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【八 紅白戦 序盤】
 いよいよ紅白戦の開始、という段になって、またもや問題が発生した。
 ボールボーイならぬボールガールとして、グラウンド上での裏方役に徹していた五十嵐 理沙(いがらし・りさ)が数個の白球を携えて球審のところへ急いでいくと、どこかで見た覚えがあるような外観の人物が、球審と揉めているようなのである。
(あれ、誰だっけ……?)
 一瞬記憶が飛んでしまった理沙だったが、すぐに思い出した。
(もしかして、ろくりんくん?)
 そこに居たのは、『ろくりんくん』のゆる族キャンディス・ブルーバーグ(きゃんでぃす・ぶるーばーぐ)だった。
 彼女は、ろくりんくん+金髪+ブラという、例えるなら『ろくきんぶコンボ』ともいうべきあり得ない姿の上に、審判用のマスクまで着用していたのだから、もう訳が分からない。
 理沙が球審の後ろで押し問答をじっくり観察してみると、どうやらキャンディスは審判として参加させて欲しい旨を直訴しているらしい。
 ところが既に述べた通り、今回のトライアウトでは3Aで研修をみっちり積んだSPBのコントラクター審判員がジャッジを下す決まりになっており、到底、キャンディスが加わる余地が無かったのである。
「お頼みしますネー! ミーを審判として参加させて欲しいネー! これは次のろくりんピックにも影響する重要な使命ですヨ!」
「そうはいってもねぇ……」
 球審が困り果てていると、そこへ事態を収めるべく、スタインブレナーが大きな腹回りを揺らしてグラウンドに飛び出してきた。何故か円と翔もついてくる。こういう場も、貴重な現場経験なのだろう。
「お願いネ、オーナーサン! ミーを審判に使って欲しいネー!」
 ところが意外にも、スタインブレナーはさほど考える素振りもなく、驚くべき回答を口にした。
「まぁまぁ、そうですなぁ、二塁の塁審なら見習いとしてさせてあげも良いですが、如何ですかな?」
「うーん、二塁の塁審デスカ……」
 正直なところ、球審以外は全く美味しいところが見当たらないのが実情だったが、こうなるともう背に腹は代えられない。ゆる族の背と腹がどういう構造になっているのかはさておき。
「そ、それでお願いしますネ! 是非ミーを使ってクダサーイ!」
 この一連の流れを見ていた理沙は、キャンディスが塁審を務めることの是非よりも、
(へぇ、いってみるもんだなぁ)
 などと、奇妙な方向で感心していた。

     * * *

 ともあれ、ようやく紅白戦のプレイボールがかかる時がやってきた。
『はいはい〜! ここからはわたくし、メトロ・ファウジセンの場内実況で、お客様方に分かりやす〜く実況致しますですよ〜!』
 突然、バックネット裏や外野スタンドに、メトロの元気な声が拡声器に乗って流れてきた。実はこの音声、指向性拡声装置を使用している為、グラウンド上には一切音声が届かないという優れもので、選手達の集中力を損なわないように出来ている。
 蒼空財管の子会社が開発して特許を取ったというのだから、これだけでも結構なロイヤリティー収入になっているそうである。
「えっ、何だ?」
「実況……だそうですわね」
 外野スタンドで観戦していたマクスウェルと舞が、完全に虚を衝かれて互いの顔を見合わせている。
 そうかと思うと、別のところでは、
「うるさーい! 静かにしろー! 全然集中出来ないでしょーがー!」
 と叫ぶネノノの怒りの咆哮。どうやらまだ、スカウトする選手を絞ろうと、鉛筆舐め舐めリストアップしている最中だったようだ。
 それでも一切容赦無く、客席用場内放送は続く。
『解説は世界の盗塁女王こと福本 百合亜さんです。福本さん、どうぞ宜しくお願いします』
『あぁはいはい、どうも』
『更に更に、今回は特別ゲストをお招きしております。蒼空ワルキューレの初代マスコットガールのおふたり、セレンフィリティ・シャーレットさんとセレアナ・ミアキスさんにもお越し頂きました〜! お二方、どうぞ宜しくお願いしまっす!』
『は〜い、皆さんと一緒に野球を楽しみたいセレンフィリティです! どうぞ宜しくお願いしますね〜!』
『……あー、えーと、セレアナです』
 グラウンド上は極めて真面目な真剣勝負が展開されようとしているのだが、観客席の方は何やらカオスの臭いがぷんぷんしてきた模様。

     * * *

 既に紅組にはオーダー表が渡っているが、メトロが改めて白組の先発をマイクに乗せて発表した。
 先頭打者は二塁手マイト・オーバーウェルム(まいと・おーばーうぇるむ)。以後、
  二番 ソルラン(8)
  三番 オットー(3)
  四番 イングリット(5)
  五番 弧狼丸(6)
  六番 レティシア(7)
  七番 アレックス(9)
  八番 真一郎(2)
  九番 椎名(1)
 と続く。
 マイトはぶつぶつ文句をいいながら、バッターボックスに向かっている。というのも、彼はもともと投手希望だったのだが、あまりにバッティング偏重の傾向が強い為、急遽二塁手に回されてしまったのである。
 投手でも打撃は常に本塁打狙い、というのが瞑須暴瑠の常識だったのだが、このSPBでは勝手が違うという点を、まず懇々と説教された為、仕方なく二塁手として出場することになったのだ。
 尤も、シート打撃ではきっちり登板もしている為、投手としての能力はスカウト陣には一応見てもらってはいる。本当にただ、一応見てもらったという程度であったのだが。
 しかし同時に野球が出来れば何でも良いという発想もあるので、そこはすっぱり意識を切り替え、マイトはバットをぶんぶん振り回しながらバッターボックスに入った。
「ひゃっはぁ! 俺がマイトだ! おめぇらに本場瞑須暴瑠の真骨頂を教えてやらぁ!」
 どう見てもイルミンスールの生徒なのだが、その言動は見事にパラ実生を地で突き進むマイト。
「タイタンホームラン!」
「タイタンホームラン!」
 ところが、大声で叫びながら二球空振りしたところで、不意にマイトの目の色が変わった。
 瞑須暴瑠の定義でいえば単なるスローなクソボールに過ぎない二球だったのだが、その二球に自分があっさり翻弄されたという事実に、雷にでも打たれたような衝撃を覚えたのである。
(……マ、マジか)
 マイトは、深刻な表情で本塁をじっと見詰めた。
 一方、間近でマイトの表情の変化を察知したシルフィスティは、これ以後は要警戒だと判断した。それまでは単純に瞑須暴瑠しか知らない相手を手玉に取れば良いと考えていたのだが、目の色が変わったところを見ると、発想を変えてくる可能性も考慮しなければならない。

