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リアクション
一方、先行していたコントラクターたちは、接触した当初こそヒダルを相手に大立ち回りをしていたが、あまりの圧倒的多数の大群に、やはりこちらもこれではキリがないと結論をつけ、ちょうど階段があと少しで終わるということから、下りきると同時に前方目がけて走り、強引に包囲網を突破する作戦に出ていた。
先頭を行くのは美羽である。
「どいてどいてー! って、どくわけないかー!」
どこか場違いなセリフながらも、ぐるっと回転していっそこういうのもアリかもしれないと思える快活な声で突っ走る。
そんな美羽をフォローするのがコハクだ。ここに来るまでの眠気など一気に吹き飛んだ顔でペトリファイを放つ。ペトリファイの光は前を走る美羽の傍らを追い越して彼女の前方をふさいでいるヒダルに次々とヒットし、彼らを不格好で醜い石像へと変えていく。元が本物である分、並の石像よりリアルで不気味だ。暗がりでこんな物と遭遇したら、どんな気丈な子でも泣き出してしまうかもしれない。
それを、美羽はゴッドスピードによる加速も瞬間破壊力へと変えて蹴り砕いていく。さらに宙に飛び散った石の一部をサッカーボールに見立てて蹴って、飛びかかってこようとするヒダルにぶつけた。小人程度しか上背がなく、しかもガリガリに痩せて棒切れのような体つきのヒダルは軽く吹っ飛び、後ろに続いていたヒダルたちをも巻き込んで倒れる。
「やわいな」
右側面で戦っていた義仲が、ふとそんなつぶやきを漏らした。
彼の用いる武器、緑竜殺しは並のグレートソードよりも巨大な刃をしており、それで横薙ぎをかければ数体の敵が一度に斬れる。しかしこうも易く刃を通し、抵抗らしい抵抗も伝わってこない相手は初めてだった。ためしに剣の腹を使ってみた。ヒダルははじき飛ばされたが、壁にぶつかってびしゃりとつぶれる。
考えてみれば、こんな暗闇のなかで数千年生きてきたのだから、体が軟体化するのも無理はないのかもしれない。
「しかし、その分目や耳はいいようだな!」
結果を見ようと数秒動きを止めただけで義仲目がけて天井から落下してきた数体を、彼は容赦なく斬り払った。
義仲は善戦している。だが彼だけでは守りが薄いと視線を走らせ、JJは並走するパルジファルに指示を出す。
「……向こうをお願い」
パルジファルは彼女にとって最大の武器となる自分がそばを離れることに少ししぶるような間を見せたものの、さからいはしなかった。
「分かりやした。……姐さん、くれぐれも無茶をしんせんように。いざとなれば、フレンディスさんたちを頼ってください。彼女たちは信用がおけると思います」
ひと言、軽く心情を吐露して。彼らの頭上を飛び越えて反対側へと渡るやヒダルたちを鋼鉄の歯牙にかけて引き裂いていく。そんなパルジファルを無言で見つめたあと、JJはまるでとおりすがりの獲物に草葉の陰から飛びかかるマダニのように、ぴょんと跳ねて壁から飛びかかってくるヒダルを愛用のシングルアクションのリボルバーで撃ち落とす作業に戻った。
複数匹が同時に飛びかかってこようと、動揺することなく撃ち落としていく。彼女では対処しきれない分にベルクは己の影から出現した使い魔影で蠢く蝙蝠をぶつけ、大量のコウモリに目をふさがれるなどヒダルがひるんでいる隙にフレンディスが鎖鎌のようにして放った鉤爪・光牙が一投で切り裂いた。
「ポチ、こちらの道でよいのですか?」
「少々お待ちくださいっ」
戦いの合間に発せられたフレンディスの声に、ポチの助は懸命にノートパソコン−POCHI−を操作する。すでにイヌプロコンピューターや首輪型HC犬式などをリンクさせ、処理速度を上げてあった。移動はビグの助に完全に任せ、その背中でフル稼働するコンピューターを操ってヨモツヒラサカの情報を収集することに集中する。画面に簡易なラインだけで立ち上がった3Dホログラムを解析し、広さから推測して祭壇の間と思われる場所へ最短と思われる道を割り出したポチの助は、先頭を行く美羽に都度都度で指示を飛ばす。
しんがりを担当するのは、屈強なる騎士アウレウスである。
ディフェンスシフトで防御を固め、まるでアリか何かの大群のように床も見えない密度で追いすがってくるヒダルに向け、スカージを放って一度に数体を弾き飛ばす。それでもひるむことなく向かってくるヒダルにはシーリングランスで対処した。
「悪魔、手伝え!」
視界にちらちらと入るエルデネストの金髪頭に向かい、噛みつくように吠える。がしかし当のエルデネストはどこ吹く風で、涼しげで、それでいて面白がっているような表情をわずかも崩さず、
