空京

校長室

建国の絆(第3回)

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建国の絆(第3回)
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リアクション



誘拐少女救出


 緋桜ケイ(ひおう・けい)はリコ達と離れ、寝所の中を探る。
 鏖殺寺院は空京市内から地球人の少女を二十人余り拉致していた。ケイ達は、その少女達を救出に来ていたのだ。
 悠久ノカナタ(とわの・かなた)がつぶやく。
「ここはSFに出てくる船の中のようじゃのう」
「しーっ、誰かいる」
 ケイが声を潜め、機械の陰に身を隠す。だが相手の動く気配がない。向こうも身を隠し、彼女達の様子を探っているようだ。
 ケイは光精の指輪で光の精霊を呼び出し、頭の上を飛ばしてみる。反応はない。
「襲ってこないな」
 ケイがつぶやくと、離れた所から声が言った。
「……この声。ケイか?」
 隠れていた人物が姿を現す。鏖殺寺院メンバーのグエン ディエムだった。
 愛沢ミサ(あいざわ・みさ)が息を飲む。
「……怪我、大丈夫なの?」
 ディエムは少々、戸惑ったように答える。
「ああ……、寺院のプリーストに治療してもらった」
「どうしてここにいるの?」
 ミサは緊張した表情で聞く。ディエムが戦いを挑むなら、受けて立つ覚悟はできている。何れ水海(いずれ・みずうみ)も、ミサを守るために身構えていた。
 しかしディエムは、こう言った。
「寺院の強硬で狂信的な奴らが、地球人の女の子をたくさん拉致してきてる。……君達が、彼女達を助けるなら案内しよう」


 ケイやミサが、少女救出を目指す生徒を集めてくる。ディエムは彼らを案内し、作業用と思しき細い通路を進んだ。通路に生者の気配はなく、妨害者や魔物もいなかった。
 ディエムのパートナーであるリージェ・ストライトは姿を現さない。しかし彼と携帯電話で連絡し、その通路に鏖殺寺院メンバーがいかないように裏で計らっているようだ。
 歩を進めながら、カナタがディエムに尋ねた。
「おぬしは何故、鏖殺寺院に加わっているのだ? 地球人のおぬしがシャンバラ建国に反対というのは、ピンと来ぬのだが」
 シャンバラの魔女であるカナタにとって、もっともな疑問だ。ディエムは表情を消したまま答える。
「俺の国は独裁政権に支配され、多くの国民は貧しく自由の無い暮らしを強いられていた。政府に逆らえば、強制収容所行きか、俺の父のように軍に殺される」
「ベトナムはもっと良いイメージがあったんだがな」
 ケイの納得いかない表情に、ディエムは言った。
「俺の国はベトナムじゃない。『グエン ディエム』という名は、国を捨てて偽のベトナム国籍を作る時に決めた名だ。治安が安定して、怪しまれないからな。
 それで……母が無実の罪で軍に連行されそうになった時、リージェの声を聞いて契約し、軍人を蹴散らした。リージェは五千年前から鏖殺寺院の守護騎士だったからな。その後、家族で国境を越えた後、俺は鏖殺寺院に入った。国では手配されてるし、鏖殺寺院の給料なら家族を養える」
 カナタは意外そうだ。
「給料とはな……。まるで出稼ぎではないか」
「そういう奴、多いぜ。パラミタ景気に乗り遅れた貧しい国の出じゃ、海賊やテロリストにでもならなきゃ生きてけない。だから鏖殺寺院も、末端の戦闘員の確保には苦労しない。特に弾圧や迫害を受けた奴は、終末的思想に染まり、自爆テロや強硬策も辞さないからな。これはラングレイ様の受け売りだけどな……」
 久世沙幸(くぜ・さゆき)が、よく分からないという顔で聞く。
「鏖殺寺院の中でも、テロの推進派と反対派で意見が分かれてるの?」
 ディエムは困った様子だ。
「うーん、どう説明したもんかな。学校に行った事ない馬鹿にはキツイ。前にラングレイ様に受けた講習を思い出すから、ちょっと待ってくれ……」
 彼が頭を悩ませているようなので、沙幸は質問を変えてみる。
「じゃあね、寺院って言うくらいだから鏖殺寺院って宗教団体なんだろうけど、その教義って一体何なんだろう?」
 ディエムは自分の額をこづきながら答え始める。
「……鏖殺寺院は、救世主の掲げるシャンバラ建国反対を目的とする組織。で、救世主とその上の最高神を崇めてはいるけど。そもそもシャンバラ古王国もパラミタの今ある国も、国家神を中心とする神聖国家だし、シャンバラ女王もドージェも関羽も世界樹イルミンスールも皆、神さんなのに、鏖殺寺院だけが特別に宗教団体って言われてもなあ。
 シャンバラ建国反対の意志のもと『鏖殺寺院』としてまとまってるけど、ひとつの組織じゃなくて、いくつもある組織や個人の集まりのようなものだな。だから意見や方法論が全然違うのは当たり前。キリスト教徒や仏教徒だからって、ひとくくりに考えられても心外だ、ってのと同じじゃないかな」



