校長室
【空京万博】ビッグイベント目白押し!
リアクション公開中!
5.闘争中!? 『闘争中!?』と銘打たれたシャンバラ国軍館主催のアウトドアゲームイベント。 “シャンバラの未来”パビリオンにある林の中で、それは行われようとしていた。 あらかじめ殺傷能力がないよう改造された武器の中から各自思い思いの武器を選択し、集結した18人1人ひとりに金 鋭峰(じん・るいふぉん)が檀上から厳しく目を配る。 「――これから諸君の行動はこの会場において衆目にさらされることとなる。ここで重要なのは勝利ではない。敗北でもない。私が諸君に期待することはただひとつ、シャンバラ国軍軍人の名に恥じなき行動だ。それに反する者はここにはいないと確信する。以上だ」 「金団長、ありがとうございました」 金からマイクを受け取り、代わって檀上へ上がったのはルカルカ・ルー(るかるか・るー)だった。林での活動に適した服装をした皆と違い、彼女はぐっとフォーマルな服装をしている。 「皆さん、こんにちは。イベント・闘争中!?主催のルカルカ・ルーです。本日は私の招待に応じてくださってありがとうございました。 それではここで今一度私の方から、ルールの確認をさせていただきます」 ルカルカはきびきびとよどみなくルールをそらんじる。それは以下のようなものだった。 ・他の万博参加者に迷惑をかけないため、ゲームフィールドは林の中限定。 ・制限時間は40分。 ・ハンターは10分遅れてスタート。 ・逃走者による反撃OK。 ・回復用として林の中にはスポーツドリンクが複数個ぶら下がっているので各自必要と判断した場合は補給すること。 「なお、皆さんご自分の武器に合わせてそれぞれ蛍光ピンクのペイント弾あるいはマーカーペン、塗料を選択されていると思います。これを急所に受けた場合は即死となります。腕、足などの場合は以後その部位を使用できません。それ以外の場所なら20秒の猶予時間が与えられます。20秒後には死亡確定ですが、一矢報いるための反撃あるいは仲間の逃走の手助けが可能です。 晴れて最後まで逃げ切ることができた勝者には、豪華賞品を進呈させていただきます! もちろん打ち上げの宴席もご用意済みですので、皆さんお楽しみに!」 豪華賞品のくだりで苦笑したダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)だったが、わーっと拍手が上がる周囲に合わせて手を打つ。 「それから、今回特別ゲストとしてお越しいただきました関羽・雲長(かんう・うんちょう)様と羅 英照(ろー・いんざお)参謀長が、ハンターとして参加されます。お2人は20分後にスタートされます。参加者の皆さんの中にすでにハンターがいることから、対象は、皆さん全員だそうです!」 ハンターまで対象に含まれるということに、一瞬場がざわついた。 「狩人としてどちらが多くの参加者を捕獲できるか、英照と競うも一興よ」 ルカルカからマイクを向けられた関羽が応じ、英照は薄く笑みを浮かべる。 この2人に狙われて、逃げきれる確率ってどのくらい? 早くも背中に冷たい汗をかき始めた者もいる中、先頭の列にいた夏侯 淵(かこう・えん)がニッと笑う。 「ルカ。つまりはお二方から20分逃げ切れれば、お二方に勝ったと。そういうことになるのだな?」 「うむ。そうなるかな」 関羽の肯定に、淵の笑みはますます大きくなった。それも当然だろう。なにしろ彼には【「第一回逃亡なう」成功者】という輝かしい前歴があるのだから。 「関羽様! 今から打ち上げが楽しみです! おいしいお酒が飲めそうです!」 朝霧 垂(あさぎり・しづり)もまた、表情を輝かせる。 「一緒に酌んでくださいますか?」 「ああ、我も楽しみにその時を待つとしよう」 垂の意気込みを好ましく思い、関羽の目が細まって笑みのようになった。 「それでは、はじめ!」 金がぱんっと手を打つ。それを合図とし、ハンター以外の逃走者は後ろの林へ向かって走り出した。 「よぉ〜し! がんばるわよ〜☆」 マリーア・プフィルズィヒ(まりーあ・ぷふぃるずぃひ)が、楽しげにこぶしを振り上げた。 「なんだか危なっかしいなぁ」 ふんふん鼻歌を歌いながらスキップ踏んでいく彼女を見てつぶやいた橘 カオル(たちばな・かおる)の肩を、ランス・ロシェ(らんす・ろしぇ)がぽんと叩く。 