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第四章 海に還る
「一つだけ言わせて欲しいんだけど」
 言って、固まってしまった二人をギロリとねめつけたのは、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)だった。
 動けない二人に大きく溜め息を付いた。
 実の所、美羽はずっと怒っていた。
 奈夏に取り憑いた男が死んだ……殺されたのは、可哀想な事件だったと思う。
 男を待っていた巫女が死んだのは、知らなかったのは可哀想な悲劇だったと思う。
「でも、だからといって奈夏を巻き込んだり、嵐をおこして人々に迷惑をかけたり……そういうことについては、やはり責任をとるべきだよね」
 そう思うから、美羽はコホンと咳払いしてから、説教した。
「奈夏を巻き込んだこと、たくさんの人たちに迷惑をかけたこと、それからこれらのことについて……ちゃんとお礼とお詫びをしなきゃダメだよ!」
 美羽だって可哀相だと思う、ちゃんと成仏して欲しいと思う、けれど。
 だからこそちゃんと筋を通してから、送って上げたいと思うから。
 それに、やるべき事を示してやらなければ、この二人はずっと固まったままの気がするし。
「あっあの、その『お礼とお詫び』なのですが……」
 そこに声を掛けたのは、美羽の後ろに隠れるように、怖々顔をのぞかせているのはベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)だった。
 幽霊が苦手なのであ、いつもと違ってビクビクしてしまうのは仕方ない。
「古の祠を復活させる、というのはどうでしょうか?祠が復活したら、たくさんの人たちが喜んでくれるでしょうから……」
 ベアトリーチェがそう提案した時、だった。

 ざわり、闇が蠢いた。

『……祠ガ』
『コンナ祠サエナケレバ……』
 巫女の背後、凝った闇が膨れ上がった。
「やっぱりかぁ」
 動じなかったのは、通常運行で豪胆なセレンフィリティと冷静なセレアナ、それから春美ぐらいだっただろうか。
「巫女さんはずっと、待ってたんです! 待ってて、なのに引きずり込まれて歪められたんです!」
 同時に、加夜が声を張り上げた。
 祠を【サイコメトリ】して知った、過去。
 待っていた巫女を海に引きずり込む、無数の手。
 暗い昏いそれは、怨念。
「まぁそうよね。祠の前で誓いを交わした恋人たちは幸せになれる、と言っても全部のカップルが幸せになったわけはないでしょうしね」
 ふぅ、と春美は溜め息をもらした。
 祠で告白した全てが、上手くいったわけではない。
 振られ砕けた想い……悔しさ、切なさ、哀しみ、憎悪、妬み、嫉み、この海に捨てられたたくさんの想い。
 それは巫女が、幸せになる事を是としなかった。
「危ねっ!」
 ナディムが咄嗟にその腕を掴まなければ、奈夏の身体は海に引きずり込まれていただろう。
 失敗した事を悟ったのかどうなのか、黒い手と手と手と手は再びぞわりと動いた。
「リース達は下がれ!」
 気付いたナディムの警告に、突然の事態に硬直していたリースがハッと気付き。
「……【我は射す光の閃刃】!」
 だが襲いかかったそれらがナディム達に届く前に、凛とした声が響き、閃いた光がそれらを駆逐した。
「……やっぱり付いてきて良かったわ」
「姫さん!?」
 そこにいたのは、ナディムと同じくリースのパートナーであるセリーナ・ペクテイリス(せりーな・ぺくていりす)だった。
「ナディムちゃんには『海が荒れていて危ないからついて来ちゃダメ』って言われちゃったけど、私だけ安全な場所で皆を待っているなんて嫌だったんだもの」
 半人半魚の姿をした鷺草の花妖精であるセリーナは、陸を移動する時は車椅子を使う。
 けれども、海の中なら皆を困らせる事もなく手伝える事があるかもしれない、と見守っていたのだ。
「あぁもう、姫さんはこれだから……」
 迷惑だったかしら?、と可愛らしく小首を傾げたセリーナにナディムは「あぁもう」と溜め息をついた。
 いくら泳ぎが得意とはいえ、こんな荒れた海、危険しかないのに。
 それでもセリーナの気持ちは痛いくらい分かる、から。
「くれぐれも無茶はしない事! リース達は下がってて……大丈夫だから、さ」
 大事な姫とパートナーとに言って、ナディムは奈夏を守る様に立ち、表情を引き締めた。
 視線の先には、先ほど散らされた黒い手が再び集い、蠢いていた。

