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ちーとさぷり

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ちーとさぷり
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正午

 店員は退屈していた。薬を求めて買いに来る客は確かにいたが、売り上げは確実に落ちている。それもこれも、インターネットに掲示板が立ったせいだ。副作用の噂がさらに広がり、疑問視する声が増えてしまったではないか。
 店の扉が開き、一人の少年が入ってきた。藤原雅人(ふじわら・まさと)だ。
 店員はいつもどおり、彼が商品を手にこちらへ来るのを待つ。
 しかし雅人が目の前に置いたのは瓶ではなく、札束だった。
「定期購入したいんだが」
 は? 何てことだ、それでは仏滅の夜が台無しじゃないか!
「この僕に毎回買いに来させるなんて、おかしいと思わないか?」
 ……ん?
「金は弾むから週の初めにちーとさぷりを七本、この住所まで届けてくれ」
 と、雅人は札束と同時にメモを差し出す。
 店員は返答に困った。週の初めに七本って……まさか、一日で一本飲みきるおつもりですか?
「おい、聞いてるのか?」
 雅人は札束で店員の頬をぺしぺしと叩く。
「ほら、金だ。欲しいんだろ?」
 確かに金は欲しい。常連客を失うのも嫌だ。だが、店員は悩んでいた。
「雅人様!」
 突然店へ入ってきたローゼ・ローランド(ろーぜ・ろーらんど)は、雅人の置いた札束を雅人へ返した。
「定期購入なんて駄目ですわ!」
「あぁ? 誰だ、お前」
「ローゼ・ローランドです! 雅人様のパートナーですわ!」
 雅人はローゼをじっくり見ると、鼻で笑った。
「ふん、ナンパのつもりか?」
「違います!」
 どうやら薬を飲んで副作用を起こした彼を止めに来たらしい。店員はただ二人のやり取りを眺めていたが、正直これはよそでやってほしい。
「もう、雅人様ったら!」
 と、ローゼは雅人の頬を叩いた。
「っ!」
 雅人の顔が歪む。
「殴ったね! 親父にもぶたれたこ――」
「ほら、さっさと帰りますわよ!」
 と、雅人の腕を引いて無理やり外へと連れ出す。
 残されたのは、店員とその前に置かれたメモだけだった。

 空京の中でも人気のない、小さな公園で夏野夢見(なつの・ゆめみ)は薬を飲んだ。
 人工的な明かりの灯るトイレを出て、少し体を動かしてみる。
 夢見が飲んだのは持久力強化のちーとさぷり。試しに少し走ってみると、何かが違った気がした。
 足が軽い? いや、違う。疲れが出ない!
 不思議な心地を覚えながら、夢見は公園を飛びだした。走れる、走れる!
 そして夢見はそのまま帰り道を駆けだした。

 朝だ。頬に感じる冷たい感触……マイト・オーバーウェルム(まいと・おーばーうぇるむ)は飛び起きた。
「どこだ……ここ?」
 それはマイトが部長を務めるイルミンスール武術部の部室だった。しかしマイトにはそれが分からない。壁に立てかけられた数々の武器も、妙に閉鎖的に思わせるこの空間も、何も分からない。
 ――ほんの数分前のことだ。マイトは以前知り合いから栄養管理の為のビタミン剤だと言われ、とある薬を受け取った。朝練習の前にそれを飲んだマイトだったが、その薬は紛れもないちーとさぷりだった。
 そして急激な眩暈に襲われ、マイトは床へと倒れた。目が覚めれば記憶を失くし、この状態である。
 何だか怖くなって、マイトは部室から逃げ出した。

 数時間後、イルミンスールの食堂でリリィ・クロウ(りりぃ・くろう)は何を食べようか迷っていた。隣にはパートナーのカセイノ・リトルグレイ(かせいの・りとるぐれい)が立っている。
「おい、早くしろよ」
 昼食くらいで何を迷っているのか、カセイノはただ呆れるばかりだ。
「うーん、ちょっと待ってよ。……あ、これにしましょう」
 と、リリィは手にした財布を開けてお金を取り出す。その時、リリィの足元に何かが落ちた。
 気づかずに会計へ向かうリリィ。カセイノが拾い上げてみると、それは白い粉の入った小さな袋だった。
「まさか……」
 リリィの後ろ姿を見て、疑い始めるカセイノ。

 夜になると、リリィはついに見つけた確かな情報を元に、ちーとさぷりを売る店へ向かっていた。
 その数メートル後ろをカセイノが付いて行く。実物は見たことがないが、リリィはちーとさぷりに興味を持っていた。あんな薬も持っているわけだし、すでにちーとさぷりに手を出している可能性もある。
 リリィが一軒の店へと入っていくのを見て、カセイノはついに確信した。――やっぱりか!
 薬を購入し、外へ出てきたリリィを待ち構えていたのは男の声だった。
「持っているものをよこせ」
 それがカセイノだととっさに見抜けなかったリリィは抵抗をする。
「誰? この薬は絶対に渡せないっ」
「何だと? 素直に薬を渡すんだ! 金輪際一切止めるっつーなら説教だけで赦してやるぜ」
 リリィの腕を掴むと、注射痕らしきものが目に入る。
「いや! やめて!!」
 どうやらリリィはすでに自分を忘れてしまったらしい。カセイノはリリィを乱暴に地面へ投げ倒した。
「きゃっ」
 暗闇にようやく目が慣れ、リリィは相手がカセイノだと気づく。しかし目の前に突きつけられているのは槍だった。
「な、何するのよ……」
「何で槍を向けられてるかも分からねぇのか。そうだな、記憶を失ってりゃあな!」
 と、リリィを睨む。
「……記憶? わたくしはまだ薬を飲んでません! 濡れ衣ですわ!」
「……は?」
 カセイノは目を丸くした。
「飲んでない、だと?」
「ちーとさぷりを購入したのは今日が初めてです」
「って、飲むつもりだったんだろうが! そうはさせねぇぞ!」
「違います! もう薬には手出してませんわ!」
「じゃあ、その腕の痕は何なんだ!? それとこれ!」
 と、昼間見つけた小さな袋を取り出す。
「……それは、その」
 リリィが目を逸らす。カセイノは激怒した。
「やっぱりやってるんじゃねぇか! 持ってるもの、全て出せ。没収だ!」
「だから違いますって! 薬は持ってただけですー!」