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リアクション
「おいヴェルリア、そんな所でごろごろするなら自分の部屋に戻ったらどうだ」
居間のど真ん中で急にごろんと横になってしまったパートナー、ヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)を見咎めて柊 真司(ひいらぎ・しんじ)はため息交じりに注意した。しかしヴェルリアは振り向きもせずに、にゅぅ、とか何とか、眠たそうに唸った。
「子どもじゃあるまいし……って、お前その猫耳どうしたんだ?」
実力行使に出ようかと立ち上がったところで、真司はヴェルリアの頭に生えた黒い猫耳に気がついた。驚いて問いかけるが、ヴェルリアは相変わらず、にゃーん、と鳴くばかり。
「にゃん、じゃ解らないだろ」
真司はいまだ状況が飲み込めず、戸惑いが隠しきれない。だがヴェルリアはそんな真司のことはお構いなし、ごろごろと転がっては窓の外に目を遣ったり、また転がったり。そのうちに何を思いついたのか、ぴょこん、と立ち上がると、たったかたーと部屋の外へ向かって駆け出した。
「あ、ちょっと待て! そんな状態で外に出たら」
ただでさえ極度の方向音痴のヴェルリアのこと、こんな訳の分からない状態で外になど出たら、家に無事帰ってくる保証も無い。真司は慌ててヴェルリアの進路を塞ぐと、抱き寄せるように――というか半ば体当たりするようにしてその体を受け止める。お散歩の邪魔をされてご立腹なヴェルリアはしゃぁー、と威嚇の声を上げた。
「こら暴れるなって、ほら、ヨシヨシ……」
腕っ節では真司の方に分がある。なんとか絡め取るようにして頭を撫でてやると、ヴェルリアはそれはそれで満足なのか、見違えるほど大人しくなった……かと思うと、今度はスリスリと頬を真司の体に擦りつけてくる。マーキングだろうか。
「うーん……外に行くのは阻止できたが、これはこれで辛いな……」
真司は苦笑しつつ、ヴェルリアをつれてソファに腰を下ろす。相変わらずヴェルリアは真司にぴたりとくっついていて、身動きは取れそうに無い。
「何でも良いから、早く治ってくれ」
理性が持ちそうに無い、と心の中で呟いて、真司はヴェルリアの頭を撫でてやった。
「うーん、やはりこたつはいいものですね」
自宅のこたつに陣取って動かないのはノエル・ニムラヴス(のえる・にむらゔす)だ。その頭に耳は生えていないが、生えている人達と同じくらいの蕩けっぷりでこたつの天板に頭を預けている。
「ノエル、そろそろ出かけたいんだけど……」
と、そこへやってきたのは風馬 弾(ふうま・だん)だ。出かける準備を半分整えたという感じで、こたつに根付いているノエルの横に立つ。
いやですこたつから離れたくなんてありません、とノエルが呟こうとしたその時。
先ほどまで出かける気満々だった弾が、へろへろとその場に座り込むと、こたつに脚を入れて蕩けてしまった。
「あら、弾さん、でかけないんですか?」
突然の出来事に、お出かけを断ろうとしていたノエルの方が覚醒してしまった。天板に預けていた頬を持ち上げて、頭を起こす。しかし一方の弾は天板に頬を預けるどころか、絨毯の上にひっくり返ってしまった。
弾さん弾さん、とノエルが揺さぶってみると、弾の口からはにゃーおと気の抜けた声が返ってきた。そのままころんと向きを変えると、うぞうぞと絨毯の上を這うようにしてノエルの膝までやってきた。
いつもならそんなことをしたら鼻血を出して倒れてしまう、もしくはノエルにセクハラだと瞬殺されてしまう弾だったが、今日は妙に大胆だ。
「どうしたんです、弾さん」
ノエルが不思議そうに弾の顔を覗き込む。すると茶色い髪の隙間から、くろぐろとした猫耳が顔を出していた。
「まあっ、可愛らしい」
それを見つけたノエルははしゃいだ声を上げる。そして、ポケットから愛用のスマートフォンを取り出すとカメラ機能を起動した。それから、こたつの上にみかんとともに並んで居た小魚を手に取ると、弾の口元へ持って行ってみる。
すると弾は嬉しそうにノエルの手に口を近づけ、小魚をぺろりと食べた。まるきり猫の仕草だ。
「ふふふ……元に戻った時この動画を見せたら、恥ずかしさでもう私には逆らえない……」
物騒な事を呟きながら、ノエルはうきうきとスマホのカメラを回しつ付けるのだった。
勿論、事件は自宅でくつろいでいる時に起こるとは限らない。仕事中にだって事件はやってくる。
