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【三 仮設運営本部にて】
 一塁側スタンド裏のスタッフルームの一室に設置された、仮設運営本部。
 そこに、蒼空ワルキューレの共同オーナーのひとり、田辺 恒世(たなべ つねよ)の姿があった。三十路に足を踏み入れたばかりの年齢ではあるが、見た目は相当に若く、二十代前半といわれても違和感が無い程の若々しさと美貌を具える女性であった。
 ちなみに彼女には、ナベツネというあだ名がある。誰がつけたのかは不明らしいが。
 それはともかく、スタッフルーム内の一角に、面接用のカンファレンススペースが設けられており、恒世が面接官となって、ふたりの女性の面接に当たっていた。
 そのふたりとは、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)であった。
 いずれも、普段とは明らかに異なる(セレアナ談)ごくごく普通のブラウスとプリーツスカートで恒世との面接に臨んでいたのであるが、特にセレンフィリティは何となく落ち着きが悪いのか、恒世が気づかない程度に、足元を小さく揺すっていた。
「で、お二方とも、広報担当へのご応募ということで宜しいかしら?」
「はいぃ、そうですぅ」
 明らかに猫をかぶってそうな声音で、今にも喉の奥をゴロゴロと鳴らし出しそうな勢いのセレンフィリティだったが、その笑顔はとびきりの明るさを見せている。
 方やセレアナは何をどうして良いのかさっぱり分からず、いささか仏頂面に近い表情で、セレンフィリティの隣に座っていた。凡そ、面接を受けに来た者とは思えない程の排他的な顔色であった。
 ところが恒世は何を思ったのか、妙に満足げな笑顔でふたりの顔を交互に見詰めた。
「あら、良いじゃない、この対比的な表情。萌えとツンデレは、今や球界でも必須の要素だものね。お二方には是非、マスコットガールをやって頂きたいと思うのだけれど、宜しいかしら?」
 何をどう思ってセレアナをツンデレだと判断したのかは謎中の謎だが、とにかくもセレンフィリティにしてみれば、渡りに舟であった。
 このオーナーさん、話が分かる……セレンフィリティには、恒世の背後に後光が差して見えた。
「じゃあ早速、ふたりのキャッチフレーズが必要ね。そう、あなたは……『休みの日は、あの娘と一緒に野球を見に行こう!』でどうかしら?」
 セレンフィリティには、断る理由も無い。無論、即決だった。
 次いで恒世は、セレアナのやや緊張気味の面を真正面から覗き込みながら、思案をまとめる。
「あなたはね……『ツンデレな彼女も、思わず熱くなる』これでいきましょう」
「あくまでも私はツンデレなんですね」
 なんとなくがっくりきた気分のセレアナだが、こう何度もツンデレを連呼されていると、ついその気になってきてしまうのだから、不思議なものである。

     * * *

 一方、同じ頃。
 スタインブレナーのでっぷりとよく肥えた体躯が、テーブル脇の革椅子に深々と沈んでいる。
 彼は元々、ツァンダ家の財務部門及び法務部門を専門的に取り扱う役人だったのだが、ツァンダ・ホールディングスの社長に抜擢されただけでなく、ツァンダ・ワイヴァーンズ設立に際し、自らオーナー職に就くことを決めたという話であった。
 そのスタインブレナー自らが面接官となって、たった今、桐生 円(きりゅう・まどか)のプレゼンを聞き終えたばかりであった。
 円が示した内容は、パラ実によるパラミタ式の乱闘野球が浸透しているシャンバラに於いて、本格野球はむしろ開拓の余地が大いにあり、伸びしろが見込める点を考慮して、まずはその楽しさを広めようというところから始まった。
 その手段として、一に足で稼ぐ『選手と地元の交流』、そしてお試し感覚で見に来て貰うチケット配布。これがまず初期の広報活動の軸となる。
 第二に選手達のスター化。今回トライアウトに参加した人々は年齢も性別も種族も実に様々で、プレースタイルや外観も十人十色だから、色んなファン層が開拓出来る。サイン会の実施や写真集の発行、ホームページの編集などで情報を発信していけば、大きな武器になるだろう。
 以上が、円のプレゼン内容である。
 スタインブレナーは、しばし厳しい表情で円を真正面から見詰めていた。
(何か、間違ったかな……?)
 円はスタインブレナーという人物をよく知らない。その為、このプレゼン内容で本当に正面突破が可能かどうかは五分五分と見ていた。
 後は、相手がどう反応するかだ。そこで答えを誤れば、結果はついてこない。
 緊張に満ちた空気が、その場を支配した。ややあってから、スタインブレナーが粘っこい声音を放つ。
「球団が真に売らなければならないものが何なのか、という点を聞きたい。君はどう考えているのかね?」
「チケットやグッズ……といいたいところですが、いずれも違います。球団が真に売らなければならないのは、それは『試合(ゲーム)』であり、『プロフェッショナルのプレイ』です。それ以外のものは全て、付加価値に過ぎません」
 円の回答を聞いた時、スタインブレナーはようやく、満足げな笑みを浮かべた。
「そう、その通り。我々は試合とプロの華麗な技を提供してなんぼの商売だ。チケットやグッズの売り上げなどは、後からいくらでもついてくる。プロスポーツ球団経営は、ショービジネスであることを忘れてはならない。おめでとう、合格だ。ツァンダ・ワイヴァーンズは広報担当としての君の力を大いに必要としている」

     * * *

 面接会場である仮設スタッフルームを出た円を、本郷 翔(ほんごう・かける)フィリシア・レイスリー(ふぃりしあ・れいすりー)の両名が廊下で出迎えた。
 その極めて高度な事務能力で職員採用にこぎつけていた翔は、円の結果がどうなったのか、知りたくて堪らないといった表情を見せた。
「円様、按配の方は如何でしたでしょうか……?」
 不安げに問いかける翔に対し、円は親指を立ててにっと笑った。
 その仕草を見て、翔とフィリシアに明るい色が広がった。
「良かったですわ円さん。きっと、あなたの熱意が通じたのですね」
「うん、それは嬉しいんだけど……フィリシアさんは、まだ保留なんだよね?」
 逆に問いかけられて、フィリシアは少し困ったような苦笑を浮かべた。
 彼女の場合、ワイヴァーンズの職員から逆にマスコットガールとしてスカウトされ、スタインブレナーへの面接を勧められたのだ。
 スタインブレナーは即決で採用を言い渡したのだが、肝心のフィリシアの方が、受けるかどうかを保留してしまったのである。
 その理由は、パートナーであるジェイコブにあった。
 ジェイコブはまだ、トライアウト受験の真っ最中なのである。ジェイコブの合格なくして、自身のマスコットガール採用もあり得ないというのが、フィリシアの考えであった。
「ですが、ジェイコブ様ならきっと大丈夫でございますよ。先程トライアウトのご様子を拝見した限りでは、全く問題が無いと考えて差し支えないかと」
 翔の励ましに、フィリシアはどう答えて良いか分からず、本当に困ってしまった。
 そもそもこのトライアウトには、ただ見学に来ただけだったのである。それがあれよあれよという間に、こんな展開になってしまったのだ。
 果たして、どう転ぶことやら。