空京

校長室

戦乱の絆 第2回

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戦乱の絆 第2回
戦乱の絆 第2回 戦乱の絆 第2回

リアクション



勃発


 その戦いの幕開けは、戦慄だった。

「ふっふっふ……。
 待ちかねたぞ、西ロイヤルガードプラスその他大勢の諸君!!」
 響き渡る声に塀の上を見れば、そこに雄々しく仁王立ちする、一人と一匹の姿。
 いや、動物ではなく、身長1メートルほどの猫型獣人だ。
 そんなことより特筆すべきは、彼を知る者ならお馴染みの、その姿。
「何処の馬鹿だ! ここには18歳未満の乙女も居るんだぞ!!」
 門の内側では東ロイヤルガード隊長の神楽崎優子が激昂して叫び、門の外側では、
「18歳を越えていればいいってものでも」
と、ロザリンド・セリナが困り果てたように下を見た。
 馬鹿やろーご主人に汚ねえもの見せんじゃねー! と叫びながら、某白熊ゆる族が、両手でパートナーの両目を顔ごと覆っている。
 そんなこんなで主に味方からの罵声を浴び、西側の面々を呆然とさせている変熊 仮面(へんくま・かめん)のいでたちは、ロイヤルガード(恐ろしいことに)マントをまとっただけのほぼ全裸。
 股間の前垂れも、上空に吹く風にギリギリの状態である。
 というか門の内側、斜め下後方からという恐怖の目線では何の役にも立っていないのである。
 その両頬は、アイシャと代王セレスティアーナにセクハラこいてぶたれた痕が赤く腫れていたが、下からはよく見えなかった。
「師匠! 西ロイヤルガードプラスその他大勢の奴等がゴミのようだにゃ!」
 その横で同様に仁王立ちするパートナーのにゃんくま 仮面(にゃんくま・かめん)もマントひとつで全裸なのだが、こちらは、かつて何度も突っ込みを入れられたように、猫の姿なので全く問題はない。

「美しいセレスティアーナ様は、力による解決は望んでおられん!」
 変熊仮面の声が朗々と響き渡る。
「誰かやめさせろ。アレを東の声明と思われては困る」
 優子の指示に、ルドルフ・メンデルスゾーン(るどるふ・めんでるすぞーん)に目配せされたパートナーのエリオ・アルファイ(えりお・あるふぁい)が、
「誰か、小型飛空艇を貸してくれ」
と声を上げている。
 だがしかし。
「美しさで勝てぬからと武力に訴えるとは……いかにも西側のやりそうなことだ!」
 ひらひらと股間の前垂れとついでにマントをはためかせながら口惜しそうに言った変熊仮面は、ビシ! と人差し指を西シャンバラ部隊、その前線にいる一人の男に突き付けた。
「皇彼方!!」
「ひえっ!?」
 突然全裸の変態に名前を叫ばれて、呆然と見ていた彼方がビクリとする。
「特に影の薄い貴様ッ!!」
「余計なお世話だ!!」
 返事を返す暇もあればこそ。
「とうっ!」
 塀の上から、煌く太陽を背に、変熊仮面はジャンプした。

「あはははは! 彼方! ボクの愛を受け取って〜!」

「ぎゃあああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」

 一体どんな装備を使ったのかスキルを使ったのか、変熊仮面は数十メートルの水堀を飛び越えて、彼方にダイビングアタックを仕掛ける。
 その瞬間、誰もが二人から目を逸らした。

「……彼方っ……!」
 その惨状を前に、どうしたらいいのか判断がつかず、パートナーのテティス・レジャ(ててぃす・れじゃ)がただ蒼白とする。
 しかも、更に駄目押し。
「あはははは〜! 彼方、僕の愛も受け取るにゃ〜!」
と、にゃんくま仮面も変熊仮面に続き、彼方にダイビングアタックをしてきた。


「――ほら、無益な戦いは虚しいだろ?」
 変熊仮面は、そっと彼方の耳元に囁いたが、泡を吹いて既に意識を飛ばしている彼方にはその声は届かなかったし、
「で、師匠! この作戦で本当に敵の注目を引き付けられるのかにゃ?」
と、にゃんくま仮面が小首を傾げたが、引き付けるどころか今現在、誰一人彼等のことを見ていないというか目を背けていた。



