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リアクション
第8章
「はーい、本部前にお邪魔しています、実況のメトロでーす。ちょっと変わった雪像もあるみたいですね〜」
「これは……何だ」
蒼空学園の校長、山葉 涼司は呆然と呟いた。本部前から自分そっくりの顔をした大きさ3mほどの雪像が出撃しようというのだから無理もないが。ちなみに製作者は火村 加夜(ひむら・かや)だ。
「何って、『涼ちゃん2号』ですよ。行ってらっしゃい、ちゅ」
出撃前の雪像を屈ませ、まるで出勤前の新婚さんのように雪像の頬にキスをする。最後に氷で作ったメガネをかけて完成だ。
「頑張ってー」
そういう風に設定していたのだろう、颯爽と空を飛ぶように出撃する『涼ちゃん2号』。氷のつららでできた剣を振るう姿はなかなかに精悍だ。
「何だよ2号って」
だが涼司本人はあくまで苦い顔だ。ルカルカを始めとする本部に詰めている連中に散々笑われたうえでからかわれたので、当然かもしれないが。
「1号がここにいるからですよ。ほら」
涼ちゃん1号は20cmほどの雪像で、タオルで包まれて加夜の胸元に抱かれていた。並んでみると、まるで二人の子供のような錯覚を覚える。
「せっかくですから、一緒に応援してくださいね」
「まったく、しょうがねえな」
加夜に悪気があるわけではないのが分かっているので、特に反論もしない涼司。成り行きとはいえ隣で一緒に応援している涼司が気になって、『涼ちゃん2号』への指示に集中できない加夜だった。
「まあ、こっちはこっちで勝手に戦うでスノー」
加夜からの指示があまり来ないので、雪の精霊も自由に動くことにしたようだ。見ると、四天王とナダレが女性の参加者と戦っている。
「む、これはいかんでスノー。助けるでスノー!!」
加夜からの情報によると『涼ちゃん2号』は女性には弱いが男には強いナイスガイなので、単身で戦っている女性はサポートしなければなるまい。ナダレの方へと進路を変える『涼ちゃん2号』だった。
そのナダレとたった一人で交戦中なのは、ウルフィオナ・ガルム(うるふぃおな・がるむ)である。
というか、彼女が一騎打ちを挑んだのだ。人間型ではあるが、もともと地面につくほどアンバランスに腕が長く、さらに3m以上の槍を扱うナダレの攻撃範囲はかなり広い。それに加えてスピードもかなりあるので、半端な腕では近づくことすら叶わないであろう。
「ほっ! はっ! とっ!」
ウルフィオナも決定的なダメージは負わないまでも、やはりそのスピードとリーチの長さに苦戦していた。
「なかなかやるねえ、あんた!」
「……お主もな。だが、いつまで持つかな?」
減らず口を叩くウルフィオナだが、彼女の武器は両手に持った象牙のククリ、槍に比べて攻撃範囲は極端に短く、その不利は明らかだ。もちろん、槍が苦手とする超接近戦にまで持ち込めれば勝機も見えるだろうが、裏を返せば近づかなければ話にならないということでもある。
「さあ、そろそろ決めさせてもらうぞ」
ウルフィオナが近づくための決定打に欠けていることを見抜いたのか、ナダレは一気に勝負を決めにかかった。あくまでロングレンジからの攻撃の手を緩めずに、徐々にウルフィオナを追い詰めていく。その名の通り、まるで雪崩のように間断なく一気に押し寄せる突きの嵐に反撃するチャンスが掴めない。
器用に両手のククリで槍の小刻みな突きを捌いているが、ウルフィオナの腕や脚などには徐々に槍の穂先がかすり始めていた。白い雪原にウルフィオナの赤い血が幾筋か落ちる。それを見たナダレは己の勝利を確信した。
「とどめだ!」
一瞬の溜めを作り、繰り出されるナダレの一撃。だが、ウルフィオナはそれを待っていた。押し寄せる雪崩が止まる、その一瞬を。
「何ぃ!?」
ウルフィオナの顔面を刺し貫いたかのように見えたナダレの一撃だが、時間をかけてナダレのスピードに目を慣らしていたウルフィオナには攻撃のタイミングが読めていた。槍が長ければ長いほど横のベクトルからの妨害には弱い、槍はウルフィオナの顔をわずかに逸れ、頬から一筋の鮮血を流すにとどまった。ククリ2本を交差させて槍の軌道を変えたウルフィオナは、一気に攻撃に転じる。
「今度はこっちの番だぜえええぇぇぇ!!!」
急いで槍を引き戻すナダレだが、ウルフィオナの方が早い。一飛びで間合いを詰めると猫科を思わせるしなやかな動きで連続攻撃を決めていく。
「だっしゃあああああああ!!」