 が、結局シルフィスティの警戒は杞憂に終わった。
 その後もマイトは大声で叫びながら大振りするだけであり、あっさり討ち取られてしまったが、ダッグアウトに戻る際の彼の背中が、明らかに泣いていた。
 少なくともシルフィスティには、そう見えた。
 ダッグアウトに戻ったマイトはまず、手近に座っていた優斗の真正面に正座して、呆けた表情で顔を覗き込んだ。さすがに優斗も、これには大いに引いた。
「……なぁ、教えてくれねぇか。野球のルール、なんだけどよ……相手を全員倒せば良い、んだよな?」
「は?」
 優斗はマイト以上に呆けた顔になった。この時の表情を写メで撮って残しておいたら、後で相当恥ずかしい思いをしていただろう。
 だが、彼はマイトの当惑の原因をすぐに察した。イルミンスール生であるマイトがわざわざこういう質問をしてくる理由は、容易に想像出来る。
 それは、マイトが瞑須暴瑠しか知らないという、ただその一点に尽きるだろう。
 一瞬優斗の脳裏に、ともに切磋琢磨してきた友の顔が映像として浮かぶ。恐らくマイトはマイトで、彼の仲間達とともに瞑須暴瑠を楽しむ青春を謳歌してきたに違いない。
 そして今、優斗とマイトは同じ野球に挑んでいる。ここでマイトを突き放すべきではない。
 優斗は、小さく息を吐き出して微笑んだ。
「生憎、それは瞑須暴瑠のルールです。野球には野球のルールがあるのですよ」
「え……違うの?」
 マイトは我ながら情けないとは思ったが、泣きたい気分だった。ここにもし恋人のメトロが居てくれたら、慰めのことばのひとつも投げかけてくれただろうが、皮肉にも今、メトロの声はここグラウンドだけには聞こえない状況にある。
 マイトはマイト自身で、この挫折感を乗り越えなければならなかった。

 その間も、白組の攻撃は続いている。
 二番ソルランは完全に詰まらされたものの、俊足を活かした内野安打で出塁した。塁上でガッツポーズを取るソルラン。
「やったぁ! 逃げるが勝ちっていいますもんね!」
 いや、それはちょっと意味が違う。
 続くオットーは、その巨体からは想像も出来ない程に器用らしく、絶妙なプッシュバントで、自分も生きようという作戦に出た。
 結果は辛うじて一塁アウトでの犠打止まりだったが、この予想外の戦術に、ショウは動揺を隠せない。
(駄目だ、落ち着け、ショウ!)
 今はセットポジションを強いられており、ただでさえトルネードでの球威抜群な速球が封じられているという状況である。ここで集中力を乱すと、取り返しがつかなくなる。
 だが、そこにつけこんでくるのがイングリットと弧狼丸の上手さでもあった。
 ふたりに連続タイムリーを浴び、あっという間に二失点。

     * * *

 その裏、紅組の攻撃。
 マウンド上にはオーダー通り、椎名が立つ。受けるのは真一郎だ。
 打席のジェイコブは、シート打撃を見る限りではミート中心の広角打法らしい。出塁を防ぐのは難しいが、大きいのをいかれるよりはまだマシだ、という発想で、真一郎は外角中心に配球を組み立てようと考えた。
 ところが。
「えぇっ! 嘘ぉ!」
 思わず椎名が叫んだ。
 初球、外角低めの直球を完璧に捉えられ、バックスクリーンまで運ばれた。引っかけてくれれば、という思惑が外れた。ジェイコブの二メートル近い巨躯とその長いリーチは、外角を苦にしないのである。
 先頭打者の一発で、早くも一点差に詰め寄った紅組。ところが当のジェイコブ自身は、ダイヤモンドを回る最中、ひたすら渋面だけを浮かべていた。
(いかん……これは、一番打者の仕事ではない)
 点差がある時は、まずは塁に出て相手バッテリーに警戒させ、後続の打者を助けてひとりでも多くの走者で塁を埋める……それがジェイコブの描いていた理想だった。それを、自身の思わぬパワーで台無しにしてしまったのである。
 折角本塁打を放ったというのに、あくまでもストイックに理想を追求する男であった。

 この紅白戦は点の取り合いになるかとも思われたが、不思議なことに、その後しばらくは投手戦の様相を呈してきた。
 出会い頭の一発で逆に目が覚めた格好になった椎名が、後続を完全に抑え切ったのが大きい。彼女の好投が試合を落ち着かせたといって良いだろう。