天御柱学院へ

蒼空学園

校長室

イルミンスール魔法学校へ

冬将軍と雪だるま~西シャンバラ雪まつり~

リアクション公開中!

冬将軍と雪だるま~西シャンバラ雪まつり~

リアクション


第6章


 校庭のフィールドでは生徒達と冬将軍軍団との戦いが続いているが、その外では来場者も楽しめるように普通の雪像展示や屋台による販売も行われていた。
 夜住 彩蓮(やずみ・さいれん)もそんな雪まつりを楽しみに来た一般客の一人だ。傍らには雪の精霊をお供に連れ、屋台を巡ったりグッズを冷やかしたりしている。
「これ、おいしいですねー、そういえば雪の精霊さんは好き嫌いとかはないんですかー?」
「大丈夫でスノー。何でもおいしく食べられるでスノー。あ、でもやっぱり熱すぎるものはちょっとだけ苦手でスノー」
「ふふふ、やっぱりそうなんですね。でも冬にもカキ氷とか楽しめていいですね」
 ちなみに彩蓮は言ってしまえば味音痴だ。食べられるものならば何でも美味しいと感じてしまうため、ある意味では幸せであるが、作る方にしてみれば作り甲斐がないとも言える。とは言え、本人は美味しく食べられるのだから問題ない、とばかりに次々と屋台の食べ物を制覇していく。
「あら、アップルパイにバウムクーヘンですって。屋台にしては珍しいですね」
 そこはリュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)リクト・ティアーレ(りくと・てぃあーれ)のイケメン双子兄弟が運営する屋台『T・F・S』だった。ちなみにリュースが兄、リクトが弟である。屋台にしては本格的なバウムクーヘンやアップルパイが売りで、女性中心に人気のお店だが、それともうひとつの人気の理由は、屋台いっぱいを飾る花である。
「あら、ここはお花の屋台?」
 雪まつりの観賞に来たのだろう、普段は屋台の食べ物などには興味のなさそうな年配のご婦人も足を止めている。
「いえ、ドリンクとスイーツのお店です。花は店から持ってきて飾ってるんですよ。俺、普段は『T・F・S空京店』ってお店やってるんで、そっちは花屋なんです」
「そうなの?綺麗ねえ」
「ありがとうございます。もう12月ですから、ポインセチアがいい色ですよ。クリスマスローズなんかはもうちょっと先なんですけど」
 ちなみに接客担当はリクト。ご婦人と会話を交わしながらも慣れた手つきで販売をこなしていく。
「いいわねえ、じゃあホットレモネードを頂こうかしら……あら、お酒のいい香り。お花のお店にも今度寄らせてもらうわね」
 ウォツカが一滴入れられたレモネードに口をつけ、微笑む。
「はい、ありがとございます!」
 屋台の軒先に生花の飾りがしてあるのは珍しい。その華やかでオシャレな雰囲気と共にイケメン双子が切り盛りする屋台、ということで噂の屋台なのだ。彩蓮もその人だかりと美味しそうな匂いにつられてふらふらとやって来る。
「おいしそ〜。バウムクーヘンとカフェオレ下さい!!」
 アップルパイも美味しそうだが、リュースが屋台奥のオーブンで実演販売するバウムクーヘンには敵わない。何しろ専用のオーブンで生地を塗りつけながら回転させていく本格的な作り方で、生地の焦げた凶悪な匂いが辺りにたちこめている。作りたてのバウムクーヘンなど、そうそう食べる機会のあるものではない。
「お〜いしい〜」
 彩蓮は瞳をキラキラさせながらバウムクーヘンを頬張る。雪の精霊にもはいどうぞ、と食べさせると感嘆の息が漏れる。
「これはおいしいでスノー! たいしたものでスノー!」
 満足気に立ち去る二人の後ろ姿を見送ったリクトは奥のリュースに笑顔で声をかけた。普段は落ち着いている感じのリュースだが、リクトにだけ見せる特別な笑顔でそれに応える。
「兄貴のバウムクーヘン、大好評だね」
「当然、このオレ特製だからな。このオーブンを借りるためにあちこち探した手間があったってもんさ」
 リュースは昨晩からこの屋台のために飲食物の準備をしてきた。設営はリクトも手伝ったが、リクトは基本的に花のこと以外はてんでダメなので、料理はリュースに任せっきりだ。その代わりとばかりに朝から接客と販売に忙しいリクトだった。
 ちらりと校庭のバトルフィールドを眺めると、まだ戦いが続いているのだろう、激しい雪煙とDX冬将軍のシルエットが見える。
「あっちも面白そうだけど、稼ぎ時だからなあ。稼げる時に稼いどかないと」
「そうだね、それに俺は兄貴と屋台やってるほうが楽しいかな」
「ん、そうだな――オレもだ。とと、お客さんだ」
「あ、いらっしゃいませ!」
 まだまだ忙しくなりそうな『T・F・S』の二人だった。

