|
|
リアクション
宮殿内・玉座の間
「来たようだね? アイシャ」
床に片膝を立てて座っていたアイリスは、ゆっくりと目を開いた。
王座の前にスッと立つ。
いつかの、自分に意見した少女が座っているかのような錯覚を覚える。
「趣味じゃないんだけどね……僕にはこれしかできない」
左右に目を向けた。
アイリスを護るように、総勢12名の同志達と少数の東シャンバラ軍が、西側を迎え撃つべく武器を構えている。
一番近くにいるのは、北斗。
彼は脅えるネフェルティティを抱え、アイリスのやや後方に控える。
軋むような、重い音。
正面から光が差しこんで、アイリスはその美しい両眼を細めた。
「さあ、お客様だよ。皆おもてなしをしなければね?」
アイリスは剣を片手に、おっくうそうに溜め息を吐いた。
「玉座の間」の扉が開け放たれた。
西側の一行が入ってくる……。
■
「アイリスさん! 皆も……チョット待って!」
両軍の間に割って入ったのは、【西シャンバラ・ロイヤルガード】の度会 鈴鹿(わたらい・すずか)だった。
一瞬腹を押さえたのは、出産したばかりの我が子を思ってのこと。武器を投げだす。
「アイリスさん。私には、あなたがエリュシオンの覇権の為にこんな事をしているようには見えません」
誰もがあっと、彼女の無謀な行動に目を見張った。
アイシャも、もちろん彼らの1人で……だが目に曇りはない。
どうやら「覚悟」は本物のようだ。
その決意、私にも支えてさせてくださいね?
アイリスと、今一度対峙した。彼女の目に生気は感じられない。
ほら、と思う。
「私達の知らない事があるのなら、剣を交える前に教えて頂けませんか?」
「教える必要なんかないね」
アイリスの返答はゾッとするほど冷たい。
「犠牲を最小限にしたい、とか? そう申しておったな? そなた」
織部 イル(おりべ・いる)は別の論点から攻めてみることにした。
「このままアイシャ殿が国家神とならず、アムリアナ陛下がお亡くなりになれば。
シャンバラが国として成れない事はおろか、再び地球とパラミタの繋がりは絶たれ、未曾有の災厄が双方を襲う事になるやも知れぬ。
そうなってしまったら、より犠牲を生む結果になるのではないかの?」
「…………」
「ひょっとして……大帝が目論む運命に抗おうとしておるのか?
望む未来を引き寄せてしまうという大帝の力とは、いかなるものなのかの? アイリス」
「正確には『運を引き寄せる力』さ。
けれど最強のものだよ」
アイリスは淡々として告げた。
それが返って大帝の力の強さを、一行に深く印象付ける。
「この力の前では、どんなツワモノもかなわない」
大きく息を吐いて、アイリスは北斗をより後方へと下がらせた。
「どうやら僕等の話は平行線のようだね?」
「そんなことないわ! アイリスちゃん」
早川 あゆみ(はやかわ・あゆみ)は静かに歩み出た。
メメント モリー(めめんと・もりー)を伴って。
「こんな事をしても犠牲が減る訳じゃないって、本当は分かっているんでしょ?」
「同じ死ぬのでも、虫けらのように打ち捨てられるのと、人としての想いや誇りを持って死んでいくのとじゃ全然違うんだよ、アイリス」
モリーがあゆみの説得を補強する。
「シャンバラで満足な暮らしをしているのは、ごく一部でしかない。
明日、飢えや略奪で死んでしまうかも知れない人が沢山いる」
「お父様の意のままにさせたくないっていう、あなたのその優しい思い……先生、痛いほど分かるわ!
これ以上犠牲を増やしたくない、ていう。
でも国家神がシャンバラに誕生しない限り、犠牲はあり続けるの」
「それに、ねぇアイリスちゃん。
運命とか訳分かんない力より、ここにいる学生さん達の事、信じて貰えないかなぁ?
皆一緒なら、アイリスちゃんが悲観する運命よりもっと素敵な道を生み出せると思わない?」
「悲観? 僕は悲観なんかしていない……」
アイリスの両目がスウッと細まる。
剣の切っ先を向けた。
「僕は大帝のあやつり人形――流されるままなだけさ」
「アイリスちゃん!」
「問答無用だよ、先生。
恨むなら、『運命』を恨むことだね!」
ダダダダダダダダダッ!
