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校長室の悲劇――

「なにやら、さわがしいのですぅ…」
 コッポルン病に罹ったエリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)の為に、校長室には布団がしかれていた神代 明日香(かみしろ・あすか)が用意したものだ。
「エリザベートちゃんは病気なんだから、寝てないとダメですぅ!」
 周囲の騒ぎが気になって起きあがろうとするエリザベートを制止する明日香、その目は真剣そのものだった。
「たかが風邪くらいで……明日香は厳しいのですぅ……」
 唇を尖らせるエリザベートだが、いつになく厳しい表情の明日香に気圧され、布団に戻った……掛け布団を口元まで被る。

(嗚呼……コッポルン病だなんて……かわいそうなエリザベートちゃん……)
 そんなエリザベートから顔を背け涙を堪える明日香……彼女もまたコッポルン病を信じてしまっているのだ。
 〇△書房の本によれば、エリザベートの命は、もってあと数日だという……そう思うと、いてもたってもいられない。
「やはり……アーデルハイト様たちだけに任せておかず、私も……」
 その時だった。

 ……コンコン

「?」
 校長室の扉をノックする音に明日香が振り返る。
 こんな時だというのに何かあったのだろうか……出来ればお引取り願おう……
 そう考えながら、扉を開けて応対する。
「どちら様ですかぁ? エリザベートちゃんは今……」
「あ、ご苦労様です、エリザベート校長の具合はどうですか?」

 ……そこには花束を持ったクロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)が立っていた。

「風邪をひかれたと聞きまして、いてもたってもいられず、つい……お邪魔でしたらすいません」
「……しょうがないですぅ、少しだけ、ですよ」
 エリザベートを心配して駆けつけて来た人間をぞんざいには扱えない。
 明日香はクロセルを室内へ通すことにした。

「明日香さん、花瓶はありますか?」
「はぁい、ちょっと待っててください」
 持ってきた花束を生けるつもりだろう、花瓶を探す明日香……しかし奇妙な花だ。
「……見たことのない花ですぅ、その花は何の花なのですぅ?」
 興味を惹かれたエリザベートにクロセルは得意げに答えた。
「よくぞ聞いてくれました、この花の花言葉は雄大にして堅固……まさに世界樹イルミンスールと契約せしエリザベート校長の為にあるようなこの花……」
 そんな口上と共に花束をぐいっ、とエリザベートの方へに差し出してみせる……
 残念ながらその花はお世辞にも美しいとは言えない……楕円形をしたその形は、花と言うよりも、まるで何かの幼虫を思わせた。
「ふむふむ……ん……くしゅん! くしゅん! ふぁ、くっしょん!」
 エリザベートがその花に顔を近づけた直後、激しいくしゃみが彼女を襲った。
「エリザベート校長?!」
 慌ててクロセルが背中をさする……だが効果はいまいちだ。
「エリザベートちゃん?!」

 パリン……明日香の足元で花瓶が割れた。

「エリザベートちゃん、エリザベートちゃん、死んじゃ嫌ぁぁ!」
 散らばる破片のことなど気にも留めず、エリザベートに駆け寄る明日香。
「うぅ……明日香ぁ……暑い……暑いのですぅ……」
 苦しそうなエリザベート、その額には汗が浮かんでいた。
 エリザベートの容態の変化に明日香は激しく取り乱している……ただの風邪とは思えない。
「明日香さん……これはいったい……」
 ……クロセルは、わけがわからず呆然と立ち尽くしていた……その手に花束を握り締めたまま。


 花言葉は雄大にして堅固、その花の名は……パラミタ杉。



「アーデルハイト様の命で来ました、エリザベート校長は……こ、これは……」
 校長室に入ってきたジープ・ケネス(じーぷ・けねす)は、そのただならぬ様子に絶句した。
「治療法は見つかったんですか?! 早くしないとエリザベートちゃんが……」
 治療法だけが一縷の望みだ……ものすごい勢いで詰め寄る明日香。
「い、いや……それはまだ……」
「そうですか……」
 がっくりとその場に崩れ落ちる明日香……
 だがジープはそんな状況に追い討ちをかけるような知らせを持ってきたのだった。

「空気感染……」
「という事は、私はもちろん、校長とずっと一緒に居た明日香さんはかなり危ないということですね……」
 あまりのことに、頭が真っ白になりそうな二人を置いて、ジープはエリザベートに近づいていく……
「つまり……この病気を……明日香にうつしてしまったのですかぁ?」
 エリザベートはのみこみが早かった。
 暑さを堪えながら、明日香の身を心配している。
「この症状は……こうなっては、もはや、こうするしか……」
「え?」
 ジープの手元がキラリと光った……ナイフが握られている?!
「エリザベート校長、お覚悟!」
「な……」
 エリザベート目掛け、そのナイフを振り下ろす……
 病身のエリザベートに避けられるはずもない……明日香とクロセルは……突然の事に対応が遅れた、間に合わない。
 エリザベートの胸元にナイフが吸い込まれていった……
 真っ赤な鮮血が周囲に飛び散……飛び散っていない。

「……?」
 あそるおそる胸元を見るエリザベート……ナイフは根元まで深々と突き刺さっているように見えた。
「……どうですか? エリザベート校長?」
「あれ……痛くないですぅ……くしゅん」
 返事と一緒にくしゃみをするエリザベートの目の前でナイフのネタばらし……刃がひっこむオモチャだったのだ。
 ドッキリ成功といったところだが、ジープは表情を曇らせる……
「うーん……ショック療法はダメか……」
「ショック……療法?」
 すっかり固まっていた明日香が口を開いた。
「ああ、この本に書いてあったので……試してみようと……」
 そう言ってジープは〇△書房の本を見せる。
「おや……その本は……」
 クロセルは本のことを知っているようだ、しかし、クロセルが何か言おうとする前にジープは言葉を続けた。
「でも、空気感染というのは本当なんだ、アーデルハイト様は感染者を図書館の奥に隔離するって言ってたよ」
「じゃあ、私達も?」
「うん、そうなると思う……移動するなら早いほうがいい、手伝うよ」
「ひ……一人でも歩けますぅ……」
「エリザベートちゃん、無理しちゃダメです!」
「そうです、校長は生きることに専念してください」
「担架なら折りたたみ式のがここに……」
「な、なんなのですぅ……」
 エリザベートの抵抗むなしく、3人がかりで仰々しく運ばれていくのだった。