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ハロウィン・ホリデー

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ハロウィン・ホリデー

リアクション

 パーティー開始時間よりもだいぶ早い時間から、ちらほらと参加者が屋敷へとやってきた。パトリックとののは玄関ホールで丁寧に出迎える。結構な数があるはずの客間も既にほとんどが埋まっていた。
 更衣室を使う、と言う人が思った以上の数だったので、軽微な着替えで済む人には、応接室や使われていない使用人室などを解放し、男女別に、一緒に着替えて貰っている。
 そんな訳で、個室の更衣室は男女別で用意することができず、カップルのみなさんには一カップル一部屋でお願いしている。

「と、言う訳で一部屋しか借りられなくて……」
 博季・アシュリング(ひろき・あしゅりんぐ)はすこし恥ずかしそうに、伴侶であるリンネ・アシュリング(りんね・あしゅりんぐ)に告げた。その手の中には、一つしか借りられなかった部屋の鍵。
「そっかぁ。でも、混んでるなら仕方ないね」
 リンネは何でも無いことのように言って、博季の手から鍵を受け取り、個室の扉を開ける。そして、ベッドの上に無造作に荷物を置くと、着替えの衣装を取り出して着替え始めた。そのあけすけさに、博季は思わず頬を染める。
 いや、夫婦なのだし、一緒に着替えるのが恥ずかしいなんて今更なような気もするけれど、それでも愛しい人の着替えシーンというのは、博季にとっては些か刺激が強い。
「あ、あの、僕、隅っこの方にいますので……」
 博季は部屋の隅に小さくなって、壁を向いて自分の荷物を解き始めた。用意してきたのは、二人お揃いの吸血鬼の衣装だ。ちなみに、博季お手製。
 着てきた洋服を脱ぎ、ごそごそと衣擦れの音だけが、狭い部屋に響く。それがなんとも気恥ずかしくて、博季の顔はより一層赤くなる。
 そんな博季の様子が、リンネは気になるらしい。背中に付いたファスナーも開いたまま、ひょこひょこと博季の背後まで忍び寄ってきた。
「博季くん!」
「うわぁああ」
 つん、とリンネが博季の背中を突くと、博季は素っ頓狂な声を上げて飛び上がった。慌てて振り向くと、リンネが悪戯な笑みを浮かべて博季のことを見上げている。
「ど、どうしたんです、リンネさん……?」
「後ろが上げられないの、手伝ってくれる?」
「あ、ファスナーですね……はいはい」
 リンネがくるりと背中を向けるので、博季は少しほっとしてその背中のファスナー金具に指を掛ける。が、ぱっくりと開いた背中からちらりと覗いた下着が見えて、また頬を染める。
「博季くん?」
 その動揺が伝わったのか、リンネが首だけで振り向いて博季の顔を覗く。すっかり赤くなった頬を見られて、博季は思わず腕で顔を隠す。すると、リンネは楽しそうにクスクスと笑い、博季の胸に飛び込んだ。
「博季くん、顔真っ赤ー」
「もう、リンネさん、からかわないで下さい!」
 博季はそう言うと、リンネを抱きしめ返して抵抗の意を示す。リンネはきゃぁと楽しそうな声を上げて、逃げだそうと藻掻いてみせる。そうして二人はしばらくの間はしゃぎ合って、最終的にベッドの上へと倒れこんだ。
 スプリングの効いたマットレスに受け止められながら、博季はぎゅっとリンネの体を抱き寄せて、髪の間に顔を埋める。
「普段も可愛いけど、今日の仮装も、凄く似合ってる。愛してる。リンネさん。僕の誇り。僕の自慢のお嫁さん。ずっとずっと、一緒だよ。」
 耳元に優しく囁いた言葉に、リンネは少し恥ずかしそうに笑って、頷いた。