 屋台の他にも、ボランティア的な活動に精を出す生徒は多い。八日市 あうら(ようかいち・あうら)はパートナーのヴェル・ガーディアナ(う゛ぇる・がーでぃあな)を誘ってマフラーやひざ掛けなどを無料で貸し出していた。
「使い捨てカイロもあるから、持って行ってねー」
 家族で見物に来たのだろうか、小さな子供を連れた夫婦に一式を手渡す。別れ際に子供がバイバイと手を振ってくれた。手を振り返すあうらに、自然と笑みがこぼれる。
「遊びに来て風邪引いちゃったらかわいそうだからね」
 確かに、雪まつり会場は寒い。雪が積もっているのだから当たり前だが、この辺りの人間はここまでの寒さに慣れていないので防寒対策をするべき、という彼女なりの配慮なのだ。
「ほら、お前もマフラーしないと風邪引くぞ。」
 ヴェルはそんなあうらにマフラーを巻きつけた。
「ほら、手袋もちゃんとして」
 すっかりあうらの保護者である。
「ん、ありがと。ねえ、コレ終わったら私も屋台見に行きたいな。いいでしょ、ヴェルさん?」
「ああ、いいんじゃないか」
「雪像も見ておきたいのよねー」
「ああ、いいんじゃないか」
 のんびり煙草をふかすヴェル。
「やっぱ寒くなったらヴェルさんにもふもふしたらあったかいと思うのよー」
「ああ、いいんじゃ……よくない」
 さっと身をよじって、伸ばされたあうらの手を避けるヴェル。ヴェルは山犬の獣人なのだ。紫煙を吐き出しながら、ヴェルは軽くあうらを小突く。
「おじさんをからかうもんじゃない。祭りくらいなら付き合ってやるから、今はこれを頑張れ」
「はーい」
 なんだかんだで楽しそうな二人。手渡された来場者も暖かなマフラーやひざ掛けに笑顔を浮かべるのだった。

 その隣ではリリィ・クロウ(りりぃ・くろう)ナカヤノフ ウィキチェリカ(なかやのふ・うきちぇりか)が甘酒の無料配布を行っているところだ。 
「こちらで甘酒を配っておりまーす、おひとついかがですかー」
 と、自身も時折口にしながら甘酒を配っていくリリィ。ウィキチェリカの発案の応じて甘酒を大鍋いっぱいに作り、無料配布を始めたわけだが、ぽかぽか温まると、なかなか好評だ。お客さんのいい反応に、ウィキチェリカは胸を張る。
「やっぱりね、寒いから良くないのよ。あたしは寒くないんだけどさ、みんなはそうはいかないじゃない? それにしても甘酒っておいしいね〜、教えてくれてありがと〜!」
「寒い日にはいいでしょう? とても暖まりますのよ」
 と、隣のあうらとヴェルにも甘酒を差し入れる。
「ありがと!」
「どうもありがとう……うん、美味いね」
 さらなる評判に、にぱーと笑顔を浮かべるウィキチェリカ。
「寒くなくなったら冬将軍も怖くない!! みんなほっかほっかになって冬将軍をぶっとばせー!」
「さ、まだまだあるから頑張って配りましょうね」
「うん! みんな寄っといで〜。甘酒どうぞ〜、おいしいよ〜。え、お兄さんこれから参戦? それじゃいっぱい入れてあげるね〜!」
 幸せそうなウィキチェリカが言うと本当に美味しそうに聞こえるから不思議だ。やはり暖の近くには人の笑顔が集まるもので、プリーストとして修行中のリリィは満足な笑みをこぼすのだった。

