空京

リアクション

救世主復活　３


　突然、寝所内部に古代語が響いた。古王国期を知る者には、理解できる。それは自動アナウンスのようだった。
「本船はこれより離陸します。乗組員及び旅客の皆さんは船室に入り、シートベルトを閉めてください」
　生徒たちが、これはいったい何の事かと話すうちに、寝所全体が揺らめいた。

　救世主の寝所は、シャンバラ古王国末期の移民船の失敗作だ。そのコントロールルームに砕音は来ていた。
「アナンセ報告の観測データから考えると、浮遊砲台の攻撃はダークヴァルキリーを空京に呪縛していた呪いの方にダメージを与えたんじゃないかと思う。今なら、この寝所ごと空京からダークヴァルキリーを引き離せるはずだ」
　砕音はそう言って寝所を動かす事にしたのだ。
　しかし先程からずっとコンソールパネルと思われる台に両手を置いたきり瞑想していて、つきそう生徒達には何をしているのか分からない。

　巨大な寝所が揺れた。空京の地下から巨大な質量が消える。
　ダークヴァルキリーがまた悲鳴を上げた。怒りとも喜びともつかない声だ。
　天を刺さんばかりに、そびえ立つシャンバラ宮殿。その上方に、細長い塔のような物体が現れた。今まで地下にあった寝所だ。

　ギャアアアアアアアアア！！！

　今度は明らかに、喜んだような声。貪欲な肉食獣が、エモノにかぶりつく時にあげるような声だった。

　コントロールルームでは、危険を感じた藍澤黎（あいざわ・れい）が砕音をコンソールから引き離していた。救世主の悲鳴をモロに受けた砕音が、体を大きく震わせ、血を吐く。
「ヤバイ！　ラルクはん、先生に人工呼吸してや！」
　フィルラントが青ざめ、自身は砕音に心臓マッサージを始める。
　彼らの蘇生措置で、砕音は命をつなぎ留めた。
「次から次へと……危ない橋を渡るのが好きな人だね」
　黒崎天音（くろさき・あまね）が息をつき、砕音の額に汗で張りついた黒髪をはらう。気づいた砕音は、どうにか笑った。



　砕音の携帯電話が鳴った。彼の代わりに黎が出る。
　電話をかけてきたのは、アナンセ・クワク（あなんせ・くわく）と共に空京市内のオフィスビルで魔法波動の観測をしていたアリア・セレスティ（ありあ・せれすてぃ）だ。
　シャンバラ宮殿が直下にある事で、携帯電話が通じるようになったようだ。
「砕音先生は大丈夫？　アナンセさんがさっきからフリーズを繰り返してるの」
　アリアの後ろでは、天穹虹七（てんきゅう・こうな）が彼女なりにアナンセの手当てをしている。機晶姫にもヒールは効果があった。
「……アナンセおねえちゃん、無理しないでね」
　アナンセは機械的な動作でうなずく。パートナーの砕音が死にかけた影響が、彼女にも出ているようだ。
　アリアは状況を報告する。
「こちらは無事よ。市内の波動は一時落ち着いた……というか、そちらの寝所に吸収されたようだから。
　アナンセさんが言うには、今そちらの寝所は空京に近づけないように砕音先生が航行システムを設定したそうよ。でも救世主は、寝所を自分に染める、って言うのかな。自分の支配下において、動かすかもしれない。気をつけた方がいいわ」

　ダークヴァルキリーの咆哮が響き、空京の街を震わせる。
　その声により、アリアからの電話も電波が途切れてしまう。
　ダークヴァルキリーとの戦いは、これから始まるのだ。