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ちーとさぷり

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放課後2

 どんなに努力しても報われないことがある。
 どんなに頑張ったって、どうしようもないことが――。

「やっぱり開いてる」
 叶月の部屋は、やはり鍵がかけられていなかった。ソールがヤチェルの前へ出て、扉を開ける。
 室内は足の踏み場もないほど荒れていた。食事もろくにとっていないらしく、生活感とはほど遠い。
 先頭を行くソールが寝室の扉を開けると、そこに彼はいた。
 煌々と輝く光の翼を背に、ベッドに座って呆然としている。「カナ君……」
 近寄ろうとするヤチェルを翔が制止し、ソールとともに叶月の元へと向かう。
「気分はどうだい?」
 叶月はソールを見ると鋭い目つきになった。
「誰だ?」
「オレはソール・アンヴィル。少し話がしたいんだが」
「……話?」
 ソールがいつもと違った真剣な表情で言う。
「薬を飲んでいるだろう。それでお前は、何がしたかったんだ?」
 叶月は視線を逸らす。
「お前には分かんねぇよ」
 見下すような言い方だった。それまで見守っていたザカコが前へ出る。
「あなたが薬を飲んだせいで、悲しんでる人がいるんですよ!」
 ヤチェルの手をルカルカが強く握る。
 そして今にも殴りかかろうとした時、ザカコの拳をエルザルドが無言で止めた。はっとしたザカコは拳を解き、様子を見守る。
 静寂の中、正悟が横から顔を出して問うた。
「あの薬、副作用があるんだよ。能力は強化されるけど、その代わりに記憶を失ってしまうっていう」
 叶月は反応しない。自分がそれを失っていることに気づいていない様子だ。
「叶月、本当に覚えてないのかい?」
 と、エルザルドは彼を睨んだ。叶月の視線がエルザルドを見る。
「知らねぇな。誰だ?」
 エルザルドは指を鳴らした。ベッド脇の棚の上に置かれていた瓶が割れ、薄紫色の液体が零れ落ちる。
「雲雀、ヤチェルちゃんを連れて外へ出てもらえるかな」
「……分かった」
 雲雀はすぐにルカルカと共にヤチェルを連れて外へ出る。
 クロトがオルカに目で合図し、二人は玄関に網を仕掛けはじめた。

「薬を飲み始めた理由も忘れたか?」
 と、ソール。自分を取り囲む男たちを見て、叶月は答える代わりに尋ねた。
「お前ら、俺の何を知ってるんだ」
「知ってるさ。ショートカット同好会会長松田ヤチェルのパートナー、由良叶月だろ」
 と、ケンリュウガーが返すと、叶月は笑った。
「はぁ? まったく覚えがねぇな!」
 そして立ちあがると、ケンリュウガーへと殴りかかる。間一髪避けるケンリュウガーだったが、叶月の怒りはおさまらない。
「何だよ、お前ら全員敵か? 卑怯だぜ」
 全員が彼を見ていた。そして全員が、彼を殴りたい気持ちをこらえている。
「……喧嘩なら買ってやる。来いよ」
 と、叶月は強気に挑発した。再び向かってきたザカコの拳を軽い動きで避け、ソールにやられる前に蹴りを入れる。
 背後から来たケンリュウガーの攻撃をしゃがんで避けると同時に横へ。そしてレンの拳を腕で受け止め、その隙に腹へ一発蹴りを食らわす。
「そなたは参加しなくていいのか?」
 喧嘩に巻き込まれないよう、遠く離れた所に里也と正悟は立っていた。
「俺は別に、喧嘩しに来たわけじゃないから」
 と、正悟。
 ふとガラスの割れる音がした。はっとする正悟と里也。
 エルザルドに殴られた叶月が勢いよく窓ガラスへ突っ込んだのだ。
「っ……なかなかやるじゃねぇか」
 少しよろけながら叶月が体勢を直す。エルザルドは真正面へ立つと、翼を広げた。
「ここじゃあ危険だ。外へ出よう」

 外へ出た途端、聞こえてきた音にヤチェルたちは不安を掻き立てられた。
「カナ君……」
「くそっ、何考えてるんだ、エルの奴……!」
 雲雀はすぐにでも部屋へ戻りたかった。しかしヤチェルを任されたからには、そばに付いていなければならない。
「大丈夫、きっと思い出してくれるよ」
 と、ルカルカがヤチェルの肩を抱く。
 彼がすぐに喧嘩したがるのは出会ってから変わっていない。その為、ヤチェルは元からそういう気質なのだと思っていた。しかし、今ではそれが不安要素にしか思えない。
「なっ、エル……!?」
 雲雀が急に大声を出したと思うと、その視線の先に空飛ぶ天使の姿が見えた。