一撃ごとのダメージはそう重くはないが、双剣と蹴りのコンビネーションがいつまでも続き、今度はナダレが反撃に移れない。それに加えて双剣には爆炎波も併用しているので、それだけでも氷像であるナダレには脅威だ。しかも先ほどの連続攻撃からナダレのクセを読み、動きを先取りして攻撃してくるので身動き一つ取れないのである。
「――ならば!!」
突如、ウルフィオナを振り切って不自然に大きく飛び上がるナダレ。こちら側でいうブーストのような力を使ったのであろう、高く飛びあがってウルフィオナと距離をとった。
「ようし、ここからが本当の勝負――?」
「あっ」
飛び上がったナダレを見上げたウルフィオナが声を上げた時には、既に上空に待機していた『涼ちゃん2号』が攻撃に移っていた。
「風のブースト!!」
ナダレよりもさらに上空に舞い上がっていた『涼ちゃん2号』はつららの剣を胸元に両手で構え、そのままナダレを突き刺した。
「あぐぁっ!?」
さすがにそんな伏兵は予想外だった。空中で身動きできずにまともに攻撃を食らってしまうナダレ。つららが刺さったまま落下してくると、そこには当然のようにウルフィオナが待ち構えている。
「はい、お疲れさん!!」
タイミングを合わせ爆炎波で斬りかかると、次の瞬間には手足を全て落とされたナダレが転がっていた。こうなってはもうどうすることもできないナダレ。
「ふー。うん、なかなか楽しめたよ、あんた!」
それを見て、ニヤリと笑うウルフィオナだった。
その頃の冒険屋ギルド本陣での炊き出しは大盛況、数人のメイドたちが忙しく働いている。冒険とメイドの相関性は不明だが、これというのも朝斗のメイド姿が大変好評だったので、ノアの提案により他数名のギルドメンバーがメイド姿に扮装させられたのである。
「あ、朝斗のメイド姿……まさかもう一度この目で見られるなんて……」
ちなみに、朝斗のメイド姿が最も好評なのはパートナーのルシェンに、である。顔の下半分、口元と鼻のあたりをハンカチで押さえているのは感激のあまり感嘆の声が漏れるのを抑えているのだろうか、それともまさか鼻血でも噴きそうなのだろうか。ともあれ、辛うじて一片のみ残った理性を支えに、炊き出しの手伝いをするルシェンだった。
それでも暇があるごとに朝斗のメイド姿をデジカメで撮影するのは忘れないあたりは、さすがと言おうか。
そして、事件が起こった。
「よー、姉ちゃんかーわいいねー」
どこか他所で一杯ひっかけてきたのだろうか、それともお祭り騒ぎでちょっとご機嫌になってしまったのか、男性客の一人が朝斗のスカートを後ろからまくり上げたのだ。
「きゃあぁぁぁ!?」
思わずスカートの前を押さえて可愛い悲鳴を上げてしまう朝斗。別に朝斗の場合は女装趣味があるというわけでもないし、心は普通の男性の筈なのだが、スカートというのは履くだけで心に何か変化をもたらす魔法でもかかっているのだろうか。
さて、それどころではないのがルシェンである。
「――!!」
無言で禍心のカーマインを抜き、目にも止まらぬ速さで男の足元に2〜3発撃ちこんだ。いくらなんでもまさか実弾で撃たれるとは思っていない男は激しく狼狽する。だが銃撃を足元に留めた彼女の理性は評価されるべきであろう。
「――許せません。」
ガタガタと震え出した男にゆらりと歩み寄り、その顔面に銃口を突きつけてルシェンは呪いの言葉を吐いた。
「朝斗のスカートをめくるなんて! あれは私の――ゲフンゲフン――私だってずっと我慢して――いやその――うらやま――いいえとにかく許せません!!」
色々と本音がダダ漏れのルシェンだが、ようやく周囲の冒険屋メンバーも事態に気付き彼女を取り押さえ始める。いいからお前はとっとと逃げろと、誰かが朝斗のスカートをめくった男を蹴り飛ばして出口から追い出した。
「んー? 何だ?」
表で祭りを観戦しながら熱燗で一杯やっていたメイド姿の朝霧 垂(あさぎり・しづり)は、裏口から蹴りだされて転がるように逃げていく男の背中を見送った。
「騒がしいことだな。祭りとはいえ、もうちょっと落ち着いて行動できないものかね」
と言いつつ、またちびりと一杯。
「大体、何だって俺がこんなところで一人で飲んでなきゃいけないんだ、ライゼのやつ」
別に一人で飲んでいなければいけない理由はないのだが、『垂に味付けさせると死人が出るから』と炊き出しの料理をしていたライゼに追い出されたのだ。何となくそのまま戻るのも癪なので、こうして一人酒を決め込んでいる。
「全く、俺はこう見えても一人前のメイドだっての。料理だって完璧なのに失礼な」
確かに垂も料理は上手い。ただしそれは見かけに限ってのことで、垂本人が味音痴なためその味わいは物凄い。本人は美味いと思っているからまたタチが悪いと言える。