円のレーザーガトリングが炸裂する。
アイリス側の先制攻撃で、戦いの火ぶたは斬って落とされた。
■
「円、もういい。
危ないから、後ろに下がっておいで」
アイリスは円の牽制射撃を片手で制すると、パートナーのオリヴィア共々後方に下がらせようとする。
目の片端に、最愛の友人の姿が映る。
「パッフェル……」
目が合った。とがめられているような気がして、円は思わず視線をそらす。
アイリスは柔らかく笑って、パッフェルに告げた。
「円は君を裏切っている訳じゃないよ。
友達思いなだけさ、誤解しないで欲しい」
もっとも、と続けて。
「僕にそんな気遣いは、必要なかったのだけれど……」
ハッと軽く気合いを込めた。
それだけで、アイリスは凄まじい闘気放つ。
「『七龍騎士』最高位の龍騎士殿、か。
流石、といったところか……」
これを機にエリュシオンとつながりを持ちたいと願っているロイは、冷ややかに眺める。
自分は果たして、こんな化け物達と対等に渡り合って行けるのだろうか? と。
「アイリスさん、力を貸すわ!」
「微力ではございますが……」
カトリーンは珠を促して、ヒロイックアサルトを発動させる。
戯曲「気丈な貴婦人」。
だが壮麗なオペラの幻は、アイリスのではなく、自分の攻撃力を高めるだけだった。
「ありがとう、カトリーン、珠。
その気持ちだけで、嬉しいよ」
アイリスは穏やかに笑って、下がるように指示する。
だがカトリーン達は首を振って、武器を構えてアイリスの傍らに立った。
「私は、アイリスさんを信じている。
だから大勢で女の子一人を相手にしようだなんて卑怯な人達に、一矢報いてやりたいの!」
「御託は、それだけか?」
カンッ。
トライアンフで斬り込んで来たのは、【西シャンバラ・ロイヤルガード】樹月 刀真(きづき・とうま)。
「刀真! 危ない!!」
漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が銃で援護する。
「アイリスさん!」
カトリーンが、スウェーで流す。
「固まっていては無理だ!」
「散らばって、相手の動きを止めよう!!」
誰かの指示で、アイリスと仲間達は、西側勢を囲むようにバラバラと散らばって行く。
これを機に東側は、それぞれ独立した位置で戦う陣形となった。
「アイリス、孤独は嫌か?」
「孤独? 僕が孤独だって?」
「ああ、そうだ」
アイリス、理子、アイシャ、セレスティアーナ……そして、環菜。
刀真はトライアンフを構えたまま、列挙する。
「上に立つ奴は、皆どうしようもなく孤独だ。
だが、俺はそんな君達の事が好きでな!」
「それに、貴方達は独りじゃない!」
刀真が駈け出した。
月夜は【ダッシュローラー】で、彼の背を盾に追いかける。
「だから迷っていい……間違っていたら私達がこうして叱りに来るよ」
ラスターハンドガンを刀真をすり抜けるように設定し、そのままアイリスに向けて砲撃。
刀真のトライアンフを踏み台にして、飛び上がり、アイリスの視線をそらす。
「今よ! 刀真!」
刀真は【神子の波動】、【ソニックブレード】と立て続けに使ったが、神の速さでことごとくかわされていた。
月夜の言葉で、トライアンフを掲げて姿を隠す。
「まだだ……顕現せよ『黒の剣』!」
【光条兵器】を右手に現わした。
そして渾身の力を込めて【光条兵器】を奮った。
「俺は、俺達のシャンバラを護る。
お前の国でもあるんだ! 手伝えよな?」
「と、刀真?」
アイリスはやはり素早くかわした。
だが迷いが生じたのか、光の切っ先は彼女の滑らかな頬をかすめる。
「よし、俺達【龍雷連隊】も刀真に続くぞ!」
岩造は【ブレード・オブ・リコ】を構えて、アイリスの前に立った。
「今は【西シャンバラ・ガード】としてだがな、岩造」
ファルコン・ナイト(ふぁるこん・ないと)は【三尖両刃刀】を構えて、岩造の脇を固める。
そのまま真正面から突き刺したり、大きく振り回したり、仕上げは【爆炎波】でアイリスに挑む。
炎の幕が過ぎ去って、麗人の姿が現れる。
「そんな牽制で、僕の動きは止められないよ!」
アイリスは冷ややかに笑った。
その肌には傷はおろか、火傷の1つすらない。
「【龍鱗化】か!!」
チッとファルコンは舌打ちした。
「岩造、手ごわいぞ!」
「だが、俺は諦めない!」
【ドラゴンアーツ】と【怪力の籠手】と【ヒロイックアサルト】と【金剛力】と発動させ、岩造は攻撃力を高める。
「負けない!
