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春を知らせる鐘の音

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春を知らせる鐘の音

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 フランス風エリアの邸宅では、メイン式場である大聖堂に併設されているだけあり、ドレスの展示数もエリア1。純白はもちろんのこと、お色直し用のドレスまで取りそろえている。ヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)は部屋いっぱいに飾られたドレスを前に、落ちつきなくドレスを色んな角度から眺め始めた。
「はしゃいでると迷子になるぞ」
 そうならないよう、後ろからついていく柊 真司(ひいらぎ・しんじ)は小柄なヴェルリアが他の見学者やマネキンの影に隠れないよう目を光らせている。
「ねえ真司、このドレスはどう思いますか?」
「ん? 悪くはないな」
 指差したマーメイド型のドレス自体は悪くないが、ヴェルリアには幾分か身長が足りない気もする。考え込む真司に好みじゃなかったのかと思ったヴェルリアは、その隣のドレスを指した。
「このリボンがたくさんついているのも可愛らしいですよね。でも、折角だから大人びた格好をしたい気もしますし」
「まあヴェルリアだからな……」
 幼さの残る外見を指摘されたのか、何なのか。素っ気ない反応に、男の人には興味の無いことだろうかとちょっぴり寂しく思いながら、めげずに次のドレスを指す。
「わあっ、見て下さい! このビーズ混じりの刺繍、凄いですよ。まるで宝石みたいにキラキラしてます」
「確かに凄いものだな。機械じゃとても――あ」
 マネキンの間から見えた、奥の列にあるドレス。それをいち早く見せたくて、真司はヴェルリアの肩を抱き寄せた。
「あっちにあるちょっと短めのほうが、ヴェルリアに似合うんじゃないか?」
 次々にヴェルリアが似合うかと尋ねてくるドレスも決して悪くはない。けれどこの通路にあるロングドレスよりも、ミディアム丈の物が似合う気がするという真司にヴェルリアは驚きを隠せない。
「あ、ああいうのが好み、ですか?」
「好みというか――っ、似合うと思っただけだって」
 耳をくすぐるぐらい近くで聞こえた声に、思わず真司は立ち上がった。どうやらドレスを見やすい位置に誘導するために、自らも屈んで彼女の目線に合わせていたらしい。冷静を装ってみるも、恥ずかしそうに笑うヴェルリアの頬の赤さが移ってしまいそうだ。
 真司から手応えのある返事を聞けたことで元気になったヴェルリア。彼は1日連れ回されることになるのかもしれない。
「ここかぁああああっ!?」
 そんなまったりとした空気を壊すように展示室へ入ってきたのは風森 巽(かぜもり・たつみ)。昨年は慌てる彼女を同じ場所へエスコートし、優雅にストールを借りてみせた姿など影も形もない。トレジャーセンスを使っているのか、部屋の奥まで入らず周囲を見渡すと慌てて展示室から出て行く。自分にとっての宝物は唯一でも、会場中には無数に存在するイースターエッグ。その上、高価なドレスやアクセサリーも展示されているとあっては、慌てふためく巽に場所を限定することは困難だった。
「どーん」
 廊下を走る巽の前に突然現れた、ウサギのぬいぐるみ。無表情で、可愛いとは形容しがたいそれの長い手足を持ってつり下げていたのは吉柳 覽伍(きりゅう・らんご)だった。
「あれ。走ってくるからウサギかと思ったのに。ちぇー」
 めそめそと泣いてるポーズをぬいぐるみにさせたかと思うと、卵を持ってないかと巽の周りをぐるぐるとまわりながら観察し始める。
「吉柳さん! 急に走り出さないでくさだい。……と、こちらの方は?」
「知らない。誰?」
 大きな男に小首を傾げられても、なんとも言えない空気が漂うだけ。代わりに蓬生 結(よもぎ・ゆい)は乾いた笑みを浮かべる巽に思い切り頭を下げた。
「すみません、吉柳さんが何かご迷惑を……」
「いやいや、少し驚かされたくらいです。何も迷惑なんてものは」
 お互いにペコペコと頭を下げ合うものだから、覽伍はつまらなそうに三つ編みを結い直す。そのマイペースな様子に、結と巽は顔を見合わせてなんとなく苦笑してしまう。折角の縁だから一緒に卵を探さないかという結の申し出を断り、巽は「自分の手で見つけなくてはならないもの」を探して走り出した。
「吉柳さん。俺と離れている間、とくに問題はありませんでした?」
 普通に尋ねたはずなのに、顔に大きな傷のある覽伍にじっと見返されると緊張してしまう。怖がらないように言い聞かせ、少しひきつった微笑みを見せる結の口元を覽伍は指先で釣り上げるようにのばしはじめた。
