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春を知らせる鐘の音

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春を知らせる鐘の音

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 ギリシャ風のエリアでは、海に見立てた水辺から潮の香りを含んだ風が吹く。初夏にも少し早いこの時期に、庭園に置かれたベンチでまったりと過ごすリース・アルフィン(りーす・あるふぃん)は、久し振りに義兄妹の団欒を満喫していた。
「……でね、新婚生活が少し落ち着いたらまたそっちに帰る事にしようと思って。旦那様にも今度みんなを紹介したいしね〜」
「こっちと言えば、皆賑やかすぎるけど……なかでもあの人はさ」
 リースが嫁いでからはパートナーたちと離れて暮らす日々が続き、レイス・アズライト(れいす・あずらいと)はその原因を作ったと他パートナーから責められる日が続くという。それは、彼女が毎日のように飲んでいた物に関係するようだ。
「いきなりとっても成長して幼女じゃなくなったの、僕が毎日リースにあげてた『魔法のミルク』のせいだったんだよー」
「えぇ!? 魔法のミルクって……なんか危険な薬物でも入れてたの? 兄さん酷いー!」
 別に体が成長した以外は、とくに変化はない。それならば許しても良いような気はするけれど、どうしてそこまで成長を気にしてくれたのか。それはリースが問う前に、レイスは笑い話のようにして話し始めた。
「僕はただ、旦那さんを犯罪者にしたくなかっただけなんだよ。だって、あの見た目じゃどう見てもロリコン……」
 ドスッ、と鈍い音がレイスを襲う。素早く隣から飛んで来た拳は、しっかりとみぞおちに入ったようだ。
「ちっがーう! 旦那様はロリコンじゃないもん!」
「げっほげっほ……ああもう、ごめんってば。じゃあこれ、お詫びの品」
 トラブルがあったと放送が流れてから拾った、可愛らしいイースターエッグ。もしかしたら他人のものかも知れないけれど、可愛い飾りを見れば中身を開けることが出来なくても機嫌がよくなるのではないかと思ったのだ。
 しかし、後ろ手に置いたところを確認するも、中々卵は掴めない。不思議に見返すリースに焦り、レイスはやっと手に触れた物を確認する前に差し出した。
「――っ! きゃぁああああああっ!!」
 リースの悲鳴を聞きつけ嫌な予感がした東雲 秋日子(しののめ・あきひこ)は、急いでその場に駆けつけた。何かを握ったまま振り回しているが、ここからでは不気味な色合いしか確認出来ない。何度も殴られたのか倒れているレイスの側には可愛らしい卵が転がっており、何か手違いがあったのだろうと秋日子は心の中で謝罪した。
「キミ、落ち着いて! それ私がさがしてるのかも……」
「ふぇ……?」
 なんとか見ないように秋日子に手渡すと、ぐったりしているレイスが目に入る。慌てて看病するリースに2人は大丈夫そうだと、秋日子は少し離れたところで手にした卵……と、思しきものを見る。
 どす黒く禍々しい負のオーラが漂うそれは目のような物が描かれており、それだけでは飽きたらず血がしたたり落ちているかのような絵。これに間違いないだろうと秋日子は見返しながらも小さく身震いする。
「あの子、可愛すぎて感動してくれたんでしょうか」
 それを作った要・ハーヴェンス(かなめ・はーべんす)は、何やらズレたことを発言しているとお思いだろう。しかし、要にとっては最大限に可愛く作ったつもりであり、ちょっと絵の腕前が残念だっただけにすぎない。……と、思いたい。
「それで、これはどう開けるんだ?」
 可愛らしいデザインと言い張る要に感想を求められると苦しいので、秋日子は振られる前に中を見ようと試みる。しかし、ぐるりと回してみても目玉が追いかけて自分を見ているような気がして、なかなか開封口が見つからない。
「わかりにくいですか?ここのボタンを押すだけですよ」
 ボタンなどどこに、と要の指先を見れば目玉の中心を指しており、何となく目を逸らして押してみる。カチッという小さな音とともに開いた卵型のケースからは今度こそ本当に可愛らしいメッセージカード。きっと式場側が用意した既製品のものなのだろうが、中から再びおぞましいものが出てくるよりは余程心臓に負担がない。
(手紙を入れてたって聞いたけど、このカードのこと?)