【西シャンバラ・ロイヤルガード】として!!
俺は何としてでもネフェルティティを救出して、戴冠式を成功させる!」
全力で【ブレード・オブ・リコ】をアイリス目掛けて叩きこむ。
「た、隊長!
隊長が危ない! お助けしなければ!!」
「では、俺達が!!」
甲賀 三郎(こうが・さぶろう)の指示の下、夜月 鴉(やづき・からす)とユベール トゥーナ(ゆべーる・とぅーな)が駆けつけた。
【封印解凍】と【紅の魔眼】で鴉が攻撃力を高めている間に、ユベールは【ヒール】で仲間の回復に努める。その手で【光条兵器】の戟を呼び出した。
「岩造隊長! もう大丈夫よ!」
「ここからは、俺達がっ!」
鴉は【ライトブレード】で対抗しようとする。
だが、攻撃は難なく弾かれてしまう。
「くっ、なんて力なんだ!!」
「お前らだけでは叶わない、俺が……だから……っ!!」
岩造は最後の力を振り絞って、体を起こした。
ふらつく足取りで【アルティマ・トゥーレ】を放つ。
鴉達を見据えては、厳しい口調で。
「行け! お前達はネフェルティティを救うんだ!」
「だ、だけど、岩造隊長……」
「アイリスは引き受ける」
ファルコンも畳み掛ける。
「先に行け!」
「くっ……で、では! 御無事で!」
鴉達は気後れしつつも救助へと向かう。
「岩造、ファルコン……」
岩造らの気迫に、アイリスはひるんだ様子を見せた。
【アルティマ・トゥーレ】の冷気はアイリスに叩き込まれる。
直撃こそ免れたものの、アイリスは一瞬苦痛に顔をゆがめる。
「よし、救出劇が始まったな!」
岩造の前に躍り出たのはエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)だ。
ロートラウト・エッカート(ろーとらうと・えっかーと)を伴っている。
「ロイヤルガードさんよ、こいつは貸しにしておくぜ?」
その身を蝕む妄執。
アイリスはふらつくが、【龍玉の癒し】で回復させる。
エヴァルトは舌打ちした。
「ちっ、やっぱ効かねえか!」
「……て、分かってて?」
ロートラウトは大きく息を吐いた。
「それは捨て身の攻撃だね? エヴァルト」
「ああ、ネフェルティティさんを助けるためだからな……」
「ネフェルティティちゃんか……ボクだって!
女王陛下を守る為に造られた機晶姫だもん!
ここは、捨て身で行くよ?」
アイリスが斬りつける。武器が貫通する。
「ここだよ!」
武器を握って【奈落の鉄鎖】を発動!
……と思いきや、これは失敗。素早く抜き去られてしまった。
「アイリスちゃんの動きが、速すぎるよ!」
だが泣き言を言っている暇はない。
固定具付き脚部装甲の、本来は地面に打ち込むべきスパイクを、アイリス目掛けて放つ。失敗、かわされる。
うおおおおおおおおおおおおっ!
エヴァルトは神速で攻撃を開始する。
パワードアームで強化した拳で叩きつける。
「仲間のために!
この命、捨てはしないが全賭けだ!」
気合いのこもった最後の一発は、アイリスの脇腹をかすめた。
「加勢する!」
瑞江 響(みずえ・ひびき)は【隠れ身】から姿を現わした。アイリスが振り向く。
その目の前で、アイザック・スコット(あいざっく・すこっと)は、
「おおーと! 本命はこっちだぜ!」
派手に【ファイアストーム】放って、注意を傾けさせる。
響はエヴァルトがかすめたわき腹目掛けて、【ブラインドナイブス】で強襲する。
「ここならどうだ!!」
「甘いね!!」
アイリスはサッと交わした。
だが響はあきらめない。
叶わないのは分かっている。
だから、隙を作り出す。
一瞬だけ止められるという、彼女の言葉を信じて!
「アイリス、覚悟っ!!」
「無駄だって言うのに……」
アイリスは呆れかえって、響に尋ねる。
「降参しようよ!
命まで取ろうとは思わないからさ」
だが、響達は武器を構えたまま、攻撃をやめようとはしない。
「止めるかっ!
アイシャのため!
シャンバラの統一のため!
お前に負ける訳にはいかない!!」
「響、君は……」
刀真といい、岩造といい、エヴァルトといい……そして、響。
彼等の思いは、何という激しさだろう!
圧倒的な思いの強さを前に、アイリスの瞳は不安定に揺れ動く。
彼等の攻防はまだまだ続く――。