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第二章 嵐の海を越えて
「こ、こっちで良いようですね」
 観光マップを手にしたリース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)の先導で、一同は祠に向かった。
「えと、あの、わ、私リースって言います。ゆ、幽霊さんのお名前、お聞きしても良いですか?」
 『市倉さんにとり憑いてる幽霊さん』だと話しづらい、思ったリースは引っ込み思案な自分にしては頑張って尋ねた。
 けれど。
「……だ、大丈夫ですか?」
 リースがつい問うてしまったのは、途端に『奈夏』が様子がおかしくなったから。
 ビックリしてから何やら考え込むようになり、次第に焦ったような考え込むようなものに変わる表情。
「あ〜っと、思い出せないなら無理に思い出さなくていいんだぜ。ほら市倉のお嬢さんのココ、皺になっちまう」
 見て取ったナディム・ガーランド(なでぃむ・がーらんど)が軽い口調を装い、『奈夏』の眉間をちょんとつついた。
「ま、随分と時間が経ってるし、思い出せなくても仕方ないわ。愛しの彼女に会ったら案外、簡単に思い出せるかもしれないし」
 セレンフィリティもまた何でもない事のように、励ました。
 と。
「っ!?」
「大丈夫か?」
 突然吹き付けた風にふらりとよろけかけた遠野 歌菜(とおの・かな)を、横合いから月崎 羽純(つきざき・はすみ)の腕がガッチリと抱きとめた。
 真人が指し示す祠の場所……海岸から最短距離ポイントまでもう少し。
 それを示すように、風と雨が叩きつけるようなモノに変わっていた。
「そろそろ風が強くなってきたわね。風に飛ばされないよう、皆でしっかり手を繋ぎましょう。それから、コレで互いの身体を繋いで」
 歌菜はだから、取りだしたロープで羽純やリース、『奈夏』やエンジュの身体を繋いだ。
「特に奈夏ちゃんには気を付けて。海に落っこちたら……ただじゃ済まないわ」
「同感……とはいえ、少し急いだ方が良いかもしれないわ。そろそろ『道』が出現し始める時間だもの」
 何時になく真剣な眼差しで、布袋 佳奈子(ほてい・かなこ)は横殴りの雨で霞む先を見据えた。
 佳奈子とパートナーエレノア・グランクルス(えれのあ・ぐらんくるす)が調べたのは、島への道が現れる時間。
「海が荒れてる状態じゃ、潮が引いて道が現れるかどうかは、わからないけどね」
『それでも、行かなくては……』
「……うん、そうだよね。ここまできたんだもの。皆で、行こう」
「本当は少しでも波が収まるを待ちたい所だけど、そうは言っていられないようね」
 時が経つに連れて、嵐は激しさを増していく。
 雷が鳴らないだけ、ネユン的にもマシだけれども。
「というか、これだけ嵐が酷いとなると、それだけ恋人に裏切られたという思いが強く、単に事情を説明しただけでは巫女さんが許してくれるかどうかは判らないわね」
 思わず口をついて出たセレンフィリティの指摘に『奈夏』の顔からザッと血の気が引いた。
『ゆ、許してはくれないかな?』
 さっきのキリリとした表情から一転、へにゃっとなった『奈夏』にエンジュがつい拳を握り。
 エレノアや佳奈子に「どうどうどうどう」とか宥められているのを視界の端に収めつつ、セレンフィリティは仕方ない、とアドバイスする事にした。
「そうね、ここはまず素直に巫女さんに謝るべきだわ。その上で、恋人としてどう彼女に誠意を見せるか、また、ともに成仏してあの世へ行ったとして、今後どう彼女と向き合うかを自分の言葉で伝えるべきよ」
 必要なら私も口添えするからと励まされ、『奈夏』は真っ青な顔のまま首肯した。
「そういえば事情は聞いたけど、何でそんな大事な日に足を滑らせるかなぁ? 焦っていたのかもしれないけどさ」
 その中でふと、落ちた清泉 北都(いずみ・ほくと)の呟きは、風の隙間にハマッたのか妙に耳に届いた。
 紺のハーフパンツ姿の北都は、【禁猟区】や【超感覚】で周囲を警戒していた。
 だから、かもしれない。
 その時『奈夏』の表情を過ぎった陰に。
『……焦ってたんだろうなぁ』
 後悔をたっぷりに含んだだけでないそれは一瞬で消えてしまったけれど。
「今度こそ、ちゃんと会って、想いを伝えるんだよ」
 少しだけ躊躇った後、北都は結局その励ましだけを送った。
