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冬将軍と雪だるま~西シャンバラ雪まつり~

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冬将軍と雪だるま~西シャンバラ雪まつり~

リアクション


第7章


「こちらは本部です。次々と雪像軍団がフィールドに入って行きます。これは壮観です。おや、雪像の肩に乗っている人もいますね、危なくはないのでしょうか。」

「はーっはっはっは! なかなかこれは眺めが良いものじゃのう!」
 解説の小次郎の言う通り、防寒装備もバッチリ決めてロングコートからすらりとした形のいい脚を覗かせつつ高笑いを上げるのはファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)。冒険屋ギルドの暴君として親しまれている彼女だが、今は同じギルドの仲間が作った雪像の肩に勝手に乗っているところだ。そこにギルドの主、ノア・セイブレムとレン・オズワルドがやって来た。
「何やってるんですか〜! 危ないですよ〜!!」
「んふふ、こうしておればあたかもわしが作ったかのようじゃろう!!」
 何と、仲間が作った雪像の手柄を横取りしようと言うのである。まさに暴君!!
「あ! それにそんなミニスカートでそんなとこ登らないで下さいよ〜! 見えちゃいますから〜!」
「ほう、そんなに短かったかのう?」
 わざとらしく足元を確認する。その動作でまた少し脚が開き気味になり、ノアをやきもきさせる。その隣でレンガぼそっと呟いた。
「まあ、別に見えたってどうってことないけどな」
 次の瞬間、ファタが投げた雪玉がレンの顔面にヒットした。
「何か言うたかこのグラサン!! ほれほれ!!」
 雪像の上から次々に雪玉の雨を振らせるファタだった。

「いい加減、私の作った雪像から降りてくれませんか〜?」
 ファタがひとしきりレンとノアをからかって遊んだ後、坂上 来栖(さかがみ・くるす)が声を掛けた。彼女こそがこの雪像『聖典・マリア』の本来の製作者である。
「おお、すまんすまん。もう飽きたから返すぞ」
 素直に降りてくるファタだが、来栖はまだ口を尖らせたままだ。口先には火のついていない煙草がくわえられている。観客席は禁煙なのだ。
「まったく、私が最初に乗りたかったのに……」
「そうか、それは悪いことをしたの。では、わしの雪だるマーとやらをおぬしの雪像に譲渡してやるから許せ、の?」
 ファタは今回まともに参戦するつもりがなかったので、雪の精霊の権利が一人分浮いているのだ。確かに追加で譲渡してもらえば雪像は強化され、その分活躍できるチャンスが増える。
「……まあいいでしょう。今回だけですよ?」
「んふ、ではわしはあっちで応援でもしておるかの、傷ついた者がおったら喫茶室にでも来るが良い」
 来栖の頭を軽く撫でて、ファタは軽いステップで喫茶室と救護室に向う。女性の参加者も多いので、救護の名目で彼女の大好物である可愛い少女に触れる機会も多いと踏んだのだろう。

 ドタバタしているウチに他の参加者の雪像も次々とバトルフィールドに突入していく。柊 真司(ひいらぎ・しんじ)アレーティア・クレイス(あれーてぃあ・くれいす)が共同作業で作った『スノーグリッド』は特に注目の的だ。
 何しろ外見は本物のイーグリットにそっくり、サイズからディティールまでそっくり同じ、という念の入りようだ。
「まさか外見寸法図まで入手してくるとは思わなかったからなあ」
 正直、真司は今回のバトルにそこまで乗り気ではなかったのだが、パートナーのアレーティアがどこからかイーグリットの外見寸法図を手に入れて来たので、もう作らざるを得なかったのだ。その寸法図が本物かどうかは謎のままだが、とりあえずかなり精巧に作る事はできた。
「何とか開催までは間に合ったか」
 ここ数日、雪像作りにかなり忙殺された真司の呟きもうなずける。だがその甲斐あって『スノーグリッド』の評判は上々、バトルフィールドを駆ける姿を写真に収めようという観客も多く、アレーティアは満足顔だ。
「ふふふ、動いておる動いておる」
「でもいいのか? 自分で動かさなくて」
 アレーティアはあくまで観戦、雪の精霊とシンクロして指示を出すのは真司に譲ったようだ。
「構わん。わらわは作れただけで満足じゃ。充分楽しんだゆえ、あとは真司が楽しむが良い。あとの活躍は、真司の腕と雪の精霊次第じゃな」
「まあ、こうなると俺ができることはあまりないからなあ……」
 遠目に活躍する『スノーグリッド』を眺め、それなりの充実感を味わう真司だった。

