空京

校長室

建国の絆第2部 第1回/全4回

リアクション公開中!

建国の絆第2部 第1回/全4回
建国の絆第2部 第1回/全4回 建国の絆第2部 第1回/全4回 建国の絆第2部 第1回/全4回

リアクション


ダイニングにて
 
 ヒダカと共に行くことを望んだ者たちの視界から大階段が消え、代わりに現れたのは長テーブルに椅子から並ぶダイニングルームだった。確かここは大階段に来る前に通ってきた部屋だ。
(魔力打ち止め〜、きゅぅ〜)
 邪霊の排除とテレポートに相当の力を使ったのだろう。エルがへにょりとなるのを白田 智子が無造作に掴み留めた。
(ぐえ……智子ちゃん、もうちょっと優しく掴んでくれないかな)
「これくら〜い?」
 言われた通りに智子は食い込んでいた指を緩めた。
 ラーラメイフィス・ミラー(らーらめいふぃす・みらー)は心配そうにエルに触れる。
「へ〜〜ルさん! 無理しすぎですよ」
(せっかく変身してきたんだから、その名前で呼ばないでくれる?)
 エルは少しだけ首をもたげてラーラメイフィスを見た。
「変身?」
(うん。さすがにそのままじゃまずいからって、葦原で巻物をもらったんだ。それを口にくわえて、こう〜、どろんって)
「忍術……ですか」
 ラーラメイフィスの呟きで、どんな会話がなされているのか推し量りつつ、早川 呼雪(はやかわ・こゆき)は、もう少し捻った偽名はなかったのかと思う。
(凝った名前を考えてる余裕なんてなかったんだもん。それより、ヒダカのことよろしく頼んだからね)
 後半は、そこにいる学生たちすべてに向けて発すると、エルは疲れたように黙った。
 ヒダカは転移した後一旦飛び退いて距離を取ったが、戦意は喪失せぬまま錆びた刀を構えている。
 遥と藤次郎正宗はヒダカの動きにあわせて踏みだし、ヒダカと幸村の間の位置を保ち続けた。
 ヒダカを牽制するように剣を構えるルドルフの両側では、北都と響が何かあればすぐに動けるように体制を整えて待機する。
「場所を移動したぐらいで俺を止められると思うか」
 テレポートで戻ろうとしたヒダカに、七尾 蒼也(ななお・そうや)は大声で呼びかける。
「頼む、一緒に来てくれ! 俺は大切な人が住むこの世界を守りたい!」
 それに対してヒダカは何を言っているのか解らないと首を振る。
「守る、だと? 世界に害なすのは、シャンバラを蘇らせようとする首長家とそれに与する学校だ。その一味に加わるなどあるはずがない」
「違う。俺たちは世界に害を為そうだなんて思ってやしない」
 絶望するには早い、俺で良かったら力になる、と重ねて蒼也は畳みかけたがヒダカは聞く耳持たずという様子で、
「学校勢力に所属する者の助力などいらない」
 と突っぱねた。
(学校の命令にただ従ってばかりじゃない生徒だっているんだよ)
 以前蒼也に助けられたことのあるエルが見かねて口を添えたが、ヒダカにはそれも理解し難いようで、
「命令違反をする約束でもすると? 馬鹿げている」
 と一蹴するに留まった。
「あなたにも大事なパートナーがいますよね。儀式を成功させて、その後はどうしたいんですか? 彼とともに幸せに暮らす道もあるのではないですか?」
 ラーラメイフィスの問いかけには、ヒダカは何のことを言われているのかとしばし考え。
「もしやそれは契約相手の事を指しているのか? ならばそんなものは俺が召喚した霊のうちの1体というだけに過ぎない。代えなど無限に召喚できる」
 アズール様にいただいたこの力で、とヒダカはゆっくりと拳を握りしめた。
「儀式が終わったら俺は、アズール様から次の命令を下されるのを待ち、その命令を遂行する。それだけだ」
「何だよその言い草は」
 幸村に対するあんまりな言い方に神尾惣介が反発したが、当の幸村がそれを止めた。
「俺は納得してるし、パートナーとの関係なんて人それぞれだ」
 けれどそんな幸村の言葉さえ、ヒダカの意には染まないらしく。
「代えはいくらもいる、と言っている。お前も成仏するなり、恨みを晴らしに行くなり好きにするといい」
 これには幸村もショックを受けた。
「主に面と向かって必要なき旨を宣告されるとは、我が努力、未だ足らず……!」
 落ち込む幸村を見かねて、ファル・サラーム(ふぁる・さらーむ)が小声でフォローする。
「あのね、ヒダカさんって相当不器用なんだと思う。あれはね、必要ないって言ってるんじゃなくて、幸村さんにも好きにして欲しい、って言ってるんだよ」
「我が望みは主の刀となる事。徳川への恨みはそれを成し遂げた後の事、であるのに……」
 それでもまだ拘っている様子の幸村に、惣介は言う。
「幸村はパートナーのヒダカを大事に思ってるんだな。それは結構だし、その身体を労って敵から守るのもいいと思うぜ。けど幸村は、ヒダカの身体は守れてるかもしれねえが心は救えてねえ」
「うむ、それは重々承知している。我が不甲斐なさに怒りがこみ上げる」
「承知してんなら解るだろ。ただ大事にするだけじゃダメなんだ。間違ってると感じた時はたとえ相手が傷ついても言わなきゃいけねえ。地球じゃ真田日本一の兵とか呼ばれてたんだろ? パートナーの心くらい救ってみやがれ」