 ――秋日子くん、これからもずっと一緒にいましょうね。

 短くまとめられたその言葉に、思わず顔が熱くなる。式場でずっと一緒にいたいと言われたら、ましてそれが気になる人からのメッセージであればなおのこと。秋日子は一度カードを胸に当てて深呼吸し、再び見間違いでないことを確認する。
「どう書けばいいのかわからなくて、最後まで迷ったのですが……それで伝わりますか?」
「伝わる、というか……これって、その、つまり……」
 もし同じ気持ちでいてくれるなら伝えたいことがある。そう思って言葉の真意を聞きだそうと思うも、喉が渇ききっていて上手く言葉が紡げない。
「どうしたんですか、そんなに赤くなって。どこか具合でも悪いんですか?」
「こんなこと言われて、冷静になんてむりだよっ!」
 声を荒げる秋日子とは正反対に、要は落ち着いている。答えを聞くでもなく、赤くなる自分をみて喜ぶでもなく。いつもの綺麗な顔で微笑むだけ。
「パートナーですし、今さら過ぎましたね。今度からは言葉選びに気をつけます」
 つまり、要に他意はなかったということ。頭が沸騰しかけていた秋日子は、そのまま力なく座り込んでしまうのだった。
 大きな叫び声は何かの参考が近くにあるかもしれない――そんな思いを胸に散策していた諸葛亮 芽依(しょかつりょう・めい)は、要の作ったイースターエッグを次のトラップにしようと企てた。つい先程まではネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)に追いかけられていたというのに、どこにも姿がない。
「ふっふっふ、このメイちゃんを出し抜こうとして。反省はした?」
 そう投げかける木の上には、ネットでつり下げられたネージュの姿。イースターエッグを作るところは見られなかった物の、好んで使うモチーフが知られていたため、どうやら偽物を使って罠にはめられたらしい。自称トラップマイスターと言うだけあって、芽依にはこのようなブービートラップはお手の物のようだ。
「いいから降ろしてよ〜! あたしには用事が……」
「用事ってコレを探すこと?」
「大切に扱っ……いやぁあああああっ!!」
 投げられたたくさんの卵たち。偽物の中に本物が混ざっているかもと地面を凝視したネージュは、たくさんのおぞましい顔が見上げている様子に叫び声を上げる。あまりの驚きっぷりに成功を喜ぶ芽依だが、何やら嫌な音が聞こえてきた。
「ネージュ待ちなって、それ以上暴れたら……」
 ――ミシミシミシィッ!!
 ネージュが大暴れしたおかげでネットは太い枝から細い方へと移動してしまい、当然そうなればネージュのような小柄な少女と言えど支えることは出来ず枝は折れてしまう。さすがの芽依も焦って、ネージュを助けようと飛び出した。
「ったた……まさか、暴れるなんて思わないじゃん。危ないったらないよ」
「もう、危ないのはこんな仕掛けを作ったメイでしょ! ……あれ」
 起き上がった自分の上から転がり落ちてきた卵。散々な目にはあったけれど、なんとか渡したい本人に見つかる前に取り戻せた。このまますぐ渡すのは悔しいので家に帰ってから渡そうと、芽依が愚痴をこぼしている間にこっそりとポケットへ忍ばせるのだった。
 騒がしい外の様子に、もし自分の物が他人に見られたならどんな反応をされるだろうか。そんなちょっとした好奇心っとともに、邸宅内の扉という扉を開けていくセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)。扉は開けっ放し、戸棚は閉めたつもりで半開きなところからも、大雑把な性格であることは伺える。そして、そんな彼女が通った後の扉や戸棚をきっちり締めてまわる几帳面なセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は、正反対な性格ながらも付き合いはよく、こうしてフォローにまわることもしばしば。
「セレン。気になって開けるのは構わないけれど、もう少し自分が何て呼ばれているか気にしてね」
 ――壊し屋セレン。他人の卵や、まして式場の備品を恐そうだなんて思ってないが、何事も雑で何でも壊すので不服ながらもそう呼ばれることも致し方無い。故意ではなく事故なのだと訴えたいときもあるが、場所が場所だけに今日1日くらいはお淑やかになってみるのも悪くないかもしれない。
 石造りの神殿が印象的なこのエリアのモデルは、どちらとも花嫁の姿。女性同士で式を挙げたらしく、可愛らしい対になったデザインのドレスを着て幸せそうに笑っている。
(女の子同士の式でもいいよね。セレアナはタキシードも似合いそうだけど、やっぱりドレスは憧れだし……)
 一口にドレスと言っても、タイプ別に無数のデザインがある。2人とも背が高いし、今度こそお揃いが着れるかもしれないと水着で失敗した悔しさを思い出しぐっと拳を握る。
「結婚式の想像でもしてるんでしょ」
 独り言が漏れていただろうかと、セレンは慌てて口を閉じる。そんな様子に苦笑するも、セレアナは深く突っ込まず同じようにポスターを見上げた。
「……セレンはマーメイドラインのドレスが似合うわね。私は無難にAラインのドレスかしら」
 本当はもう少しイースターエッグを探したかったけれど、式場でデートをすることなんて早々ないだろう。それに宝探しまでついてきたと思えば、まずはデートを優先しても良いかもしれない。
 セレンの希望を聞きながらも、派手なデザインにならないように。いつか着るかもしれないドレスを眺めに、2人は展示室へと向かうのだった。
 ようやく平穏が訪れた庭園では、静かな波音が城 紅月(じょう・こうげつ)を落ち着かせるように聞こえてくる。どのエリアを歩いていても愛の言葉を持つ花として有名な薔薇は見かけるが、紅月のイメージに合わなかったのか、はたまた心の準備が整わなかったのか。いくつかのエリアを歩きまわって、やっと見つけた場所。
「こんな人気の少ないところで足を止めて……今日はやけに、積極的ですね」
 そう口にするレオン・ラーセレナ(れおん・らーせれな)は、いつも通り拳が飛んでくるかと思いながら彼を抱き締めるが、返ってきたのは予想外の言葉。間違いなく、紅月はここで休みたいと言った。
 1日歩き回っていたわけだから、別にそれ自体は不思議とは思わない。ただ何かをすればブン殴られ、どちらかと言えば雰囲気の良い場所で静かに2人きりというシチュエーションには恵まれて来なかったので、少し心配するように見てしまう。
 今日の彼はどこか、何か思い詰めたような――いつもと違う空気を纏っていたから。
「今日は、レオンのためだけに歌うね」
 胡弓を構え曲を奏でるだけで心震えるのは、彼の緊張が伝わるからか特別な存在だからか。ただそこに在るというだけで、こんなにも魂を揺さぶられる紅月から、レオンは目が離せなかった。