「まーさんのことはオレッちが引き受けた」 「あ、うん」 「まーさん、こっちだ」 「え? どっちー?」 ランスに先導されるまま、マリーアはひょこひょこ林の中へ消えていく。 「じゃあオレはあっちにしようかな」 適当に選んだ方角に踏み出し――ふと思いついて、後ろを振り返った。 「豪華賞品はオレの物です! 絶対逃げ切ってみせますよ! おとなしく捕まったりはしませんから、反撃を覚悟の上で向かってきてください!」 「豪華賞品か……まぁ、ルカの言う「豪華」だからな」 すれ違いざま耳にした夏侯 淵(かこう・えん)が、やはり苦笑しつつダッシュローラーで林へたどり着く。ぴょんっと邪魔な木の根を飛び越え、暗がりに消えた。 「固まって動くのは非効率的だ。それぞれ別々に行動した方が勝率が上がる」 「オッケーイ!」 レーゼマン・グリーンフィール(れーぜまん・ぐりーんふぃーる)の提案に、クルツ・マイヤー(くるつ・まいやー)は人差し指と親指で丸を作ってチャラく答えた。イライザ・エリスン(いらいざ・えりすん)は無言で頷き、レーゼマンとは反対の方角へ歩き出す。 「へへっ。なぁイライザ、おまえの武器って剣だろ? 俺銃だし。守ってやろーか? ――っててッ!」 親しげに肩に腕を回そうとしていたところをばちんとはたき落とされた。それでもクルツは笑顔を消さず、エアーガンを担いで駆け足でついて行く。イライザがぼそりと「別行動と言われたでしょう」と言うのを最後に、2人の姿は見えなくなった。見送っていたレーゼマンもまた、林の中へ踏み込む。 そんなふうに思い思いの方角へ散っていく彼らを上空からカメラで追う者がいた。カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)である。 ドラゴニュートという巨体の持ち主である彼は、残念ながら隠れる逃走者にも追うハンターにも適さなかった。場所も、木が林立している林の中とあっては翼は不利にしか働かないだろう。 できるものならハンターをしたかったのだが……体格的に不適合というのは仕方がない。スッパリ意識を切り替えて、彼は自分の長所を活かすことに決めた。それが、自翼を用いての上空からの撮影である。 林の中に定点カメラは複数台設置されているが、それではカバーしきれない部分を追うのが彼の役目だ。彼の撮る映像は、固定カメラの映像とともに貴賓席にあるモニターの1つに映し出される。そしてルカルカが、その中で一番HOTな映像を選んでメインモニターに映すのだ。 「……つっても、ハンターが動くまで暇なんだよなぁ」 だが何も映さないでいて、ゲストを退屈させるわけにもいかないだろう。ゲストの中にはアイシャ・シュヴァーラ(あいしゃ・しゅう゛ぁーら)もいることだし。モニター前での紹介はルカルカに任せることにして、彼は逃走者を順々に撮影することに決めた。 ヘタに周囲と一緒に映してゲストがヒントっぽいこと口にしたらハンターに情報与えることになりかねないので、望遠でできるだけアップにして撮る。 林道を歩いていたルース・マキャフリー(るーす・まきゃふりー)が敏感にそれと察知して、レンズの方に視線を向けた。上空、太陽を背にしたカルキノスに親しげに手を振って見せる。彼が何をしているか、承知の上だ。ひととおり撮影を終えて、次の逃走者に向かって移動したのを見て、ルースは林の中へ入った。適度に開けた場を見つけて木に登る。下からは見えない枝の上で、彼はタバコに火をつけると腕組みをして目を閉じた。以後、ぴくりとも動かず、完全に木と同体化する。それは、イライザが下を通り過ぎても、カオルが近くの木からぶら下がっていたスポーツドリンクをもぎ取って去って行っても変わらなかった。 3分の2近くが燃えて、自重に耐え切れず灰の塊がついに落下しそうになったとき。ルースは目を開いた。 その視線の先にいるのは、ハンターのレオンハルト・ルーヴェンドルフ(れおんはると・るーべんどるふ)ただ1人。 (彼がハンターでは逃げ切れる気がしませんからね。ならば、戦って勝機をもぎ取るのみ!) レオンハルトが真下を通り過ぎた直後。ルースは飛び降りた。 「レオン! 背後はいただきましたよ!」 木の葉の散る中、彼が振り返るのを見越して殴りかかる。だが振り返った彼が不意打ちを見越していたように笑っていたのは驚きだった。 