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リアクション
障害物借り物競争0〜キナ臭い夜から太陽の香りのする朝へ〜
障害物借り物競争の前日夜、ジュゲム・レフタルトシュタイン(じゅげむ・れふたるとしゅたいん)は誰もいない空京スタジアムに穴を掘っていた。底はどこにあるのだろうか。淵を覗いて見えるのは、ナラカへと続く深遠――ではなく、体長2メートルのゴキブリ。
深く深い穴をジュゲムは掘っていた。本当に底が見えない。
落とし穴だ。
「……この障害物の真の目的に気がつく者など誰もいないだろうな」
ひとり……否、いっぴきごとを言いながら、ジュゲムは穴から這い出てきた。
朝――
空京スタジアムを見上げ、淡島 優(あわしま・ゆう)が先を行く橘 恭司(たちばな・きょうじ)に言う。
「社長がろくりんピックに出場? 物好きだねぇ」
「そうか? 賑やかで楽しめそうだろう。優、キミも競技に付き合え。借り物競争だ」
「借り物競争?」
「指定されたアイテムを誰かから借りてゴールを目指すアレだ。流石に大勢観客がいるんだし一人くらい持ってるだろう。最悪選手から借りればいいし」
「……あれ、結構なんでもあり?」
選手登録所にて。
「このカードに、借り物の名前を書いてください。スタッフが後で集めてランダムに振り分けさせていただきます。あと、何かご希望の障害物があったらこちらにどうぞ」
「ほぇ? 僕の希望ですか? そうですね……」
1枚のカードと紙を渡され、土方 伊織(ひじかた・いおり)は油性ペンで借り物の名前を書いていく。その文字列を見て、サー ベディヴィエール(さー・べでぃう゛ぃえーる)が言った。
「『めがね』ですか? お嬢様」
「はいです。山葉さんもめがね掛けてた筈ですし、結構掛けてる人が居そうですよ」
「そうですわね。ところで、山葉様が競技中だった場合はどうすればよいのでしょう」
「はわ? そこは交渉次第で、強奪すればいいのですよ」
ほわんとしているようで、けろりとそんな事を言う。そして、そのまま紙を出そうとした。
「あら? お嬢様は障害物に関しては希望を出していないのですね。では、僭越ながら変わりに私が出しておきますね。『落とし穴』と……」
その隣では、ティエリーティア・シュルツ(てぃえりーてぃあ・しゅるつ)が選手登録をしていた。フリードリヒ・デア・グレーセ(ふりーどりひ・であぐれーせ)がその手元を見ながら極自然に言う。
「で、これ優勝したら何がもらえんの?」
「フリッツ……」
思わず手を止めるティエリーティア。困ったような表情を向けてくるかと思いきや。
「…………そういえば、何がもらえるんでしょう」
初めて気が付いた、という顔をしてスタッフに訊いてみる。
「……何がもらえるんですか?」
「閉会式の際に表彰式がありますよ」
にこやかな営業スマイルで答えるスタッフ。……微妙に答えになってない気もする。
「ところで、そのユニフォーム……スパッツはどうされました?」
スタッフは、ユニフォームの下にズボンを穿いているティエリーティアを不思議そうに見た。
「基本、改造とかは許可していないのですが……」
「えっ、え、あの……っ」
ペンがすべり、書きかけだった文字が居眠り文字のようになった。新しいカードに改めて借り物を書きながら、ティエリーティアは慌てて言う。
「……体の線が出るのが恥ずかしいので……」
その答えにきょとんとしたスタッフは、ややあってからああなるほどというように相好を崩した。
「そうですか、分かりました」
2人の次に来たのは日下部 社(くさかべ・やしろ)と日下部 千尋(くさかべ・ちひろ)だ。社が登録の紙に千尋の名前を書くと、彼女ははしゃいだ声を出した。
「わぁーい♪ ちーちゃんも競技に出られるんだねー☆」
「せっかくやからな、これなら危なくなさそうだし、大丈夫やろ」
「うん、頑張るよー!」
その頃、準備スタッフは皆てんてこまいになっていた。選手から出された障害物が、悉く常識外のものだったからだ。
「おい、スーパー行ってこいスーパー!」
「スーパーの在庫だけじゃ足りませんよ……」
「製造工場に電話して! あるだけもらってこい!」
「ホームセンター行ってきますけど、何か足りないものはありますかー!?」
という感じになっていて、借り物カードの方はほぼ放置されている。そこに、バイトとして潜り込んだ茅野 菫(ちの・すみれ)と相馬 小次郎(そうま・こじろう)が近付いた。
「ふふんっ、簡単なものじゃつまらないわよね? あたしが、楽しい競技にしてあげる。はい小次郎、白紙のカードよ。お題はね……」
小次郎は、言われるままにカードにお題を書いていく。達筆な筆書で、計5枚。それを菫は、元のカードとすり替えていった。
「どうなるのか楽しみね。いい感じにカオスになるといいけど」
「むー、なにか嫌な予感がしますけど、やっぱりこういう競技は楽しいので参加しましょう」