「今も、焦ってますか?」
 山葉 加夜(やまは・かや)は泣きそうな顔で『奈夏』の冷えた身体に触れた。
「それでも……幽霊さんも焦る気持ちは分かりますが、無茶だけはしないで下さい」
 告げ、『奈夏』の体力を【歴戦の回復術】で回復する加夜。
「私、幽霊さんの会いたい気持ちも、巫女さんの悲しい気持ちもよく分かります。それから、エンジュさんが奈夏ちゃんを心配する気持ちも」
 だから救ってあげたいと加夜は思うから。
 幽霊と巫女を、そして奈夏をエンジュに返して上げたいと。
「さっきセレンフィリティが言ってたように巫女さんは怒っているのかもしれない。でもそれでも、巫女さんは幽霊さんの事、心のどこかで待っているんだと思うわ」
 そうして、佳奈子は『奈夏』に笑いかけた。
「だって、こんな嵐の中で、それでも『道』は続いているもの」
 細い指が指し示した先、荒れた海の中にそれでも確かに、島へと続く道が浮かび上がっていた。

「これが彼女の痛み……誤解とはいえ、どれだけ悲しんできたのか、考えると辛いね」
 波がその道を消し去ろうと、破壊しようと狂うのを見つめ、ふるりと震えた蓮見 朱里(はすみ・しゅり)の肩をアイン・ブラウ(あいん・ぶらう)は確りと抱きしめた。
「あぁ、だからこそ……救うのだろう?」
 その腕はいつもいつでも、朱里を包んでくれる安心させてくれる。
 悲しい気持ちを拭ってくれる、嬉しい気持ちを笑顔を引き出してくれる、大切な温もり。
「うん。巫女さんと幽霊さんも会わせてあげたい……思い出して欲しいよ」
 愛する人が居る、その幸福感を。
 願い、キレイな笑みを浮かべた妻を風雨から守りながら、アインもまた頷いた。
「風は【風術】で防ぎながら行きます」
 小型飛空艇に自らと『奈夏』を乗せ先行すると告げた加夜。
「これで大丈夫、っと」
「落ちたら大変だもの、特に奈夏さん」
 それから終夏と翠が皆に【空飛ぶ魔法↑↑】を掛けた。
「!? 風が弱まった……皆、今の内にっ!」
 そして、様子をじっと見ていた佳奈子が、GOサインを出した。
「うわっ、足元が滑る」
「大丈夫か?」
「旦那さん優しいね」
「アインは自慢の旦那サマですから」
「幽霊さんもガンバ!、だよ♪」
 朱里に惚気られつつ、ほらほらと幽霊に発破かける沙織。
「大丈夫ですか、セルファ」
「……っ真人?!(優しい! てか王子サマ!?)」
「海に落ちたら羽根も水を吸って重くなるでしょうし、気を付けないとですよ」
「〜〜〜ッ、今のトキメキ返して!?」
「? 何で怒ってるんですか?」
 等と、緊張しながらも余裕を保っていられたのは、途中までだった。
「雨風の勢いが増してきた、皆、気をつけろ!」
 一度、凪いだ風雨が再び猛威を振るい始めたのは、島まで後少しという所。
 アインは警告し、発動させている【オートガード】と【オートバリア】に改めて意識を集中させた。
 『奈夏』や朱里、仲間達が波に浚われないように。
 嵐はいよいよ激しさを増し、雨風だけでない色々なモノが暴風に混じる。
「無事に送り届けてみせます!」
 【イナンナの加護】で飛んできた木切れを察知したリオン・ヴォルカン(りおん・う゛ぉるかん)が、【サイコキネシス】で吹き飛ばした。
 黒のハーフパンツの水着の上、羽織ったパーカーが身体に張り付く。
 その煩わしさにも気を止める素振りなく、リオンはただ前を島を見つめ。
「【タービュランス】!」
 更に、埒が明かないと見た羽純の起こした乱気流が、暴風雨を散らした。
『もう、少しで……』
「……」
 上陸直前、『奈夏』に飛んできた石をエンジュが無言で叩き落とした。
『あ……ありがとう』
「……奈夏が傷つくの……イヤですから……」
「ふふん、エンちゃんも素直じゃないの。幽霊くん思ってたよりイイ奴みたいだし、そうゆうトコ少しは認めてくれたってトコじゃないの」
 雷さえ鳴ってなければネユン様最強!、とか言いつつネユンは『奈夏』に手を貸し、加夜の後ろの席から引っ張り上げるように島に上陸させた。
『ありがとう、本当にありがとう、皆』
「まぁ本当の勝負はここからだから、気は抜かないでね」
 セレンフィリティに頷く『奈夏』の顔は、真剣で。
「彼は罵られるであろうことも覚悟で、彼女との約束を果たそうとしている。その気持ちに偽りはないと信じたい……いやも信じよう」
 見つめながら言うアインに朱里は頷き、そうして島へと辿りついた彼を追うのだった。