空京某所の某アイドル事務所では、プロデューサーらスタッフ達と所属アイドルが諸々の打ち合わせの真っ最中。
だったのだが。
「にゃーぁ」
突然場違いな猫の鳴き声が響いた。どこから猫が入り込んだのかと、プロデューサーの一人である想詠 瑠兎子(おもなが・るうね)は事務所の中を見渡す。が、猫の姿は見つからない。その代わり、部屋の片隅のソファで寝転がっている事務所の看板アイドル、想詠 夢悠(おもなが・ゆめちか)の姿が見つかった。
「ちょっと夢悠、肝心のあなたが打ち合わせに参加しないでどうする、の……」
夢悠を叩き起こそうとソファに歩み寄った瑠兎子は、しかしその夢悠の姿に絶句した。
普段は恥ずかしがって絶対に身につけてくれないはずのアイテム、猫耳を付けているではないか。
しかし、特にそれをひけらかすでもなく、かといって隠すでもなく、夢悠は目を閉じてただすやすやと眠っている。
「……」
瑠兎子は少し考えた。何か悪い病気じゃないかとか。変な呪いじゃないか、とか。だがしかし。
「……なんだかわからないけど、これを利用しない手は無いわ!」
打算が勝った。
瑠兎子はすかさずデジカメやビデオカメラを取り出すと、一つをスタッフに預け、もう一つを自分で構える。そして、すやすやと眠る夢悠の姿を次々写真や動画に収め始める。
やがて満足行く枚数を取ったところで、夢悠、とそっと名前を呼んで起こしてやる。寝ぼけてアンニュイな表情をして居るところをさらに撮影。やがて少し意識がはっきりしてきたのか、にゃーん、と一声鳴いてあくびする。もちろんその姿も撮影。
意識がはっきりして自分の姿に気付いたら撮影中断かしら、と警戒していたのだが、そんな瑠兎子の心配をよそに夢悠は相変わらず、のんびりあくびをしたり、ふるふると体を震わせたり、ネコの様な振る舞いを続けている。
「これは大チャンスね……!」
調子にのった瑠兎子は、ここぞとばかりにデジカメをスタッフに預け夢悠の隣に座ると、膝枕してやったり、指に絡ませた牛乳を夢悠に舐めさせたりときわどいシーンまで撮影する。スタッフ達も調子に乗り出し、事務所の中は大盛り上がりだ。
思う存分猫耳夢悠の写真を収めた瑠兎子は、小道具のぬいぐるみを抱えて寝てしまった夢悠を満足げに見下ろす。
写真と動画は今後のアイドル活動の素晴らしい素材となる事だろう。
「起きたらファンの喜ぶ声が聞けるわよ」
瑠兎子はふふ、と嬉しそうに笑いながら夢悠の頭を撫でてやった。
猫耳化事件は発生場所を選ばない。
「ねえ、四月と三月じゃ大分ちがうじゃない? 学年も変わるでしょ。」
病院のベッドの上で、ソラン・ジーバルス(そらん・じーばるす)は大きなお腹をさすりながらぶつぶつと小言を漏らしていた。ベッドサイドには夫のハイコド・ジーバルス(はいこど・じーばるす)が座り、ソランの言葉を聞いている。
「にゃーん」
「同じクラスでも十一ヶ月ぶんも成長に差があるってちょっと心配じゃない。ねえ」
お勉強について行けるかしら、とか、いじめられないかしら、とか、あるじゃない。とかぼやきながら、ソランは新しい命の宿ったお腹の上に乗っかっている、夫の頭もついでに撫でる。
「三十三週でどちらも1800グラム台だって、大丈夫かなぁ。もしかしたら帝王切開かもしれないって言うし」
お腹を切るのは怖くないのよ、別にね、と強がるように言いながら、ソランはふう、と一つため息を吐いた。
ハイコドは、透き通った色の茶色い瞳をソランに向けて不思議そうな顔をする。
「にゃー?」
「で、君はどうしたのかな。耳は黒いし、尻尾は生えてるし、猫のだし」
いつもは超感覚によって狼の耳が出現しているはずの所には、黒い猫耳が生えている。尻尾も黒猫のそれだ。瞳もいつもの色とは違って、本来の色を取り戻している。
「にゃー……」
そんなことはどうでも良いー、とでも言いたそうな顔で、ハイコドはソランのお腹に耳を寄せる。
「幸せそうな顔しちゃって、全くもう」
こっちは心配事がいっぱいなのに、と思いながらも、そんな幸せそうな顔をされたら、心配事などどれも些細な事のように感じられてくる。
まあ良いか、と笑って、ソランは大きなお腹と、大きな子どものような夫を交互にナデナデしてやる。
穏やかな時間が過ぎていく。……事件に巻き込まれているとは思えないほど。
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