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ツァンダ合同トライアウト

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ツァンダ合同トライアウト

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【七 一塁側ダッグアウトにて】
 これからいよいよ、今トライアウトの最後のプログラム、紅白戦が始まる。
 この紅白戦に先立って、参加者達は紅組と白組とにチーム分けされた。一塁側ダッグアウトには、紅組のメンバーが集められた。
 指揮を執るのはツァンダ・ワイヴァーンズのバッテリーコーチ古田 克也(ふるた かつや)である。彼はもともと、日本のプロ野球にてリーグを代表するキャッチャーと評された人物で、数年前にプレーイングマネージャーを経た後に引退した。そして一ヶ月程前に、コントラクターとして契約を果たし、ここパラミタの地を踏むに至ったという。

「はいはい、それでは皆さん、こっち注目ね」
 その古田バッテリーコーチの口から、紅組の先発メンバーが発表された。
 バッテリーは投手が葉月 ショウ(はづき・しょう)、捕手がシルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)
 そしてオーダーは、以下の通り。
  一番 ジェイコブ(7)
  二番 カイ(4)
  三番 リカイン(8)
  四番 ブリジット(6)
  五番 春美(3)
  六番 ミスティ(5)
  七番 ソーマ(9)
  八番 シルフィスティ(2)
  九番 ショウ(1)
 見ての通り、指名打者制は採用せず、文字通り九人での攻撃となる。
 括弧内の数字はポジション。1は投手、2は捕手、3は一塁手、4は二塁手、5は三塁手、6は遊撃手、7は左翼手、8は中堅手、9は右翼手をあらわす。
「ほほ〜、私が四番か。良いじゃない、良いじゃない」
 何かと目立ちたがりなブリジットはひとり悦に入った様子で、にやにやしながらベンチに腰かけている。
 一方、リカインは見るからに緊張気味のシルフィスティの背中を軽く叩いて、全身をほぐしてやろうとしている最中だった。
「ほらほら、柄にも無く緊張なんかしちゃって。取って食われる訳じゃないんだから、もうちょっとリラックスしなさいな」
「そ、それは分かってるけど……やっぱり試合になると、何か雰囲気が違うっていうか……」
 これが捕手の重圧というものだろうか。いや、それ以前に外野のリカインからレーザービームで返ってくる一直線の返球の方が恐ろしいという気がしないでもない。
 尤も、そんな台詞を口にしたら、更に恐ろしい事態を招きかねないのだが。
 そんなシルフィスティの心情を知ってか知らずか、リカインはシルフィスティとバッテリーを組むショウに向かって、申し訳無さそうに両手で拝む仕草を見せた。
「御免なさい、ショウくん。悪いけど、この子をリードしてあげてくれない? 何だかすっかり緊張しちゃってて……」
「えぇっ! お、俺が!?」
 いきなり話を振られて、ショウは仰天して卒倒しそうになった。
 よくベテラン投手が若手捕手を育てるという話は聞くが、ショウ自身はベテランでもなければエース級という訳でもない。いわば、シルフィスティとどっこいどっこいなのである。
 そんな自分が、捕手を逆にリードするなど、果たして可能なのかどうか。
「うーん、まぁ俺のゲーム脳でどこまで通用するか分からないけどさ……一回やってみるよ」
「お願いね! その代わり、外野の間は絶対抜けさせないから!」
 リカインがそういってうけあうのを、ジェイコブとソーマがぎょっとした表情で聞いていた。リカインの宣言は暗に、このふたりにもきびきび働けといっているのと同義なのである。

     * * *

 そんな一塁側ダッグアウトの裏手廊下に、甲斐甲斐しく働くひとりの人物の姿がある。セレスティア・エンジュ(せれすてぃあ・えんじゅ)はこの日の朝から、ほとんど休み無しで裏方役としてトライアウト参加者達の世話を焼いていたのである。
 ダッグアウトにスポーツドリンクを常に切らさないよう補充し続けたり、タオルを次々に洗濯してはすぐに乾燥機にかけて交換してやったりなど、それこそ大車輪の活躍を見せていた。
 勿論、他にも裏方役は何人か居るのだが、仕事量にかけては彼女が断トツの一位である。
 紅白戦開始までに、一塁側のケアは大方片付いた。さぁ次は三塁側だ、と回廊になっている通路に足を踏み出すと、そこに円と翔のふたりを従えたスタインブレナーの姿があった。
「これはこれは、ご苦労様です、セレスティア様」
「本当に大変そうだね。ひとりで大丈夫?」
 セレスティアは挨拶を返すものの、翔と円に気を遣われたのが何となくショックに思えてならなかった。そんなに自分は、疲れている顔をしているのだろうか。
「お気遣い感謝致します。ところで、こちらへはどのようなご用件ですの?」
 何かあれば、自分が承ろうという意図を見せたセレスティアに、スタインブレナーはどことなく助平親父っぽい脂ぎった丸い顔を、一瞬で破顔させた。
「いやいや、ちょっとこのふたりに、現場を見せておこうと思いましてな」
「あら、そうでしたの。それではわたくしは、まだ作業が残っておりますので、これで失礼致します」
 三塁側へと急ごうとしたセレスティアだったが、スタインブレナーが例の粘っこい声で呼び止める。
「ああ、実はセレスティアさんにも用がありましてな」
「わたくしに、ですか?」
 怪訝な表情で振り向くセレスティアに、スタインブレナーは精一杯の愛想笑いを浮かべて、曰く。
「いやぁ、あなたの働きぶりに、私、心底惚れましてな。如何ですかな、うちの球団に来て頂くということは、無理な相談でしょうかな?」
 この申し出はさすがに、セレスティアにも想定外だった。即答は出来ず、ひとまず持ち帰って検討しますと答えるのがやっとだった。