校長室
海水浴したいの
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第七章 満点の星空の下 「じゃあ一緒に散歩でもするか」 何気ないジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)の言葉に、特別な色は無かった。 それを分かっていても、それでもフィリシア・レイスリー(ふぃりしあ・れいすりー)は嬉しいと、ドキドキする胸を必死に抑えようとしていた。 昼間、パラソルの下で二人とも眠ってしまった事、フィリシアは後悔していた。 だがそのおかげで今、こうして夜の海辺をジェイコブと歩けているのだと思うと、自然と頬が緩む。 こんな時間でも、元気にはしゃいでいるグループを避けるように、人気の無い方に進むジェイコブに、無いと知りつつも淡い期待を抱いてしまうのは、仕方ないだろう。 サンダル履きの足が砂地に僅かに沈む度、白いサマーワンピースドレスの裾が踊る。 ジェイコブの歩みがいつもよりずっと遅いのは、散歩だからだろうか、自分を気遣ってくれているからだろうか……後者なら良いと思う、否、願うフィリシア。 (「手を繋ぎたいですけど……いきなり手を取ったら不自然でしょうか?」) 時折、伸ばし掛け、躊躇い、引っ込めて、を繰り返すフィリシアに気付かぬまま、やがてジェイコブは足を止めた。 「ほう、嵐が過ぎたせいか今日はやけに星がたくさん見えるな」 辿りついた場所、二人並んで腰かけ、見上げた夜空には確かに、満天の星空が広がっていた。 けれど何よりフィリシアの瞳を惹きつけたのは、隣に座るパートナーが浮かべた表情だった。 無骨で朴念仁で乱暴で……でもその強面の内面にある優しさ、包容力。 それに気付き、想いを寄せるようになってから、どれくらいが経っただろう。 そして今、こういう可愛らしい部分を見つけ、意外だと感じつつ好ましく思う……募る想いにフィリシアの胸は張り裂けそうで。 (「この想い、伝えたい。ここで告白……とか」) ふと気付けば絶好のシュチュエーションなのである。 しかし。 (「でももし、自分の想いを打ち明けて、玉砕したら……」) 今まで通り傍にいられなくなってしまったら、こういう無防備な顔を見せてくれなくなったら、と過ぎった想像に息苦しさだけが増した。 「こんな時でもないとなかなか空を仰ぐというわけにもいかんな……それに職業柄、どうしても敵機が飛んでないかつい探してしまう」 そんな恋する乙女の葛藤にかけらも気付かぬジェイコブは、軽口混じりにフィリシアに笑みを向け、首を傾げた。 「ん……どうした? 顔が真っ赤だぞ? 熱でもあるのか?」 心配そうに額に触れた武骨な大きな手の平、何だか泣きそうになりながらもフィリシアは必死に首を振ったのだった。 (「……ジェイコブのバカ……」) 触れた部分から伝わる熱、一緒にこの想いも伝わったら良いのに、と思いながら。 「キレイですね」 「うん。夜の海に来て良かった」 リュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)はブルックス・アマング(ぶるっくす・あまんぐ)に誘われ、夜の海の……静かなさざ波に耳を澄ませていた。 泳げない自分を気遣ってくれたのだろう、ブルックスの気持ちが嬉しかった。 けれど。 喧騒が、遠い。 まるで世界に二人っきりのような静けさに、ふと落ち着かない心持になる。 そっと窺うブルックス、月明りか淡く浮かび上がるようなその華奢な肢体と、紅潮した頬、微かに潤んだ瞳と、軽く噛みしめられた……唇。 それはリュースに否が応にも思い出させた。 先日の告白と、それから拙い……キス。 (「オレはどうすればいいんでしょう」) 傷つけたくない、大切だ、それは確か……だが、それが恋愛感情なのかどうかは正直、分からなかった。 と、リュースの視線に気付いたのかブルックスがこちらを見た。 その潤んだ真っ直ぐな瞳に、リュースは甘く苦い絶望を覚える。 「私ね、リュー兄のこと好きだよ。一緒にいると安心する。ずっと傍にいたい」 果たしてブルックスは告げた。 ありがとうとしか言われなかった、返事は貰えなかった、それでも果敢にもう一度、一言一言真剣に想いを告げる。 「パートナーとして、じゃなくて、女の子として一緒にいたい。リュー兄は私のことどう思ってる? 一緒にいて楽しい?」 不安に揺れる瞳、それでも浮かぶ想いに少しの揺らぎもなく。 トン、と抱きついてきた細い身体を、だからこそリュースは抱きしめてやる事が出来なかった。 (「オレは、たぶん怖いんだと思います」) 妹と思っていた少女を女としてみることが、怖いのだ。 それに。 (「オレは男ですから、ブルックスが思うような恋愛ではなく、抱いたり触ったりとしたものの方がいい」) 寄り添って手を繋いで小鳥のようなキスを交わして、そんな優しく甘い恋愛は多分、無理なのだ。 だから。 リュースは意を決すると、ブルックスの顎へと指を這わせ、少し持ち上げ……口付けた。 「!?」 それはブルックスが仕掛けた、歯と歯がぶつかるようなお子様のキスとはまるで違っていた。 深く、相手を求め貪るような、大人のキス。 「……これが、『兄』の本性ですよ」 息が出来ずにいたのだろう、くたっと力の抜けたブルックスの耳元で、リュースは囁いた。 