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春を知らせる鐘の音

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春を知らせる鐘の音

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 大聖堂の周辺を散歩していた蓮見 朱里(はすみ・しゅり)は、所々に飾られた先輩たちのポスターを眺めて1年を振り返っていた。あのとき仲間と祝った盛大な式もそうだけれど、中でも印象に残っているのは邸宅内のとある一室。
「ねぇアイン。ここ、覚えてる?」
 あのときとは少し内装が変わってしまっているけれど、広間からの道に窓から見える景色は変わらない。いや、肌寒かった季節と違い、幾分か華やかになっただろうかとアイン・ブラウ(あいん・ぶらう)は目を細めた。
「もちろんだ。君が自分だけおばあちゃんになってしまうと泣いていた部屋だな」
「泣いてなんかないよ! アインだって、戦場に倒れるかもなんて弱気になってたじゃない」
 互いに覚えている恥ずかしい部分。ただの戦闘マシンとして作られた自分が冗談を言い合えるようになるなんて、出逢った頃には想像も出来なかった。でも今は、こうして軽口を言って場を和ませることも少しだけ覚えた。不安を取り去る方法も、本当の意味で強くなれる方法も。
「そんな日が待っていたとしても、何が起きても……」
「私たちの思いはかわらない、よね」
 つい先日、そんな誓いをかわした2人。1年前のあの頃と気持ちは変わらないけれど、大きく変わったことがある。
 家族としての絆は子供か繋いでくれるものじゃないと彼女は教えてくれたけど、接することで子供たちに教えられること。そのたびに新しい自分と向き合いさらに人らしく、そして彼女は母として強くなっていく気がする。
「奇蹟とは、本当に起こりえるものだな」
 泣いていたばかりの小さな少女が、たくさんのものを教えてくれる。それを表現するのに相応しい言葉は、まだわからない。
「人の心は無限大だからね!」
 次の春は、家族揃って。ささやかな幸せを分かち合うように、2人は寄り添い合っていた。
 思い出の場所があるのは、彼女たちだけではない。ここで結婚式を挙げたティエリーティア・シュルツ(てぃえりーてぃあ・しゅるつ)も、卵を探す傍ら思い出の場所に……というわけではなさそうだ。志位 大地(しい・だいち)とともに模擬結婚式を挙げたベルギーでは、自分たちのポスターが至る所に飾られている。さすがに2人揃ってそんなエリアに向かえば注目を浴びそうで、まずは他のエリアから探そうと念入りに庭園中を探し回っていた。
「うう、この卵も違います……僕の卵、どこに行っちゃったんでしょう」
「だ、大丈夫ですよ! ちょっとウサギが昼寝して、ここまで運ばれてないだけかもしれないですし」
 落ち込むティエリーティアを慰める大地も、中々出てこない自分たちの卵の行方は気になっている。少々奮発したプレゼントが入っているのも理由の1つだが、何よりそれが何度も通って頼み込んだ2人にとって大切な思い出の品だからだ。
(そう思っているのが、俺だけじゃなければいいんですけど……)
 広いフランスの庭園も探し終わり、次はどのエリアに向かおうかと腰を上げると、同じように卵を探しているのか沢山のイースターエッグを抱えて今にも泣きそうな梅沢 夕陽(うめざわ・ゆうひ)が見えた。
「こんなに沢山あるのに……なんで無いんだよぅ」
 普段から物を探したり整頓したりといった作業が苦手な夕陽にとって、広いエリアのどこを探して良いのかわからず、手にした違う卵も戻せばいいのに何となく持ち歩いてしまう。服のポケットにもちょっぴり太めな両腕にも収まりきらなくなってきた卵は、ちょっとした衝撃でこぼれ落ちてしまいそうだ。
「うわぁああああんっ! スレヴィさんのバカァアアアアっ!!!!」
 そんな危なっかしい夕陽に向かって、未だ追いかけられていると思い込んでいるアレフティナが泣き叫びながら走ってきた。それに驚いて彼を目で追うティエリーティアも、大きな声を上げた。
「ああっ! 僕の卵!!」
 夕陽が腕に抱えていた卵に、自分の物がある。なんとか中身を見られる前に手にしたいが、アレフティナが泣きじゃくっているせいか真っ直ぐ走っていないので、どう駆け寄ればいいのかとオロオロするばかり。
 しかし、アレフティナを止めようとブリアント・バーク(ぶりあんと・ばーく)が前に出た。
「なるほど、あれが諸悪の根源であるウサギか……我が捕まえてやろうではないか」
「ティエルさん任せて下さい! 卵は俺が必ず取り返しますっ!」
 同時に飛び出す2人と蛇行するウサギ。ブリアントは大地が夕陽に危害を加えるのではないかと、目標をアレフティナから大地に切り換えた。
「おまえ、あの面妖なウサギの仲間ではないだろうな!?」
「なんの言いがかりですか! 俺はティエルさんと自分の卵を……っ」
 睨み合う2人を余所に、通り過ぎるアレフティナ。安全になったのを確認すると、ティエリーティアは先程見つけた卵を持って夕陽に歩み寄った。
「あの、えっと……大事なものが入っているんですー。これと、交換してもらえませんか……?」
「夕陽のだぁっ! ありがと、本当にありがとうねぇ」
 きゃあきゃあと楽しそうな2人の声に、大地とブリアントは立場もない。軽く会釈をして、それぞれの大切な人の元へ行く。
「大地さん、これっ! ……遅くなっちゃったんですけど、お誕生日プレゼントですっ」
 笑顔で差し出されたイースターエッグを開ければ、思いの綴られた手紙とアンティーク風の腕時計。大地は素敵な贈り物と一緒に差し出された自分のイースターエッグを開けて、満面の笑みを浮かべるティエリーティアの手に乗せた。
「今日の可愛らしいワンピースだと、襟元に飾りがあるのでつけにくいかもしれませんが……」
 差し出されたネックレスは、トップが取り外し出来るためか少々大きめにも見える。けれど、シンプルなシルバートップにしてはどこか見覚えがある。
「これ、あの……」
「ティエルさんのためにあると思ったんです。だけど、その……指にはまだ早いかなって」
 模擬結婚式に使用した、思い出の指輪。あのときはレンタルになってしまったけれど、元々展示するために用意された指輪はティエリーティアが使用したあと、誰も使っていなかった。少し無理を言って買い取ったものの、同じように指へつけるのは思いを押しつけているようでネックレスへとアレンジしてもらった。
 結婚式を思い出して赤くなるティエリーティアを誰にも見せないように、大地は手をひいて歩き始めるのだった。
 ブリアントもまた、夕陽の役に立てなかったことを残念に思いながらも、戻って来たことで笑顔になるのならそれで良いと並んで微笑んだ。
「ふむ、これで一件落着か。夕陽、それをどうするのだ?」
「ど、どうするって……そりゃあ、渡すんだけどぉ…………もうちょっと、その」
 何か手紙のようなものを入れていた気はするが、何をそんなにためらっているのだろう。大きく深呼吸をする夕陽の気持ちなど、ブリアントは知る由もない。まさかそこに、自分への思いが綴られているなど思ってもないのだから。
「これはぁ……あの、ブリアントにっ!」
 差し出された卵を不思議そうに眺めていると、夕陽が祈るように目を閉じる。ゆっくりと封をあけるブリアントが夕陽を抱き締めるまで、さほど時間はかからないことだろう。


