校長室
蒼空サッカー
リアクション公開中!
第28章 後半――紅・最終戦術/布石 《止めました! 白チームのまさしく乾坤一擲を、紅17番キーパー風森、見事に止めました! これは大ファインプレイ!》 《やりおったな、たっつん! いや、今のヤツは――》 「負けてないっ!!」 誰かが力の限り叫んでいた。 「私達はまだ負けないっ!! 勝てる! 絶対まだ勝てるってば!!」 芦原郁乃だった。 「そうっす! キャプテンのいう通りっす!」 凛シエルボが言葉を繋いだ。 「白はまだ勝てるっす! みんな、気を引き締めていくっす!」 (――ナイスだ、キャプテン) 息を弾ませ、崩れかけた足腰に力を入れて踏ん張りながら、葛葉翔はニヤリと笑った。 (どんな時でも、勝利を信じる……それでこそ、俺達白のキャプテンだ!) 顔の前に両手で掲げていた形のカレーボールを下ろすと、そこにはヒビの入ったヒーローのマスクがあった。 「蒼い空からやって来て! ゴールラインを護る者! 仮面ツァンダーソークー――!」 「風森、早くボールを回せ!」 弐識太郎が怒鳴った。 (……最後まで言わせろよ) 内心で文句を言いながら、とりあえず風森はボールを弐識太郎にスローイングした。 取りあえずボールを受け取ったものの、弐識太郎はどう反撃していいのか分からなかった。 ロングパスは御法度、ドリブルで突っ切るには白15番――「バーストダッシュ」持ちのサッカー部員、つかまったら抜き去るのは至難――が自陣にいる。 (くそっ……戦術が思いつかん……) 「弐識」 名を呼ばれた。如月正悟だ。 「ボールをカレン――8番に回してくれないか?」 言われた通り、弐識太郎はカレーボールをカレンにパスした。受けたカレンは、(え? どうして?)とでも言いたげに眼を丸くしている。 「カレン、しばらくボール持ってて。ザカコはキーパーの所に移動、キーパーは『錬気』でザカコのSPを回復させて。ザカコはSP回復したら、カレンに合流するように」 言うだけ言うと、如月正悟もカレンの所に駆け寄っていき、何やら耳打ちしていた。 (……何を考えている?) 如月正悟が、突然テキパキと指示を出し始めた。どんな戦術があるというのか? 風森巽の所にいたザカコが、如月正悟とカレンの所に走っていった。 弐識太郎は時間を見た。ロスタイムを含めても、残りは数分もない。 (紅ができる攻撃は、あと一回程度か……) 白に止められなければ、の話だが。 「……というわけなんだけど、できるかい、ザカコ?」 「『できるかい』も何も、それしかないんでしょう?」 「そういう事。……で、カレンは?」 「ちゃんと決めるよ。もともとそのつもりだったんだもの」 「オッケー。いい答えだ、頼むよ」 「えーと、ザカコさん、っていったっけ? 3数えたら、撃つから」 「了解しました。蹴った直後、光術をかけますので少し眩しくなりますよ」 「蹴る前ならともかく、蹴った後なら何してもいいよ。んじゃ……」 カレンは精神を集中した。 「1」 「封印解凍」使用。自分の力の全てを攻撃力――今なら「脚力」に変換。距離およそ2900メートルの彼方にある、白ゴールに眼を向ける。 「2」 自分の仕事で重要なのは、ゴール前までとにかくボールを運ぶ事。多少のコースのズレは、ザカコさんが何とかしてくれる。 「3!」 「ヒロイックアサルト」使用。 カレンは、全力でカレーボールを蹴った。 インパクトの瞬間、音と衝撃が周囲の空気を震わせる。直後、カレーボールが光に包まれ、傍らにいたザカコが飛び出した。 「ナイスシュート」 横に立っていた如月正悟がニコニコしながら拍手をした。 「3000メートルドライブシュート、近くで見ると凄い迫力だね」 「さっきは途中で止められたんだよね。大丈夫かな?」 「大丈夫だよ。軌道修正してくれる人がいるからね」 《紅の反撃は、8番カレンの超ロビングキックから始まりました》 《ありゃあシュート狙ってますね》 《超高角度、高速度の弾道に、白のジャンプのブロックが追いつきません》 《ジャンプが届かないって、なんかバレーかバスケみたいですな》 《カレン選手の超弾道シュートは先ほどもありましたが。これは途中で飛び入りの騎沙良詩穂に渡ったんでしたよね?》 《その手前で重力干渉受けて弾道が狂ったんですわな。白18番緋桜と、紅12番藤原のを受けて……さて、今回はどうなりますか?》 蒼空に吸い込まれる光点は、緋桜遙遠にも見えていた。 (ロングパスじゃない、シュートですね!) 精神集中、「奈落の鉄鎖」を使う――落ちない。 理由は分かっていた。また紅の12番だろう。 (――最後の最後まで、この緋桜遙遠とあの女は、相食み合う事となったか!) (――最後の最後まで、私達はぶつかり合う巡り合わせのようですわねぇ、白の18番さん) 藤原優梨子も同じ事を考えていた。 (ですが、この腐れ縁は、最後は紅の勝利で締めくくらせていただきます!) 「……そうか! そういう手があったか!」 四条輪廻は、如月正悟の企みを見抜いた。 ――「バーストダッシュ」や「軽身功」でカットやブロックがされるので、この試合では迂闊なロングパスはできない。それが原則だ。 だが、例外は何度かあった。 前半、白のキーパーがパンチで叩き出したパス。そして後半、紅の8番が撃ち出した超ロングシュート。後者は結局止められはしたが、あれは「バーストダッシュ」や「軽身功」ではなく、「奈落の鉄鎖」で弾道を修正させられたのだ。 すなわち、超高角度、超高弾道のパスやシュートは妨害を受けない。 (この戦術の問題は、パスやシュートの精度だ。「財産管理」や「スナイプ」でもあればともかく、そんなスキルを持っている人間はさらに限られる。 だが、シュートと併走し、随時コースに修正をかけていける者がいれば話は別だ。ボールはシュートの勢いを失うことなく、白のゴールに向かって突き刺さる!) 最後の最後でこんな戦術を思いついた如月正悟の機転に、四条輪廻は心底感服する。そして、「重力使い」のザカコ・グーメルという選手が紅チームに入った事も、本当に運が良かったと思う。 (頼むぞ、ザカコ――紅のカレーボール、ゴールまできちんと運んでくれ) 得意の「奈落の鉄鎖」で、白のゴールまで―― ゴール――ゴールキーパー――「奈落の鉄鎖」――! 「何てことを思いつくんだ……如月正悟……!」 その戦術の本当の狙いに気付いた時、四条輪廻は彼の名を思わず口に出していた。 この大陸間弾道弾のようなシュートも、その為の準備でしかない。 「……そうか……それならあの鉄壁キーパーからも点が取れる!」 最終戦術、第一段階は成功した。 蒼空を貫く光点は、既にセンターラインを抜けた。 コースは良好だ。ゴール前まで来たら、もう一度「奈落の鉄鎖」で弾道を修正、ゴールまでカレーボールを落下――いや、激突させてしまおう。 (もっと早く、自分が前線に出ているべきでした) ザカコはそう反省していた。 鉄壁たる白のキーパー。そんな印象が出てくると言う事は、逆に言えば前半、後半を通じて、何十本、ひょっとしたら三桁に届くほどに、紅は白ゴールにシュートを叩き込んでいる、という事に他ならない。 そう。常識で考えれば、紅は終始攻めていた。 現在に至るまで2点しか取れていないのは、白のキーパーの防御率が非常識であると同時に、紅に決定力が欠けていたということに他ならない。 それを踏まえて、後半ではMFを前線に投入したのだろう。キーパーを消耗させる為に、メモリープロジェクターを装備した選手に幻術シュートを演出させたのも、正しい判断だったと思う。 だが、それだけでは駄目だった。 キーパーにシュートを取らせない戦術では足りなかった。 (キーパーにボールを取られてもいい、いや、さらに進んでキーパーにボールを取らせる為の戦術が必要だったのですね!) その戦術のヒントを味方の10番に与えたのは、他ならぬ白チームのシュートだったのだろうが―― (この土壇場でそれらを思いつくとは、その背番号は伊達ではありませんね、10番!) 白のゴールが見えてきた。 ――さて、始めましょうか。 「予言します、白のキーパー! 紅の最後の戦術は、あなたの鉄壁を打ち破る!」 蒼空に輝くカレーボールに、白ゴール突入の為の最終調整をかける。 付加重力の俯角は、おおよそ70度。 「奈落の鉄鎖」発動! 「第二段階開始!」 《紅8番の超ロングシュート、突如弾道が変わりました。高々度、高角度から、一直線に白ゴールに向かって降りていく!》 《ホンマにICBMですわなぁ……カレーボール、赤熱化までしとりまへん?》 《紅2番ザカコの使った「奈落の鉄鎖」、その超重力は、大気圏再突入までも演出しています》 《これまで撃たれたシュートとは比べもんにならん……取れるか、美央りん?》 遠野歌菜が、急速に落ちてくるカレーボール――赤くなったボールを指さした。 「来ました! 部長、ボールが来ましたよ!」 「だから言っただろうが、カナ! 俺らの仲間は、必ずボールを前線に届けてくれる! だからここで待っていろ、ってな!」 マイト・オーバーウェルムがニヤリと笑う。 「……まさか、赤熱化したボールが届けられるとは思いませんでしたがね」 苦笑する椎名真。いくらこっちが紅チームだからって、黄色いボールを赤くする事はないだろうに。 「8番さん、確かに試合前から『3キロシュート撃ちたいなぁ』って言ってたけど……本当に撃っちゃったねぇ」 感心する高村?に、マイトは首を横に振った。 「『3キロシュート』? そんな生やさしいもんじゃねぇよ、あいつは!」 マイトは言った。 「ICBMなんてもんでさえない、あいつはボールの形をした、地表に落ちてくる隕石だ! 地面にぶつかりゃ恐竜なんざ余裕で滅ぼせる! このシュートは、『メテオドライブ』と名付けよう!」 「……ぐっ」 マイトの台詞に、本郷涼介は微かに呻いた。 「? どうしたの、お兄ちゃん?」 「……いや。何でもない、クレア」 (思っていない……あの名前がカッコいいなんて私は思ってないぞ!) 「スピードが速過ぎるであります! あんなボールはメモリーにはないのであります! 幻像投影が追いつかないのです!」 スカサハが慌てた。