やってしまった、これで今まで通りの関係ではいられない、大切な『妹』を失ってしまった……鈍い痛みが胸に疼いて。 そっと離れようとしたリュースの腕を、だがブルックスが止めた。 「違う……私、妹のままじゃ……嫌だった。だから……」 熱のにじむ青の瞳は大人びて……まるで初めて会う女の子のよう。 「嬉しいの……リュース」 月光の下、煌めく星空の下、少女はとてもキレイに微笑んでいた。 「あぁ、いい月だ」 繰り返す優しい波の音と、遠く微かに聞こえる東雲やサズウェル達のはしゃいだ声。 それらとこの星空、浮かぶ月を肴に、大洞 剛太郎(おおほら・ごうたろう)は酒を呑んでいた。 正しくは、パートナーである大洞 藤右衛門(おおほら・とうえもん)と鮎川 望美(あゆかわ・のぞみ)と呑み交わしていた。 昼間、望美と海水浴した海。 Tシャツにジャージといった格好の剛太郎は、浜辺に敷いたレジャーシートに座り、その海を眺め目を細めた。 その傍らにはクーラーボックスに氷と缶ビール、一升瓶で芋焼酎、大きめの水筒に水、乾き物の入ったスーパーの袋が鎮座している。 「本当は心霊スポットの祠へ剛太郎と肝試しに行ってみたかったんだけどなぁ」 Tシャツに短パン姿の望美はちょっとだけ不満をもらし。 「祟りが起こる!」 「ちぇ〜」 唇を尖らせつつ、作った焼酎の水割りを剛太郎と藤右衛門の前に置いた。 勿論、自分の前にも。 「おぅ、すまんな」 ありがたく、と豪快に煽る藤右衛門は、ぷはっと満足げに笑った。 話すのは他愛の無い世間話だ。 だが、藤右衛門は不意におかしくなる。 こうして子孫……超マゴ達と酒を酌み交わしているという事が、不思議で楽しい。 「お兄ちゃぁん、やっぱイコンっていいよねぇ」 トロン、とした赤い顔で甘えるような頭をすり寄せて来た望美を。 「……酔ったか」 ふっと一つ吐息をもらした剛太郎。 酔うとベタベタ甘えてくるのはいつもなので、特に気にはしない。 「超じいちゃんもぉ、そう思うでしょお?」 「望美、イコンイコン言ってないで、早く嫁に行けぃ」 「え〜っ?」 「剛太郎もじゃ、早く結婚して所帯を持つのじゃ……最近、コーディリアとはどうなのじゃ?、んん?」 パラミタでの今後の生活よりも、超マゴ達の将来の事が気になる藤右衛門である。 思いがけない突っ込みに、ゴフッとむせる剛太郎と、「イコンはサイコーだよ、む〜」とかむくれる望美に、目を眇める。 酔ってついつい説教じみてしまうのは、子孫の剛太郎と望美が可愛いからだ。 「……それはそうと望美、お前の部屋だが汚過ぎる」 「うわっ酔いが醒めちゃうような事、言わないでよ」 誤魔化すような話題を逸らすような剛太郎と、更にゲンナリする望美。 可愛い超マゴ達に、今日はこの辺で誤魔化されてやるかと、藤右衛門は呵々と豪快に笑ってみせた。 「んー、お昼に泳いで皆とはしゃぐのももちろん楽しいけど、カノコは夜の海、舟の上でのんびりする方が好きかのっ」 「その気持ちは分かりますけど……ちょっと無茶なような気がしなくもないんだけど」 「ロクロさん、細かい事は考えたら負けやで☆」 【アムトーシスのゴンドラ】を持ち込んだ由乃 カノコ(ゆの・かのこ)はロクロ・キシュ(ろくろ・きしゅ)と二人、夜の海に繰り出していた。 「故郷におったちっちゃい頃は、テトラポットは星の化石やと信じてたな〜。お父ちゃんとモーターボードかっとばして釣りしに行ったり、懐かしいわぁ」 海から陸を、たくさんの灯りを眺め、懐かしそうに思い出を語るカノコ。 その光景は同じく、ロクロにも郷愁を抱かせるものだった。 そういえば噂の島は、再び現れるようになったらしい。 真夜中近くだけ、なので此処からは残念ながら見えないが。 「キレイだね、二人もくれば良かったのに」 「誘ったんやけどな。エフさんは暑さでガチコモリ、ナカノさんは『中身が蒸れる』やて」 「……ですよね〜」 船上のティータイムと洒落込みながら、残してきた二人を思い浮かべ、小さく苦笑を交わした。 「あ、忘れるトコやった。ロクロさん、コレやろ」 と、カノコが取りだしたのは、線香花火だった。 「これは?」 「花火や。この先っぽに火ぃ点けてな……な、キレイやろ」 「……うん、すごい」 目を輝かせたロクロにも線香花火を渡し、。 「あっ……カノコ、あっちも」 「うん、キレイやな……本当に、キレイや」 海辺で上がった打上げ花火、二人は彼方の艶やかな光と此方の儚く美しい光を、心行くまで楽しんだのだった。 その夜、ロクロは手紙を書いた。 拝啓、父上様。 アムトーシスの皆は元気ですか? 地上へ出て、はじめての夏という季節なわけで。 火山地帯にいるような気候に驚いたけれど、空の鮮やかさは格別なわけで… 今日、カノコと夜の海へ出かけました。 そこには水辺に面したアムトーシスを思い出す景色がひろがっていたわけで。 ゴンドラを出して、お茶をしながら花火というものをしたわけで。 水面のように、しずくのように、キラキラ散ってゆく光を、ボクは忘れません。 ボクは今日も元気です。 また手紙書きます。 みゃあー
▼担当マスター
藤崎ゆう
▼マスターコメント
こんにちは、藤崎です。 したいのシリーズもいつの間にか季節がひと巡りしました、とちょっと感慨深いです。 でもまだ続きます、次は秋にお祭りです。 ではまた、お会い出来る事を心より祈っております。
▼マスター個別コメント