校長室
戦乱の絆 第2回
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シャンバラの三柱 ジャタの森とイルミンスールの森の境目。 「……大きいですねぇ」 サクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)が感嘆をこぼす。 彼女の視線の先、遠くにはエリュシオンの移動要塞があった。 「やっぱりジャタ族の皆にあらかじめ、通過を伝えておいて良かったかもですね。無駄な混乱を避けるためにも」 サクラコの声を横に、白砂 司(しらすな・つかさ)は要塞を可能な限り観察していた。 「……マ・メール・ロアによく似ているが……」 以前、シャンバラに現れ、契約者たちによって堕とされた浮遊要塞マ・メール・ロア――それに形は良く似ていた。 しかし、どうやらこちらは最新鋭で、対イコン用の砲台などの装備が充実しているようだった。 そして、その作りから見て、こちらはイコンを搭載しているのではないかと見られた。 「一応、イルミンスールに報告しておくか――ん?」 ふと、司は、要塞の端に何か違和感のあるものを見掠めた。 ぐっと目を細める。 と、横で、 「あれ……端っこに引っかかってるの、人ですよね?」 サクラコが言う。 言われてみれば、それは、人間に見えないこともなかった。 黒いマントのようなものがチラチラと揺れている。 エリュシオンの移動要塞マ・メール・ロア セット。 その端っこには、何故か御人 良雄(おひと・よしお)が引っかかっていた。 ■ 時間を思いっきり巻き戻す。 ■ 「つまり、三なんだよ。分かるかい? スノー」 「いいえ、ブルタ」 「世界は往々にして三で出来ている。過去、現在、未来。陸、海、空。信号機は赤、青、黄色。蛇ナメクジ蛙は三すくみ。表彰台は三位までで、三年殺しに三面鏡、八咫烏は三本足、三顧の礼、三本の矢、仏顔摩擦も三度まで、三回まわってワンッ……――ほらね、世の中のキーポイントはすべからく三だ」 「真理ですわね、ブルタ」 「そういえばステンノーはゴルゴーン三姉妹の一人だね」 「光栄ですわ、ブルタ」 「さて……」 そこで、ブルタ・バルチャ(ぶるた・ばるちゃ)は、ヌチャァと笑った。 「ドージェは神だった」 ステンノーラ・グライアイ(すてんのーら・ぐらいあい)は静かに応える。 「その通りですわ、ブルタ」 「御神楽環菜は? 彼女は神だったかな?」 「神ですわ、ブルタ」 「二人の共通点はなんだろう」 「どちらも地球人だったということですわ、ブルタ」 「その通り! ドージェと環菜の二人は地球人にして神だった。さあ、そうなると何だか収まりが悪い。そうだ、三だよ三。三人居なくちゃ。神だから三柱。シャンバラには三柱の神が居なきゃおかしい。では、最後の一柱は誰か? 僕は考えた。そして、気づいた!」 興奮で鼻息が荒ぶる。 「力のドージェ、経済のカンナ……彼らに並ぶ、最後の一柱。それは――美のアゲハ!! キミしかいなぁあああい!!」 「ハアッッ!? すさまじく意味不明なんですけど!! つか、鬼キモッ!!」 空京、センター街。 ブルタに電話で呼び出されていた神守杉 アゲハ(かみもりすぎ・あげは)は、超絶に盛り上げた髪を揺らして顔面を引き攣らせた。 周囲ではブルタの気迫に慄いた人達が思わず足を止めている。 諸々構わずブルタは、両手をモチモチと擦り合わせながら、嫌悪感を誘発するほど俊敏な動作でアゲハへ距離を詰めた。 「分かっちゃったんだ。分かっちゃったんだよね。キミのこの目も眩むような美しさ! これは最早、神たり得る力だとしか考えられない――!」 「え……ちょ、褒め過ぎじゃね?」 若干、アゲハが照れを見せたのを横にブルタの勢いは止まらない。 「何よりも、そのクリスマスツリー型の鮮烈なヘアースタイルには何か秘密があるに違いないってこと!」 「……は?」 「もう隠す必要なんてないのさマイスゥイートスゥイートハニバニ。この髪型こそがキミの力を封印しているんだよね? その封印が解かれる時、キミはシャンバラのカリスマギャルとして覚醒するのだ!!」 「ちょっ、た、確かにシャンバラのカリスマギャルには、なりてーとは思ってけど、この髪型にそこまで期待感アゲーでこられっと超プレッシャーなんですけど」 「素晴らしい推察。