空京

校長室

戦乱の絆 第2回

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戦乱の絆 第2回
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リアクション

 空京へ
 
 アイシャを救出したが、西側の目的はそればかりではない。
 高根沢理子、そして、セレスティアーナ・アジュア。
 東西両代王をアイシャと引き合わせて、彼女に吸血させること。
 シャンバラの女王、いや、「国家神」とならせ、かの国をエリュシオンから独立させること――。
 
 それがはるばるヴァイシャリーまで来た彼等の、究極の目的である。
 
 そのうち、高根沢理子は護衛の者と共に、既にアイシャの方へ向かっている。
 問題は、セレスティアーナ・アジュアの方。
 
 アイシャに脅えて隠れてしまった彼女の行方は、誰も知らない。
 響とイーオンの2名が、沈静化しつつある館の中を、パートナーと共に探しあるいている。
 
 ■
 
 最上階のアイシャの部屋では、西側の慰問者がアイシャを訪れていた。
 響らがセレスティアーナを探し出すまでの間のため、時間は限られている。
 スキル等を使い、彼女の近くにいた面会希望者の数名が僅かに接見の機会を得ることが出来た。
 
 源 鉄心(みなもと・てっしん)ティー・ティー(てぃー・てぃー)は「隠れ身」を使って、本来はこっそりと先兵として「慰問」に訪れる予定だった。
 だが、結局は堂々と会えることとなった。
「俺が、と言うより、ティーがあなたにお礼を述べたいそうだから」
「私にお礼? どうしてかしら?」
 鉄心は頭をかきつつ、ティーをアイシャの前に立たせる。
「陛下の願いを叶えようとしてくれた恩人なのに。
 私達の国の事情で、孤立させてしまったこと……ごめんなさい」
 ぺこりと頭を下げた。
「それから、陛下はエリュシオンに連れ去られて……ずっと孤独だったのだと。
 でも、あなたが傍に居てくださったんですよね?
 ありがとう、本当に……」
「いえ、そんな……」
 アイシャは申し訳なさそうにかぶりを振る。
「あなたは陛下のために十分尽くして下さいました。
 だから、私たちもそれに応えたいです」
「俺達を、もう少しだけ頼ってみてもらえないか?
 そう言いたいんだ、ティーは」
「頼って……ですか?」
 アイシャは淡く笑った。
「私は、もうこんなに皆さんに助けられてばかりですのに……」
 溜め息。
 思いつめた様な眼差しを床に落とす。
 アイシャさん?
 ティーはそう尋ねようとして止めた。
 アイシャの唇が動く。
 
 私ハ、ソウ、マダ……。
 アナタ方ノタメニハ、何モシテイナイトイウノニ……。
 
 彼等と入れ替わるようにして、メイド服を着たゾリア・グリンウォーター(ぞりあ・ぐりんうぉーたー)が現れた。
「隠れ身」をといての参上だ!
「いきなり消えるなんてひどいにょろ〜」
 ゾリアはアイシャに抱きついた。
 前回森で消えてしまった件を責めているのだ。
「ごめんなさい、ゾリア。
 あの時は、ああするよりなくて……」
 アイシャの前にスッと茶と菓子が現れる。
 ロビン・グッドフェロー(ろびん・ぐっどふぇろー)が「ティータイム」を使って用意したものだった。
「こんな事してる場合じゃねえって顔してるから先に言うぜ。
 どんな時でも優雅たれ、さ。未来の女王殿?」
「ロビン……そうね……ありがとう……」
 アイシャは困ったように微笑む。
「ねえアイシャ…。本当に女王になって東西を背負う気です?」
「ゾリア?」
「この銃にかけて誓う。お前の使命に私も命を賭けるです。
 だからせめて、女王なら女王らしく、どんなに辛くても堂々としていろですよ!」
「違うわ、ゾリア。
 命をかけるのは、ね。私の方……」
「アイシャ?」
 アイシャは胸に手を当てて、ホウッと一息つく。
 決心を固めるように――。
 
「いままでの私は、ただ敬愛する女王様の願いを叶える為だけに動いていたの。
 でも、あなた達と出会って、善意に触れて、命懸けの想いに触れて……それは違うって!
 今日、初めて分かったの……」
 ごめんなさい、と、アイシャは深々と一礼した。
 そのうえで、と続ける。
「これからは私の意思で、あなた方の事を出来る限り尊重したいと思うわ。
 アムリアナ様の願いだからじゃなく、私がそう……決心したの。
 私は……あなた達のために、少しでも力になりたい! 駄目かしら?」
 
