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黄昏の救出作戦

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黄昏の救出作戦

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第三章 人質


 藍澤 黎(あいざわ・れい)は闇の刻印をつけようと襲い掛かってくる生徒に対して必死の抵抗をしていた。
「そのような屈辱、断じて認めん!」
 激しく動いたせいで、黎の高く結い上げた髪はほつれていた。ほつれた髪が白いうなじにべったりと張り付いている。
 拘束され、不自由な体で突きを繰り出す。しかし操られた男子生徒は拘束を外され、痛みを感じていないのか、突き倒されても蹴り飛ばされても向かってきた。
 そして体力で黎を上回っていた。
「目を覚ませ、愚か者!」
 ついに組み伏せられた黎は、青い瞳に怒りの炎を宿して男子生徒を睨みつけるが、それで怯むわけはなかった。
 男子生徒は馬乗りになると、黎のシャツに手をかけ、強引に破こうと力を入れた。
 糸が引きちぎられる音が聞こえた。
「やだ、嫌だ……」
 それまでの強気が見る影もなく黎はか細い声を出した。しかしそれに構う余裕は今の黎にない。
「やだぁ、ゴー……」
 意識せずに口から出たのは想い人の名だった。
 黎の瞳に涙が浮かぶ。
「おい」
 瀬島 壮太(せじま・そうた)は見ていられなくなって、黎に覆いかぶさる男子生徒を握り合わせた拳で殴りつけた。
「そんなにつけてーんならオレにつけさしてやる」
 起き上がり胸元をかき合わせた黎が呆然と壮太を見た。黎に見つめられた壮太は動悸があがるのを感じて動揺した。
(オレそういう趣味はないつもりだけど、ミョーに色っぽいやつだな……)
 誇り高い黎の気持ちは揺れていた。人を犠牲にするなど誇りが許さない。
 口を開こうとする黎を壮太は制した。
「別におまえのためじゃねーよ。なんてーか寝覚めが悪いだろうが」
 パートナーと出会いパラミタに来てからはバイト三昧の苦学生生活だが、壮太はいわゆるコインロッカーベイビーだった。施設で育った壮太はお定まりに不良仲間を作り、悪さもした。だが嫌がるやつを無理やり襲ったりはしなかった。
「オレのむせかえるようなビボーじゃ不満か、オラ」
 壮太に殴り倒された男子生徒がむくりと起き上がる。どうやら標的を壮太に変えたようだった。壮太は今度は大人しく組み伏せられてやる。
散々、スケベ野郎どもの相手をしてきたからオレは大丈夫だ、と黎に言ってやればよかった。押し寄せる快楽に耐えながら壮太は思った。


「必ず助けは来るから。それまでがんばって……」
 散々に痛めつけられた高谷智矢を、アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)は励ました。がんばってと励ますアリアの言葉がだんだん小さくなる。セイバーである彼女は、ヒールで智矢を癒すことができない。それが歯がゆかった。
 もっともアリアでなくとも、鏖殺寺院の兵士が目を光らせている状況では満足にスキルを使うことはできなかったが。
 せめて、とアリアは自分の服を裂いて智矢の腕の傷を覆ってやる。
「はぁ、はぁ……、苦しいよぅ……。助けて……」
 アリアのすぐ近くで、青い瞳を潤ませて飛鳥井 コトワ(あすかい・ことわ)はうめいた。
「ひどい……。こんな小さな子まで」
 ナガンをはじめ、スティグマータによって闇の刻印をつけられた者が、他の人質に紫痕をつけはじめていた。
子供にしか見えないコトワが苦しむ様を見て、アリアは涙を浮かべた。助けを求めるように伸ばされたコトワの小さな手を握ってやる。
「大丈夫! 必ず助けは来るからがんばろう!」
 アリアの様子を見て、コトワは心の中でほくそ笑んだ。
(ちょろいっスね。まぁ都合がいいっスけど)
「お姉ちゃん助けて……」
 コトワは力尽きたようにアリアの上に倒れこんだ。手際よくアリアのブラウスのボタンを外すと、白い肌を味わうようになめる。
「え!? 嘘!? ダメっ……」
 さっきの演技がきいているのか、アリアはコトワを乱暴に振り払ったりはしない。しかも「お姉ちゃん助けてくれないの……?」と一言コトワが言っただけで大人しくなった。
「はぁ、はぁ……だ、だめ……正気を取り戻して……刻印に負けないで……」
(紫痕なんかの言いなりにはならないっスよ。紫痕ごと、この私が支配してやるっスから)
 ニヤリと笑うコトワの顔は、アリアには見えていなかった。


 ミヒャエル・ホルシュタイン(みひゃえる・ほるしゅたいん)は、闇の刻印を受けている薔薇の学舎生徒の体を味わっていた。
 刻印が吸精幻夜で打ち消せるか実験をしたが効き目はないようだった。効果がないのことがわかって残念だったが、自分が刻印をつけられないようにうまく立ち回る。百戦錬磨のミヒャエルならば難しいことではなかった。
 手は休みなく動かしながらも、左右の色が違う瞳で神無月 勇(かんなづき・いさみ)の様子を伺う。
 勇はミヒャエルの命じるままにスティグマータへ体を差し出している。
「う、あっ……」
 あられもない声をあげて勇は身をくねらせた。すでに紫痕は体の大部分につけられている。
(いいぞ……もっと楽しませてくれ)
 勇がもてあそばれる姿に、ミヒャエルは暗い喜びを感じていた。
 頃合を見計らって男子生徒を引き離す。十分に快楽を与えてしばらくは身動きができないようにしてあった。
 スティグマータに体をむさぼられる勇は、だんだんと快楽に抗えなくなっていくのを感じていた。
体につけられた紫痕が増えていくほどに頭の奥がしびれて何も考えられなくなっていく。ミヒャエルの考えであらかじめつけられた吸精幻夜も、効果がないようだった。
自分の意識が長くはもたないことが勇にはわかった。
(はやく……。もう……)
 勇に刻印を施すことに集中しているスティグマータに、ミヒャエルが背後から近づく。吸精幻夜をかけて、スティグマータを自分の意のままに操るつもりだった。
 背後からスティグマータの首筋に歯を立てる。あっけないほどにうまくいってミヒャエルは拍子抜けした。しかし、
「私は操れぬよ」
 スティグマータになにも変化は起きない。さっきまで相手をしていた男子生徒が起き上がって、ミヒャエルを後ろから羽交い絞めにした。
「なに……っ」
「少なくともお前程度にはな」
 スティグマータが薄く笑う。
「襲うのがお好みのようだが」
 刻印によって支配された勇が、ミヒャエルにも刻印をつけるべく起き上がった。
「たまには趣向を変えてやろう」