして失敗しているという。ティユトスに敵意を持っている者でも親愛を感じている者でも彼女を殺せないでいる。つまりは「殺す」という行為に、感情は関係がないということになる。そこにあるのは巫女を死なせまいとする龍の絶対の意思で、となれば逆を言えば殺せるのは龍だけだ。ビディシエの話では龍が巫女を殺すことは有り得ないが、龍の力が龍の加護に通じないというのではないようだ。「条件」が何かは判らないが、単純に力が足りないというのなら、自分や他に誰か戦士が手を貸すこともできるのでは無いだろうか。
(例えば、私が……でも、それは……)
 そこまで考えながらも、ジョルジェは胸をじくじくとさせるものに、思考が上手く纏まらないのを感じていた。ティユトスを殺す方法はある筈だ。アジエスタの二つ名が其れを示すというなら、「彼女が愛した剣は、主の望むとおりの絶命を与えた」という伝説の一文にヒントがあるかもしれない。だが、蒼族の思惑が達成できるのであれば、そもそもティユトスを殺す必要性も無くなる。アジエスタはその役目を失い、まっとうな戦士へと戻ることが出来る。だが、その時自分はどうだ。
(私も、役目を失う。そうすれば、私は……アジエスタとは……)
 胸の内に広がった、苦く暗いものに、ジョルジェはぎゅうっと掌を握り締めたのだった。