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リアクション
夕方
いつものように夢見の部屋を訪れた桜花・ミスティー(おうか・みすてぃー)は、首を傾げた。
すぐに出てくるはずの夢見が現れない。
部屋の奥へ入ってみると、窓際にその人は立っていた。
「夢見」
声をかけて横へ並ぶと、今度は夢見が首を傾げた。苦笑するように夢見が桜花へ問う。
「……えっと、どなた?」
桜花は言った。
「冗談言わないでよ」
夢見の表情は変わらなかった。不思議そうにこちらを見ては、必死に思い出そうとしている。
「え、嘘……!?」
本当のことらしいと気づく桜花。夢見の申し訳なさそうにする視線が胸に突き刺さる。
「ゆ、夢見……っ」
普段のぼんやりした表情とは裏腹に、桜花は盛大に泣きだした。大好きな夢見が、まさか自分を忘れてしまうなんて……!
「フォルテ! 夢見が、夢見が……っ」
すっかり泣き腫らした顔で桜花は夢見の恋人フォルテ・クロービス(ふぉるて・くろーびす)の元へやってきた。
フォルテはすぐに、その尋常でない様子を察する。
「どうしたんですか、桜花さん?」
「ゆ、夢見が……夢見……」
そしてまた大声で泣き始める桜花。フォルテは困ったが、とりあえず彼女を宥めて話を聞き出す。
「落ち着いてください、桜花さん。何があったんです?」
「夢見が……ワタシのこと、知らないって……うああああん!」
知らない? 何故だと考える前にフォルテの脳をある噂が掠める。――副作用により記憶を失くしてしまう薬が流行っている。
「夢見はどこにいるんですか!?」
そう言うなり駆け出すフォルテ。泣きながら桜花も走り始めた。
「夢見!」
部屋でのんびりしていた夢見は、突然現れたフォルテと桜花を見て言った。
「あら、また来たの? そちらの方は?」
桜花の言うとおりだと思い、フォルテは夢見へ近寄る。
「手を、見せていただけますか?」
「あ、はい」
おずおずと差し出された綺麗な手。その薬指にあるはずの指輪が、ない。
「去年の、十二月のことは覚えてませんか?」
「十二月?」
夢見は思い出そうとしたが、それらしいことを思い出せない。
「ごめんなさい、分からないわ」
フォルテは唇を噛んだ。
「何か、薬を飲んではいませんか?」
夢見は立ち上がると引き出しを探し始めた。桜花が心配そうに見守っている。
「薬って、これのこと?」
フォルテへ液体の入った瓶を見せる夢見。そのラベルには「ちーとさぷり」と書かれている。
「そう、それです。見せてもらえますか?」
優しく夢見へ言い、それを受け取る。フォルテはそれを見ながら「瓶は、これだけですか?」と、問う。
すると夢見の表情が曇った。
「……それだけ、ですけど」
どうやらフォルテの焦りが夢見に伝わってしまったらしい。
すると、桜花が突然火術を放った。フォルテの持っていた瓶に火が移り、思わず床へ落としてしまう。
「何するの!? それは、大事な――」
薬へ手を伸ばす夢見をフォルテが抱きしめ、とどめる。
桜花は気が収まらないのか、なおも火術を放とうとしてフォルテの視線にぶつかった。これ以上やったら騒ぎが大きくなるだけだ。
しぶしぶ桜花は燃え盛る瓶へ氷術を放ち、消化する。
「何で、何でこんなひどいことするの?」
と、泣きわめく夢見を抱きしめながら、フォルテは彼女の記憶が戻るまでそばにいてやろうと思った。その後で、何故薬を飲んだのか聞こう。
今日も取材、明日も取材、明後日も取材。プロのカメラマン目指して修行あるのみ!
そう気合を入れて羽入勇(はにゅう・いさみ)は、相方のラルフ・アンガー(らるふ・あんがー)を待っていた。待ち合わせ時刻まであと少し。
「……おかしいなぁ」
しかし、その待ち合わせ時刻を五分ほど過ぎても彼は現れなかった。勇はラルフの携帯に電話をしてみる。
電話は繋がらなかった。どうやら電源が切られているようだ。きょろきょろと辺りを見回すが、彼が来そうな気配はない。
勇は心配になって、ラルフの部屋へと向かった。
「ラルフ、いるー?」
中へ入ると静かだった。いつもと変わらないはずなのに、なぜか不気味な気がする。
寝室に彼はいた。いくつもの空き瓶が散らかった室内でベッドに寝そべっている。
勇はその一つを手に取り、確信する。――ちーとさぷりだ。
先日の取材でちーとさぷりについて知った勇は、それがどんな副作用を起こすかも把握していた。しかし、そうと知ると、複雑な気分にもなる。
「ボクがまだまだ未熟だから、薬なんか飲んだのかな。ごめんね」
ラルフの寝顔にそっと呟き、勇はいったん外へ出た。
すぐに縄を調達してきた勇は、ラルフを起こさないよう、慎重に縄で彼を縛りつけていく。
「……ん」
ふいにラルフが身動きし、虚ろな視線を勇へ向ける。
「ラルフ?」
名前を呼んでみると、ラルフの瞳が鋭いものへと変わった。表情もどこか引き締まり、勇へ放つ言葉も……。
「何をしているんです? 放してください」
「だ、駄目だよ! 絶対、動かないでね」
優しさのかけらもない冷たい口調だった。それだけでもショックを受ける勇だったが、縄で縛るのだけはやめない。
「っ、どうしてこんなことを?」
「それはボクの台詞! 大人しくしてっ」
勇は最後にぎゅっと強く縄を結ぶと、ラルフが動けないようにベッドの柵へ繋いだ。
そして勇は部屋を出て行く。――何故、ボクを忘れたラルフはあんなにも冷たいんだろう。すごく不安だし、寂しいし、悲しいけど、治す方法はきっとあるはず! 待っててね、ラルフ。
いつの間にか、マイトは空京へとたどり着いていた。
さすがにイルミンスールからここまで来るのには時間もかかったし、体力も消耗しきっていた。だが、マイトには夢がある。このパラミタで漢になるという夢が!
とりあえず街の中を歩き始めたマイトだったが、記憶がないのでよく分からない。とりあえずここがパラミタだということは分かっているのだが……波羅蜜多実業高等学校へは、どうしたら行けるだろうか。
「友達から聞いたんだけど、ちーとさぷりって記憶のなくなる薬なんだって」
不意にそんな声が聞こえてきて、マイトは気がついた。数メートル先に瓶が落ちている。
「え、でも能力が強化できるんだよね?」
「そんなの嘘よ。本当は危険な薬なんだって」
何だか見覚えがある……そうだ、今朝目が覚めた時、そばにあったものと同じだ!
ピンと来たマイトは、自分でも気づかぬうちに声を上げていた。
「ヒャッハー! ドージェの拳にかけて、世の平和は俺が守ってみせるぜぇ!!」
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