     一緒に紅豆のスープを飲みましょう
     今宵は夜游神も許してくれるから
     あなたを愛しています

     結婚してください

 自作の歌を歌い上げる間、紅月は1度も目を逸らさなかった。いつもは照れ隠しばかりで向き合ってこなかった自分を恥じ、自分の口から真っ直ぐ伝えたいということは、何よりも力強い瞳が物語っていた。
「紅月……契約したあの日。私はあの瞬間から愛してた。あなたはどうだったのですか?」
「――本当はずっと愛してたんだ!」
 素直になれなかった。1度好きだと認めてしまったら自分が変わってしまうような、レオン無しでは生きられない弱い人間になりそうな。傍にいてくれることは何より嬉しかったのに、同じように返せなくて。言おうと決意してやってきたのにタイミングを伺ってばかりで。負けず嫌いな自分は、結局自分に負けたような気さえして悔しくてたまらない。
 ずっと思い続けてくれた彼に何を言えばいいのかわからなくて、静かに泣きだす紅月をレオンは抱き締める。
「……やっと私は、手にいれることが出来たのですね」
 涙を伝うように頬と、申し出を受ける答えのように唇へキスを。出逢ったときと同じ薔薇の木の下で、あの時の恋が愛へ変わったと確信する。
 泣いた子供をあやすように優しく、思いが伝わった喜びを表すように激しく重ねる口づけに、2人の影は大地へと崩れ落ちて互いの心をさらけ出すのだった。