「気を取られるでない。突撃せよ!」
 鋭く吠える関羽の声に、改めて戦端が切られた。
 押し倒されて倒れている彼方を避けて走り、西側面々が門に向かって突撃する。

「ふぎゃっ」
「ぷぎゅっ」
 上から踏みつけられて、変熊仮面が潰れた。
 無論にゃんくま仮面と彼方も巻き添えである。
 通り抜けざまに誰かが、横たわる変熊仮面の背中を踏みつけたのだ。
「何をする!」
 顔を上げると、忍者姿の青年と、目が合う。
「それで負かしたつもりか? 呆れたものだな」
 忍者は絶対零度の凍てつく視線を変熊仮面に向けた。
「己の股間も守れぬロイヤルガードが、何を守れるというのだ」
「……何だと?」
 変熊仮面は、足の下でもがきながら、どういう意味だ!? と、訊ねようとしたが、
ゲイル!」
と、先を走るパートナーに呼ばれた忍者は、さっさと走り去る。
 起き上がった時には既に、その姿は他の生徒達に紛れて見えなくなっていた。


 ふっ、とクレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)が短く、そして深い溜め息を吐いた。
 とんだ茶番だ。タイミングを崩されたもいいところだった。
 地の利で不利なこの戦いで、重要なのは初手だと感じていた。
 番狂わせもいいところである。
 最も、それは向こうも同様らしかった。
 恐らく向こうも、こちらが攻撃を仕掛けるタイミングには注意していただろう。
「クレア」
 パートナーの守護天使、ハンス・ティーレマン(はんす・てぃーれまん)が囁いた。
「仕方ない、次の手だ。堀の構造を探る」
「はい」
 二人は密かに戦列を離れる。


「強い奴、出て来んかあ!!」
 パートナーの魔鎧、特攻服仕様のアーヴィン・ウォーレン(あーう゛ぃん・うぉーれん)を身に纏い、光臣 翔一朗(みつおみ・しょういちろう)が怒号を上げた。
 正直、他人の事情や世界の情勢などどうでもいい彼にとって、とにかく強い相手と喧嘩がしたかった。
 強い奴が居ないのなら、周りにいる者全員を叩き伏せれば気も晴れるか。
「うえ〜、暑っ苦しい奴が来たっスよ……」
 最前線を護る東のロイヤルガード、火口 敦(ひぐち・あつし)が溜め息を吐く。
「あんたが、俺の相手か」
「違いますとも言えないっしょ……」
 凄む翔一朗にそう答え、
「ま、いっちょやってみるっスよ!」
と、ダガーナイフを抜く。ぎし、と腕に装備したアームが鳴った。
 ふん、と翔一朗は笑い、身構えながら飛び込む。
 一撃で蹴散らすはずの攻撃はしかし、敦に受け止められた。
「!!」
 二人は同時に眉を寄せる。
(何じゃ、こいつ、見かけより強い!?)
(あれっ、こいつ、見かけより弱い!?)
 そして同時にそう思った。


 変熊仮面のことがあったからだろうか、門の内側に控えていたルドルフ・メンデルスゾーンが門の外に現れ、それを目ざとく葛葉 翔(くずのは・しょう)が見付けた。
「東のロイヤルガード、ルドルフ・メンデルスゾーンか!」
 相手にとって不足はない。
 翔はルドルフに向かって一気に駆け寄る。
(ここを勝利して、突破口を開く!)
 ルドルフも、翔に気がつき、体を向けた。
「相手願おう」
「いいだろう」
とルドルフは笑み、二人は同時に剣を抜き、構える。
 翔のパートナーのヴァルキリー、アリア・フォンブラウン(ありあ・ふぉんぶらうん)が、ルドルフのパートナー、エリオの姿を見付けてその前に立ち塞がった。
「翔クンの邪魔はさせないよ」
 その言葉に、エリオは苦笑する。
「勿論」
 彼も、ルドルフと翔の、一対一の勝負を邪魔する気はないらしい。

 二人は同時に動き、斬りかかった剣を受け止めた。
 びり、と手に痺れが走って、翔は一瞬顔を顰める。
 仮面の下で、ルドルフの顔も歪んだのが、至近距離で、翔には見えた。
「う、おおおおっ!」
 ルドルフは一旦距離をおこうとしたが、翔はそのまま押し切った。
「!」
 力を抜いた一瞬をつかれ、ルドルフは体勢を崩す。
 強引に横薙ぎした翔の剣が、ルドルフの手から剣をもぎ取った。
 あっ、とエリオが顔色を変える。
 剣を取り落とし、眼前に翔の剣を突きつけられて、ルドルフは苦笑した。
「負けた」
 潔く、そう宣言する。
「流石は、西のロイヤルガードだ」
「……」
 翔は剣を引くと、そのままルドルフの横を抜けて走り出す。
 アリアもそれに続き、エリオも、彼女を止めなかった。


