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ハロウィン・ホリデー

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「あら、何かやってるのかしら」
 会場の一角がにわかに盛り上がっていることに気付いた御神楽 環菜(みかぐら・かんな)は、一緒に来ていた御神楽 陽太(みかぐら・ようた)の袖を引いた。
 ちなみに、陽太は海賊の船長風の長いコートと帽子を身につけ、環菜は令嬢風のドレスに身を包んでいる。
「気になりますか? なら、行ってみましょうか」
 陽太はそっと環菜の背中を押して、賑やかな方へとエスコートする。正直こうして居る間も、陽太の胸はどきどきと音を立てている。結婚して、夫婦になって、もう随分と経つけれど、いつまでたっても新婚気分が抜けない。
二人は寄り添う様にして、賑やかな方へと向かって行く。

 その後ろをそっと、環菜のパートナーであるルミーナ・レバレッジ(るみーな・ればれっじ)が着いていく。
 環菜と一緒にパーティーへ来たのだが、夫婦水入らずの邪魔をするのも気が引けて、何となく少し距離を取っている。
 と。
「素敵なお嬢さん、俺と一緒に来て貰いましょう」
 突然背後から、ルミーナを攫うように腕が伸びてきて、ルミーナのことを抱きすくめる。
 きゃ、と短い悲鳴がルミーナの口から漏れるが、伸びてきた手がその口を塞ぐ。
 犯人はルミーナの恋人である風祭 隼人(かざまつり・はやと)だ。
 隼人もまた、海賊風の衣装に身を包んでいる。黒いシックなドレスを着ているルミーナとこうして居ると、まさに海賊が令嬢を攫っているの図だ。
「あの……少し、恥ずかしいのですが」
 ぽっと頬を染めているルミーナに気付き、隼人はぱっと腕を解く。けれど、片手は離さずにルミーナの手を取る。
「あの二人と居てもお邪魔になるだけだろ?」
 そして、勝手に離れて良いのだろうか、と言いたげに環菜の背中を見詰めているルミーナに向かってぱちりとウインクを一つ。
「……そう、ですわね」
 隼人の言葉に、ルミーナも納得したらしい。ちょっと恥じらいながらも、隼人に預けた手をそっと握りかえした。

 一方、陽太と環菜はといえば、二人揃ってリンゴゲームに興じていた。
 環菜は長い髪を片手で押さえながら、器用にリンゴを咥えてみせる。が、陽太の方はと言えば、隣であーん、と口を開けている環菜の姿や、存外近い位置にある環菜の顔や、リンゴに吸い付く環菜の唇や、そういったものが視界に入る所為でどうにも集中が続かない。つるりとリンゴを取り落としては、飛び散った水滴に顔を濡らす。
 さっさとリンゴを咥えることに成功した環菜に遅れること数分、ようやく陽太も顔を上げた。
 顔がすっかりびしょびしょだ。
「もう、仕方ないわね」
「あ、あはは……」
 呆れ気味の冷たい視線がちょっぴり陽太の心に突き刺さる。けれど環菜は、鞄からハンカチを取り出すと、ほら、と陽太の顔を拭ってやる。
「ありがとうございます」
 それが嬉しくて、陽太は環菜を抱きしめる。
 濡れるじゃないの、という連れない声が返ってくるけれど、振り解かれる気配もない。そんな妻の態度が愛おしくて、陽太の心はほっこりと温かくなる。
「ねえ、お菓子を食べに行きましょうよ」
「そうですね」
 そのうち抱きしめられていることにも飽きたのだろう環菜が言い出して、陽太はまた環菜の手を取ってエスコートして行くのだった。

●○●○●

 さて、メイン会場がリンゴゲームで盛り上がりを見せている頃、屋敷の庭では静かに二人きりの時間を楽しむカップル達が、薔薇園の散策を楽しんでいた。

 桐生 円(きりゅう・まどか)パッフェル・シャウラ(ぱっふぇる・しゃうら)もまた、そのうちの一組だ。
 着替えた後、ののとパトリックに招待ありがとうと挨拶をして、最初はホールに顔を出していたのだけれど、やはり折角なら二人きりで過ごしたくて、人気の少ない薔薇園の方へやってきた。
 薔薇園はこぢんまりとして居るけれど、高く聳える生け垣が複雑に入り組んでいる為、周囲のカップルの事はあまり気にならない。
 円は黒いメイド服に、猫耳と肉球手袋を付けて猫の仮装をして居る。パッフェルもお揃いの猫耳を付けていた。
「あのね、クッキー作ってきたんだよ」
 この前、スイーツが好きって言ってたし……と言いながら、円は携えてきたバスケットの蓋を開いて見せた。中には香ばしい匂いのクッキーが詰まっている。ちょっと、形は悪いけれど。
「……おいしそう」
 バスケットの中を覗き込んだパッフェルは、穏やかに表情を和らげる。その言葉が嬉しくて、円はクッキーをひとつ、パッフェルの口元へと運ぼうとした。が、どう考えても手袋が邪魔だ。
 うーん、と少し悩んでから、円はおもむろにバスケットを傾け、滑り落ちてきたクッキーを口で受け止め、半分だけ口に咥える。そして、身を乗り出すとパッフェルの前にクッキーを差し出す様にして、目を閉じた。
 それで円の意図を察したのだろう、パッフェルが小さく笑う気配がした。
 吐息が触れて、さく、と軽い音がして、唇に一瞬圧力が掛かる。
 触れることが無かった唇に、円は少し残念な思いで瞼を開けた。すると、思った以上に近い位置にパッフェルの顔がある。
 うわぁ、と円がちょっぴり驚いている間に、改めて唇が重ねられた。
「……おいしかった」
 離れた唇が、嬉しそうに囁く。
 クッキーが美味しかったのか、それとも……
 円はぽっと頬を染めた。