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ハロウィン・ホリデー

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「……遅いな……」
 貸衣装のコーナーですっかり足止めを喰らっているパートナー、リーズ・クオルヴェル(りーず・くおるう゛ぇる)のことを待ちながら、紫月 唯斗(しづき・ゆいと)はベッドに座っていた。唯斗が用意してきたのは、口から上が隠れるようになって居る仮面一枚。リーズも元はカチューシャだけの仮装の予定だったのだけれど、衣装を貸してくれるということを知った唯斗に乗せられ、また周囲にも気合いを入れた仮装姿の人が多い事も手伝って、本格的な仮装をすることに決めたのだった。
 唯斗はリーズが衣装を選んでいる間に更衣室の手配をしてくる、と言って分かれ、受付で鍵を借りた。
 鍵を借りて、衣装を決めたリーズと合流して更衣室へ向かう――つもりだったのだが、思いの外リーズが衣装選びに真剣になっているものだから、唯斗は先にひとり更衣室で待っている、という訳だ。
「しかし……疲れたな」
 更衣室というからもっと何も無い空間を想像して居たのだけれど、入ってみれば机もベッドもある立派な客間だ。とりあえずベッドに腰を下ろしてみたのだけれど、こうしているとだんだん睡魔が襲ってくる。
 リーズはまだ来そうに無いし、と、唯斗はごろりと横になった。

「お待たせ、唯斗――」
 それから暫くして、部屋のドアを開けてリーズが入ってきた。
 しかし、唯斗からの返事はない。訝しんだリーズは、唯斗? と呼びかけながら、ベッドのところまで歩いて行く。
 と。安らかな寝息が聞こえてきた。
「ゆ、唯斗、アンタ、人を誘っといて寝るとか、どーいうつもりよ?!」
 思わずリーズは激高する。が、その声にさえ唯斗は目を覚ます気配はない。
「……よっぽど疲れてたのかなぁ……」
 やれやれ、と肩を落としてため息を吐くと、リーズは優しい瞳で唯斗を見詰める。少し寝かせて上げよう、そう思って、そっとベッドから離れようとして――
 部屋に二人きりなのだ、と気付く。
 リーズは無言でベッドから離れると、かちゃ、と鍵を掛けてしまう。それからベッドの所まで戻って、じっと唯斗の寝顔を覗きこむ。
 暫くそうしてから、不意にその顔を隠している仮面に手を伸ばした。
「……ちょっとだけなら、良いわよ、ね……」
 自分に言い聞かせるように呟いて、そして、そっと唇をそこに落とした。

 ――唯斗が目を覚ましたのは結局、パーティーが終わってからだったとか、なんとか。

●○●○●

「わあ、涼司くん……格好良いです」
 山葉 加夜(やまは・かや)は、着替えを終えた山葉 涼司(やまは・りょうじ)の姿を見て思わずため息を漏らした。二人とも貸し出し用の衣装から思い思いに選んだので、着替え終わるまでどんな衣装かは秘密だったのだ。
 涼司が選んだのは、海賊の船長風の衣装だ。着てきた洋服の上にコートを羽織り、帽子をかぶっただけだけれど、コートの前をきちっと留めているので元々着ていた服は目立たない。
「加夜もなかなか似合ってるな」
 加夜の声に振り向いた涼司は、着替えを終えた加夜の姿を見て柔らかく笑う。加夜が選んだのは体のラインの出る、ちょっと大人びた魔女のドレスだ。まじまじと見られると少し恥ずかしい。
 人前で大胆な事をするのは恥ずかしいけれど、今なら他には誰も居ない。
 加夜はそっと涼司に一歩近づくと、へへ、と笑いながらその顔を覗き込む。
「トリック・オア・トリート?」
 それから悪戯っぽく告げると、涼司はぽかんとした顔をする。
「お菓子をくれないと、悪戯しちゃいますよ?」
「なるほど、そういうことか」
 顔を近づけてくる加夜に向かって、涼司は承知したとばかりに微笑む。
「じゃあ、ちょっと待ってろ」
 しかし、お菓子は無い、と言った所に「悪戯」をしてあげるつもりだった加夜のもくろみをよそに、涼司はズボンのポケットをごそごそとまさぐった。そこから出てきたのは、小さなキャンディ。
 持ってたのかぁ、とちょっと肩を落とす加夜の姿に、涼司はニヤリと笑ってみせる。
「なら、俺からもトリック・オア・トリート」
 私は何も持ってないですよ、と言いかけた加夜の口を、甘い物が塞いだ。あれ、と思っている内に、その甘くて丸い物がぐいっと口の中に押し込まれる。とても近い位置に涼司の顔があって、加夜はぱちくりと目をしばたかせた。
 涼司の顔が離れていった頃にやっと、キャンディを口移しされたのだと気がつく。
「……もう、涼司君のばかっ……」
 そう言いながら、加夜は真っ赤な顔を近づけて、今度は自分からキスをした。

●○●○●

 清泉 北都(いずみ・ほくと)は、しきりに首筋辺りに手を遣りながら、更衣室から出てきた。そのすぐ後からは恋人であるクナイ・アヤシ(くない・あやし)が着いてくる。
 北都の服装は、ラフなジーパンに白いTシャツ。それから、耳の上からボルトが生えている。いわゆるフランケンシュタインだ。一方のクナイは吸血鬼の扮装。実にハロウィンらしい二人だ。
「もうクナイ、いくら吸血鬼の格好してるからって、こんな事までしなくていいのに……」
 北都は首筋を撫でながら、不満そうに呟く。その手の下を見たそうに首を傾げ、目線を遣っては居るけれど、人間の体の構造上、見る事はどうしたって敵わない。かといって鏡を取り出して見てしまったら、恥ずかしさで人前になんて出られなくなってしまいそうだった。
「誰かが手を出さないように、牽制です」
 クナイは、穏やかな笑顔を湛えたまま、ふわりと北都の肩に手を回した。
 そして、空いた方の手で首筋を隠している北都の手をそっと取りあげてしまう。その下には、くっきりと残る赤いしるし。
「クナイは警戒しすぎだよ。クナイ以外に僕を狙う人なんていないし……クナイ以外にそんな感情、抱かないし……」
 ぼやきながら、北都は玄関ホールを横切り、既に賑わいを見せているメイン会場へと足を踏み入れる。すると、給仕担当のメイドがすかさずウェルカムドリンクを差し出した。北都はジュース、クナイはシャンパンを受け取る。
「私以外、とは嬉しいことを言ってくれますね」
 クナイはふふ、と微笑んで、少し頭を傾けると北都の頬に口づけた。
「っ……! 人前ではやめてって言ってるのに……」
「仮装中ですから、誰も私達だとは気付きませんよ……でも、北都が嫌なら、こうすれば……」
 アルコールの力も手伝ってか、クナイは少し強引に北都の手を引っ張ると、二人一緒に窓辺のカーテンの影に隠れてしまう。ここなら大丈夫、と囁きながら、北都の唇を塞いだ。