受付を済ませた赤羽 美央(あかばね・みお)は、ジョセフ・テイラー(じょせふ・ていらー)と一緒に東側応援席を歩いていた。応援席には、チアガール姿の飛鳥 豊美(あすかの・とよみ)と泉 美緒が並んでいる。美緒は崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)、崩城 ちび亜璃珠(くずしろ・ちびありす)と一緒に応援している。亜璃珠は、ただ参加するだけ、見るだけもつまらないと思い、ちび亜璃珠を誘って会場に来ていた。巨乳の2人を横に、ちび亜璃珠は巨乳に注目する観客達、豊美ちゃん目当ての幼女好きそうな男共を牽制していた。
「ああそうさわたしにはでかいちちもながいあしもないさ! かかってこいよろりこんども! きしゃー」
という具合である。そのまた隣では、やはりチア服の公孫 勝(こうそん・しょう)がボンボンを持って応援している。
「イーシャン、コナンちゃん、ファイト〜!」
両手を上げてボンボンを揺らすと、無自覚ながら乳が盛大に揺れる。ノーブラだ。尚、これは個人的な見解だが美緒もノーブラではないかと思われる。
「おおー、これは眼福ですねえ」
東シャンバラチーム応援団長のクロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)に、キャプテン・ヨサーク(きゃぷてん・よさーく)が言う。
「なんだおめえ、あんなもんに興味あんのか? 女なんかただの×××じゃねーか。応援は盛り上がりが大事なんだよ。女のチチなんざくそ役にも立たねえ」
「そうです、盛り上がり! それが選手達のやる気を鼓舞します。そして裏を返して選手の気勢を殺ぐもの、それは観客の溜め息です!」
クロセルはそう言うと、観客全体に向けて扇動を始めた。
「みなさん、応援の際には溜め息をつかないようにしましょう! 禁止です」
顔を見合わせる観客達に、特技の説得と心理学を用いて説明していく。
「応援してるチームの失敗を見て、ウッカリ溜め息をついてしまう気持ちもわかります。しかし、それが選手にはプレッシャーになってしまうのです」
そして今度は、観客席後方を陣取る楽団に言う。
「溜め息をつきそうな場面が訪れたら、一際大きな音で演奏してください。選手の力になるでしょう!」
マナ・ウィンスレット(まな・うぃんすれっと)も、クロセルの力になろうと大衆に呼びかける。「三人市虎をなす」ともいう。皆を動かすには、こちらにもある程度まとまった人数が必要だ。
「散発的な応援より、観客と一丸となって応援した方が、選手の励みになるのは間違いないだろう! 皆で勝利を導くのだ!」
「おう、そうだ! 盛り上がっていくぜ!」
ヨサークとクロセル達が観客達を扇動する声を聞きながら、美央は助っ人として呼んだ真城 直(ましろ・すなお)に話しかけていた。彼女は借り物カードに『東シャンバラ応援団長の仮面』と書いていたのだ。
「……真城さん、貴方の仮面と黒マントで、西の人が来たときのクロセル団長への成りすまし、頼みましたよ?」
「僕で良ければ力になるよ。でも、そんな騙されるとは思えないけど……」
「いえ、騙されます。大丈夫です。自信を持ってください」
「自信……持つべきところなのかな? それ」
西側応援席では、フリューネ・ロスヴァイセ(ふりゅーね・ろすう゛ぁいせ)とユーフォリア・ロスヴァイセがチアガールとしてスタンバイしていた。
「向こうは意外とむさくるしいわね。ヨサークもいるし。ユーフォリアさま、私達は華やかに応援しましょう」
「応援ですか。わたくしはこういったことは初めてなのですが……」
「大丈夫! 私も初めてです。こういうのは思いっきりやればなんとかなりますよ。応援を楽しみましょう」
「そうね、たまにはこういうのも悪くないわ。ですよね、ミルザム様」
ボンボンを持ったテティス・レジャ(ててぃす・れじゃ)がミルザム・ツァンダ(みるざむ・つぁんだ)に話しかける。アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)も明るく言った。ミルザムの翼を模した「エンジェル付け羽」をつけている。
「踊り子の本領発揮ですね! 頑張って応援しましょう!」
「そうですね。久々に踊るのも良いかもしれません。聖火も無事にシャンバラを1周しましたし……無事、最終競技を迎えられて本当に良かったです」
「ミルザムさん……」
その言葉に何かを感じたのか、アリアは少し目を潤ませた。そして、また張り切った声を出す。
「ミルザムさん、フリューネさんもユーフォリアさんも、テティスさんも、今日はちょっと、こんな応援をしてみませんか?」
アリアは、考えてきた応援プランを4人に話し始めた。天穹 虹七(てんきゅう・こうな)もそれをじっ、と聞いている。24時間マラソンや聖火リレーの効果で、普通に応援しても良い効果は出るだろう。でも最終戦だし、アリアはもっともっと盛り上げたかった。
「それは面白いかもしれないですね」
話を聞いて、ユーフォリアが柔らかい笑みを浮かべた。フリューネも言う。
「やりましょう! 東の応援団をぎゃふんと言わせてやるのよ!」
……少し、主旨が変わっている。
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