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リアクション
■ クリスマスのご馳走は ■
クリスマスのご馳走と言えば、秋月 葵(あきづき・あおい)は真っ先にケーキが浮かぶ。
けれどクリスマスケーキは毎年、パートナーが美味しいものを作ってくれている。だから自分は別のものにしようと考えた葵が選んだのは、クリスマスの伝統的なパン菓子のシュトレンだった。
「クリスマスまであと1ヶ月。丁度良いタイミングだよね♪」
シュトレンは焼きたてよりも少しおいた方が美味しくなるし、保存性の高いパンだから、11月のうちに焼いておいて12月に入ると毎日少しずつ切って食べながら、クリスマスまでの日にちを楽しむ。
「でもクリスマスまで、ちゃんともつかなぁ……」
葵は大食いのパートナーの顔を思い浮かべた。あっという間に食べてしまって、クリスマスまで到底もたなかった、なんてことのないように、大きなシュトレンを焼いておかなくては。
葵は生地の中に、刻んだドライフルーツを洋酒につけたものをたくさん、ナッツ類もたっぷりと入れ、リッチで大きなシュトレンを作ってゆく。
発酵させた生地をオーブンに入れると、葵はお酒の匂いでくらくらする頭を振った。
あとは焼きあがったら、バターとお砂糖でコーティングして、粉砂糖を振りかければ完成する。それにクリスマスっぽいラッピングをして持って帰ろう。その前に少し休憩しようか。
そう思って椅子に座ろうとした葵だったが、すぐ近くで小さなシューを山ほど焼いている椎名 真(しいな・まこと)に興味を惹かれて覗き込む。
「どれも綺麗に膨らんでるね。でもそこんなにたくさんシュークリームを焼いて、どうするの?」
作成しながら細かくメモをとっていた真は、ああ、と用意してある台を葵に示した。
「ここにシューを積み上げて、クロカンブッシュを作るんだ。家だと段階わけしてやらないといけないけど、ここなら一気に出来るから良い練習になるかと思ってね」
日夜執事としての技術を磨き続けている真だから、クロカンブッシュ自体を作ること自体は苦も無くできる。ただ、せっかくならばより良いものを作りたい。
だから今回の練習は、作成時間を計測し、注意が必要な部分はメモに記し、とクリスマスパーティの時にスムーズに作れるようにする為の下準備のようなものだ。
「クロカンブッシュかぁ、いいね!」
「デザインをどうするか迷ってるんだけど……どれが良いかな?」
真は考えたデザインを葵に見せて聞いてみた。
「どれも良いけど……あたしはこれが好きだよー」
一番上に星形のクッキー、苺と飴細工で作った緑の柊が鮮やかな、クリスマスツリーのようなクロカンブッシュのデザイン画を葵は指さす。
「やっぱりこれかな。意見ありがとう」
葵に礼を言うと、真は再びクロカンブッシュに取り組み始めた。
見事な料理を作り上げている生徒たちを横目で眺め、東雲 秋日子(しののめ・あきひこ)は小さくため息をついた。
もうすぐクリスマス。
こんな時には美味しい手作りケーキをあの人に……なんて夢もみたくなろうというもの。
けれど秋日子は料理が得意ではない。とんでもなく下手という訳ではないのだが、細かな計量ミスや手順の悪さ等が重なって、あまり美味しくない……“うまずい”料理になってしまうのだ。
「でもそろそろ、うまずいから脱却しなきゃ」
これを機会に料理の腕をあげないと……と、秋日子は周囲を見回した。
学食の厨房が使わせてもらえるということで、料理の腕をふるってみたい人が来ている。その中で誰か、教えてくれそうな人はいないだろうかと探していると、神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)と目があった。
「すみません、もし時間あるなら美味しいケーキの作り方、教えてもらえないかな……?」
「ケーキですか? いいですけど……どんなケーキにしたいとか、希望ありますか?」
「ありがとう! カップケーキがかわいくていいかな、って思うんだけど……」
「分かりました」
答える翡翠に、一緒に来ていたレイス・アデレイド(れいす・あでれいど)は、
「あ〜、じゃあ俺はあっちでクリスマスプレゼントの包装の練習してるから」
と厨房を出て行った。レイスにとって、料理の手伝いは鬼門なのだ。
「では始めましょうか。材料はきちんと量って下さいね」
「う、うん、きちんと……だね」
頷いて真面目に取り組むけれど、レシピに“適量”と書かれているのをついつい入れすぎたり、と秋日子が作るとやはり微妙な味のものが出来てしまう。