「おまえならそう来ると思っていた」 ルースのこぶしを難なく受け止める。 「……ルイン、ですか?」 後方で、ぶつぶつと詠唱を始めているルイン・ティルナノーグ(るいん・てぃるなのーぐ)をちらと見る。 「いや」 それを隙と見たレオンハルトの肘がルースの肋骨に入った。胸を詰まらせた一瞬後、強烈な蹴りを受けたルースは背後の木まで弾き飛ばされる。 「おまえはタバコの吸いすぎだ。100メートル先からでもぷんぷんにおう」 「……なるほど」 彼が現れる前に通った者はだれも気付かなかったのだから、におうとしてもその程度のはずなのだが。レオンハルトが言うと、まるで夜に輝くネオンサインのようだ。 こほ、と詰まった息を吐き出し、口元をぬぐうとルースは飛び出した。 「うおおおおぉぉっ!!」 低く構え、肩からぶつかっていこうとする。タックルで態勢を崩させるつもりだ。まっすぐ向かってくるルースに、レオンハルトは回し蹴りでカウンターを狙う。ルースはおそらく下に避けるだろう――そう読むと思っていたとばかりにルースはニッと笑い、その蹴りを二の腕で受けた。 「うらあっ!」 膝を下から掌打して強引に上へ飛ばす。自身の蹴りの勢いもあって、レオンハルトは後方へ高く飛ばされた。 一回転して着地し、落ち葉で滑りながら衝撃を散らすレオンハルト。彼が立ち上がるよりも早くルースは再び距離を詰め、こぶしで殴りつけた。 「武器やスキルは使わないのか?」 「そんなもの。どうせルインに防御や耐性を上げさせているでしょう?」 「お見通しというわけか」 「どれくらいの付き合いだと思っているんです」 話す間も、こぶしと蹴りの応酬は続く。受け手に回っては不利と猛襲をかけるルースだったが、自身も予想していたとおりレオンハルトの防御は鉄壁で、彼の攻撃はことごとく防ぐかいなされてしまった。 「はっ!」 息継ぎのタイミングを読まれた。攻撃が止まった一瞬を突いてレオンハルトの膝蹴りがみぞおちに入る。腹部を押さえてよろめいたルースに、一気にたたみかけようとしたときだった。 「レオ君! 上っ!!」 ディテクトエビルを発動させていたルインが彼の背後上空を指差した。振り仰いだ先、太陽のまぶしさに目をすがめる。その一瞬を狙って、上から真空波が雨のように撃ち込まれた。 「レオ君っ!」 真空波は無属性。ルインがかけている対電フィールドや幸せの歌は役に立たない。あせって手を伸ばしたルインの前、両腕で急所をカバーしたレオンハルトがよろけた。真空波を受けたどこも切られていない。打撲のみだ。 「不意打ち成功!」 してやったりと、ジェットドラゴンにまたがった朝霧 垂(あさぎり・しづり)が笑った。 「ルインが見てる範囲で、これ以上レオ君の邪魔はさせないんだよっ!」 振り上げたルインの手に白光がパリパリと集まっている。天のいかづちだ。 「おっと」 発動する直前、垂はジェットドラゴンから飛び降りた。天のいかづちをかわし、地に膝をついたレオンハルトのそばに着地する。 「生き残るためにはハンターを倒すのが手っ取り早いからな! レオンでも容赦しないぜ!」 「考えることは皆同じ、ですか」 ルースが背後の木を突いて、戦線に復帰する。まだ腹部を少しかばってはいたものの、戦う意欲に衰えはなさそうだ。 前後ではさんだ2人に、ふっと笑いが口をついた。 「容赦だと? 全力で来い」 己を知る者のみが浮かべられる、傲岸不遜な笑みだった。だが相手はルースと垂だ、2対1では少々分が悪い。そう見てとり、参戦しようとしたルインを、地獄の天使を展開させていた朝霧 栞(あさぎり・しおり)が上空から奇襲した。 死角をついて、剣が振り切られる。 「うわっ!」 殺傷能力をなくすため刃をつぶしたなまくらとはいえ、まともに入れば相当痛い。かすめただけだが、それでも天のいかづちを放とうと伸ばしていた腕にしびれるような痛みが起きて、ルインは手を引き戻した。 そこに、続けざまファイアストームとブリザードが放たれる。 「にゃははは〜。ルイン! 俺と魔法勝負だぁ!!」 栞はやる気満々だが、ルインは答えるどころじゃない。すでにかなりのスキルを使用している。間一髪エンデュアの発動が間に合ったが、防ぎきれるものではなかった。 「わわわわっ!!」 「ルイン!!」 