「クロト、みんな行っちゃったよ?」
「……だな」
 窓から空へ羽ばたいたエルザルドと叶月、そしてソール。その後を追うように他の人たちも玄関を無視して、窓から外へと出て行ってしまった。……ここが一階だからだろうか。
 仕掛けた網を取り外しながら、クロトは少し考える。――ただでさえ荒れてる部屋で喧嘩して、この後片付けは一体誰がやるのだろう。やはり彼自身か、それとも……。
 クロトははっと気がついた。
「オルカ、薬ってまだこの部屋にあるんじゃないか?」
「あ、そうだね。探してみよう!」
 彼がまたこの部屋へ戻って来る前に全ての薬を取り上げておかなければならない。そう考えたクロトとオルカはすぐに室内を調べ始めた。
「何の薬飲んでたんだろうね」
「さぁな。喧嘩は強いみたいだけど、元を知らないからな」
 静かになった寝室には割れた瓶が転がっているだけで、それらしいものは見つからない。
 居間で捜索していたオルカがふいに声を上げた。
「あ、あった!」
 すぐにクロトが駆けつけ、未開封のまま残っていた瓶を見る。
 そこに書かれている文字を見て、クロトとオルカは顔を見合わせた。

 その頃、空京ではカリンが朔を探して走り回っていた。
「朔ッチー! どこにいるのー!?」
 ちーとさぷりの噂を聞き、カリンは嫌な予感を覚えていた。朔は強くなることに固執している。能力を強化できる薬があるのなら、手を出していてもおかしくはない。
「あ、いた……!」
 裏通りにその姿を発見し、カリンは駆けだす。
「朔ッチ! 探して――」
 目の前に広がる光景にカリンは言葉を失ってしまう。流血した人々が何人、いや、何十人と倒れている。
「……朔ッチ、どうしてこんな――」
 カリンを振り返った朔はにっこり微笑んだ。
「今度こそ、お姉ちゃんが護るから……」
 そしてカリンへ両腕を差し出しては、おいでと言うような顔をする。
 カリンは歩み寄ったが、朔の体はあざだらけになっていて痛々しかった。朔にぎゅっと抱きしめられて、どうしたらいいのか分からなくなる。
「朔ッチ……」

「カナ君が、飛んでる……」
 驚きの入り混じった声でヤチェルは呟いた。ルカルカが「え?」と、首を傾げる。
「守護天使なんだから、飛ぶでしょ?」
「ううん。飛んでるのを見るのは、今が初めてよ」
 同じように守護天使をパートナーに持つ雲雀だが、その気持ちには賛同できなかった。守護天使たるもの、翼を人前にさらすことも、飛んでみせることも珍しくはないと。
 喧嘩から外れたザカコたちがもどかしそうにしながら、ヤチェルたちと合流する。
「くっ、自分も空が飛べたら――っ」
 と、ザカコは彼らから目を離さない。そんなザカコへ里也が言う。
「あれは被害を最小限に抑える為だろう」
「そうだ。彼らに任せておけばいい」
 と、レンも言った。自分たちは地上から見守ることしか出来ないが、彼の大事な人を守ることなら出来る。
「見ろよ、これ!」
 と、薬を手にクロトとオルカが走ってきた。クロトはそれをヤチェルへ渡すと、告げた。
「叶月が飲んでたの、魔力強化の薬だ」
 一同が目を丸くする。ヤチェルには信じ難かった――しかし、その半面で納得をする。
 だから彼は翼を見せなかったし、空を飛ばなかったのだろう……守護天使らしいことは、何一つとして見せずにいた。
「し、知らなかった。……カナ君が、魔力を欲しがってたなんて」
 ルカルカと繋いだ手に力を入れるヤチェル。
「あたし、あたし……ずっと、そばにいたのに」
「泣かないで、ヤチェルん」
「だって、カナ君、何も言わなかった……けど、本当は――」
 コンプレックスだったのだろう。気付けなかったことが悔しくて、話してくれなかったことが寂しくて、ヤチェルの瞳に涙があふれる。
 その時、近くに叶月が墜落した。砂埃が舞う中、立ちあがろうとする叶月。
「もう終わりだ」
 と、ケンリュウガーが後ろから叶月を羽交い絞めにする。
「っ、放せ。まだ終わってねぇ!」
 抵抗する叶月の前にレンが立つ。
「守りたい人がいたから、お前は薬を飲んだんじゃなかったのか?」
「……そんなもん、俺にはねぇよ」
 レンの拳が叶月の頬を殴る。「お前の力は軽すぎる!」
 叶月はレンを睨みつけると、すぐに気を失った。空から戻ったエルザルドとソールが彼を見る。
「終わったな」
 慣れない空中戦に疲れてしまったのだろう。
 ソールもまた、見守ってくれていた翔にへらりと笑うと、その場にしゃがみこんだ。