「うーん……計量で問題が出てしまうんですね。では……こちらのレシピはどうでしょう?」
翡翠は適量表示のないレシピをさらさらと書いた。
「もしそれでも上手くいかないようなら、こんなレシピもありますよ」
おまけに、と書いたのは、ホットケーキミックスで作るカップケーキレシピだ。マグカップの中にホットケーキミックスと砂糖、牛乳を入れてぐるぐる混ぜ、電子レンジで2分。作り始めてから3分程で、もこもこしたカップケーキの出来上がり。
「これなら失敗しにくいと思いますよ。可愛いカップに入れて出来上がったものにトッピングすれば、オリジナルっぽくなりますし」
トッピング……に不安はあるものの、秋日子はありがとうと頷いた。生地部分がおいしく出来れば、多少トッピングがうまずくなってもなんとかなりそうだ。
「では、ケーキ作りがんばって下さいね」
翡翠は秋日子を励ますと、作ったカップケーキを持ってレイスがラッピング練習をしている席へと向かった。
「あ〜手先器用な奴、羨ましいぞ……」
レイスはそう呟きながら、何度も箱を包んではやり直し、を繰り返していた。
「プレゼントはあれにするとして……包装紙は重ねても良いか……。だ〜、やっぱりフロシキ包みと斜め包み、上手く行かねえ。キャラメル包みなら楽に出来るんだがなぁ……」
どんなラッピングをしたら喜んでもらえるか……と付き合っている人の笑顔を思い出し、レイスは赤くなる。が、そこに翡翠から待たせてしまいましたねと声をかけられ、はっと顔を引き締める。
「い、いや、そんなに待ってないぞ」
「そうですか? ああこれ差し入れです」
「これを作ったのか? 甘いの苦手な癖に、器用だよな〜お前は」
「そんなことないですよ。練習すれば誰でも上手になります」
「器用な奴はそう言うんだよな〜」
羨ましいことだと思いつつレイスはラッピングの練習を横に避け、翡翠のカップケーキと紅茶で一休憩するのだった。
キャロライン・エルヴィラ・ハンター(きゃろらいん・えるう゛ぃらはんたー)は買い物袋から取りだした食材を調理台に並べていった。
主菜用にはミートパティ、バンズ、野菜各種、チーズ、ピクルス、調味料等々。
デザートのスイーツ用には、玉子、小麦粉、砂糖、バター……その他諸々。
「何を作るつもりなの?」
材料を眺めて尋ねてくるトーマス・ジェファーソン(とーます・じぇふぁーそん)に、キャロラインは勿論、とウインク1つ。
「何を作るかなんて決まってるよ。ステイツ名物と言えば、ハンバーガーとクッキーね」
馴染みのあるアメリカンフードに、トーマスが呟く。
「クッキー……アリだわ」
「え、何か言った?」
「ううん、別に。仕方ないから、作るのを、手伝うわ……別に、クッキーにつられたわけじゃないんだからね」
「手伝ってくれるの? ありがと。じゃあクッキーはジェニファーに任せるよ」
キャロラインの実家は、個人経営のハンバーガーショップだから、作るのはお手の物。
鉄板でミートパティをじゅうじゅうと焼き、少し間を置いてから横で厚切りのオニオンを焼いて甘味を出す。
焼き上がるころにバンズを軽くトースターで温め、そこに大胆にミートパティ、オニオン、トマト、レタスをはさんでいけば、食欲をそそるハンバーガーの完成だ。
「手際いいのね」
トーマスに言われ、そりゃあねとキャロラインは皿にハンバーガーを盛りつけながら答えた。
「イベントでクッキングをするのは古巣でも珍しいことではなかったし。こういうのはちまちまやらずに、ぱぱっとやった方がおいしくなるものよ。そっちはどう?」
「……それなり、かしら」
焼き上がったクッキーを試食し、トーマスは眉を寄せる。
柔らかい食感になるようにとの完成イメージを思い浮かべつつ生地を作り、焦げないように焼きにも気をつけた。
成功といえる出来上がりにはなっている。にも関わらず、どこか納得できない。
「愛情は十分だった筈なのだけれども、この上をいくには、マニュアルに無い、もうひと味が必要? このレシピ以外を試してみたら、問題点が分かるかしら」
どう改善すべきかとレシピを睨むトーマスの横から、キャロラインはひょいと手を伸ばしてクッキーをつまんだ。
計量もしっかりし、手順通りに作られたクッキーはそれなりに美味しい。
「これなら十分じゃない? ちゃんと食べられるクッキーになってるよ」
「シャロン、それはあまりにも大雑把、過ぎやしない?」
トーマスはもう1つクッキーを囓ると、軽く首を傾げるのだった。
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