 そこにひょっこり現れたのはリンダ・ウッズ(りんだ・うっず)。ミニスカートにヘソ出しの白いぴっちりとしたボディスーツを着込んだ、まるでキャンペーンガールのような格好だ。いや、まるでと言うかキャンペーンガールそのものだ。手には大きめな傘を持って、顔には常に微笑が浮かんでいる。だがその口から飛び出したのはガッチガチの広島弁だ。
「さっむー。寒いゆっとるじゃろがー」
 服の中にカイロを仕込んではいるものの、そもそも服の面積と露出している面積が同じくらいなのだ、寒いに決まっている。
「お、甘酒配っとるん? ひとつ貰えんか?」
「どうぞどうぞ〜! お姉さんすっごい格好だね、寒くないの?」
 甘酒を手渡しながらあっけらかんと聞くウィキチェリカ。
「寒いに決まっとるわ〜。でもイベントにゃあこういう会場の花が必要じゃけんの〜!」
 彼女は雪まつりに宣伝部としてキャンペーンガール部隊を提案、一部有志による宣伝活動を独自に行なっていたのだ。
「ふっふっふ、お色気たっぷりな衣装でイベントをドーンと盛り上げちゃるけぇの!」
 確かに見るとメイクも衣装もばっちり、本来のプロポーションもあってなかなかの色っぽさだ。これで背中が曲がってさえいなければ。
「さあて、暖まったこったしちぃと行ってみっかー」
 それでも来場者の目のあるところではきりっと笑顔で手を振るリンダ。彼女なりのプロ根性を見た気がして、リリィはため息をついた。早速あちこちで写真を頼まれているキャンペーンガールの姿を目にする。
「はぁ……、ああいう参加の仕方もあるものなのですねえ……」
「リリィもああいう格好、する?」
 ぶんぶんと首を横に振るリリィ。
「冗談ではありません! チーシャがなさったらよろしいですわ」
 ちなみにチーシャとはウィキチェリカの愛称だ。
「え〜、あたしも似合わないよ〜。ああいうすごいお姉さんじゃないと〜」
 二人が視線を飛ばすと、リンダが去った方から怒号が聞こえた。
「われぇ! 何バッグにカメラ忍ばして盗撮しちゃがる! 警備に引き渡しちゃるけんこっち来いやぁ。ええ度胸しとるのお、んん?」
 逃げようとする男をリンダがミニスカートも気にせず派手に蹴り飛ばしているのが見える。思わず絶句する二人だった。
「うん、本当に……すごいね……」