レオンハルトの前、ルインの軽い体は弧を描いて背後に吹っ飛んだ。ぼんっぼんっと弾んで転がったルインは、腹這いになって泣きべそをかく。 「……ふっ……ふええぇえ…っ」 「ルイン! おまえは退け!!」 金剛力に鬼神力を発動させることで膂力を上げた垂に捕まるまいと、レオンハルトはパスファインダーと軽身功で素早さを上げていた。そして彼女の攻撃をいなしながらルインに指示を出す。 「させないっ!」 立ち上がる間も惜しむようにきびすを返したルインに栞が追撃のブリザードを放つ。しかしそれを受けたのは、間に割って入ったレオンハルトだった。 「レオ君…」 「いいから行け!!」 「……わーんっ! へるぷだよーっ!」 ルインは脱兎のごとく駆け出して、この場を離脱した。 「逃がさないもんねーっ」 レオンハルトの上を楽々飛び越え、栞が嬉々としてルインを追う。 「おっと」 耐性を上げていたとはいえ真正面からブリザードを受けてよろめくレオンハルトを、すかさずルースが後ろから羽交い絞めた。 「さあ覚悟だぞー、レオン。ほっぺにぐるぐるっとマルがいい? それとも額にバッテン?」 愉快そうに笑って、マーカーのフタをきゅぽっと引っ張ってとる垂。レオンハルトの顔にラクガキできるなんてことはめったにない。その瞬間までをたっぷり味わおうとするかのようにじわじわ近づく彼女の手を、レオンハルトのつま先が蹴り上げた。 「あっ」 はじけ飛ぶマーカー。 「どちらもごめんこうむる」 不遜な笑みは、この窮地にあっていささかも崩れてはいなかった。 「待て待て〜っ」 栞は地獄の天使で低空飛行しながらルインの背中を追っていた。ルインは魔法攻撃を警戒してか、木々を縫うようにジグザグに走り抜けて行く。先からの弱気が芝居で、ただの逃走でないことに栞が気づいたのは、ルインが飛び込もうとした正面の木の影からイヴェイン・ウリエンス(いべいん・うりえんす)が現れたときだった。 「おとり役ご苦労さま」 「わーいっ」 ルインをイヴェインが抱きとめる。 「……やばっ!」 とっさにブレーキをかけたが遅かった。真上から降ってきた鉄網の重量に押され、栞は地面に墜落する。 「おかしいですね。僕の予想では走って追ってくるはずだったんですけど」 なんで飛んでくるかなぁ? 木の上から飛び降りてきたシルヴァ・アンスウェラー(しるば・あんすうぇらー)が首をひねる。 「おかげでせっかくあちこちに仕掛けたスネアトラップが無駄になってしまいました」 「いいからさっさと出せよ! これ、はずせーっ!!」 網の中でもがく栞に、シルヴァは拳銃を抜く。もちろん非殺傷用のペイント弾が装弾されたものだが、銃口を向けられていい気分がするはずがない。 ぴたりともがくのをやめた栞を見て、シルヴァの口端が上がった。 「すぐ出してあげますよ。でもあなたはここで、ゲームオーバーですけどねー♪」 悪意のかけらもない顔でにっこりと笑いつつも指がトリガーを引き絞ろうとした、瞬間。 ピシッと音を立ててシルヴァの銃を持つ肘に、ペイント弾が当たった。 「なっ!?」 遠距離からの狙撃だ。だが、そうと驚く間も相手は与えてくれない。 土を蹴立てて次々と撃ち込まれる銃弾に、ルイン、イヴェイン、シルヴァはとっさにそれぞれ木の影に飛び込んだ。 「にゃっはは〜!! 朔ーっ!」 栞が、網の中でできる精一杯で銃弾の来た方角に手を振って見せた。それを機晶スナイパーライフルの照準器で見た夜霧 朔(よぎり・さく)が、木の上で笑みを浮かべる。 だがすぐに朔は気を引き締めた。 まだ油断はできなかった。とりあえずの危機からは救えたが、このペイント弾ではあの網の縁につけられた重りを切り落とすことはできない。こちらを警戒しているうちに、あの3人を行動不能に追い込まなくては。 「角度が悪い。移動しましょう」 ブラックコートをなびかせ、木から飛び降りて次のポイントへと移動する。 あらかじめ見当をつけてあった木に登ろうとした朔を、次の瞬間ヒュッと風を切る音とともに影が襲った。 「!!」 トリモチミサイル入りの六連ミサイルポッドをかまえる猶予もなく、鞭が手首に巻きつく。振り返ったときにはもう両手を拘束され、のどに蛍光マーカーのピンクのラインが引かれていた。 「きみは即死だ。戻りたまえ」 朔に見えたのは、間近で優しげにほほ笑み立つ羅 英照(ろー・いんざお)の姿だった。