空京

校長室

建国の絆(第3回)

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建国の絆(第3回)
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リアクション



寝所突入 1


 空京のとあるビル建設予定地。現在は空き地のここに、ボーリング調査や温泉掘削に使う巨大な掘削機械が運びこまれた。
 魔法波動を観測する機晶姫アナンセ・クワク(あなんせ・くわく)らによれば、その真下に鏖殺寺院が「救世主の寝所」と呼ぶ建造物があると言う。だが寝所までは、約三百mも地下を掘らねばならない。
 当初、空京市や各学校は魔法波動観測について冷ややかな態度だった。
 しかし寝所出現以降、市内に現れるモンスターが増えた。
 さらに市民や観光客の少女が鏖殺寺院に拉致され、寝所に連れ込まれた。彼女達は、鏖殺寺院が救世主復活のために利用されるらしい。
 ここに至り、ようやく各学校が動き、掘削機械や作業を支援する魔法使いが集められたのだ。

 寝所に突入するために集まった生徒達は、周辺で準備をしながら掘削機械が穴を掘り終わるのを待っていた。
 魔剣の主高根沢理子(たかねざわ・りこ)もパートナーのジークリンデ・ウェルザング(じーくりんで・うぇるざんぐ)と共に、その時を待つ。
「鏖殺寺院なんかに、これ以上、空京で好きにさせるもんですか!」
 リコが魔剣、斬姫刀スレイヴ・オブ・フォーチュンを素振りしながら、そう言っていると、いきなり背後で高笑いが響いた。
「はーはっは! それは鏖殺寺院の長アズール・アデプターである私への挑戦だなっ?」
「……はあ?」
 以前ゴクモンファームにいた自称アズール・アデプターの若い魔法使いだった。もちろん本物の鏖殺寺院の長アズールとは、まったく似ていない。
 役に立たないからとファームを追い出された後、空京まで流れて来たようだ。
 リコはややこしそうなので、無視する事にした。自称アズールは逆に調子に乗る。
「ほほう、私のあまりの神々しさに何も反応できずにいるようだな。ふっ、さすがは私!」
 リコは知らんフリを決め込んだが、甲斐英虎(かい・ひでとら)は自称アズールが気になって声をかけてみた。
「本物のアズール・アデプターは、もう寝所の中にいるみたいだけどー?」
 甲斐ユキノ(かい・ゆきの)は英虎の背に隠れ、少しだけ顔を出して恐々と変人を見る。だが自称アズールが大声をあげたので、ぴゅっと英虎の後ろに隠れてしまう。
「なにいぃ?! 私こそが本物のアズールだぞ! そいつは偽物に違いあるまい」
 自称アズールは言い切った。
「あなたがアズールだっていうなら、その証拠はあるの?」
 英虎の問いに、魔法使いはふんぞり返る。
「ふはは、偉大なる私アズール・アデプター本人がそう言うのだから、間違いない!」
 英虎は頭痛を覚えつつ言う。
「えー、そんなの信じられないよー。鏖殺寺院の長の地位を証明するアイテムとか持ってないの?」
「そんな物は無いっ。さては貴様、この私の偉大さに嫉妬しているな? なにせ、私は偉大なるアズール・アデプターなのだからな!」
「じゃあ、アズールさんのパーソナルデータを教えてよ。生年月日とか出身地とか、本人なら色々と答えられるはずだよねー」
 英虎が聞くと、自称アズールは意味もなく自信たっぷりに答える。
「よかろう! 名前、アズール・アデプター。職業、鏖殺寺院の長の偉大なる魔法使い。生年月日、そんな昔の事は忘れたな。出身地、パラミタのどこかだ! 質問は、それだけかね?」
「じゃあ、携帯番号とメアドとか……」
「はっはっは、携帯電話など持っておらん」
 質問内容を考えている最中に、朗らかに答えられる。英虎は思いつく事を次々とあげてみた。
「得意技とか、自慢の武器とかー、身長体重とか、性別とかー」
「得意技、偉大なる私の魔法はすべて得意技である。武器、そんな物は必要ない。身長体重、見ての通り。性別、男……。ええい、いつまで答えさせるのだね。これで私がいかに本物のアズール・アデプターか、とくと分かったであろう?!」
 さすがに自称アズールの変人も、イラついてきたようだ。
「うーん。だったら、この下にいるアズールと会って、どっちが本物かハッキリさせたらいいんじゃないかなー」
「おお、それは名案だ! さっそく案内したまえ!」
「まだ穴を掘ってる最中だよー」
 英虎は、自称アズールが寝所へ向かうのを観察する事にした。