「マスター!」
「亡霊や死霊ならまだ良かったんだがな」
 死龍魂杖は、杖に封じられた魂を開放する事でベルク自身の魔力を爆発的に増大させる事が可能であり、開放と同時に周囲に彷徨う魂を吸収する特性がある。
 故に、眼前のそれらがその類なら、話は簡単だったのだ。
 だが残念ながら、それらは違った。
 それらは『想い』の欠片だ。
 勇気を振り絞り告げた想いが砕けた、哀しい欠片達。
「人の想いってヤツは全く、侮れない」
 ベルクは想い人を安心させるよう頷いてやってから、苦く吐き捨て、死龍魂杖を振うのだった。
「足場が悪いから、気を付けてよねセレアナ」
「誰にものを言ってるの」
「【禁猟区】!」
「あ〜も〜仕方ないからネユン様も手伝って上げるわよ」
「離れるなよ、歌菜」
「分かってる……翠さんや沙織さんは私の後ろに」
 他の者もそれぞれ、対処に当たる。
「翠にも奈夏さんにも、近づけさせないわ!」
 【召喚獣:フェニックス】を呼び出したミリアは油断なく周囲を見回していた。
 自らの役目は仲間達を守る事だと、言い聞かせ。
「お姉ちゃん達、頑張ってくれてるの。だけど、このままじゃ……」
 せめて、と『奈夏』の手をギュッと握り、翠は口ごもった。
 巫女の姿は見えない、昏い手に覆い尽くされ。
 今にも飛び出そうとする『奈夏』をエンジュが力づくで、翠が気持ちで抑えている。
 この事態をどうにかしなければならないが、どうしたらいいのか……?
「俺は貴女の悲しみを救いたいっ!」
 その中で。
 神崎 優(かんざき・ゆう)は叫びながら一歩、前に踏み出し。
 共鳴する後悔と絶望、昏い手に囚われた巫女に、必死に手を伸ばす。
「そして俺と同じ想いを持った人がココにいる。貴女の元へ行く事を絶たれ、それでも貴女を助けたいと現世に残り続けた人が」
 優の声にゆる、と微かに闇が揺れる。
「貴女の想い、貴女が好きになった人の事をどう思っているのか、貴女の本当の気持ちを伝えてほしい」
 巫女と男の霊、どちらも救いたいと想っている優……神崎 零(かんざき・れい)はそんな優が愛おしくて仕方なかった。
 そしてそれは巫女も同じだと思うのだ。
 頭を下げた『彼』に何も返せなかった巫女。
 自分のせいで相手を死なせてしまった絶望が、巫女の口を噤ませた。
「貴女は本当にその人の事が好きだったんだね。好きになった人に会えないのは辛いよね。そして今でもその人の事を待っていたんだよね」
 佳奈子も言っていたが、零もまた確信していた。
「だって毎年決まった日に嵐が起きるなんてまるで、その人に自分がココにいるよて伝えているみたいなんだもん。どんなに遠くにいても解るようにって」
 だから、零も優の隣に並んで手を差し伸べた。
「お前も今まで一人で辛くて寂しかったんだよな。その気持ち俺にも解る気がするんだ。俺も一人だったから」
「想いを通じ合えた人と今まで会えなかったのはとても辛く、悲しかったですよね」
 そんな二人を排除しようする黒い手を蹴散らしながら神代 聖夜(かみしろ・せいや)が、闇の中にいるであろう巫女をただ真っ直ぐ見つめて陰陽の書 刹那(いんようのしょ・せつな)が、言葉を紡ぐ。
「私にも大切な人や好きになった人がいます。もしその人とずっと会えずにいたら、私もずっと悲しみに暮れて居ると思います」
 だけど、と刹那は眼差しに声に力を込めた。
「今やっと、こうして会えたんです。だったらその手を伸ばして下さい。会えなかった分の、そなたの想いを伝えてください!」
「今でもその人の事を想っているのなら、ここでお互いの想いを伝え合ってほしい。俺は二人に幸せになって成仏してほしいんだ」
「待ってた人に、やっとココで会えたその人に、貴女の気持ち、伝えようよ」
『……俺はずっと、会いたかった。好き、だから。……好きなんだ。ずっとずっと、今もずっと』
 優の零の刹那の、そして『彼』の心が響いた。
『私……私もずっと待っていました。ごめんなさい、ずっとずっと、貴方が好きなんです』
 闇の中、ふっと光が灯る。
 可憐に揺れるそれは、ガーベラ。
「彼女はあそこに!」
 悟ったエースが叫び、『彼』が動く。
 受け取らなかった、それでも彼女が無意識に引き寄せていた抱き寄せていた……『希望』。
「………………」
『すまない、行かせてくれ』『お願い、エンジュ』
「……奈夏は……ヒドイです……」
 エンジュは泣きそうに顔を歪め……それでも、一粒たりとも涙を零さないまま、拘束を解いた。
「サポート……お願いします……」
「分かった」
「任せて!」
「思い切り、行け」
「今度はちゃんと掴まえてあげてね」
 優と零やアインや朱里に背を押されるように、『彼』が飛び出す。
「だから、させないって言ってる!」
「お呼びじゃないんですよ」
 阻もうとする黒い昏い思念を、聖夜が優が真人が吹き飛ばし道を作る。
 細かな傷を作りつつガーベラに伸ばした手、はらりはらりと散ったそこから、おずおずと伸ばされた手。
 最早触れられなかった筈の手が、想いが、触れ合った。
 瞬間、奈夏から抜け出た男性の影と巫女とが、しっかりと抱き合った。
「良かったね、優」
「ああ。二人とも、良い顔をしている」
「その手、今度は絶対に離すなよ」
 手間掛けさせやがって、と照れ隠しのようにもらしてから、聖夜は追いすがろうとする砕けた想いの残滓を断ち切った。

