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ハロウィン・ホリデー

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「見て陽、薔薇が綺麗だよ!」
 振り袖姿のテディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)は、薔薇園に足を踏み入れると背後の皆川 陽(みなかわ・よう)を振り向いて微笑みかけた。
「待ってよテディ」
 歩くの速い、と文句を言いながらも、陽の表情は明るい。その陽もフリルドレスを纏っている。
 今日は二人とも女装して、陽の希望で「女友達ごっこ」を実行中だ。
 いつもは陽の背後にぴたりと控えて居たり、或いは盾となって陽の事を守っていたりするテディだが、今日の陽の要望は「対等な友達のように振る舞うこと」。主の要求は絶対なので、テディはつとめて気さくな振る舞いを心がけて居る。
「遅いよ陽」
 だから、いつもだったら絶対に主を置いて先に行ってしまったりなんてしないけれど、今日はこうしてちょっと文句も言ってみたりする。
「だって、ドレスだと歩きにくくて……」
 でも本当は、えっちらおっちら、足に纏わり付くフリルをなんとか捌きながら歩いてくる陽に、手を差し伸べたくて仕方が無い。けれど、そうしてしまっても良いものか、躊躇ってしまう。
 だって自分はあくまで陽の騎士で、こうして友達らしく振る舞うのはただの主からの要求に応えているだけで。でも本当は陽の全てを奪ってしまいたい、と、思っている。ちょっとでも触れてしまったら、止まらなくなるような気がして。けれど、陽は自分の気持ちを受け入れてくれないことも解って居る。
 それでも今は友達だから。手くらい繋いだって大丈夫だよね、と自分に言い聞かせるようにして、テディはほら、とちょっとぶっきらぼうに手を伸ばした。
「あ……ありがと」
 陽は差し出された手に自分のてのひらを重ねた。触れあった肌が温かくて、テディの心拍数が上がる。
 嫌がられないかな、と少し不安が胸を過ぎるけれど、そんなテディの不安をよそに、陽は嬉しそうに微笑んで、重ねた手をしっかりと握り直したりしている。
「どうしたの、テディ?」
「ん? いや、何でも無いよ!」
 陽は自分のこと、本当はどう思っているんだろう――いよいよ陽の気持ちがわからなくなってしまい、テディは混乱する。けれど、少なくとも今はこうして、目の前で笑ってくれている。
 今はただ、その笑顔を信じるしか無かった。

●○●○●

 三井 静(みつい・せい)は言葉少なに、薔薇園へとやってきた。
 ふわりとスカートが静の足に絡む。
 仮装パーティー、と聞いて、結構乗り気で準備をしてきた静は今、空色のロリータワンピースにボーダー柄のタイツ、それから角の生えたカチューシャで、アリス種族の女の子の格好をしている。
 招待してくれたののにも挨拶をして、初めは勢いでパーティーを楽しんで居たのだけれど、だんだん初めの勢いも落ち着いてきて、そうしたらなんだか恥ずかしくなってしまった。それで、パートナーの三井 藍(みつい・あお)に連れ出されるようにして、二人でひっそりと、人の少ない薔薇園を散歩して居る。
 藍は、静とお揃いの角と、レプリカの羽だけを身につけて、アリス種族の男子に扮している。いや、藍は元々アリスなのだけど、普段は角も羽も隠しているので。
 静は何を言うでも無くぼんやりと薔薇を眺めている。その姿が何となく寄る辺なく見え、藍は頭を撫でてやろうと手を伸ばした。けれど、どうにも角が邪魔で手の位置が定まらず、諦める。
 すると静はふと藍の方を見上げた。ただでさえ頼りない瞳が、不安そうに揺れている。
 藍はただ、ごめん、と呟く。
 自分は静のために存在して居て、だから、静を守れないのは不本意で、だけど、静の気持ちは自分が思っているものと少し、違って。藍はどうしたら良いのか分からなくなってしまう。
 静は、ううん、と小さく首を振って、また薔薇の方へ視線を戻す。
 藍が自分の告白を無かったことにしようとしてることは解って居る、ただこうして隣に居てくれるだけで満足しなくちゃいけないのだと、解って居る。けれど、差し出され掛けた手が離れていった時、静はたまらなく不安だった。
 二人の間にはそれきり会話は無くて、中途半端な距離を開けたまま、小春日和のうららかな日差しだけがちらちらと、地面に揺れる二人の影を照らしている。
 不意に、影がすうと動いた。
 薔薇の方を見詰めながら、静の手が伸びる。
 そして、おずおずと、でも、しっかりと、藍の手を捕まえて、手を繋ぐ。
 藍は少し驚いたように、繋いだ手と、それから静の顔を交互に見る。そして、そっと一歩、静の方へ体を寄せた。

●○●○●

 パーティーに行こうよ、とミシェル・アーヴァントロード(みしぇる・あーう゜ぁんとろーど)に誘われた時、吉崎 樹(よしざき・いつき)は突然、彼との別れを切り出した。
 彼のことだからきっと酷く怒るのだろうな、とか予想していたのだけれど、思いの外ミシェルは大人しかった。
 だから、最後のデートをしよう、と言われても樹は大人しく従った。茨姫のドレスを差し出された時はちょっと恥ずかしいとは思ったけれど、最後だからと言われれば、言うことを聞いてやるしかない。
 ミシェルは可愛らしい魔女の衣装を用意してきていて、化粧も上手だった。こうして二人並んで居ると、女の子が二人居るようにしか見えない。
「樹、写真を撮ろうよ」
 甘えた声で強請るミシェルの言葉に従って、二人の写真を沢山、撮った。
 ミシェルはいっそ怖い程いつも通りで、樹に寄り添って、楽しそうに笑っている。
 衣装の所為も相まって、こうして居ると見た目は本当に可愛らしい。見た目、だけは。
 樹ははしゃぐパートナーの姿を見ながら、ぼんやりとそんなことを考えた。
 薔薇園の中は静かで、なんだか世界に自分達だけしか居ないような、そんな錯覚にとらわれる。
「ねぇ、キスして。抱きしめて。最後だから」
 不意にミシェルが、樹の瞳を正面から見詰めてそう言った。樹は言葉を詰まらせる。
「最後だから、ねえ、いいでしょ?」
 最後、その言葉が樹の肩にのしかかる。これが最後だと決めてしまったのは自分。だから、逆らえない。
 本当は嫌だったけれど、これが最後なら。樹は祈るような気持ちで、ミシェルのことを抱き寄せて、唇を合わせた。ゆっくり、ゆっくり。
 精一杯優しく口づけをして、そっと離れる。
 ミシェルはふっと笑った。
「僕、樹の血が飲みたい」
 待って、という暇もなく、ミシェルは樹の首筋に顔を埋める。吸精幻夜を使われて、樹の意識はとろとろと溶けていく。
「樹、すっごく可愛い……」
 うっとりと微笑んだミシェルは、樹の頬をそっと撫でた。