「こちらにいらしたのですか。ご一緒してよろしいですか?」
 張り切るリコに、そう声をかける者がいる。
「誰だっけ?」
 リコはきょとんとする。朱黎明(しゅ・れいめい)は面倒事を避けるため、普段はオールバックにしている髪を下ろし、服装も蒼空学園風に変えていた。
「まだディナーのお返事をいただけていませんからね。それに、せっかくの可愛らしい顔に傷ができたら、私も不本意ですから」
 その言葉に、リコは彼が誰か分かったようだ。
「あーっ! あなたは……おっぱい大好きさん!」
 彼女はとんでもない名前で黎明を覚えていた。しかし彼は、大人の余裕でほほ笑んだ。
「朱 黎明です。あのような騒乱の中で覚えていていただけて光栄です」
「じゃあ、さっそくディナーに行くのね!」
 勢いこんで言うリコに、黎明はにこやかに言った。
「今はお昼ですよ、レディ。もちろん私も二人で楽しくランチ、としゃれこみたいところですが、生憎と本日はどのレストランも救世主降臨による臨時休業のようです」
「なんですってー?! うぅ、じゃあ最初の予定通り、救世主って奴をタコ殴りにするしかないのね……」
「ご安心ください。私も一緒に行って、お手伝いさせていただきます」
 黎明がリコの手を取ろうとするが、それを止める声が響いた。
「ちょおぉぉぉっと待ったぁ!!」
 現れたのは【性帝砕音軍】南鮪(みなみ・まぐろ)。ちなみに性帝砕音軍は、最近では砕音本人よりも有名になりつつある。
「ヒャッハァー! リコ、ここにやってきたって事は、お前もやはり傷を負っている性帝陛下の為に尽力する気がまだ有った様だな! 性帝陛下の愛を奪い去るつもりだな! 流石だぜリコ! お前はなんて良い女だ!」
「そっ、そそそそそんなワケないじゃない。何を言ってんのよ、やーねー」
 リコはあわてて否定するが、顔が赤くなっていく。
 そこに砕音当人がやってきた。
「おーい、南! おまえのパートナーのおかげで、俺の方はだいぶ早く着けたぞ」
 ハーリー・デビットソン(はーりー・でびっとそん)は引き続き性帝バイクとして、砕音を乗せて移動していたのだ。
 砕音がリコに気づく。
「おっ、高根沢も一緒か。久しぶりだな」
「でっ……出たー!」
 リコは猛ダッシュで、その場を走り去った。黎明が驚きつつ「どうしました?」と後を追いかける。
 ぽつんと後に取り残された砕音は、寂しげに笑った。
「嫌われたもんだな、俺も」
「んな事ねぇぜ! リコめ、性帝陛下の気を引くためにツンデレやがって!」
「はは……こんな俺を慰めてくれるなんて、優しいな、南は」
 砕音は遠い目をするが、ある者が視界をよぎり、思わず二度見する。

 彼の視線の先では、自称アズールが作業員の目を盗んで掘削機械に登り、高笑いをあげていた。
「はーははは! 私のために遠慮なく穴を掘るがいいぞ!」
「危ないから降りた方がいいよー」
 英虎が下から声をかける。
「はっはっは! 偉大なる私の……ッ!」
 調子に乗ってポーズを取ったため、足をすべらせた。
「ぅきゃああああああ!」
 女子のような悲鳴をあげて、自称アズールは真っ逆さまに落ちた。幸い、下は掘り出された柔らかい土の山だった。
 作業員達が呆れながら、土砂にまみれた自称アズールを掘り出す。

「おいおい……」
 砕音はつぶやいた。
「どうやら、穴が開通して寝所に入れるようになるには、まだ少しかかるようだね」
 黒崎天音(くろさき・あまね)が、自称アズール掘り出しのために掘削作業が一時中断しているのを見て、指摘する。
「それとも……何か気になる事でもあったのかい?」
「あんな奇行を見たら、気にはなるだろ」
 砕音は苦笑する。
 天音は掘削機械を見上げ、さらに、その向こうに天を貫くようにそびえ立つシャンバラ宮殿を見上げた。
「それにしても……あの塔。辺境といえる空京に都市が造られている意味は何かあると思うけど。新日章会辺りが詳しそうかな」
 砕音も軽く、宮殿を見上げる。
「五千年前も、空京にはパラミタと地球を結ぶ列車の駅があったけど、こんな大都市は無かったようだな。当時はすでに首都として、アトラスの傷跡の位置に王都シャンバラがあったせいもあるけど。
 この場所に作られた空京が新しい首都というのは、地球の国家にとって、政治介入がしやすく、他の場所よりも建設や物流のコストがかからないからだろうな。
 特に日本がその開発に熱心なのは言うまでもなく、日本の愛国的組織は『強い日本』の実現のために空京開発に力を入れているという話だ」
「こんな時にも地理の授業とは、仕事熱心だね」
 天音が感心したような口ぶりで言う。
「そんなコト言ってると、次のテストに出すぞ。……どこの学校でのテストか、俺自身にも謎だけどなー」
 軽口を叩いていた砕音が「あ」と言う。彼の恋人ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)がやってきたのだ。ラルクは軽い調子で言う。
「まーだ穴は掘れねぇのか? 入場にこんな待たされるダンジョンってのも珍しいなぁ」
 リラックスした様子のラルクに、砕音は何か言いたげだ。
「……ドージェの事なんだが」
「ん? ドージェがどうかしたか?」
 唐突な話題の上、いつになく歯切れの悪い砕音に、ラルクは不思議そうだ。
「……もしかしたら、けっこう優しい人なのかと思う……」
 横で聞いていた天音が聞いた。
「なぜ、そんな事が分かるんだい?」
「いや……。なんとなく。そう思っただけだ。……確か噂では、なついてきた子供に優しく頭をなでてたとか、聞いたから」
 ラルクは苦笑する。
「砕音、何を遠慮してんだ? 恋人が危険なんだ。守るのは当然だ。俺がここに来たのは、お前の為だ。だから、お前から離れるつもりはないぜ」
「ん。ありがとう。頼りにしてるぜ」
 砕音はほほ笑んだ。