 どこからともなく拍手が流れてくる。
 1人、2人……全員の拍手。
 
「ありがとう、ありがとうございます……」
 アイシャが一礼した時、扉をたたく音があった。
「高根沢理子よ、はいるわね?」

 ■

 【西シャンバラ・ロイヤルガード】小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が控える。
 傍らに「オリヴィエ博士改造ゴーレム」が一体。
「何があるか分からないからね?」
 とコハクは言った。
 これで罠に当たりをつけつつ、理子を最上階まで案内したらしい。
 理子が何事か言いかけるのを制して、「その前に!」と美羽が口を挟んだ。
「まずはちゃんとアイシャの目的や、ジークリンデの意思を知っておかなくちゃね!」
「美羽?」
「勘違いしないでね?
 これは、リコだけじゃなく、あなたに協力するためにも必要なことだと思うの。
 知りたいって言う人、たくさんいると思うし」
「俺達も、その意見に賛成ですね」
 挙手したのは、同じく【西シャンバラ・ロイヤルガード】の樹月 刀真(きづき・とうま)漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)
「ジークリンデに何があったのか? 知りたいんですよ」
「吸血の結果、アイシャさんの身に何が起こるのかも、はっきりさせたいわ」
 月夜が続く。
「あなたに何かあってからでは!
 理子は傷つくもの、彼女はそういう人なのよ」
「西の代王様、お優しいのですね。
 アムリアナ様と同じように……」
 アイシャは暫し瞑目する。
「わかりました、お話しましょう。
 そういうお約束ですものね?
 ただしすべて一気には難しいので、お話できるところまでと言うことで。いいかしら?」
 
 アイシャの目的は、両代王の血を得て「女王」に、つまりシャンバラの「国家神」となること。
 そしてジークリンデ――つまりアムリアナの意思は、幽閉されて身動きのとれなくなった自分の代わりにアイシャをシャンバラへ渡すことにより、彼女を新たな「国家神」とさせてシャンバラを独立させることにあった。
 なぜならば、このままでは彼女は永久に戻ることはあり得ないから。
 そのために渡した「女王の力」であり、「使命」である。
 
 ただしその行為は、下手をすればアムリアナの生命をも奪ってしまう。
 
 そこでアイシャは、まずセレスティアーナの方から吸血せねばならなかった。
 理子に比べると、契約者としてはアムリアナとの結びつきは限りなく弱いのだ。
 逆を返せば、アイシャが吸血して「国家神」となる力を受け継いだ時に来るアムリアナへのダメージは、理子に比べて「小さい」と言える。
 だからまずセレスティアーナで小さいダメージをアムリアナに与えて耐えてもらい、ダメージに対する抵抗力をつけてから、理子に吸血して正式な「国家神」とならねばならなかった。

「順序が違えば、アムリアナ様は大ダメージを受けた末にお亡くなりになってしまう可能性があったのです」
「それで、何としてでもリコに……空京には行けなかったのね」
 ええ、とアイシャは申し訳なさそうに頷いた。
「でもいずれにせよ、ダメージは受ける訳よね?
 それは、どの程度なの?」
 と、これは理子。
「代王様」とアイシャは蒼白な顔で告げる。
「よくて、生涯床から出られぬ程度。
 そう、アムリアナ様からは承っております……」
 理子の両手がギュッと握りしめられる。
「ジークリンデは思い切ったんだわ。
 でも、自己犠牲なんてさせたくないよね。
 だから、アイシャはジークリンデを守るため、あたしに会いに来なかったのね? ありがとう」
「でも、リコ!
 ジークリンデはどう転んでも元のままには……っ!!」
「美羽、でもジークリンデが望んだことなの。
 それに、命さえあればどうにかなる!
 あたし、そう思うんだ!」
「リコ……」
 美羽は理子の思いを察して絶句した。
 理子はジークリンデの契約者だ。
 皆の知らないところで、とうに悟っていたのかもしれない。
 