「もちろんです。あなたの憂いもなくしてさしあげていますでしょう?」
と答えてショックウェーブをヒダルへ放っていた。
だがそれはあくまで自分やグラキエスを標的としたヒダルに対してのみである。それ以外には全くの無関心であることにギリリと奥歯を噛み締めつつ、アウレウスは聖槍ジャガーナートをふるった。今は怒鳴り合いをする手間も惜しい。
「美羽さん、そこを右に曲がってください! 少し遠回りになりますが、前方は落石でふさがっています!」
「分かった!」
ポチの助の指示に応じて右に曲がる。直後、美羽は唐突に強烈なめまいを感じた。
「!?」
頭のなかがシェイクされたような感じで一瞬どちらが天井か地面なのかも分からなくなる。足がよろめき、壁に肩をぶつけそうになった美羽をコハクが引き戻した。
「美羽、大丈夫?」
心配で顔を覗き込むコハクの顔も、美羽と全く同じ不調を感じているらしく、苦しげにゆがんでいる。
「コハク……おなか、空いた……」
この急激な不調が何なのか、頭が理解するよりも早く体がつぶやいていた。
食べたい。
燃えているようにのどが渇き、胃が食べ物を寄こせと暴れている。それははっきり声となって聞こえるように思えるほどだ。激しい耳鳴りと頭痛に美羽は目を細め、苦痛に耐えようと力む。
そんな美羽の目に、とても魅力的なものが映った。今までも視界に入っていたのに全く気になっていなかった、壁や床に生えた白い苔が気になる……食べたい……味はどんなだろう……。
「ねえコハク……あれ、すごくおいしそうに見えない……?」
「……うん……」
今にも飢え死にしてしまいそうなほどの強烈な飢餓は、彼らの頭のなかの常識を軽く吹き飛ばす。苔を食すなどということを考えた自分の思考のおかしさにも気づかず、まるで誘蛾灯を前にした蛾のようにふらふらそちらへ近寄りかけた美羽たちに、そのときティエンが駆け寄った。
「あんなの食べちゃだめ!! 食べたいならこれ食べて!!」
ガコォッと音がしそうな勢いで、袋から掴み出したアメを2人の口内へ突っ込む。とたん、美羽とコハクの口内に甘い桃の味と香りが満ちて、先までの猛烈な飢餓感が少し薄れた気がした。
わずかな甘みが2人の正気を取り戻す。
「ほかに何か食べたがってる人は!?」
アメでぷっくり右のほおをふくらませた姿で、ティエンは全員を見渡す。そして床や壁に身をもたせ、美羽たちのように苦しんでいる人たちの口に次々と桃アメを放り込み、予備としていくつかのアメを手に握らせていった。
「義仲くん、それにお兄ちゃんも!」
「……ああ、すまねぇな」
陣は受け取ったアメを口に含み、後方へ目を向ける。こんなところを襲われたら全滅だと思ったが、不思議にも、ヒダルたちはそうしようとはしていなかった。曲がり角からこちらをうかがう様子は、ものすごくそうしたがっているようだが、それをさせない何かを感じているようでもある。
未練たらたらに盗み見て、ギギッギギキッと鳴いている。
彼らは一体何にそんなにもおびえているのか?
それはすぐに判明した。
ズシン……ズシン……と重い振動をたてながら、奥の暗闇から巨大なイボガエルが姿を現す。通路の幅いっぱいに肥大したぶよぶよの体を揺すりながら、イボガエル――ダリは小粒の丸い目でコントラクターたちを見た。
ブウウウウ……ンという周囲の空気が振動するような音がして、見えない何かが押し寄せてきた感覚が生じるとともに、飢餓がさらに強まる。
「……こいつの、仕業だったのね……っ!」
美羽が必死に抵抗しながらぐぐぐと身を起こす、その後ろの方で、色花が持っていた例の奇跡のダンボールが底を上にしてコソコソと、目立たずかつ邪魔にならない隅へ移動していたが、だれも――唐でさえ関心を払わなかった。
「なんてこった……」額から玉の汗を拭き出しながら陣がうめく。「正直に言おう。どう見たってこいつは食欲なくす見た目だよな? なのにどうしてこんなに食欲が刺激されるんだ。……くそっ、食いてぇ。だが、イボガエル! てめーはだめだ! たとえ丸焼きになって皿に盛られたってな!」
怒声とともに真空波を放ったものの、飢餓感に意識の大半を奪われているせいで集中しきれず、威力を高めることができない。真空波はダリの巨体に吸い込まれるように消えたが、ダリはむず痒いようにぶるんと体を揺らしただけだった。
「くそったれが。でかすぎる」
「……これしきの飢えが、いかほどのものというのか……っ!」
苦しむグラキエスの姿にアウレウスが怒りの炎を燃やして立ち上がった。
「主のためならば死をも厭わぬこの俺の意志を、この程度で砕けると思うな!!