 少女達を閉じ込めた倉庫の前では、見張りが目を光らせている。
 そこにディエムが一人で近づいた。
「おい、ちょっと確認しておきたい事があるんだが」
 ディエムが彼らに適当な図面を見せて話し込む。見張りの背後で、何かが揺らめいた。鈍い音をともに、見張りが倒れる。
 光学迷彩で姿を消していた小林翔太(こばやし・しょうた)が現れる。
「やったね♪ グエン君が注意をひきつけてくれたから、楽だったよ」
 屈託ない笑顔を向けられ、ディエムはどう反応していいか困ったようだ。
「……ああ。喜ぶのは彼女達を助けてからだ」
 佐々木小次郎(ささき・こじろう)はその様子に考える。
(翔太さんは、グエン ディエム様を信用しているようですね……。ここは翔太さんの真っ直ぐな気持ちに賭けてみましょう)
 彼らは手早く気絶した見張りを縛りあげ、その持ち物から鍵を探し出す。その間に、離れて隠れていた生徒達が扉の前に集まった。
 翔太が鍵で扉を開錠すると、武神牙竜(たけがみ・がりゅう)が重い鉄扉を引き開ける。
「皆、無事か?!」
 特撮ヒーロー衣装ケンリュウガーを来た彼に、少女達は驚いた様子だ。
「な、なに?」
 牙竜とリリィ・シャーロック(りりぃ・しゃーろっく)はキメポーズを取った。
「俺か? ケンリュウガー。ただの正義の味方だ! 助けに来たぜ!」
「同じく仮面乙女マジカル・リリィ、参上よ!」
 意識した雄々しい宣言に、少女達の表情が一気に明るくなる。
 見れば少女達は、鎖やロープで繋がれている。ケンリュウガー達は、急いで束縛を解きにかかった。
 翔太はピッキング技術を生かして、少女の足かせを外していく。
「女の子を縛るなんて、ひどいねぇ。ほら、もう外れちゃったよ」
 ミサは少女達に「怪我はない?」と聞いてまわる。大きな怪我は無いが、誘拐時の傷や、枷ですり傷を負った少女がいた。ミサは絆創膏やハンカチを巻いて手当てする。
 桜華水都(おうか・みなと)も手当てをしながら、少女達に尋ねる。
「……救世主降臨の儀式について、何か聞いていない?」
「さあ……『おまえ達は、救世主に選ばれし者になれるかもしれない。喜べ』と言われたけど、何の事だか」
 それについてはディエムが答えた。
「救世主にかかった封印をすべて外した後は、パートナー契約と同じさ。五千年前に死んだシャンバラ人が、地球人を契約して復活してるだろう? それと同じで、救世主と契約する地球人が必要なんだ。それを狂信的な奴らがなぁ、『救世主にかしづくに相応しい穢れの無い少女を用意する』って、さらい集めてきらんだ。パートナー契約なんて相性によるんだから意味ないってのにな」
「……生贄にするのじゃないの?」
 水都が意外そうに、つぶやく。
「いや『使わなかった少女は生贄に』とか妙な事ぶっこいてる奴もいる。救世主がパートナー契約した時点で、生贄で封印を解く段階はとっくに過ぎてるんだから、それこそ何の意味もない。
 あんな奴らに好きなようにさせて無駄な犠牲が増えたら、俺達まで同類だと思われて迷惑だぜ。だから、今こうやって助け出そうとしてるんだ」

「さあ、捕まえさせていただきますわ」
 藍玉美海(あいだま・みうみ)がそう言って、一人の少女を取り押さえる。
「えっ?! な、何を?!」
 驚く少女を、さらにクーリッジ・メイデンシュトルム(くーりっじ・めいでんしゅとるむ)がロープで縛りあげる。
「私の相棒を傷つけさせるわけにはいかないんだ。……悪いな」
「私が何をしたって言うのよ!」
 怒る少女に、美海が言う。
「あなたが鏖殺寺院だけが知る合図に反応したからですわ。誘拐された方に混じって企み事をされては堪りませんから、拘束させていただきますわね」
 美海は、事前にディエムから合図を教わり、救出した少女達に確かめてみたのだ。

 全員の拘束を解くと、一行は鏖殺寺院の少女をそこに閉じ込め、地上に急ぐ。
 しかし少女達は、一般人の観光客ばかりで歩みは遅く、無駄な音も立ててしまう。
 多くの人間の気配に気づき、火を吐く二頭の黒犬の群れが襲ってくる。悲鳴をあげる少女達。
 ケンリュウガーがモンスターの前に立ちふさがる。
「させるかッ!」
 彼の振るうハルバートが魔犬を振り飛ばす。別方向から飛びかかったモンスターが腕にくらいついた。
「危ない、ケンリュウガー!」
 リリィが氷術を浴びせ、炎吹く黒犬を倒す。
 牙竜は痛みをこらえ、元気を装った。
「この程度、なんともない! お嬢さん達、この程度の相手なら心配ない。絶対に家に帰れるから安心してくれ!」
「は、はい!」
 少女達は頼もしそうにケンリュウガーを見る。
「よしっ、皆は彼女達を守ってくれ! 俺達は道を切り開く! リリ、行くぞ!」
「うんっ!」
 ケンリュウガーとリリは行く手を塞ぐモンスターと、全力で戦った。


 彼らの活躍で、さらわれた少女達は寝所を出て、地上に戻った。
 だが市内もまだ各地にモンスターが現れて危険だ。
「ここは、安全な場所まで送った方がいいな」
 牙竜はそう判断する。
 ディエムは「なら、俺はここで戻る」と踵を返す。愛沢ミサ(あいざわ・みさ)が彼を呼び止めた。
「有難う。今回の事も、ジーナを救ってくれって言ってくれた事も」
 ディエムは返事の代わりにほほ笑むと、救世主の寝所へと戻っていった。