 吸血によるアイシャへのダメージについて、アイシャはないと断言した。
「ただし、私も何分初めてのことゆえ、分かりかねることはあるのですが……」
「大丈夫だ、アイシャ」
 リアがアイシャの傍らに立つ。
 手を握って、彼女の大きな瞳をのぞきこんだ。
「俺がいる……俺が支えてやる」
「リア……」

「で、『国家神』になって、どうするおつもりなんですか?」
 刀真はアイシャに畳み掛ける。
 自然と口調がきつくなる。
「伝え聞く話を総合すると、おまえはジークリンデからの使命に囚われすぎて、己の存在意義と勘違いしている節がある。そんな奴に『国家神』としてシャンバラを治め民を背負っていく覚悟があるのか?
 それが無いのならば、『使命』という理由だけで理子の血を与えるべきではない」
「覚悟、と問われましても。
 私、実際に『女王様』って、まだなったことが……」
 でも、と頭を振る。
「アムリアナ様から、こう御伺いしたことがあります。

 国家神の加護なきシャンバラは、一部の都市以外はいまだに多くの土地が荒れ果てており、
 そこに住む民や動物たちも、日々の糧を得るのが精一杯であると。
 そのような環境の中、生き延びるために地球諸国と手を結ばざるを得なかったと。
 
 全ては国家神であるアムリアナ様が不在故の、不幸であったと……」
 
 そこでアイシャは一同を見渡した。
 理子達は溜め息まじりに、頷く。アイシャの指摘は、確かに正しい。
 事実シャンバラは理子達が来た当初、パラミタの辺境に過ぎなかった。
 そしてエリュシオンにしてもしかり、だと、アイシャは言及する。
 
「いまでこそシャンバラを手中に収めんとする大国も、
 地球の出現や女王復活の可能性が取り沙汰される前は、シャンバラに興味すらありませんでした。
 シャンバラは、パラミタから見捨てられた土地だったのです」
 そのうえで、と息を吸った。
「シャンバラに『国家神』が出現する――。
 それは、シャンバラの民全てが安心して生活が出来るようになる、ということだと思います。
 私は確かに難しいことは分かりません。
 けれども、アムリアナ様から受け継いだ力でシャンバラの皆様の笑顔が見られるのであれば、それは命を尽くして行うべき事だと思います」
 
 ホウッと息をつく。
 ゆっくりと顔を上げる。
「それがおまえの『覚悟』なのだな?」
「ええ、刀真」
 アイシャは力強く頷いた。
 なるほど、と刀真が答えて一同が賛同する。
 それが答えとなった。
 
「で、具体的にどうすれば、あなたを『国家神』にできるのかしら? アイシャ」
 当然の疑問を理子が投げかける。
「どうすれば、無事になれるのか? もだな」
 刀真が追従する。
 アイシャは賛同の見解に胸をなでおろしつつ、首を垂れた。
「女王の力の継承は2人の代王様の血と、アトラスの傷跡にあるシャンバラ宮殿において“戴冠式”を行うことで成就するといいます。
 それまで皆様のお力をお借りできればと、思います」
 
 ■
 
 響から知らせが入る。
 理子を守る西側ロイヤルガード達を先頭に、一行はセレスティアーナの隠れ場所――葵の執務室へと向かった。
 
 ■
 
 執務室は戦闘の真っ最中であった。
 
「侵入者どもに次ぐ!
 我々は西であれ東であれ、セレスティアーナ様をお渡しするつもりはありません!!」
 天のいかづち――。
 エレンディラが理子達に警告を放つ。
 傍らにガタガタと震えるセレスティアーナの姿。
 葵の盾に守られている。
 背後に、セレスティアーナをなだめている武の姿。
 彼らの足元に、幾人ものに西側兵士達が転がる。
 ぐうぐうと寝こけている。響達も。
 葵は「ヒプノシス」の構えをとった。
「【東シャンバラ・ロイヤルガード】を甘く見ないことだよ!」

「葵――」
 理子は口を出そうとする美羽を下がらせた。
「葵、私達は話し合いに来たの。
 戦いに来たんじゃないわ!」
「理子様、そこにアイシャがいます……」
 葵は理子の傍らに立つアイシャを指さす。
「もう血を吸わせましたのでしょうか?
 私は、護りたいものを護る!
 安易な吸血には反対です!」
 