 惣介の言葉を噛みしめるように幸村は目を閉じた。
「幸村さんだって、ヒダカさんがこのままでいいなんて思ってないでしょ?」
 そう尋ねるファルと惣介を連れ、幸村は皆から離れ部屋の隅へと移動した。そして周りに聞こえぬようにと声を潜めた。
「ヒダカはもうこれ以上、傷つきようがないほど傷ついている」
 そして言おうかどうかしばらく迷った後、続ける。
「……俺も忠言を試みた。すると発狂したように暴れだし、自分を傷つけ始めたのだ。日頃から寝床に引きこもり、話す事も食う事も動く事も拒絶した屍同然の生活。だがシャンバラを滅ぼす鏖殺寺院の作戦の時だけ生気を取り戻すのだ。もはや打つ手が見つからぬ」
 そして自嘲的に息を吐いた。
「この様な有様で、何が【日本一の兵】か……。もっとも俺は、分霊した際に徳川への怨念が凝り固まった怨霊。その称号は、別の真田幸村のものだな」
「幸村さんは怨霊とは思えないけど」
 ファルは改めて幸村を眺めた。こうして話していても幸村に禍々しい気配はない。元は怨霊だったというなら、何かの要因でそれが浄化されたのではないかと思うけれど。
「……黄泉之防人……解らない事ばかりだな」
 惣介はヒダカのいる方を振り返って見た。
 彼らが幸村と話している間、ヒダカには佐々木弥十郎がずっと話しかけていた。
 ヒダカの闇は、過去に自分の故郷が滅ぼされたトラウマがトリガーになっているのではないか。そう推測した弥十郎は、重点的にその話を聞いた。
 深い痛みを伴うその経験をヒダカはあまり語ろうとはせず、シャンバラへの怒りを語ることでそれに代えた。
「何故俺は生き残ってしまったのだろう」
 そう自身を呪うヒダカに、弥十郎はあくまで優しく言葉をかける。
「辛かったんだね……でも君が生き残ったことは決して悪いことじゃないんだよ」
 目覚めた世界には知る人もいない、その孤独感。
 大切な人々を失った、その喪失感。
 ヒダカの語るすべてを弥十郎は1つ1つ認めた。
「俺の心は今も死んだ家族や友人、島民と共にある……」
 新たな人間関係を構築することは過去の皆を忘れることにつながる許されない行為だと、故郷の人々への悼みを胸に、アズールへの忠誠を支えに、ヒダカはやっとここに留まっている。
「よく頑張ったね」
 弥十郎はゆっくりとヒダカに手を伸ばし、その頭に触れた。ヒダカはびくりと身を逸らしたが、それ以上は逃げようとはしなかった。
「君が滅ぼそうとしているシャンバラには、僕の大事な人がいるんだ。君なら大事な人を失う気持ちわかるでしょ」
 優しい態度を崩さずに言う弥十郎に、ヒダカは心ある者へと本心から忠告する。
「ならば、その大事な者を連れてシャンバラを離れた方がいい」
 古王国になど関われば大事な者が不幸になる、と。ヒダカの心には深く深く古王国への不信が根付いているようだ。
 そんなヒダカへと、早川呼雪は強い言葉を投げかけた。
「お前はシャンバラが悪いとばかり言うが、お前が皆殺しにしたキャラバンの人たちにも、残された家族がいるんだぞ。親を奪われた子供にとっては、お前もシャンバラ王国の兵器も同じじゃないか!」
 その言葉に、ヒダカは弾かれたように顔を振り向ける。
「シャンバラが俺たちの島を滅ぼしたからだろう! 無実の民を殺しまくっておいて、自分達にはやらないでくださいなど、そんな理屈が通じるか!」
 全身で怒りを示すヒダカに対し、呼雪も引かずに問いを重ねる。
「だが、こんなやり方で何が救える? お前を憎んで殺しに来る子供がうまれ、またその子を殺すものがうまれるだけだ」
「救い? 俺の望みは、全シャンバラ勢力を根絶するだけだ。それで果てるなら、満足だ……」
 最初は勢いよく答え始めたヒダカだったが、その語尾は弱く消えた。そんなヒダカに呼雪は尚も尋ねる。
「俺たちは何も知らない。知らないままでは同じ過ちを犯すかも知れない。そうさせない為にも、皆に教えてくれ。古王国が何をしたのかを」
「今さら何を……!」
 ヒダカの目に暗い炎が宿った。普段ははかばかしく喋らない彼も、投げられる質問に激したのか早口に言葉を紡ぐ。
「シャンバラは世界を滅ぼそうと企み、それを止めようとした地球の国々を相手に大戦争を起こしたんだ。機晶姫や剣の花嫁などシャンバラの種族が地球上で目覚めたのは、その大戦争でシャンバラが地球と戦った証拠だ。地球で繁栄していた国々を滅ぼし、俺たちの住む、あんな田舎の小さな島まで……」
 う、と呻いてヒダカは口元に手を当てた。その様子に気づいた幸村が素早く駆け戻り、気分悪そうにしているヒダカを支える。
(そんな……)
 言いかけたエルは詰まったように言葉を呑み込んだ。何か言いたげに蛇の身を捩らせたけれど、それ以上は続けず。ただその場にいる皆にこう告げた。
(彼の闇はまだ深いね……。シャンバラ古王国への不信とアズールへの信奉がヒダカを闇に留めてるんだ)
 ヒダカのスフィアを塗り込めるのは絶望の闇の色。
 世界の為にも、そしてヒダカ自身の為にもその闇を払わねばならないのだが、闇が晴れる時が来るのかどうか……それはまだ未来のうちの僅かな可能性でしかないようだった。