校長室
選択の絆 第一回
リアクション公開中!
エギル襲来 ひと一人がようやく通れるほどの幅しかない道がしばらく続いたり、四つん這いにならなければ入れない通路があったり急なスロープになっていたり。 「ったく………………アスレチックかよ」 泉 椿(いずみ・つばき)が愚痴をこぼした。 『サビク・ラバースーツ(サビク・ラバースーツ)』を着ていたおかげで「四つん這い通路」では先行にも後続にも予期せぬサービスカットを晒してしまった。抜群に動きやすいのだけれど、やはりに大いにピチピチがパッツンでむっちりしてしまっていた。 「椿、元気を出してくださいませ」 パートナーのミナ・エロマ(みな・えろま)が顔を覗いて言った。サービスショットへのフォローではなく、愚痴にいつもの力強さがない事を憂いての事だ。 「そんな顔をしていても石原校長は喜びませんよ」 「分かってるよ。んなこたぁ……分かってるよ」 石原肥満の死を椿は今も受け入れられないでいた。彼との思い出を思い返しては「まだ早ぇぇよ……」と彼を責めていた。 「女王器を手に入れろ」それが彼の遺言だそうだ。だからこそこうして探索隊に加わり、最前線で探しているのだが。気持ちが揺れているからか『トレジャーセンス』もまともに機能していなかった。 「少し休みましょう。お弁当を作ってきましたの。エリザベート様もぜひ召し上がってくださいませ」 狭い通路ばかりが続いたが、ようやくに少しばかり空間が広がった。広さとしては「地下鉄の構内」ほどだろうが、それでも十分に開放感を感じられる。ミナの提案が採用され、一行はこの場所で休息を取ることにした。 「少し、よろしいですか?」 口いっぱいにサンドイッチを頬張るエリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)にリア・レオニス(りあ・れおにす)が訊いた。 「額の文字を見せていただけませんか?」 「ひたひのもじ?」 肯定するべきか否定するべきか。いや今は彼女が喉を鳴らすのを待つことにしよう。 「ルーン文字のことですかぁ〜?」 「はい。」 「お言葉ですが」レムテネル・オービス(れむてねる・おーびす)が小さく手を挙げて、割り入った。 「それは本当にルーン文字なのでしょうか。いくら調べても該当の文字が見あたらないのですが」 彼女の額にその文字が現れた直後からネットを使い調べているのだが、これまで「ルーン文字」とされてきたものと完全に一致するものは一つとして見つからなかった。どれも微妙に形状が違うのだ。 「よく気付きましたですねぇ。その通り、これは一般的なものではないのですよぅ」 「やはり」 「パラミタや地球とは別の“場所”で編み出されたものかもしれません」 彼女は額の文字に手を当てて、ゴシゴシと擦ってみたが、やはりに文字が消える事はなかった。 『……見つけたぞ』 「!!!」 低く重い声が、確かに聞こえた――― どこだ? 後ろ?! いや頭上か?!! リアを含め、誰もが辺りを見回したが――― 『……扉は所詮”お飾り”だとはいえ、これほど未熟な者が選ばれているとは……』 「この声は!」 前に一度聞いたことがある。エリザベートがそれに気付いたとき、彼女の額に刻まれた「ルーン文字」が赤く輝いた―――そして次の瞬間――― 「むぐっ……」 彼女が瞬いた正に一瞬。突如黒い影が目の前に現れた―――と気付いた時には口を潰され吊し上げられてしまっていた。 「むぅううう! ふぅんぅうううう!!!」 『……その魂を私に渡せ。そして、“ロゴス”を――』 「止めるですっ!!」 ワイルドペガサス・グランツが影に向かいて突進した。ティー・ティー(てぃー・てぃー)が騎乗する『レガート』だ。 『小賢しい』 しかし幻獣の猛進は軽く避けられ、その手はエリザベートの顔を掴んだままに。彼女の幼い口と鼻は両頬ごと掴み潰されたままだ。 「むぅー! ちっちゃい子に意地悪するのは良くないです!」 ”ちっちゃい子”呼ばわりも決して良い事ではないが……。そんな事はお構いなしにティーは『レガート』から飛び降りると、『※セラフィックフォース』を発動した。 「おい! ティー!!」パートナーの源 鉄心(みなもと・てっしん)が慌てて言ったが、 「大丈夫です! あの子ならきっと何とかします!」 内に秘めたる”熾天使の力”を解き放った。 背中に生えた3対の翼をはためかせ、一気に黒い影との距離を詰めると、至近距離からの『ダブルインペイル』を繰り出した。 飛躍的に向上した体捌きと連続した弓撃を避けている内にようやく黒い影がエリザベートを放り落とした。と同時にティーらの目にも黒い影の実体が見えるようになっていた。 その人影は今も確かに黒いが、シャツからスーツまでどれも黒、そこに黒いマントを羽織っているようで、なんともどうにも”黒まみれ”な出で立ちをしている。 そんな”黒まみれ”な男が、落としたエリザベートを再び拾おうと宙を飛び来たが――― 「させるか!」 割って入ったは『蒼氷花冠』、源 鉄心(みなもと・てっしん)が出現させた氷の盾が行く手を遮り、その隙にティーがエリザベートを空中で抱えて無事に保護した。 「何者だ。なぜ彼女を狙う」 『……我が名はエギル・ソールズ。扉となりし魂を得、我が悲願を叶えよう』 やはり奴が「エギル・ソールズ」。エリザベートの額にルーン文字を刻み、彼女の魂を貰い受けに行くと宣言した男に違いない。 「人攫いを公言されても困るな。……悲願とは?」 『……解放』 エギルは不気味な様相でただ立っているだけだが、先程のように突如現れるといった芸当も可能なはずだ。二度同じ手は食わぬと、ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)は『雷光のフラワシ』をエリザベートの傍に置いて守らせた。 「校長の魂を奪うというのなら……容赦はしませんよ」 自身もティアマトの鱗である『天のカタール』と『地のカタール』を携えて構える。接近戦になったとしても、ある種この二刃ならば結界とも言える防御力が期待できる。 ここに強盗 ヘル(ごうとう・へる)が『※ドッグズ・オブ・ウォー』で呼び出した傭兵団を前衛に配置すれば。『光学迷彩』で姿を隠しているヘルも傍に待機しているはずだ。 『脆い壁は幾ら重ねようと意味を為さぬ』 そんなことを呟くエギルに苛立ちを覚えたが、ザカコは大きく息を吐いて心を落ち着けた。 「ひとまず守りは固めましたが、如何しますか」 さっきまでゴホゴホと咳込んでいたエリザベートも、ようやく息が整ったようで。 「よくもやったですー!」と怒り狂うかと思いきや、彼女はいつもよりずっと低い声でルドルフ・メンデルスゾーン(るどるふ・めんでるすぞーん)を呼んで言った。 「何人か連れて行って構わないです。先に進むですよ」 「は?」 「あいつの狙いは私です。それに女王器も少女の幻も見つけてないです、このままではマズいですぅ」 「いや、しかし―――!!!」 反論しようとして……それを止めた。ルドルフにも分かるほどの圧倒的な魔力がエリザベートの体から溢れ出ている。口元こそ笑っているが、その眼は怒りに満ちていた。 「分かった。武運を祈る」 強大な魔力を放出して戦うとなれば下手な援軍は逆効果。イルミンスールの生徒たちも多く残るだろうし、ザカコの護衛陣もある。 ここは任せて先に進むが吉、と判断してルドルフは数名の契約者と共にこの場を離れた。