空京

校長室

建国の絆(第3回)

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建国の絆(第3回)
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ドージェ 2


 岩を投げた後、その方角を見ていたドージェが、ひとつうなずいた。
 そして、ふたたび歩みだした。
 ライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)が彼にヒールをかけた。痛がる素振りは微塵も無いとはいえ、ドージェの肌は常に血が流れ落ちている。

 だが、よろけながらも立ち上がり、ドージェの前に立ちふさがろうとする者達がいる。
「ここで負ける訳にはいかないのだよ」
 イーオンがふたたび魔力を練りながら、圧倒的な力を持つ神を睨み、言う。
 しかし朝霧垂(あさぎり・しづり)が彼らの間に入る。
「ちょっと待ってくれ! ドージェは本当に戦うべき相手なのか?
 教導団がパラ実との戦争で足止めを喰らい、イルミンスールが世界樹防衛の為に足止めを喰らい、空京の守備が薄くなって喜ぶのは……鏖殺寺院だろ? 俺等はまんまと奴等の罠にハマッたんじゃないのか?」
 ドージェを止めようとする者達は顔を見合わせた。垂の言う事はもっともだ。
 黒河カイリ(くろかわ・かいり)がドージェに歩み寄る。パートナーの十六夜十夜(いざよい・とおや)に守られ、どうにか無事だ。
「ドージェさん、ここにいるみんなより、ずっとずっと強い人が空京に現れるかもしれないよ。鏖殺寺院が呼び出そうとしている救世主って人」
 カイリの言葉に、垂が言う。
「いや、そもそもドージェは救世主と戦うために、空京に向かってるんじゃないのか?!」
 ドージェのパートナー、剣の花嫁マレーナ・サエフがうなずく。
「ええ、ドージェ様は『強者が目覚める』からと、おっしゃっいましたわ。半年以上前から、ドージェ様はその時が来るのを気づいてらっしゃったようです」
 ドージェは、ただ無言で歩いていく。イルミンスールの方角ではなく、空京のある南に向けて。


「終わったか。だが中国はあくまでドージェを認めないであろうな」
 鏖殺寺院鮮血隊将軍林 紅月(りん・ほんゆぇ)が双眼鏡を下ろし、つぶやく。
 傍らにいたトライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)が聞く。
「んん? 教導団でなく中国って?」
「中国は、ドージェのせいで自治省に独立されている。その時のように、中国も建国を後押ししているシャンバラ王国から、キマクがドージェを神として独立するのを恐れているのだろう。横山ミツエ(よこやま・みつえ)なる娘の国興しで、さらに剣呑な情勢になっているのだからな。
 人質にしていたドージェの家族を殺めただけに、仕返しを恐れてもいるのだろう」
「へぇー、ずいんぶんと詳しいんだな」
 トライブは感心する。
「……私も元は、別の自治省の人間だ。色々と聞き及んではいる」
 そう答える紅月の表情は、憂いを帯びて見える。
 トライブが言った。
「例え過去に何があろうと、俺があんたの力になりたいと思う気持ちは変わらない。紅月が信じる道を進むってんなら、途中で倒れたりしないように、俺も付き合うぜ」
「…………」
 紅月がトライブを見つめる。
 二人の間に、いい雰囲気……ではなく、いい匂いが漂う。食欲を刺激する匂いだ。
 ベルナデット・アンティーククール(べるなでっと・あんてぃーくくーる)がもぎゅもぎゅと肉まんにかぶりついている。
「うむ! やはり寒い時は中華まんが美味いのう。ほれ、二人とも熱いうちに食すがいい。腹が減ったじゃろう?」
 ベルナデットが近くのオアシスのコンビニで買いこんできた、ほかほかの中華まんを二人に差し出した。
「い、いただこう」
 勧められて紅月も中華まんを手に取る。トライブはなぜか遠い目をしながら、中華まんにかぶりついた。


 シャンバラ大荒野を明るい月が照らす。
 何者もいなかった空間に、一人の男が現れる。林 紅月がテレポートで、鏖殺寺院報道官ミスター・ラングレイを呼び寄せたのだ。
 ラングレイは彼女に軽く一礼する。
「タクシー代わりにして申し訳ありません。……おや?」
 彼は、紅月と共にいるトライブに目を止める。
「彼氏ですか?」
「鮮血隊副隊長だぜ!」
「……自称だ。酔狂な協力者でな。気にしないでくれ」
 なお鏖殺寺院鮮血隊は、物言わぬ動く鎧が主メンバーだ。トライブが副隊長を自称しても、鎧は文句を言わなかった。
 包帯の下で分かりづらかったが、ラングレイはかすかに笑ったようだ。
「それは良い傾向です」
 紅月は不服そうだ。
「何の事だ? これからドージェと交渉するというのに余裕だな」
 ラングレイは肩をすくめて見せる。


