校長室
選択の絆 第一回
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扉の先に ルドルフ・メンデルスゾーン(るどるふ・めんでるすぞーん)の護衛につくヴィナ・アーダベルト(びな・あーだべると)が、しみじみ言った。 「それにしても、あっさりと逃してくれたよね」 一行は再び神殿内を進んでいた。エリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)や数名の契約者たちを残してあの場を離れた事は心苦しくもあったが、エギル・ソールズがあまりにあっさりと自分たちを逃した事には正直拍子抜けした。 「逃した……というか無視だったかな。うん、あれは無視だったね、無視。俺たち無視されてたんだよ」 「無視無視言わないで下さい」パートナーのウィリアム・セシル(うぃりあむ・せしる)が窘めた。 「あんまり言うと、虫が沸いてきますよ?」 その言い分もどうかと思うが。 「……まぁ実際には虫よりも厄介なものが沸いちゃってるけどね」 風の如き疾さで駆けているのはクリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)、『レーザーナギナタ』で斬りつけるは狼型の夢魔だ。 エギル襲来の直後ということもあって忘れかけていたが、夢魔やらゴーレムやらは神殿内の至る所に居るようで。少しばかり進んだだけで夢魔の群れと遭遇してしまっていた。 「さぁて、どうしようかな」 クリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)は考えた。夢魔に有効な光輝属性の技といえば『崩落する空』が使えるが、クリスティーの邪魔になっては意味がない。またクリスティーのように『疾風突き』や『真空斬り』といった斬撃を長刀で繰り出す事で、複数の敵を相手取りつつ間合いを確保するなんて器用な戦い方が出来る訳でもなし。 と、あまり長いこと悩んでいる時間も無いわけで……。 「よし。これだな」 出した答えは、幻獣『ドンネルケーファー』、それも3体同時投入だ。 雷神の使いとされるクワガタは物理と魔法の両方の属性攻撃が可能。スピードも申し分ない。頭数もいるし、十分ここで足止めできることだろう。 彼らが夢魔を食い止めている間に、ルドルフや鎌田 吹笛(かまた・ふぶえ)らは周囲の探索を続けているはずだが――― 「妙ですね」 壁面を前に吹笛が言った。「先程から壁画も彫刻も変化がありません。道を違えたかもしれませんね」 女王器が眠る場所に近付いているのなら、通路の趣も装飾の類もそれなりの装丁になってゆくだろう。しかし先程からずっと、いや神殿内に足を踏み入れた当初とさほど変化は見られない。果たしてこのまま進むことが正解であるのかどうかすら見失いかけているとも言える状況だ。 「まぁ、いい頃合いなんじゃないかな」日比谷 皐月(ひびや・さつき)が軽い口調で言った。 「一旦、先に進むのは止めにしてさ。少し腰を据えて調べてみようよ」 この提案にルドルフも乗った。ここで一度大きく先に進むことを止め、近辺の捜索と調査を行う事にした。女王器に繋がるものが何かないか、見落としているものがないかを徹底的に調べるためだ。 一方では皐月が各通路や部屋を虱潰しに調べ、また別の地点では『女王の国一握の闇』 ハニバー(じょおうのくにいちあくのやみ・はにばー)が壁画や彫刻などを『カメラ』に収めている。ここで撮った写真は今この時ではなく、今後の分析を経て生きてくるものかもしれない。 思い思いに分かれて探索を行う中、 「腰を据えて探索、ねぇ」 つまらなそうにオリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)が言った。 「女王器になんて探しても何にも楽しくないのよねぇ〜、やる気出ないわ〜」 「ふふっ」 聞いていた桐生 円(きりゅう・まどか)が思わず笑った。「初めから探してなんていないくせに」 「あら〜? ちょっとナマイキじゃな〜い?」 言われても円は少しも変わらずに『銃型HC弐式・N』を操作しながらに、 「探しているのは少女の方でしょう?」 「そうよ? それだって今回の目的の一つでしょう?」 「もちろん♪ 悪いだなんて言ってないよ」 「そうねぇ、私は何も悪くない。強いて言うなら、今も”かくれんぼ”をしてるその娘の方じゃないかしら」 それも…………どうだろう。 「あぁ、そうだ」 彼女たちの会話が耳に入ってきたことで、音無 終(おとなし・しゅう)はふと思い出した。なぜ今まで気付かなかったのだろう。 「♪」パートナーの銀 静(しろがね・しずか)も瞳で訊ねてきた。何に気付いたんだい?と。 「あの”エルピス”って子さ。呼べば出てくるって言ってたんだから、彼女に聞けばいいじゃないか、女王器の場所」 「なるほど♪」 神殿の西側を探索中のメンバーが少女の幻に遭遇した際に、彼女がそう言ったそうだ。詳しい話を聞く前に姿を消してしまったそうだが、呼んでくれたなら姿を見せる、とその時彼女は言ったという。神殿内が通信機器が使える環境で本当に助かった。 「おーい、エルピスー! エルピスー!!」 終が叫び呼ぶ。オリヴィアは「あん、呼んじゃうの?」と残念がっていた。自分が見つけ出す、もしくは運命的な遭遇を果たすというシチュエーションをご所望だったようだが、実に残念。宣言通りエルピスはあっさりと彼らの前に姿を現した。 『呼んだ?』 「呼んだよ。というか聞きたいことが山ほどあるんだ」 と言いつつも、ここで「女王器の在処について」訊かなかったらバッシングされるよな、なんて思った末に……いややはり終は素直にそれを訊くことにした。 『女王器の場所? それは……』 「それは?」 言いづらい事なのだろうか? 彼女は僅かに躊躇いを見せてから、 『”はじまりの樹が描かれた扉”は見つけましたか?」 「”はじまりの樹が描かれた扉”?」 その扉に描かれている”はじまりの樹”は光り輝いていて、扉の向こうには「輝く一本の蔓」が正室までの道のりを示してくれているのだという。そしてその中に「最初の女王器を収められている聖櫃がある。 「なるほど、まずはその”光る扉”を見つけろって事ね」 というか「その場所も」教えてくれれば話は早いのだが……なんてツッコミをはじめ、皆で手分けして”はじまりの樹が描かれた扉”を探そうといった会話が交わさるなど、一行が再びに一致団結、同じ目的に向かって歩み始めた―――時だった。 「……言いにくいのだが」 マルクス・アウレリウス(まるくす・あうれりうす)が申し訳なさそうに手を挙げた。 「……”光る扉”なら既に発見してしまったかもしれん」 「へ?」 彼のパートナーで、各通路や部屋などを虱潰しに調査していた日比谷 皐月(ひびや・さつき)が偶然にも「その”はじまりの樹が描かれた扉”」らしき扉を発見したのを……思い出したのだという。 「いやぁ。なんか、すまん」 扉の前で皐月が謝って見せたが、彼は決して悪くない、むしろよくやった、お手柄だ。誉められることはあっても責められる謂われはない、ただ少しばかり場を白けさせただけだ。 「あの先に聖櫃があるんだね?」 円の問いにエルピスは頷いて応えた。先程から円は前に彼女が言った「恥ずかしいけれど必ずお礼はする」と言った件について説教と拳骨をくれてやるタイミングを計っていたのだが。 「もう少し、お預けかな」 最初の女王器との対面の時は、もうまもなくだ。