さすがの慧眼ですわ、ブルタ」 「ひとっつも当たってねーっ!!」 と。 「へぇ、神守杉アゲハって神なんだ」 「すげぇな。ドージェ、カンナに並ぶ三柱かよ」 「ね、言ってた通りでしょ! 前からあの髪型には何かあるって言ってたでしょ! ね! ね!」 「俺、前からちょっとビーム出んじゃねーかなって思ってた」 「いや、ミサイルじゃね? あのレベルは」 「つかさー、三柱ってことは薔薇学の変熊 仮面(へんくま・かめん)とかもそうじゃね? あの見えそうで見えない(ぴー)とかさ」 「あんた、それ『柱』に引っ掛けてるだけじゃね……いや、でも、そう言われてみると……」 「で、どっちが本物の一柱なん?」 ざわざわと周囲から聞こえる声。 「え、ちょ、ま、待って、待てって! あたしは違うからな! あたしはただのギャルだから! そんな期待されてもマジ困るんですけど!?」 その後、空京を中心にシャンバラの三柱に関する噂は広がることとなった。 最後の一柱に関しては諸説あるものの、現在、神守杉アゲハの怒髪天盛りであるとする説が濃厚である。 ■ パラミタ内海の岸部。 「国家神に加えて、ドージェや環菜って神まで失った今……シャンバラから、これ以上、神を失うってのは良くない気がするんだよねぇ」 スレヴィ・ユシライネン(すれう゛ぃ・ゆしらいねん)は浜辺で網を引く連中を眺めながらボヤいた。 「あいつが本当に神なら、今は大人しく隠れておいてもらいたいとこなんだが……」 スレヴィの視線の先には、何やら大勢のパラ実生徒が居た。地引網をしている。 それらを率いているのは御人 良雄(おひと・よしお)だった。 食欲の秋にかこつけて、パラミタ内海の魚を食そうという企画らしい。 スレヴィは彼を見る目を細め、 「神であるドージェをひざまずかせ、神である環菜を押し倒した男、か」 二人の神を屈服させたことがあるのは彼一人だけだ。 その彼が神であるという可能性は捨てきれない、と思う。 ただ……正直、見た目からは全くもって全然さっぱりそういった気配を感じない。 過去に一度だけ会ったことがあるが、今改めて見ても、やっぱり感想は同じだった。 小さく息をついて。 「まあ、神じゃないならないで、それは平和で何より」 軽く肩をすくめて、スレヴィは良雄の方へと歩んだ。 「良雄くんとこうやって話すのも久しぶりだね」 立川 るる(たちかわ・るる)が海を眺めながら言う。 良雄は、感動していた。 (うぉおー、今、オレはるるさんと二人で海を見てるっす! ああっ、秋の味覚ツアーを企画して正解だったすよー!) 足元には立川 ミケ(たちかわ・みけ)とアレフティナ・ストルイピン(あれふてぃな・すとるいぴん)が戯れており、海辺では荒々しいパラ実生徒が地引網をしており、二人っきりではないのが残念だったが。 「良雄くん……」 向けられた、るるの顔は少し神妙な表情をしていた。 「は、はい?」 良雄は何となく緊張しながら背筋を伸ばした。 (るるさん、いつもと雰囲気が違うっす……こ、これは、もしかすると、もしかするんじゃ……) るるが良雄の手を取り―― ぐっと良雄の目を見上げる。 「環菜さんのことは、残念だったね」 「は?」 「好きだった人が、あんなことになって……」 「いや、だから、それ、誤解っす! オレが本当に好きなのは――」 「好きなのは?」 「る…………」 はて、と首を傾げたるるの前でコチーンと固まる。 「る?」 「る……ルールルルルルル」 足元のミケとアレフティナを呼んで顎をくすぐってみたり。 「誤魔化し方が雑だな、おい」 ぺしん、と後頭部を軽く叩かれ、良雄は振り返った。 スレヴィは良雄の後頭部を叩いた手をひらひらさせながら、にぃんと笑った。 「一緒に、片思いの相手攻略法でも考えるか?」 「な、なんの話っすかね?」 叩かれた後頭部を撫でながら、良雄が口元をひくつかせる。 「でも、神の人たちは大変だよねぇ」 るるが、ちょこんっと砂浜にしゃがんで、海の方を見やりながら言う。 「ドージェさんもナラカに落ちちゃったって話だし。――るるは良雄くんが邪神なんかじゃなくって本当に良かったなあ。だって、いなくなっちゃったら困っちゃうよ……。良雄くんはるるの大事な『お友達』なんだもん」 「…………」 スレヴィは、良雄がるるの言葉の前半部で喜び浮き足立ってから、後半部で崩れ落ちて両手を砂浜につくまでの一部始終を見ていた。 