●○●○●

「翔くん、着替え終わったかなぁ?」
 桐生 理知(きりゅう・りち)は、着替えを終えて女性更衣室から出てきた。
 衣装は可愛らしい魔法使いの装束。だけれど、すこしばかり胸元が苦しいので、ボタンを一つ二つ外している。そのためちょっとセクシーな雰囲気。
 靴も、爪先の尖った可愛いヒールを用意した。慣れていないから、かかとは低めのものを選んだつもりだったのだけれど、それでも足取りはどこか覚束ない。
 一緒に来た辻永 翔(つじなが・しょう)は、男性更衣室で着替えているはずだが、待ち合わせた玄関ホールに翔の姿はない。様子を見に行こうと、ホールを挟んで反対にある男性更衣室の方へ向かって歩き出した。
「翔くんは、どんな衣装なのかなぁ……?」
 そわそわしながら、理知はとことことヒールの音を響かせてホールの奥へと向かう。そこには「男性更衣室」と手書きで書かれた紙が一枚、取って付けたように貼り付けられたドアがある。流石にノックして開けてみる訳にもいかないよなぁ、と理知が思っていると、丁度ドアが開き、ひょこりと翔が顔を出した。
「翔くん!」
 呼びかけると、翔は理知の方に向かってくる。白いシャツに黒いズボンの上から、サテンのマントと角の付いたカチューシャを付けただけの簡単な仮装だが、それでもいつもと違う服装というのは新鮮だ。理知はへへ、と頬を染めると、翔に向かって数歩の距離を駆け寄ろうとした。
 と、慣れないヒールに足がもつれ、バランスを崩してしまう。
 きゃぁ、と繊細な悲鳴が理知の喉から漏れる。
「危ない!」
 転ぶ、と理知が目を閉じた瞬間、翔の腕が理知の体を抱き留めた。
 すっかり胸の中に飛び込む格好になってしまって、理知の頬がぽっと染まる。
「ご、ごめんね!」
「気にしないでいい。それより、大丈夫か?」
 翔の方も少し照れているのか、物言いがぶっきらぼうだ。しかしそれでも理知を気遣うように、体勢を整えるのに手を貸してやる。
 ちょっと名残惜しそうに体を離して、きちんと自分の足で立って、それから理知は改めて翔と向かい合う。そして、仮装した翔の姿を上から下まで見渡してから、にっこり笑った。
「今日の仮装、すごく似合ってるよっ!」
「……そうかな」
 理知の言葉に、翔は身につけているマントを広げて見せた。それから少し気恥ずかしそうに、行こう、と理知を促す。
 そうだね、と微笑むと、理知は翔の隣に立った。そして、ぎゅっと翔の腕に自分の腕を絡めるようにして抱きつくと、そのまま歩き出す。
 腕に当たる柔らかな胸の感触に、翔はちょっとだけ、頬を染めていた。

●○●○●

 キルラス・ケイ(きるらす・けい)アルベルト・スタンガ(あるべると・すたんが)の二人は、更衣室を一つ借りて二人で着替えて居る。
 とは言ってもポータラカ人のアルベルトは、着替えと言うより形態変化と言った方が良い。ちょちょいとナノマシンの配置を弄って、既に衣装チェンジを完了させている。狼の耳に、大胆に胸元をはだけたシャツはちょっぴり新鮮。
 一方地球人のキルラスの方はと言えば、地道に着替える他ない。借りてきた吸血鬼風の衣装に袖を通している。
 少し時間があってから、着替えを終わらせたキルラスはくるりとアルベルトの方を振り向いた。
「なあなあ、この格好どうだぁ?」
 そして、両腕を広げて、コスチュームをアルベルトに見せつける。普段することがない格好にはしゃいでいるのか、まるで子どもの様に楽しそうな笑顔を浮かべている。
 けれどアルベルトの方はといえば、存外真面目な顔をしてキルラスのことを見詰めている。
 似合ってるぜ、とかなんとか言えば良いだろうに、と不思議に思いながら、どうしたぁ? と首を傾げるキルラス。
 すると突然、アルベルトはキルラスを突き飛ばすようにして壁際へと追い詰めた。どん、と顔の真横に両手を突かれ、至近距離から鋭い視線で覗き込まれ、思わず息が止まる。
「な、なんだぁ……? 俺、なんか怒らせるようなことしたかぁ、アル?」
 不思議そうにして居るキルラスの言葉に、アルベルトはハッとしたように目を見開いた。それから少し気まずそうに視線を泳がせてから、もう一度キルラスの瞳を正面から覗き込む。
 先ほどまでの鋭いものはその瞳から消えていて、その代わり、縋るような、それでいて、少し甘いものを宿しているような、揺れる色の光がそこにあった。それが、ゆっくりと近づいてくる。思わずキルラスは目を閉じた。
 すると。
「Trick or Trick?」
 キルラスの耳元で、低い声が囁いた。
「どうやったらお前が手に入るんだろうなぁ、キル……?」
 そしてそのまま崩れ落ちるようにして、アルベルトはキルラスの肩に顔を埋める。その唇から漏れた言葉が耳元を通り過ぎていく。
 首から上がかぁっと熱くなり、キルラスは頭の中が真っ白になる。
「そ……そんなの、解らない、さぁ……」
 絞り出す様に呟いてから、反射的に超感覚を発動させ、アルベルトを思い切り突き飛ばすとそのまま腕の中から逃げ出す。
 そのまま更衣室を飛び出して行ったキルラスの背中を視線で追いながら、アルベルトはやれやれ、と苦笑した。
「ま、これでちっとは解ってくれたかね、俺の本音……」