校長室
蒼空サッカー
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第24章 後半――超速攻、そして…… 《さて、意外な展開となりました。パンダボールは飛び入りで参加した騎沙良詩穂選手とリカイン・フェルマータ選手との対決に供される事となり、実質プレー可能なボールは1個だけ。 そして、天気は雨へと替わりました。現在会場設営が、観客席にビニールシートや雨具を配布しています》 《こりゃかないませんな》 《さて、この雨は、どちらかの陣には恵みの雨になりますでしょうか?》 《少なくとも、炎系・氷術系・雷撃系スキルは封じられました》 《炎系は雨で威力が減殺されるのは分かります。氷術系や雷撃系はどういう理屈でしょうか》 《ウェットコンディションでの氷術形スキルは、暴走する可能性がありますわ。空気中の水分を冷やすのがあの手のスキルの原則やねんけど、その水分がこう多くなると、微妙な制御がきかなくなるかも知れません》 《ほほぅ》 《紅が白のパスワーク牽制で、ボールにスキルかけたりしますねんけど、ボールじゃなくてプレイヤーの脚にまでスキルが影響するかも知れませんな》 《なるほど。退場のリスクが高まりますね》 《この理屈で「アルティマ・トゥーレ」も使用した直後、ボールだけでなく周囲に冷気をバラまく恐れがあります。うかつに使うたら、本人のみならず周りにもダメージがいきますわ》 《つまり、これで白20番秋月選手の「アイス・トルネード」は封じられたわけですね》 《同時に、コンビ技の「ツイントルネード」も使えません。白は大砲を一本封じられました》 《では、雷撃系は?》 《氷と同じ理屈です。雷は電気で、電気は水を伝わります。迂闊に使えば、どこまで影響が及ぶか、氷術よりも制御が利きませんわ。極端な話、地面に「雷術」をかけたら、使用者の能力によっては周囲何メートルかの人間がビリビリいくかも分かりません》 《使えるスキルが大分制限されますね。すると、大砲を封じられた白が不利、と?》 《……いや、微妙に白が有利かも知れません》 《その理屈は?》 《現在両チームでプレイするボールはカレーボール一個、そして白のキーパーは、ボール一個でのシュートに対しては100%の防御率を誇ります。幻像シュートはメモリープロジェクターによるものでしょうが、この雨で投影する光の加減が変わって意味をなさなくなるかも知れまへん。また、跳ねた泥をレンズが被ったりすれば、幻像そのものが使えなくなるでしょう》 《なるほど》 《……もっとも、カレーボールは現在白陣地にありますからなぁ。これを紅陣地にまで早く持って行けなければ、このまま紅ペースで試合が進む可能性もありますわ。 ……って、俺異能バトルの解説者やってるわけやあらしませんやろな?》 《さぁ、およそ2000メートルをかけ戻り、いち早く自陣ゴール前についたのは6番ミューレリア、13番レロシャン、15番葛葉、18番緋桜。 キーパー赤羽からのパスを受け、来た時同様物凄い速さで折り返していきます。いや、速い、速い。「バーストダッシュ」「軽身功」併用のパスワーク、白陣地に留まる紅FWを寄せ付けず、瞬く間にカレーボールを中盤まで押し戻してしまいました》 《さすがですなぁ。こういう風に「バーストダッシュ」「軽身功」持ちが揃っていると、速攻が見事に決まりますわ》 《この勢いですと、一気にボールは紅ゴール前まで行けそうにも思えますが?》 《いやぁ、中盤より先に固まっている紅のプレイヤーの守備が厚いですからなぁ……いや、これは?》 《何と! 白の4人の速攻部隊、中盤を一気に突貫! 紅プレイヤー為す術もなかったか!?》 《……白にはまさしく恵みの雨になりましたわ》 《恵みの雨、ですか?》 《さいです。