「愛は、待つ事ができる事も幸せ……相手を信じられるから待つ喜びがある……」
 花音はそんな巫女達を見つめてから、黒い手と手と手と手へと、視線を向けた。
(「ボクは…積極的なアプローチしかできなかった…そして、届かなかった」)
 花音の胸がズキリ、と痛む。
 巫女を拘束しようとするドロドロとした『想い』、その中には花音にも覚えのあるものが確かにあったから。
 気持ちが届かなかった哀しみ、切なさ、苦しさ。
(「志に向う努力家で、暖かい優しい人だった」)
 あの人を思った分だけ、胸を締めつける、それら。
「……ボクだって、キミ達の想いは解る。だけど!」
 けれども花音はキュッと唇を噛みしめながらも、顔を上げた。
「だからって、他人を不幸にしたいなんて、ボクは思わない!」
 だってそんなの、余計に寂しくなる。
 あの人を好きだった気持ち、哀しい結末を迎えてしまったけれど、好きになった事を後悔はしたくないから。
「そうね。悲しい結末に終わったとしても……ねぇ、本当にその恋は辛いだけ苦しいだけだったの?」
 その気持ちはゆかりにも分かった。
 苦い結末に終わったとしても、それでも、そこに幸せは確かにあったから。
 花音のゆかりの想い。
 黒い手はその動きを止めた。
 核だった巫女を失ったせいもあるだろう、けれど。
 音もなく崩れていくそれらが泣いているように、泣いて終わった恋をようやく受け入れていくように、花音には思えた。
「エクセレント! ここで出来ることはすべて終わったわ」
 春美は満足そうに笑って頷いた。
 探偵の役目はこれで終わり。
 後は、ホンの少しのエピローグを見るだけだ、と。

「本当に良いの? 私達の身体を使って、思う存分イチャついてくれていいのに」
『お気持ちだけで十分です』
 朱里に答える巫女の顔は、大分透けて……それでも、幸せそうだった。
「良かった、良かったよね!」
 感極まったビキニのフィリーネに抱きつかれた優夏は、うろたえた。
「暑い、なんかドキドキしてきた、やばいかも」
「それはきっと恋の病よ、うん」
「いや、恋って……」
「幸せは伝わって増えていくものなのよ、多分」
「もう、人に迷惑かけちゃダメよ」
『そのお嬢さんに謝れないのは心残りですが』
「残さないで! 奈夏には私から伝えといてあげるわ……『ありがとう』って」
 仕方ないなぁ、言いつつ美羽はヒラと手を振り。
『『!? 本当に、本当にありがとうございましたッ』』
 抱き合ったまま、すぅっと消えていく二人に、加夜は【幸せの歌】を歌った。
「次に生まれてくる時は二人が幸せになれますように…」
 願いを込めた歌が、夜の海に響く。
 優しい優しいそれに慰撫されるように、風は止みあんなに厚かった雲が晴れていく。
 くたり、エンジュの腕の中で意識を失った奈夏。
「よかったよかった、めでたし、めでたしだね♪」
 それでも沙織は言って、ニッコリと微笑んだ。
「ね、羽純くん」
 先ほどまでの出来事は全て夢でした、そう言われてもおかしくないような穏やかな宵闇の中。
 さざ波の間をぬって、歌菜は傍らの大切な人に問いかけた。
「もし幽霊になって、離れ離れになったら…羽純くんも私を探しに来てくれる?」
「…当たり前の事を訊くな」
 返って来たのはどこか憮然とした、微かに拗ねたような声と、軽い拳骨で。
「その前に…絶対に離さないから、安心しろ。離れる理由がない」
「うん、絶対離れない。離れても…絶対見つける」
 ギュッ、抱きついた身体は、先ほどまでの豪雨の名残でひんやりとして。
 濡れて身体にピッタリと張りついた服、互いに熱を分け合うように寄り添って。
「今日はいい天気になりそうだし、海で泳いでいくか…離れるなよ?」
 歌菜と羽純は水平線の向こう、明るくなっていく空を見つめていた。