校長室
リアクション
* * * 「賑やかになってきましたね」 ドロシーがテラスからお茶会の様子を見に、庭園の前までやってきた。 「ドロシーさん、その服は?」 「先程、作って頂いたのです。あの服は、今直してもらってるところですよ」 神楽 祝詞(かぐら・のりと)は、新しい服に身を包んだドロシーに声を掛けた。 「そうだったんだね。あ、何飲む?」 彼もまた、リリムス・フェレント(りりむす・ふぇれんと)と一緒に給仕の手伝いをしている。 「そうですね……あちらのをお願いします」 用意されていた茶葉からドロシーが指したのを選び、用意をした。 そんなドロシーをじっと見つめている子供がいた。牡丹の花の子である。 「ピオニアちゃん、大丈夫だからおいで」 ピオニア、と呼ばれた花妖精は、来るなりドロシーにしがみついた。 「すいません、この子、はにかみ屋さんなんですよ」 彼女の背後に隠れるピオニアに、リリムスが微笑みかけた。 「おいで。お茶会、一緒に楽しもうよ」 そんな彼女に気を許したのか、近付いていく。 「ドロシーさん、皆さん、こちらのクッキーはいかがですか?」 ユイ・マルグリット(ゆい・まるぐりっと)が、鈴川 灯璃(すずかわ・あかり)が持ってきたというクッキーの箱を差し出した。 『どうぞ』 それをかじりながら、灯璃がスケッチブックにその言葉を書いて勧めている。 「……頂戴」 ピオニアがさっ、と手を伸ばして口へと運んだ。 「では、私も頂きます」 ドロシーもそれに続いた。 「そういえばドロシーさん、ここがティル・ナ・ノーグのハイ・ブラゼル地方だってのは分かったんだけど、ティル・ナ・ノーグ自体はどんなどんなところなのかな?」 「多くの妖精が集う地域、としかこれまで耳にしたことがありませんからね。宜しければ色々と聞かせて下さい」 祝詞とユイが彼女に言う。 「そうですね……ティル・ナ・ノーグは、まとまった一つの国と言うよりは、いくつもの集落がそれぞれの文化ごとに生活を営んでいる地域です。妖精といっても、多種多様ですからね。それぞれの集落はあまり互いに行き来することがないので、今どうなっているかは、私にも分からないのですよ」 苦笑するドロシー。 この村にしても、外の世界から人が来るのは珍しいということから、それは本当なのだろう。 「うお、なんだこれ!?」 花妖精の子供達が、お茶会の場にあるとあるお菓子をしげしげと見つめていた。 「これはケロッPカエルパイといって、私達のいる地域では有名な銘菓よ」 ブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)は、子供達にそれをアピールする。 「見た目はこの通りですけど、味は普通にパイ菓子で美味しいんですよ。ハーブティーも、合うものを淹れてみました」 橘 舞(たちばな・まい)が、ハーブティーの入ったポットを運んできた。村で採れたものを数種類ブレンドした一品だ。 なお、カエルを象っただけのパイではなく、実際にカエル肉粉末エキスを配合していたりする。言わなければ決して気付かれるものではないが。 「んん? ドロシーおねーちゃんが作るお菓子とは全く違う味がする」 「ほんと? あたしにもちょーだい」 外の世界のお菓子というのはやはり新鮮に感じるようで、子供達が顔をほころばせながら口にしている。 「この村でも、お菓子作りをしたりしてるんですね」 「おー。おねーちゃんはすごいんだぞ。服は作れるし、料理も出来るし、優しいし、いろんなこと知ってるし」 自分のことのように、誇らしげにパンジーの少年が語った。 「あ、一ついいですか? 何だか美味しそうにしている子供達の顔が見えたので」 「どうぞ」 そこへやってきたのは、双葉 みもり(ふたば・みもり)だ。 「これだけ盛況だと、持ってきた甲斐もあったというものね」 このまま花妖精達がリピーターにでもなってくれればありがたいものだ。 「刃大郎もいかがですか?」 みもりがパートナーの皇城 刃大郎(おうじょう・じんたろう)にパイをちぎって渡した。 「……そういうならば」 それを受け取り、彼も口にする。 「ほんと、のどかですね。この世界が、こんな風に平和であればと思いますよ」 時間が経つのも忘れてのんびりした時間を、今は過ごしている。