「後で……一緒に攻略法、考えてやるよ。ほんとに」 スレヴィがため息混じりに言った、その時――パラ実生たちの方が一斉に騒がしくなった。 良雄たちの上空。 如月 和馬(きさらぎ・かずま)とエトワール・ファウスベルリンク(えとわーる・ふぁうすべりんく)はゴーストイコン内のモニターで、随伴歩兵のアンデッド達と交戦し始めたパラ実生たちを見ていた。 「良雄は?」 「居ました。そばには契約者が数人――」 モニターに、こちらを見上げる良雄たちの姿が映し出される。 「問題ねぇ」 和馬は、口元を引き締めて、ゴーストイコンを降下させた。 上空に現れたイコンが、浜辺の砂を吹き上げながら良雄たちの前へと降下してくる。 「ゴーストイコン!?」 「なん……か、思いっきり、こっちに狙いを定めてるみたいなんっすけど……」 「ゴーストイコンがカツアゲかよ……逃げるぞ!」 スレヴィの声を合図に、良雄たちは転身した。 そして、スレヴィは隣で一緒に逃げようとしていたアレフティナの、 「おまえは、囮だ!」 足元に、すっと足を差し入れた。 「へぅ!?」 アレフティナが勢い良く砂浜にすっ転ぶ。 「え、えええ!?」 「上手くやれよ!」 駆けながら、しゅたっと手を挙げてみせたスレヴィの背中にアレフティナの必死な声が飛ぶ。 「うぇえええ嫌です、置いてかないでくださいーー! あれですか!? 私が種モミっぽいからですか!? だから囮ですか!? そばにいた方が絶対お得ですよー! 全力でお役立ちですー!」 と、喚くアレフティナの頭上を超えて、ゴーストイコンが良雄たちを追いかけてくる。 「チッ――完全にこっちへ狙いを定めてるな。……って、ことは、やっぱり……」 スレヴィとミケの目が並走する良雄の方へ向けられる。 「って、オレっすか!? なんで!?」 「そうだよー。なんでゴーストイコンが良雄くんを狙うの? ゴーストイコンも種モミを狙うものなの?」 すててっと駆けながら小首を傾げたるるの足元でミケが、 「ななぅななな なんなななな なななななななななな ななっなななな!」 と『たぶん彼がシャンバラの神だから』的なことを主張していた。 が、残念なことに、この場にミケの言葉を理解出来るものは居なかった。 スレヴィは、なんとか使える物は無いかポケットを探りながら、小さく嘆息した。 「まさか、ゴーストイコンが相手とはなぁ」 その後、良雄はスレヴィたちの健闘空しく、和馬のゴーストイコンに拉致されることとなる。 ■ エリュシオン領付近。 和馬たちは、ゴーストイコンでエリュシオンを目指していた。 ゴーストイコンの手には良雄がしっかりと掴まれている。 「これで、ようやく大帝への手土産が出来た。汚名返上ってヤツだ」 「……本当に御人良雄には手土産の価値があるのでしょうか」 エトワールの言葉に、和馬は片手を振ってみせてから、 「今までの実績を考えれば、良雄の強運は特別だってのは分かるだろ。その強運がシャンバラにある限り、シャンバラ攻略は難しいはずだ。だから……大帝には良雄を側近に加えて、これを逆に利用することを進言する」 「そうして、大帝に取り入る、と……」 エトワールの声は冷静なものだったが、若干の不安が感じられた。 和馬は、一つ笑い捨てて。 「オレはオレの直感を信じるぜ。大帝なら良雄の強運に価値を見出さすはずだ」 「強運と直感……頼もしい根拠ですね」 エトワールが小さく息をつきながら吐いた声が聞こえた。 彼らのゴーストイコンは、もうじきエリュシオン領内に差し掛かる。 和馬のゴーストイコンがエリュシオン領内に入ろうとした瞬間だった。 一瞬、良雄を中心に軋んだ音が爆ぜ―― 何の脈絡も無く虚空に生まれた強烈な風の重なりがゴーストイコンを飲み込んだ。 辺り一帯を裂いて抉る異常な暴風がイコンの装甲は押し潰し、関節を捻る。 その内に、良雄を掴んでいた腕が引き千切れ、それはエリュシオン領の外の彼方へと弾き飛ばされていった。 そして、風が急速に拡散していく中から這い出したボロボロのゴーストイコンは、覚束無い軌道でエリュシオン領内へと不時着していったのだった。 ■ グラスが床に落ちて、砕ける。 部屋に居たのは、彼一人だった。 アスコルドは一度、深く咳き込んでから、己の口元に伝った血を拭った。 そして、彼は豪奢な部屋の中で独り、喉を鳴らして笑った。