「お、俺も反対だぜ!」
 セレスティアーナの背に控えつつ、武も大声を張り上げる。
「そいつが国家神になったら、ジークリンデはどうなるんだ?
 それに、セレスの玉の肌に歯型の傷がつくのは反対だぜ!」
 嫌だぁ、嫌だぁ、とセレスティアーナは小声で繰り返している。
 武は彼女を驚かさないように、よしよしとなでた。
「大丈夫さ! セレス。
 お前のピンチにゃ俺が居るから、安心しとけ」
 
「交渉決裂だね?」
 葵は相手の武器を見て、「ブライトグラディウス」に構えを変更する。
「この期に及んで、誰も傷つけたくない! 戦いたくはない!
 そんなあたしは……やはり甘いのかな?」
 泣きそうな顔。
 
 理子の前にアイシャがスッと立つ。
 セレスティアーナが顔をのぞかせる。
 その表情の変化を眺めて、待って! とエレンディラが葵を止めた。
「その前に、セレスティアーナ様のご意見を……」

「待ってらんねえぜ! 
 強行突破だ!」
 武はイビーをバイクに変形させると、問答無用とばかりにセレスティアーナを抱える。
 そのまま中央突破を図る。
 だが、そこは多勢に無勢。
 西側勢に折り重なるようにして捕り押さえられてしまった。
 
「セレスティアーナ様ぁっ!」
 戦闘態勢のまま、葵達が近づく。
 だがセレスティアーナは葵をとどめると、子供の無邪気さで、よい、と笑った。
「大丈夫だ、葵。
 こいつ、まともになったぞ! 怖くない」
 
 ■
 
 こうして、セレスティアーナの吸血は滞りなく行われた。
 
「これからは、アムリアナ様に代わり、私が代王様をお守りするのです……」
 アイシャはセレスティアーナに誓いを立てる。
「うむ、代わりに守るのだな?
 わかった、代わりだぞ?」
 セレスティアーナは無邪気に告げると、小鳥の軽やかさで武の下へ戻った。
 そこには拘束を解かれた武が、セレスティアーナの身を案じてぼんやりと佇んでいる。
 
 東側の動きの報が入る。
 
「さあ、あたしのも。
 アイシャ、はやく!」
 だが、理子の願いにアイシャは頭を振った。
「いえ、西の代王様。
 それについては無理なのです。
 1日時を置かなくては……」
 そうしなければ、アムリアナの体力が戻らないため、駄目なのだという。
「そうなの?
 じゃ、明日にでも空京で行うことにしましょう!」

 アイシャはハッと気づいた。
 リアの手を握ったままだったのだ。
 吸血の時、万が一のために、と彼はずっとアイシャの手を離さなかった。
「も、申し訳ございません、リア、その私……」
「い、いや……」
 2人は赤くなって、遠ざかる。
 誰かが2人をはやし立てる。
「アイシャ」
 遠ざかりゆくアイシャの背を眺めて、リアはぼんやりと思うのだった。
 彼女は「女王」。
 いずれ手の届かぬ存在となるかもしれない……けれど……。
「俺にとっては、普通の女の子だよ。
 ずっと、きっと、この想いは変わらない……」
 
「それで、これからどうするのだ! アイシャ」
 まだ護衛役を離れていない、綾香がアイシャの今後を問うた。
「マ・メール・ロア セット」の到着時刻が迫っていることを受けての、発言だ。
「空京のシャンバラ宮殿に行きましょうよ!」
 詩穂が西側のロイヤルガード達に提案した。
「吸血にも備えられるし、一石二鳥だもん!」
「まあ、そうですね。
 現状、一番安全と思しきは『西側の宮殿』かもしれません」
 拓海らロイヤルガード達の勧めもあり、理子は頷いた。
 
 こうして、アイシャの空京行きは決定された。

 一行は館を出た。
 眩しい陽光の中、ふらつく足取りのアイシャを詩穂が両手で抱えあげる。
「さあ、行こうよ! アイシャ!」
「怪力の籠手」を使い、駆け足で門を出て行こうとする。
「このまま空を駆けて、空京まで行くわ!
 絶対に離さないんだからね☆」
「ま、まあ、し、詩穂ったら!」
 アイシャは頬を赤らめて笑う。
 少女が初めて見せた、心からの笑顔だった。