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白昼の幽霊!? 封印再試行!!

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白昼の幽霊!? 封印再試行!!

リアクション



第一章


 久しぶりに蒼空学園を踏み歩く佐々良 縁(ささら・よすが)はそっと目を細めた。何かが、そこかしこから自分を見つめている。気づかないふりをするとそれはますます主張を強め、意識すると、それらはさっと気配を消してしまう。
 そうなってしまっている理由を分かっている縁は落ち着いていた。それでも様替わりしたこの学園を前にして、何も湧き上がらないわけではなかった。
 ふと足を止めると自分の服をひっぱる何かに気づく。
 弱弱しい程度の力で引っ張られているが、それを行っている張本人はかなり必死な様子であった。著者・編者不詳 『諸国百物語』(ちょしゃへんしゃふしょう・しょこくひゃくものがたり)は袖から伸びる指を震わせ、凍えるような表情を作っている。百という愛称の彼女は二人が今歩いている廊下のその先を見つめていた。
「縁ちゃん……たくさんいるよ。そこかしこから見ているよ……」
 小さな声で縁に訴えると、縁は対照的に朗らかな笑みを浮かべ、百の頭に手を置いた。
「知っています」
「やっぱり……」
 縁が笑っているのは胸奥から込み上げる高ぶりをこらえきれないからだろう。この廊下の向こうに無数の幽霊が待っている。それを知っているから笑っているのだ。当初の目的とは違った展開になっているが、それでも縁の高鳴りは変わらない。
「このままここで立っているだけはつまらないわね。百ちゃんもそう思うでしょ?」
 百は軽やかな縁の声色にびくりと肩を震わせた。市松人形のような髪型がふわりと膨れ、そして元の位置に戻る。
 静かな空気が続く中、百はたどたどしく答える。
「縁ちゃんはどうしたいの……」
「幽霊を集めましょう。でも効率よく集めるためには百ちゃんの協力が不可欠なのです。百ちゃんの【見鬼】をもってすれば、周囲の把握はたやすいでしょ?
 縁の提案に百は震えあがる。
 ただ、幽霊が怖い。それだけに恐怖心が渦と成し、百を巻き込もうとしている。
 そんな百の前で、至って縁は日常的な佇まいを崩さない。
 縁の笑顔はまるでこの薄暗い廊下を照らす太陽のようなものだった。だがそれに照らされれば照らされるほど、百が引きずる影が長く、黒くなっていく。百はそれを感じずにはいられなかった。
「お話し聞いてみたいわねぇ…そんなわけで百ちゃんよろしくっ」
「私がこわがりなの……知っているくせに……」
 服を掴む力を強めて、縁を見上げる。目にはうっすらと雫がたまっているが、それだけで今の百の身に降りかかっている境遇が変わるわけではなさそうだ。
「とにかく、なるようになるわ。荒事になったら私が解決してあげるから」
「本当?」
「本当」
 縁は諭すように話すと、自分の服を掴んでいる百の指先をゆっくりとほぐしていく。全部外れたところで、彼女は自分の手で百の手を掴むと目指す先を歩き出した。百はまだ不特定多数の視線に慣れず、縁の体を盾にして彼女について行った。





 同じころ如月 佑也(きさらぎ・ゆうや)は学園内に立ち込める空気を前に考えていた。常識の範疇を越えた何かの存在が作るこの空気はあまり長く感じたいものではない。隣に立つ神威 由乃羽(かむい・ゆのは)に軽く視線を送ると、彼女は軽くうなずいた。
「それじゃあ由乃羽。まずは渦中の中にいる雅羅を探すということでいいか?」
「えぇ。賛成だわ」
 お互いに意見が一致したところで佑也は歩き出した。しかし彼の足は一回動いただけで、停止する。佑也はしばらくその姿勢のまま固まっていたが、くるりと顔を回転させると、いぶかしがる由乃羽に困ったような顔を見せた。
「ところで雅羅はどこにいるんだろうな?」
「佑也……」
 非難丸出しの視線を由乃羽は作り、それを前に佑也は乾いた笑みを浮かべるしかなかった。だが、そんな自分に失敗を認めたくなかったのか、佑也は首をぶんぶんと振ると、親指をぐっと立たせて拳を前に突き出した。
「いやいやいやいや。考えているぞ」
「では教えてくれない?どうするの?」
 挑戦的な笑みを浮かべる由乃羽と、視線を泳がせる佑也。その場紛れに次々とまとまりのない言葉を連ねる佑也だったが、学園内に立ち込める寒気に一度身震いしたところで、はっと、目を見開いた。
「そうだ!! 雅羅は幽霊が苦手だ。そして今ここには幽霊がいっぱいいる」
「はい」
「だったら雅羅はその幽霊に驚かされてパニックになっているだろうな。叫び声とかも上げるかもしれない」
「それに気づいてあげるということですか……そんなに……」
 そんなに都合よくいくのだろうか?そう続けようとしたときに、階上から誰かの叫び声が聞こえてきた。それは廊下を伝って反響を繰り返し、二人の元へ届いてくる。いくらか調子が変わっている声色とはいえその主を間違えるほど二人はその声を聴いていないわけではなかった。
「上だ。急ごう」
「分かったわ。偶然って怖いわね」
 走り出す二人の前に悲鳴が繰り返される。





 佑也と由乃羽が向かった先には想像した通り、雅羅の姿があった。これ以上ないくらいに、体を小さくして身を震わせている。二人が傍にいるのも気づいていないのだろう。
「おい。大丈夫か!! しっかりしろ!!」
「しっかりしてください。声聞こえますか?」
 駆け寄った佑也が抱き起そうとしたとき、雅羅の体が大きく揺れた。そして……
「いやああぁぁあああーーーー!! 幽霊怖い!!!!」
 雅羅の中で何かが切れてしまっているのだろうか?これ以上ないほどに錯乱を繰り返している彼女は、近くにいる誰かを確認もせずに、ただ人のぬくもりを感じたというだけで、それにすがってきた。
 これには佑也も驚くしかなかった。油断していたためか完全に抱きしめられた佑也はその抱擁を容易には振りほどけられなかった。
「おい!! 落ち着け!! ひとまず離れてくれ」
「あんな壺なんて運ぶの引き受けなければよかったー!! なんで私だけがこんなめに会うのよー!!」
 佑也の言葉が届かず、雅羅は自らの不幸を嘆いている。金色の髪を左右に揺らしながら佑也を抱きしめ続けているが、当の本人は締め付けられているためか、だんだんと苦悶の表情が垣間見えるようになる。
「由乃羽も……なんとかしてくれ」
「元気そうね」
 冷ややかに見つめる由乃羽は呆れ半分で手を広げる。彼女が自分をフォローしてくれることはなさそうだ。
 別の誰かを求めて、佑也はさらなる人影に気づく。大雑把に数えても四人ほどいるみたいだ。
 佑也はようやくほっとできた。これで雅羅を引きはがすことができる。しかし増援が来てくれたことを喜んでいた佑也の瞳の色は一気に薄い色へと変化してしまった。
 佑也に抱き着く、雅羅という光景。
 この非常時でさえ想像できない目の前のそれに、現れた皆はただただ目を丸くするだけであった。
「違うんだああぁぁあー!!」
 否定した佑也の言葉は廊下を走り、空しい風が後を追った。