「やれやれ、まったく、なんでこないなことになったんや?」
 ぼやきながらも、大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)は、戦闘の混乱に乗じて橋を渡り、桜井静香に向かった。
 倒すことではなく、説得をするのが目的だ。
 百合園の校長である静香を説得することができれば、この戦闘はおさまるはずだと考えたのである。
「ついこないだ、東西共同でろくりんぴっくやったばっかやのに、今度は東西分かれて、アイシャ争奪戦たあ、穏やかやないわ」
 静香がこの戦場にいるのなら、どうやったら東西、一緒に歩んで行けるのかと、声を投げかけ、考えて欲しい。
 すんなり話を聞いて貰えるとは思えないので、手加減しながら戦いつつ。
 ――と思っていたのだが、泰輔の相手をしたのは、静香ではなかった。
 手加減しつつ、であろうとも、武器を持って戦う意志を持ち、向かって来た相手を、ロザリンド・セリナは静香の前に通さなかった。
 そもそも泰輔が手加減するつもりであることを、ロザリンドが知るはずもない。
「邪魔せんといてぇな」
「それはこちらの言葉です!」
 泰輔はパートナーのレイチェル・ロートランド(れいちぇる・ろーとらんと)と共にロザリンドを退かそうとするが、ロザリンドも、パートナーのテレサ・エーメンス(てれさ・えーめんす)と共にそれを阻む。
 ロイヤルガードのマントではなく、完全武装をして静香を護るロザリンドという壁は、厚かった。
「ほらほら、ウチらロイヤルガードを狙おうなんて100年早い!」
 テレサが態と挑発するように言う。
「校長に危害を加えるつもりはありません。
 泰輔さんの話を聞いてください」
「桜井校長を、悩ませないでやって」
 レイチェルの訴えに苦笑で返したテレサは、間合いを一気に詰めて拳をぶち込み、相手の体勢を崩すや、横に飛ぶ。
 そこへロザリンドが飛び込み、槍の一振りで一閃した。
「……確かに、悩ますのは本意やないけどな」
 吹き飛んだレイチェルを助け起こして、泰輔は苦笑する。
 脳震盪を起こしているようだが、大事はないようだ。
 どうにも融通の利かなそうなロザリンド達を見て、石頭め、と溜め息を吐いたが、ここは引くしかなさそうだった。


 何だかよく事情が解らない。
 というのが、神野 永太(じんの・えいた)の本音である。
 政治がどうとか、そういう難しいことは、平和ボケして世情に疎い現代人の永太には未知の領域なのだ。
 だから本能に従って、命令に従いつつ、やりたいことをやる。

 というわけで、彼はリンネ・アシュリングの護衛についた。
 パートナーのザイエンデも、黙って永太の望むことに従っている。
「……ああ……」
 リンネが、ぐったりと声を上げた。
「…………暇っ……!」
「神楽崎隊長、敵は来ないと思うけど念の為、って言ってましたけど、本当に来ないですね」
 永太は苦笑してリンネに言う。
 永太達は伏兵を警戒して、ホイップらとはまた別の場所ながらも、裏門近くの護りについているのだ。
「まだ、解りません」
 燦式鎮護機 ザイエンデ(さんしきちんごき・ざいえんで)が言う。
「始まったばかりです」
 そう、戦端が開かれたという連絡が入って、まだ5分と経っていなかった。
 しかしリンネは既に退屈で死にそうになっている。
 が、不意にはたっと顔を上げた。
 殆ど同時に、永太とザイエンデもその気配に気付く。
 そして椿 椎名(つばき・しいな)の方も、気付かれたことを察した。

 隠密行動で、堀の手薄なところから攻めようと考えて動いていた。
 正面から攻めることが西側の大義だと椎名も知らされていたが、だからといって、裏をつくことを禁止されはしなかった。
 それもまた、正当な作戦だからだ。
 なので、この辺かと、裏門近くにあたりをつけて来たのである。
「……仕方ないねっ!」
 椎名は背中に背負っていた刀を抜き払う。
「あんた達が、オレの相手をしてくれるのか!」
「オッケー! リンネちゃんにお任せ! 迎え撃つよ!」
 いっそ生き生きとし始めたリンネに苦笑しつつ、永太は後衛で魔法攻撃をするリンネ達の為に前に飛び出した。
 永太の剣を受け止めた椎名は、顔をしかめる。
「くっ……重!」
「マスター!」
 パートナーの獣人、ソーマ・クォックス(そーま・くぉっくす)が叫んだ。
 彼らの動きを制するように、ザイエンデが永太の側にずらりとゴーレムを並べた。
 人と同様の細かい動きはできないが、数を持ってこられると厄介だ。
 そこへ、永太の2度目の攻撃に体を弾かれて、椎名は撤退を決める。
 これ以上戦っても、劣勢は覆せない、と判断した。
「ソーマ!」
 呼ぶと、ソーマは慌てて援護射撃を放った。
 空中では精度の落ちる銃だったので、永太には当たらなかったが、隙はできた。
 椎名は素早く退いて、その場を後にする。
「やったねっ!」
 リンネと永太は、ぱちんと手を打ち鳴らした。