「お待たせしましたー」
 冒険屋メンバー、茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)の雪像『巨大仏蘭西人形』も準備ができたようだ。衿栖本人は雪像の肩に乗り、同じく聖典・マリアの肩に乗った来栖と視線を合わせる。
「ところで、肩に乗ったままではバトルフィールドに入れないでスノー」
 水を差すように『巨大仏蘭西人形』から精霊の声が響いた。
「あれ、そうなんですか?」
「フィールドに入るには雪だるマーが必要でスノー。でも雪像を動かすのに使っているから来栖と衿栖は無理でスノー。それに肩に乗ったままでは危なくて戦えないでスノー」
「あら、残念ですねえ……」
 しぶしぶと降りながらも、衿栖は実に残念そうだ。
「私とシンクロすることで、ある程度感覚は共有できるから我慢してほしいでスノー」
「そうですね、それで我慢するとしましょうか。来栖さんとも一緒に戦えそうですし」
 見ると、マリア像から降りながらもニヤリと笑顔を見せる来栖がいる。
「もちろん。大暴れしてやりましょう!」
「ええ!」
 二体並んでフィールドに入っていく雪像。その姿は、フィールド間近で並んで観戦する来栖と衿栖に重なって見えるのだった。

「ちょっちょっちょっと! 待ってくださいよーぅ!」
 アシガルマの手足をもいで雪だるま作成に熱を上げていたクロセルは、突然冬将軍勢ではない筈の相手に襲われてフィールドを逃げまわることになる。
 その相手とは藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)だ。優梨子は戦闘開始直後にあらかじめ冬将軍側に根回しし、裏切りの意図を伝えておいた。その際冬将軍に自らの雪の精霊を無力化させ、無理やり協力させることでバトルフィールドにおいても戦えるようにしたのだ。
「ふふふ、だって私も四天王ですからー! 冬将軍さん達の覇気もなかなかのものですしー!!」
 笑顔でヒートマチェットの二刀流を振り回す優梨子にクロセルはやや劣勢だ。
「いやいやいや、四天王って言ってもE級四天王でしょー! 冬将軍関係ないじゃないですかー!!」
 ――ヤバい、とクロセルは思った。
 確かに彼女は強い、だが本当にヤバいのは戦闘力の強さではない。
 本当にヤバイのはその精神性というか、残虐性の高さだ。『黒檀の砂時計』で自身のスピードを上げつつも、サイコキネシスやスナイプを使って遠距離からも近距離からも的確に狙ってくるのだ――こちらの首を。
「ちょっと分かってますかー!? いくら俺でも首が飛んだら死んじゃいますよー!?」
「あら、そうなのですか? まあ、ちょっとくらいヤリすぎちゃっても事故というものですよね、何と言ってもお祭りですから!!」
 狂気にあふれた高笑いを上げながら、サイコキネシスを利用して投げたマチェットを手元に戻す。狩りの相手としては面白いが、クロセルの動きが素早いのでなかなか捕まえられない。
「じゃあそろそろ、奥の手を出しましょうか!!」
 人間相手の狩りだというのに、彼女は実に楽しそうだ。『地獄の天使』で背中に半ば透けた影の翼を生やし、空中に舞い上がる。
「さあ、行きますよ! 雷電のブースト!!」
 彼女の雪だるマーが強制的にブーストを発動させられる。オーロラの原理をもってプラズマ混じりの大気粒子を招来し、空中から下方に向けてダウンバーストさせる。結果、空気中に散乱した大気粒子が電磁嵐を発生させ、周囲の雪を巻き込んで強大な雪嵐を作りあげた!
「さあ、凍ってしまいなさい!!」
 白い嵐の中にクロセルの人影を認め、空中から一気に急降下する。クロセルはそれに気付かないのか、それとも雪の激しさのせいか、一歩も動けない。
「もらった――!!」
 優梨子のマチェットが空を裂き、ブーストの効果と共に激しい雪嵐が収まっていく。手ごたえアリ、ニヤリと笑みを浮かべると優梨子の足元に転がるクロセルの首――くらいの大きさの雪玉。
「――!!」
 クロセルは、雪嵐が視界を隠した一瞬をこれ幸いと全力で戦線離脱したのだ。雪影は偶然そこにあった雪だるまだ。
「ふう……あんなのとまともにやりあってたら命がいくつあっても足りませんよ。三十六計逃げるに如かずってね」
 憎々しげに雪玉を踏み潰す優梨子。
「もう……しょうがないですねえ、他の首を狙いましょうか」
 そして新たな犠牲者を求めて戦場へと駆け出す優梨子だった。