 大聖堂が見えるカフェで、何度目かの時間を告げる鐘がなる。他愛ない話を続け、すっかりイースターエッグのことが頭から抜け落ちかけていた北都の前に、2つの袋が並んだ。
「どうやら、運命の女神は私に微笑んだようですね?」
 1つは先程頼んだ珈琲豆、もう1つの袋を確認するクナイは、口の端を上げて北都へ見せるのだった。
 その窓の下、は彼女が好んできていたドレスと同じ、白く咲き誇る花の中で歓声を上げる。
「やっと見つけたぁ!!」
 必死に探し続けたイースターエッグ。振れば中から金属音が聞こえてきて、無事だということがわかった。安堵したとたん体の力が抜けて座り込めば、どれだけ彼女が大事なのか思い知らされる。
「いつか……きちんと自分の手で、渡せればいいんだけど」
 宅配だなんて味気ない真似じゃなく、面と向かって大切な気持ちとともに渡したい。変わらぬ想いとともに、巽はポケットへ卵をしまいこむのだった。
 そうして次々と自分のイースターエッグが戻って来たことを喜ぶ声が聞こえてくるのに対し、日本風のエリアは静かだった。
 この場所でモデルを勤めた匿名 某(とくな・なにがし)は再びこの場所を訪れたことで感慨深く眺めており、隣に立っていた結崎 綾耶(ゆうざき・あや)は自分たちのポスターを見つけては顔を赤らめ、仲睦まじく歩く姿はこのエリアを訪れた参加者から羨望の眼差しを向けられることもあった。
 そんな視線を避けるため、邸宅内に入ると某はおもむろに虹のタリスマンを取り出した。どうやら大切な物をイースターエッグには入れなかったおかげで、こうして落ち着いていられるらしい。
「1年間、お疲れ様というかありがとうというか……色々あったし」
 このパラミタでも自分たちも、数え切れないほどの事があった。乗り越えた今なら充実した1年と思い返すことも出来るけど、それも全て、綾耶が傍で支えてくれたからだ。
「この感じは禁猟区じゃないですか。むしろ、私が色々迷惑をかけているのに」
「じゃあ感謝の気持ちと、ちょっと遅い一周年記念ってことで。最近は危険な場所にも行くし、受け取ってほしいんだ」
 ちっぽけなことしか出来ないと笑う某に、これ以上断るのも失礼だと思う。疑似結婚式のときも、足を挫いた自分をすぐに助けてくれた。今だって自分の身を案じて贈り物をくれる。幸せなこの気持ちを、どう伝えればいいだろう?
「それでは……折角だからつけてもらえませんか?」
 七色に輝くドロップ型を革紐に通したペンダント仕立てのそれは、綾耶が身につけやすいようにと某が選んだ。微笑む彼女に似合うだろうかと、少し緊張気味に首へかけてやろうと身を屈めると、綾耶が某のシャツを掴んでつま先立ちをする。
「……えへへ、私からのプレゼント、ですっ」
 普段は眠そうな某の目も、このときばかりは驚きで開かれる。頬を染めたまま悪戯っぽく笑う綾耶にしてやられたと口元を覆う手は、何か閃いたのか意地悪く歪められた口を隠していた。
「今日かけた禁猟区はいつか消えるけど、その度にかけ直せるくらい傍にいるから――虹のタリスマンをかける度に期待していい?」
 余計に赤くなった頬を抑えて、あわあわとする綾耶の頭を撫でながら、これからもずっとこんな時間が続くように願うのだった。