 夜を向かえ、ドージェは火を焚いて休息をとっていた。
 故あってドージェに同行する風間光太郎(かざま・こうたろう)に、拠点に残った幻奘(げん・じょう)から電話がかかってくる。
「サル、そちらは首尾よく行ってるアルか? マレーナの連絡先を必ずや聞き出…」
 ぷち。
 光太郎はやはり、皆まで聞かずに電話を切った。
 ドージェが携帯電話を出して電波表示を確かめる。アンテナは三本。彼はすぐにメールチェックを始める。だが新しいメールは届いていなかったようだ。ドージェは、どことなく気落ちしたように見えた。
 光太郎がマレーナに尋ねる。
「ドージェ様はかなりメールをされるのでござるか? しょっちゅう電波状態を確かめてメールを見ているようでござるが」
「ええ、最近、新しいメル友ができてから、すっかり元気になられて」
「元気……でござるか?」
 ドージェは、元気という概念を凌駕しているように見えるが。
 不可解な表情の光太郎に、マレーナが悲しそうに言う。
「お国で色々とおありだったせいか、ドージェ様はずっと沈んでらっしゃったから……」
 駿河北斗(するが・ほくと)が聞いた。
「そういやぁよ、ドージェって地球では何やってたんだ? あたっ」
 振り向くと、彼に肘を打ちこんだベルフェンティータ・フォン・ミストリカ(べるふぇんてぃーた・ふぉんみすとりか)が睨んでいる。
(……あなた、馬鹿? この話の流れじゃ、故郷で何か嫌な事があったに決まってるでしょうに)
 北斗はまだ頭に「?」が浮かんでいる。それでもドージェから返答が無いので、また別の話題を出す。
「野球漫画好きってマジか? つーか漫画読むんだな」
 ドージェは大きく頷いた。どうやら本当に好きらしい。
「ドージェ様は、有名な野球漫画を愛読されてますわ」
 マレーナが付け加える。
 ベルフェンティータが彼女にこっそり言う。
「……ごめんなさいね。本当、お互い、人の話を聞かないパートナーを持つと大変ね……」
 マレーナは笑顔で返した。

 だが一行に突然、緊張が走る。
 彼らの前の空間が揺らぎ、そこに一人の男が現れた。黒衣に身を包むが、頭部に巻きつけて顔を隠す包帯だけが白い。
 北斗が両手剣の光条兵器を握りしめる。
「よーやっと敵さんの御出ましか」
 背後でベルフェンティータが、ぼそりと言う。
「……あれは鏖殺寺院報道官ミスター・ラングレイ。寺院の幹部だから、相当の使い手のはずよ」
「んなコタぁ分かってる。……鏖殺寺院がドージェに何の用だ?!」
 北斗がラングレイに詰問する。
 しかし彼は、優雅に一礼して言った。
「こんばんは。おくつろぎのところ、失礼いたします。驚かせてしまったのであれば申し訳ありません」
 しかし緊張を緩める者はいない。ドージェだけが先程から変わらぬ様子で、焚き火にあたっている。
 マレーナが、彼女にしては厳しい口調で言った。
「ドージェ様は、あなた達と手を組む気はありません」
 ラングレイはそれでも澄ました態度を崩さない。
「噂に寄れば、ドージェ様は空京に向かわれ、我らが救世主と戦われるおつもりだとか。しかし空京が、結界によりパラミタの脅威から守護された都市という事はご存知ですね? 生憎と救世主様は、空京を離れたくても離れられない身なのですよ」
「何が言いたいんです?」
 マレーナが睨むと、ラングレイは芝居がかった笑いをもらした。
「フッ……ドージェ様が、我らが救世主と空京市内で戦う、と言うのなら止めはしません。ただし! 魔法的に閉じられた結界内で神々の力がぶつかりあえば、街は市民百万もろとも焼き尽くされ、廃墟となりましょう」
 一部の生徒達に衝撃が走る。ラングレイはさらに言う。
「戦ったところで、ドージェ様の勝ちでしょう。おそらくドージェ様が感じる『強者』は、救世主により、これからこの地に導かれるのですから。
 我らが救世主同様、闇に蝕まれたこの身をご覧なさい!」
 言うなり、ラングレイの体から禍々しい闇の気が放たれる。絶対的な破壊を感じ、生徒達は戦慄を覚える。
 ドージェが腕をのばし、ラングレイをつかんだ。彼が身に帯びた闇を観察するよう、目の前に持ち上げる。
 ラングレイもまた圧倒的な神の力を感じ、戦慄していた。握る力だけではない圧力を感じ、意識が飛びそうになる。
「……もう……殺し……」
 うなされたような、かすれ声がもれた。だが脳裏にある人物が浮かび、ラングレイは奥歯を噛みしめて言葉を飲んだ。
 ドージェがマレーナの顔を見る。先程ラングレイが立っていた所を指差し、次に握った彼を指す。
 マレーナは眉をひそめる。夜闇で見えにくかったが、そこに血だまりが出来ていた。彼女はまだ納得しかねる表情で、ラングレイにヒールをかけた。
 ドージェがラングレイを静かに大地へ下ろす。ラングレイはバツが悪そうだ。
「失礼。お見苦しい所をお見せしました。
 ……その目で確かめるために空京へ向かわれるのなら、魔剣の遺跡から空京に向けた地脈の上を行くと良いでしょう。救世主の気配で魔物も集まり、それで人は近寄らない。ドージェ様には感じる物もあるかと思われます」
 ラングレイが数歩下がると、その姿が消えた。テレポートだろう。