本当だったらあの吶喊、ボールへのスキル付加や、パスコースへの氷塊設置でいくらでも妨害が出来たはずです》 《それができなかったのは……あ、なるほど》 《ええ。火術は雨で消される。氷術雷術は雨で制御が利かない恐れがある。光学迷彩も雨に打たれたり泥ハネを浴びれば姿がチョイ見えしてしまいます》 《これだけで相当使えるスキルは封じられますね》 《さらにアボミネーションは封印されましたし、「奈落の鉄鎖」による重力干渉は、速攻チームに同じ「奈落の鉄鎖」を使える白18番が居るから中和されます。 マークにつこうにも「バーストダッシュ」「軽身功」がなければ振り切られ、あった所でサッカー部員とのボールの競り合いなんて分が悪過ぎます。 あとできる事といったら「ブラインドナイブス」での死角からのスライディングですが、この場合だと撃たれた弾丸を真横から撃ち落とすようなもんですから精度もガタ落ち……いや、まさにフィールドを撃ち抜く弾丸ですな》 《白にとっては、雨という偶然を見事に生かしたファインプレー。紅にとっては、思いがけない間隙を衝かれた悪夢のようなカウンターになりました》 《しかし、ゴール決められんと意味はありません。「バーストダッシュ」「軽身功」使いが全員FWになった形ですから、今の白もカウンターにはえらく脆弱になっとるはずです》 その進軍、突撃を、何と表現すればいいのか。 雨に煙る景色の中で、泥を蹴散らし、真っ直ぐにこちらに向けてやってくる者達。 「なぁ、大阪夏の陣の話、知ってるか?」 弐識太郎は、隣にいるザカコ・グーメルに話し掛けた。 「日本の歴史上にあった戦いのひとつですね……色々と逸話がありそうですが、どんな話ですか?」 「大阪城に立てこもる豊臣対これを包囲して落とそうとする徳川。最終的には徳川軍が勝利したが、豊臣方の武将・真田幸村率いる部隊はたびたび徳川の本陣を急襲。総大将・徳川家康は自害寸前まで追いつめられた、って事があったんだ」 「……それが何か?」 「別に……あれを見ていたら、急にそいつを思い出してな」 「我はハラキリもクビキリもする気はありませんよ」 ゴールの方から声がした。後半からキーパーになった風森巽だ。 「何人で来ようと、所詮ボールはひとつ。そいつを止めてクリアとカウンターを決めればいい。さっきのようなヘマは、もうしません」 パシン! と音がした。グローブを打ち合わせたのだ。 「使えるスキルは限られるのは、白も同じでしょう? あのまま突っ込んでくるとなれば、キーパー殺しのコンビシュートがない分、前半に比べてまだやりようがありますね」 「頼もしいですね」とザカコが口元を歪めた。 「風森巽というプレイヤーが味方についたのは、紅にとって幸運でした」 「風森巽? そんなヤツは知りませんよ」 その声は、まぎれもなく風森巽の声だったが。 「今の自分は、仮面ツァンダー――」 「来たぞ!」 弐識太郎が、風森巽の台詞に割り込む。 (――最後まで言わせてください!) 「俺が前に出る。2番は『奈落の鉄鎖』でシュートの勢いを殺してくれ。コンビシュートがないと言っても、他にどんな切り札があるか分からん!」 弐識太郎は眼を凝らした。目測、白の攻撃部隊はゴール前およそ500メートル前後。 その距離は有効射程、と言って良いだろう。スキルシュートは、十分狙える。 その少し手前に、味方の7番が立っていた。確か、名前はミルディア・ディスティンと言ったか。 本来ならば「無理はするな」とか「危ないから引っ込んでろ」、と言いたい所だ。 (だが、正直白の大砲相手には、壁役が何枚でも欲しい位だ――!) せめてケガはしないでくれ、と願おうとして、辞めた。 ケガなしで済むはずがなかった。 ゴールが見えてきた。 「蒼学さん! ボール回して、撃つから!」 レロシャンが声を出した。 「! 百合園、まだ遠くないか!?」 「あんまり余裕はないわ……中盤に固まってる紅は抜いたけど、足が速いのが追いかけてきてる!」 