うおおおおおおおーーーっ!!」
聖槍ジャガーナートを両手に握り、シーリングランスで突き込んでいった。
全力の突きは穂先だけでなく柄の半ばまで、アウレウスの手のすぐ先までもダリの白い腹に埋めたが、体液の1滴もにじみ出てはこなかった。引き裂いた感触も、ない。
「……くっ。なんという弾力だ」
「まだまだっ!!」
黄金の闘気を全身から吹き上げ、金色に染まった美羽が走り込み、壁を足場に跳躍してダリの顔面をねらった。拳聖の放つ渾身の絶流拳。だがこれも、ぶよぶよの皮膚とそれを保護するように覆った体液でぬるりと表面を流れてしまう。それでも美羽は懸命に、言いかえればがむしゃらに、一撃で終わらせることなくこぶしと蹴りをたたき込んでいく。
そのときだった。
急に後ろのヒダルたちがけたたましく騒ぎ始める。
――ギギッ
――ギャアッギャアッ
――グギャエガアッ
耳をふさぎたくなるようなその声に思わずそちらを振り返ると、ドドドドと何かがこちらへ猛スピードで突進してくるような音が聞こえてきた。音はだんだん大きくなり、それとともに、ヒダルたちが宙を舞って吹っ飛んでくる。
「あれは」
「追いつけたのーーーっ!!」
前方に光術のあかりを見つけられたことに勇気づけられて、及川 翠(おいかわ・みどり)は嬉々としてはしゃいだ声を上げる。それが手に力となって漲ったのか、デビルハンマーをふるう手はますます冴えて、間をふさぐヒダルはさらに高く、遠くへはじき飛ばされた。
もちろん距離が縮むにつれて、ダリの放つ飢餓の影響にさらされることになる。
ぐうう、と鳴ったおなかを見下ろして、翠は荷物のなかからビッグバンスイーツを取り出してはぐはぐほおばった。
「あらあら。お夕飯をあんなに食べてきたのに、もうおやつに手をつけてますよ〜。翠ちゃんったらしょうがないですねぇ〜」
ヒダルの格好からこれを餓鬼と認定し「餓鬼対暴食、勝つのはどっちだ!」とばかりに喰滅を放つミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)の、露払いしたあとの道を歩きながら、うふふ、とスノゥ・ホワイトノート(すのぅ・ほわいとのーと)が笑う。
彼女はひたむきで目に入ったら一直線の翠と違い、賢かった。
「でもなんだか〜、あれに近づくと、私もおなか空いちゃうみたいですねぇ〜。
じゃあ私はこの辺から攻撃させていただきましょうかぁ〜」
この暗闇に生息している生き物だから、きっと光が有効だろう。そう見当をつけていたスノゥは裁きの光をダリ目がけて落とす。光の大半は表皮を流れて消えたが、かといって全く効果がなかったわけではないようで、ダリはグゲゲッとうめくと長い舌を出し、鞭のようにしならせて横薙ぎをかけてきた。
飢餓にしびれた体は思うように動かず、回避できないと悟ったコントラクターたちは武器や魔法で防ごうとしたが、甲斐なく左右の壁にたたきつけられてしまう。
「チッ。魔法攻撃も物理攻撃も大して通用しねぇか。
その図体、どうせ頭の中身も食うことだけで精神も鈍いだろ。それならナラカの瘴気食い放題ツアーに招待してやろうか。もっとも、てめぇが食うかそれとも食われるかまでは保証してやらねぇけどな」
切れた口元をぬぐいながら起き上ったベルクのマントが風もないのにゆらりと広がる。
「駄鳥……不味くても喰え」
巨大な黒鷲の姿で現れた黒鷲霊・フレスベルグがダリへと一直線に羽ばたく。
それがダリの元へ到達するのを見守っていたコントラクターたちの視界に、突如、その影にまぎれるようにして自分たちの頭上を越えていった者たちの姿が入った。
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