「にーっ」
 人の顔で笑顔を作り、満足げな顔をする彼をぽかんと眺める結。これと同じ、と指差すイースターエッグには可愛らしい天使が微笑む絵が描かれており、結は我に返ると卵が取り出されたコートのポケットを見た。
「ああっ吉柳さん! こんなにたくさんどうしたんですか、誰かの物かもしれないのにっ」
「かわいいじゃん。嫌い?」
 1つ1つ絵を見せてくれるのは単なるきまぐれなのかもしれないけれど、ひょんなことから契約してしまったこの人は怖い人ではなさそうだ。無邪気に話す覽伍の顔を見る結の表情は、柔らかさを取り戻していた。
 昼時ともなれば混んでくるレストラン。しかし、人の流れに逆らうように出てくる2人の姿。ミーナ・コーミア(みーな・こーみあ)は披露宴で振る舞われる食事が出来ると目を輝かせ、お祭りが始まったと同時にレストランへ立ち寄った。彼女の好みとは真逆の菅野 葉月(すがの・はづき)も、何十種類と取りそろえられたメニューの中から選ぶことが出来るので、揉めることなく楽しい時間を過ごす事が出来た。もっとも、葉月にとっては例え苦手な肉料理が並んだとしても、嬉しそうにほおばるミーナを見ているだけで幸せかもしれない。
「さて、どこから見て回りましょうか」
 伸びをするミーナは日差しをめいいっぱい浴びて、わくわくした顔を見せるから忙しい1日になりそうなことは安易に予想が出来る。けれど、昨年訪れたときよりも心が定まっている葉月には、振り回されることも1つの楽しみで彼女に手を差し出す。
「葉月?」
「エスコート、お願いしてもいいですか?」
 広い会場内を奔走するであろう彼女と手を繋いで、春に彩られた式場を見て回る。場所がどこであっても、2人きりになれる時間は特別。それがロマンチックな場所であるなら尚更だ。満面の笑みで飛び込んでくるミーナを抱きかかえて、葉月にも笑顔が零れる。
「あのねっ! 前はガーデンウエディングが多かったからチャペルも見てみたいの。それからね、たくさん歩いたら一緒にブーケを作ったあの庭園で葉月の好きな和菓子を食べてね、それから……でも、いいの?」
「As You Like It」
 腕にしっかりと抱きついて指折り数える様子は、自分だけが見られる笑顔。彼女のぬくもりを感じることのできる特等席で、この幸せを守り抜こうとミーナの笑顔に誓うのだった。
 そんな幸せいっぱいの光景を、羨ましそうに眺めては首を振る少女。若松 未散(わかまつ・みちる)は庭園に置かれたベンチに腰掛け、1人物思いに耽っていた。もちろん人見知りな彼女が1人やってきたわけではない。パートナーであり幼なじみのハル・オールストローム(はる・おーるすとろーむ)に誘われてのことだったが、彼は飲み物を買ってくると席を外してしまったのだ。
(ハルのやつ、どこまで行ったんだ。随分、遅いみたいだけど……)
 何分かおきに鳴っていた鐘の音。見上げれば眩しいくらいに輝く大聖堂が、1人でいるのに相応しくない場所だと告げているようで肩身が狭くなる。もしかしたら、ハルも気を遣って誘ってくれただけで、本当は一緒に見て回りたい人がいるんじゃないか。その人と会っていたら……幼なじみとして送り出すべきだし、自分なんかといるよりきっと幸せだと思う。
(あーあ。やっぱり沈んじゃいますか、ますよねぇ。……さて)
 一緒にいるときは明るく振る舞う彼女も、本当は弱いところがあると知っている。どうにかしたくて連れだしてみたけれど、1人にさせるのは逆効果になってしまった。
「未散くんお待たせしました」
「おっ遅いぞ! 一体何をしてたんだ」
「時間を見て行くべきでした。予想以上に混んでいたもので、並んでいる間に話が弾んでしまいまして」
 苦笑しながら差し出したタンブラーを受け取らず、未散はハルをじっと見つめる。彼は自分と違って社交的だ、どんな人とでも仲良くなるから、自分がいなければもっと交友の輪を広げていたことだろう。不安そうに見上げる彼女へ、1つ例え話を思いついた。
「未散くん、ここには水の都をモチーフにした場所もあると聞きます。もし、わたくしが溺れたなら助けてはくれませんか?」
 両手が塞がっているハルは、扇の代わりにタンブラーを揺らして波を表現する。同時に、屈んで未散と視線を合わすとニコリと微笑んだ。
「きっと、未散くんに首ったけでてんてこ舞いでございやす……いかがでしょう?」
「あははっ! 首ったけなのは水だけのくせに、どの口が言うんだ。もっと精進しないとな」
 迫り来る水位と気持ちをかけた、ぶっつけ落。古典落語で使われる手法を未散が知らないわけもない。笑わせようとしてくれるハルにダメ出しをするけれど、本人も気付かぬ心の片隅では小さなスイッチが入れられていたのかもしれない。