 百合園女学院の方から雪まつりを見学しにやって来た、ゆる族のキャンディス・ブルーバーグ(きゃんでぃす・ぶるーばーぐ)は一人、キョロキョロと落ち着きがない。2022年開催予定の冬季ろくりんピックのために、新競技のネタはないかと探しに来たのだ。
「なるほどネ〜、今回の雪合戦は雪の精霊の協力がないとムズカシそうネ〜」
 ちなみにキャンディスの元に現れた雪の精霊には逃げられた。いったい何が気に入らないと言うのだ、せっかく冬季ろくりんピックのマスコットキャラクターとして雪の精霊を使えないか検討してやったというのに。……まあついでに『雪だるマー』を商品化して販売権を独占しようと企んだりはしたが。
 ちなみに、雪だるマーは雪の精霊が人間と合体するときの特殊形態で、今回のように特殊な状況化における戦闘でなければ使用されることはまずない。ついでに言えば冬を管理する特殊な雪の精霊が分け与えた力なので、残念ながら商品化はできない。まあそっくりなフォルムの人工物を作ることはできるだろうが、それでは雪の精霊は必要ない。
「まあいいネ、とりあえず形だけ似せた競技用アーマーとしての案は温めておくとしまショウ」
 と言ったところで、身体のほうはすっかり冷えてしまった。ここらでひとつ温かいものでもほしいところだ。
「ちょっと屋台でもヒヤカシてみましょかネ〜」
 暖まるために冷やかすとはこれいかに、と大きな身体を揺すって歩くと、『T・F・S』の屋台が目に入った。焼きたてのバウムクーヘンのいい香りが鼻腔をくすぐる。
「オ〜、バウムクーヘンネ〜」
 その時、キャンディスの脳裏に稲妻が閃いた。
「こ、これは使えるネ!!」
 バウムクーヘンを薄切りにして輪を6つ容器に並べる、その名も『ろくりん焼き』!! 実際にはただの薄切りバウムクーヘンだから材料費は一個分くらいだし、オリジナル容器を作って使用料をふんだくればさらにウハウハ!!
「大丈夫、しかもこの味なら大ヒット間違いなしネ!!」
 気付くと屋台に並べられたバウムクーヘンを勝手に味見していたキャンディス。さすがのリクトもあっけにとられている。
「あ、あの、お客さん?」
「はッ! ついミーとしたことが取り乱してしマイました! 失礼したね、ワタクシこういう者ネ〜」
 半ば無理やり手渡された名刺には『POC(パラミタオリンピック機構)』とある。リクトに二の句を告がせずに『ろくりん焼き』の構想を矢継ぎ早に語るキャンディス。
「というワケで、来るべき冬季ろくりんピック開催の暁には、このお店でゼヒ『ろくりん焼き』を販売して欲しいのデース!」
「いや、あの……」
「ノーノー、お礼などノーサンキューね、ただアイディア料と容器の使用料さえ貰えればオールオッケーネ!」
「いや、バウムクーヘンのお代、まだ貰ってないんですけど。」
 気付くと3個目のバウムクーヘンが胃袋に消えていた。
「……ノーゥ!? 一体どういうことネ! ついついミーのアメリカンスピリッツが火を吹いてしまったようネ!」
 もう意味が分からない。だが気が付くと、キャンディスの後ろに鬼の形相のリュースが立っている。
「あ、兄貴」
「つまりお客さん……まさかとは思いますが、このオレの店で食い逃げをしようというわけではないですよね……?」
 その声に振り向いたキャンディスは、リュースのあまりの迫力に震えて飛び上がった。
「ギョヘー! はらうはらう払うのことネ! ちゃんと払うのデスね! 蒼空学園は怖いところザンス!! お釣りはいらないザンスー!!」
 バウムクーヘン3個分きっちりの代金をリクトに渡し、キャンディスは全速力で走り去って行った。あまりのことにそれを呆然と見送るリクト。
「ザンスって……それじゃフランス人だよ」
 それもフランス人に失礼だ、という気もするのだが。

 ちなみにその頃、キャンディスのパートナー、茅ヶ崎 清音(ちがさき・きよね)は。
「はあ……今日は静かで素敵ねえ」
 百合園女学院の自室で毛糸のセーターを編んでいた。手は抜きたくないからあまり急ぎたくないのだけれど、クリスマスまでもそこまで日数があるわけじゃないし、クリスマス交換会に間に合うかしら?
「ふふ……楽しみだな」
 ちょっと一休みして紅茶を一口。窓の外は寒いけれど、ひんやりと澄み切った冬の空も嫌いじゃない。キャンディスのところから逃げ出して来た雪の精霊と合わせて二人の精霊がそんな清音の手伝いをしている。
「……この穏やかな日に、感謝します」
 パートナーのキャンディスが蒼空学園に出かけているので、ここ何日かはその噂を聞くこともないだろう。不幸にしてまだ完全ではないこの世界の最も恥ずべき部分と言ってもいいあの存在が、少なくともこのヴァイシャリーに存在しないというその事実だけで神に感謝を捧げる清音だった。
「……」
 その傍ら、つい一瞬だけ邪念が入ってしまうのは彼女の罪ではあるまい。
「何とかあの存在をなかったことに……なりませんか?」
 罪深い祈りをしてしまったことに反省し、懺悔の祈りを捧げ、すぐにセーターに取りかかる清音だった。彼女の幸せがどうか一日でも長続きしますように。