「まあ、確かにこうして一人で飲む酒も悪くないが……」
落ち着いて会場を見渡すと、参加スタッフの頑張りもあって祭りは大盛況。フィールド内ではまだバトルが続いているが、その観戦もまた祭りを盛り上げる一因になっている。垂の前を通り過ぎる来場者の顔を眺めていると、みんな一様に楽しそうな笑顔。それを見ながら熱燗を一杯、また一杯と進めるうち、垂の気分も良くなってきた。
「――ん、雪か」
杯に一片の雪が舞い降りた。グラウンドでは常に吹雪いている状態だが、フィールド外での雪は精霊の力の管轄外のはずだ。つまりこれは天然の雪ということか。
ひょっとしたら、初雪かもしれない。
「まあ雪見で一杯、というのも悪くないね」
料理を任せるわけにはいかないが、追い出してしまったのはさすがに悪かったかな、とライゼが様子を見に来るまで案外ご機嫌で杯を傾ける垂だった。
その頃のアリス・ハーディング(ありす・はーでぃんぐ)は、メイド姿の朝斗の淹れた紅茶を飲みながら冒険屋メンバーの様子を見守っていた。もちろんさきほどのスカート騒ぎも目撃したが、皆が素早い動きで対応したので特にすることはない。角度的にスカートの中身もバッチリ見えてしまったが、その詳細については朝斗の名誉のために黙っていることにしよう。そもそもあの格好もノアの指示ということだがご苦労なことだ、この私もしっかり皆の働きをサポートしなければなるまい、ただし『客』として。こうしている間にも冬将軍との戦いが激化して一般客に被害が出てはいけない、可能な限り広範囲に広げたフォースフィールドを張り続けることで万が一の事態に備えるとしよう。こちらのメンバーは曲者揃いだからどうにでもできるだろうが一般人はそうはいかない、もしもの時のためにしっかり守ってやらねば。貴族たるもの、どんなトラブルがあろうとそれを楽しむ程度の余裕は持たねばなるまいからな。
と、いうような思考を物言わぬ瞳の奥に隠して、彼女はまた紅茶に口をつけた。もちろん彼女がフォースフィールドを展開していることは誰にも知られていないし、教える気もない。このまま何もなければ、彼女はただイスに座ってメンバーの働きを眺めながら優雅に紅茶を飲んでいただけのようにも見えるのだろうが、それでも彼女は一向に構わない。
何故ならば、それはアリス・ハーディングが貴族だからである。
そんな形で祭りを楽しむ者もいれば、あくまでも自分のやり方で戦いを挑む者もいる。
天城 一輝(あまぎ・いっき)もそのうちの一人だ。
一見すると異様な光景であった。バトルフィールドに小型飛空艇を持ち込んだ一輝はアシガルマ軍団と対峙しているのだが、何故か彼の飛空艇は水平な横移動しかしておらず、一輝の陣営目掛けて襲いかかってくるアシガルマを一体ずつ狙い撃ちしていた。
「このリベットガン、水平にしないと弾が出ないって、とんだ不良品だな」
ブーストを使う代わりに雪の精霊に作らせたリベットガンに文句を言う一輝。水分を圧縮し、氷をつらら状にして撃ちだす特別製だが、銃身を傾けると弾が出ないため、飛空艇を地面スレスレの超低空飛行にして、アシガルマシューティングを楽しんでいるのだ。
ちなみに事前に破壊工作で地面の雪を積み上げ、こちらの陣営に盾となる障害物を4つほど作っておいた。正式には『トーチカ』と言う。接近することができないアシガルマは50体ほどの編隊を組んで一輝に戦いを挑むものの、一輝の操る飛空艇の素早い動きになかなか対応しきれていない。正式に言うとその数は55体。主に弓矢で編隊を組むアシガルマ軍とトーチカの陰から狙い撃ちする一輝の対立構図は本部からも良く見てとれた。
本部の観客達はその状態を見て首を捻る。山葉 涼司も同様だ。
「これ、どっかで見たぞ。確か……」
「昔懐かしのテーブル筐体の元祖シューティングゲーム」
「それだ!」
「がんばるでスノー! 陣地を侵略されたら一気にゲームオーバーでスノー!」
「詳しいな精霊」
「UFOを落とせば高得点でスノー!!」
「UFO? 得点?」
「おお! ちょうど15発目を数えているとは!! 300点でスノー!!」
「おい精霊、お前今年で何歳だ」
そんな観客の良く分からない盛り上がりをよそに、アシガルマ軍との攻防戦を楽しむ一輝だった。
「なるほど! 密着してしまえば敵の弓矢も当らないでスノー!! あれが伝説のナゴヤ撃ち――!?」
「だからお前いくつだ」
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