 一方、その頃の鬼崎 朔とルイ・フリードは。
「はっはっは、やりますね朔さん!! しかしこっちも負けませんよ!!」
「ルイこそさすがの腕前ですね!! こっちも本気は出してないですけど!!」
 次々とアシガルマを戦闘不能に追い込みながらもお互いの妨害バトルを楽しんでいる最中だった。アシガルマにしてみればいい迷惑である。それをこたつで見守るルイのパートナー、セラ。どうやらそのこたつに新客が入ったようだ。
「いやー、どうしてみんなあんなに元気なんだろうね〜」
 ケイラ・ジェシータ(けいら・じぇしーた)である。寒さが苦手なのか、どてらやマフラーをぶ厚く着込んでけっこう着ぶくれている。やたらと丸く見えるのは寒さで猫背になっているからだけではあるまい。
 セラはお茶を飲みながら、聞いてみた。
「戦闘には参加しないのか?」
 まあ、格好から見てもその気がないのは明白なのだが。みかんを食べながらケイラも答える。
「いやー、自分はいいよー、こんなに寒いんだもん。これはもうこたつで観戦するのが一番だよ」
 そこに現れたのはケイラのパートナー、ドヴォルザーク作曲 ピアノ三重奏曲第四番(どう゛ぉるざーくさっきょく・ぴあのとりおだいよんばんほたんちょう)である。高級なコートから色っぽい脚をすらりと伸ばしてケイラにつかつかと歩み寄る。パートナーのケイラと比べて着ている服の質に差があるように見えるのは気のせいだろうか。
「ほうほう、両陣営とも頑張っているではないか」
 こたつの向こう側からフィールドを観戦する。
「やあドゥムカ、こたつはあったかいよ、入るかい?」
「いや、遠慮する。私はしっかり防寒しているからな」
 確かにドゥムカの着ているロングコートは一見すると薄手に見えるが、実はカシミヤ製で前を閉じれば防寒には充分だ。しかも中に着込んだセーターも同様で、いずれも高級品。シャープなシルエットを崩さずに、脚を隠さない着こなしがドゥムカ流なのだ。
 ちなみに、セットでいくらするかは聞かないほうがいいだろう。
「じゃあ、参戦しないのかい?」
「自ら手を汚すようなことはせぬよ。まあ今回は冒険屋ギルドの応援と言ったところか」
「あれ……ドゥムカ、冒険屋ギルド入ってたっけ」
「幽霊メンバーだがな、どれ」
 高台から眺めると今もルイと朔が次々とアシガルマを蹴散らしているのが見える。ドゥムカはそれぞれが倒したであろう数をアバウトにカウントすると、ややルイが劣勢に見えた。
「む、これはいかんな。……ちょっとこっちに来てみろ」
「え、何だい?」
 呼ばれるままにこたつを出てドゥムカの横に立つケイラ。特に変わったところは見えないけれど……と、との時。
「あっ」
 セラが声を上げた時にはもう遅かった。いつの間にかケイラの後ろに移動していたドゥムカが背中を蹴り飛ばしたのだ。
「え? あああぁぁぁ! 何するのさあぁぁぁ!!!」
 文句を言いながらもケイラは勢い良く高台を転がり落ちる。もともと着込んでいたので良く回ること回ること。
「危ないでスノー!」
 このままではフィールドに入り込んでしまうので、途中から雪だるマーが強制的に装着された。しかしそれによりますます丸さを増したケイラは一つの雪玉となってルイと朔の方に転がって行く。
「え?」
「何ですか?」
 アシガルマを屠るのと、お互いへの妨害に夢中になっていた二人はケイラの存在に気付くのにやや遅れた。逃げ遅れた二人は手足をもがれたアシガルマ数体とともに巨大な雪玉となったケイラに弾き飛ばされてしまう。
「おー、ストラーイク」
「二人とも蹴散らしてどうするのさ……引き分けだよね、あれ」
 まるで悪びれる様子もないドゥムカと、呆れるセラだった。