というより実際にこの村には時間の概念がなく、自分の歳を正確に知ってる子供はいないらしい。 時間という楔から解き放たれたのが、この村の一つの特徴でもあるのが話しているうちに分かった。 「あれ、また知らない匂いがする」 子供の一人が、匂いのする方を向いた。 「これは、日本茶と和菓子というものよ」 カトリーン・ファン・ダイク(かとりーん・ふぁんだいく)がそれらを子供達に向けて差し出した。 「お口に合えば宜しいのですが、いかがでしょうか」 カトリーンに続く形で、明智 珠(あけち・たま)が言う。 日本と繋がりがあるシャンバラとはいえ、空京や日本の影響が強いツァンダを除いた地域では、和菓子というのは普段でも珍しいものだ。なおヴァイシャリーでは現地の文化と合わせて独自の進化を遂げているものもあったりする。 カエルパイ同様、それも子供達の注目を集めていた。 「良かったら、皆さんもいかがかしら?」 カトリーンがブリジットやみもり達にも勧めてくる。 「パラミタに来てから、しばらく見てませんでしたね。日本茶を頂いていいですか」 みもりがお茶を受け取った。 子供達にとっては未知の味らしく、やや戸惑っている。 「美味しいけど、なんだか不思議な味ー」 それでも、ちゃんと味わってはいるようだった。 * * * 「海里くん、こんな感じでいいの?」 硯 爽麻(すずり・そうま)は鬼神力を行使した上で、執事服を着ていた。ジャケットは着ていない。なお、それは白 海里(ましろ・かいり)の服である。 超感覚により狐耳と尻尾も生えており、ネコ耳メイドならぬ狐耳執事という一部に人気が出そうなジャンルの格好となっていた。 「お似合いですよ、お嬢様」 一方の海里はメイド服だ。その手にあるプレートには、切れ目が入った生クリームが塗られた出来立てのケーキが乗っている。 準備が出来たところで、二人も給仕を始めた。 「ん、あれは……」 ふと、鬼龍 貴仁(きりゅう・たかひと)と医心方 房内(いしんぼう・ぼうない)の姿が目に留まった。二人が何かを話している。 「ただお茶を飲んでお菓子を食べるだけというのものう……」 「ここで雰囲気のいいこと……例えば語り弾きとかすれば好感度が上がるかもですよ?」 「む、語り弾きか。なら『本気』を出してみるかの」 おもむろに、房内がアコースティックギターを取り出した。 楽器を出したことで、さらには名声を得ていることで注目は十分に集まっている。むしろ、だからこそ多くの人がいる中でも爽麻はすぐに気付けたのであるが。 ギターの弦を弾きながら、房内が歌い始めた。幸せの歌である。 ゆったりとした空間に、それが響き渡っていく。少し経つと、それに合わせて子供達、そしてお茶会に参加している者には一緒になって歌い始める者も出てきた。 「おお、お見事」 ディーヴァというよりは、一部ではむしろエロ神様としての知名度の方がある房内であるが、これは普通に素晴らしいものだった。 歌い終わると、拍手が送られ、それに応えるように彼女が一礼した。 「お疲れ様、良かったよ」 爽麻は二人にお菓子を渡し、お茶を汲んだ。 「俺もびっくりですよ。エロ神様の本気がここまでとは」 「わらわもエロだけではないのじゃよ」 そこへ、海里が胸を揺らしながらケーキを持ってきた。 「いい演奏でしたね。さあ、これをどうぞ」 ケーキの乗ったプレートを膝の上に乗せ、取り皿へとよそって貴仁と房内へ渡した。 「あ、ケーキが……」 渡す際、そのまま前屈みになって手を伸ばしたため、海里のやたら大きい胸が残りのケーキに当たってしまっていた。 そのせいで、胸元が生クリームまみれとなってしまう。 「すいません。ちょっと拭きますね」 「何、それならわらわが揉……拭いてやろう」 明らかに違う単語が出かけていたが、生クリームを拭くために房内が彼女に近付こうとし……転倒してそのまま胸元に顔が埋まった。 拭くどころか、彼女の顔までが白いクリーム塗れになってしまった。 狙ったのか、それとも本当のハプニングだったのかは房内のみぞ知る。 |
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