振り向く必要はない。スピードが落ちる。紅の15番・16番・3番が、追いかけてきているはずだ。 追いつかれても、1対1なら――いや、今なら2対1でも葛葉翔には競り勝つ自信がある。しかし、 「それに、前の方にもまだ紅は何人かいる……ファウル覚悟で止められに来たら、勢いが止まっちゃう! まごついてる間に追っ手に捕まって、シュートが撃てなくなるわ!」 「でも、ネノノなしで撃てるの!? 必殺技ってコンビ技でしょ!?」 ミューレリアの問いに「大丈夫!」とレロシャンは親指を立てて見せた。 「ネノノの加速の分、『遠当て』を多めに当てればいいってだけ! 加速させるんだったら、距離はあった方がいい!」 ――誰だ、百合園がお嬢様学校だなんて言ってるヤツは!? (白の百合園は、どいつもこいつも戦る気満々じゃねーか!) 葛葉翔が迷ったのは一瞬だ。 「分かった、頼む!」 葛葉翔が、足元のカレーボールを蹴り出した。 「……全員散開! ブロックやクリアがされたら、各自でカバー、そのままシュート連発態勢に移行する!」 「「了解!」」 「ひっどーい! 私って、そこまで信用されてないわけ!?」 「お前さんを信じてないわけじゃない、紅の力が恐いだけだ!」 「分かってるって、言ってみただけ!」 「……百合園!」 「何!?」 「あんまり無茶するなよ!」 レロシャンから、葛葉翔、ミューレリア、緋桜遥遠が離れていく。 仲間が十分離れた所で、レロシャンは精神を集中し始めた。 走っているラインは、まっすぐにゴールを目指している。狙うべきは、ゴールのど真ん中。ちょうどキーパーが立っている位置だが、遠い上に雨が降っているから、ゴール隅なんて到底狙えない。「スナイプ」なんてスキルは彼女にはない。 (だったら――キーパーごと押し込むだけ!) 「軽身功」のスピードを爪先に向け、カレーボールにインパクトさせた。低い軌道でシュート。 間髪入れずに、「遠当て」をかける。 (二速! ダブルアクセル!) さらに「遠当て」。 (三速! トリプル!) 重ねる。 (四速! クォドラプル! まだまだ行くよっ!) 撃ち出されたカレーボールが、まったく勢いを弱めない――それどころか、ますます加速していくのは、傍目からも見ていて分かった。 ミルディア・ディスティンは、試合前に百合園のみんなで蒼学に押しかけた時の事を思い出した。あの時にレロシャンが寝言で言っていたのは、これだったのだ。 火・氷・雷等の属性がない替わりに、徹底的にスピードと威力の向上に特化した、キックさえ必要としない恐るべきシュート。 (止めなきゃ!) 弾道を予測し、身を躍らせようとして―― 「!?」 数メートル先を、恐ろしく早い何かが突き抜けた。過ぎ去った後の風圧が、ミルディアの体を押した。 (……何て勢いなの!?) まるで砲弾だ! また、何かが通り抜けた。 降り続く雨のカーテンを貫き、衝撃波が駆け抜ける。 まだ加速させる気!? 雨脚の彼方、カレーボールの行方を睨み付けているレロシャンの眼光は、それだけでゴールを打ち貫きさえしそうなものだった。 ――気迫。数百メートル程度、視線で十分届く距離。 ひとたび気迫が届いてしまえば、行動なんてその後を追いかけるだけでいい。 だから、ゴールには届く。その先のネットを揺らすことなんて―― 考えるより、体が先に動いていた。 これ以上、彼女には撃たせない。 全身の運動能力、全てをその一跳躍に載せ、ミルディアは身を躍らせた。 その時、五発目の「遠当て」がレロシャンから発し、カレーボールに向かって飛んだ。 強烈な衝撃がミルディアの胴体に命中し、彼女の体を十数メートル程吹き飛ばした。 「――!?」 レロシャンの中にあった熱が、一瞬で引いた。 風森望が笛を鳴らし、空飛ぶ箒と共に、レロシャンの前に降りてきた。 風森望はレロシャンを指さした後、ポケットから一枚のカードを出した。 レッドカード。