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黄昏の救出作戦

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黄昏の救出作戦

リアクション

 レオンハルトと風次郎が戦うかなり前、救助隊が組織されるよりも以前、
「イリーナ、さん……」
【獅神の鉄槌】、クライス・クリンプト(くらいす・くりんぷと)は上ずった声を出した。非常事態でなければパートナーのローレンス・ハワード(ろーれんす・はわーど)に注意されたかもしれない。「騎士たるもの、常に冷静でなくてどうしますか」ローレンスはクライスを一人前の騎士にしようと、日々教育に余念が無い。
 しかしこの状況に置かれて冷静でいるのはクライスには無理だった。
「イリーナさん、止めて、ください……」
 潤んだ瞳でイリーナ・セルベリア(いりーな・せるべりあ)はクライスを見返した。はらりと銀の髪が流れてうなじがあらわになる。その肌に、イリーナの瞳の色のように鮮やかな紅氷花の紫痕が浮かび上がっていた。
 イリーナは同じ【獅神の鉄槌】に所属する仲間であり、親友のクライスのもとに遊びにいっていた。そして薔薇の学舎のバスに乗り合わせてクライスと共に人質になっていた。
イリーナから紫痕をつけられ、クライスの右手にアザミの花が咲いていく。紫痕が与える快感が、アザミの棘のようにクライスを蝕んでいった。
 クライスとイリーナは救助部隊を迎え撃つ刺客として送り込まれた。クライスにはローレンスが付き従っていたが、紫痕に操られているわけではなかった。
 ローレンスはクライスが紫痕をつけられたことに驚きは隠せない様子だったが、
「正気を失っていても主は主。ならば私は従うまで」とすぐに動揺を隠した。
 レオンハルトと風次郎が戦っているちょうどその頃、三人は【獅神の鉄槌】、セシリア・ファフレータ(せしりあ・ふぁふれーた)を見つけ出した。
 セシリアはレオンハルトと風次郎の戦いの間、邪魔が入らないように操られた人質と戦っていた。セシリアはレオンハルトを「お兄様」と呼び、慕っている。レオンハルトもまた、セシリアのことを目に入れても痛くないというほどに可愛がっていた。レオンハルトが今回の任務に参加したのも、教導団の使命と、義勇兵として参加したセシリアを守るためである。
 振るわれたエンシャントワンドから火術が飛び出し人質の服を燃やしていく。
「きゃはは、良い格好じゃのう家畜。それ、帰りの荷物を減らしてやろう!」
 次々と生み出される火術によって怯んだ人質は、セシリアのパートナー、ファルチェ・レクレラージュ(ふぁるちぇ・れくれらーじゅ)によって次々と無力化されていく。
 ファルチェはセシリアの護衛と人質の撃退を同時にこなしていた。時に大胆すぎるセシリアをフォローするのは、常に自分の役目だと機晶姫のファルチェは考えている。
(今度こそ必ず、この手で守ってみせます。……我が剣に誓って)
 クライスはセシリアの方へ踏み出した。
「セシリアさん、あなたはレオンさんを倒す障害になるでしょう。相手になってもらいます」
「きゃはははは!! 見習い騎士風情が何を。良いじゃろう、お兄様に戦っている間の余興じゃ!」
「これは奇遇ですね、ローレンスさん。私の相手は貴方でしょうか?」
「貴公はもとよりセシリア嬢に恨みは無いが。主の望みを叶えるため。相手をしていただこう」
 クライスとローレンスが騎士の礼をとると、それが戦いの合図となった。
 レオンハルトと風次郎の戦いが終わり、セシリアとクライスが戦っている頃。イリーナはレオンハルトに近づいていた。光学迷彩で身を隠し、レオンハルトに後ろから抱きつく。体重をかけて一気にレオンハルトの制服を引き裂いた。イリーナが背伸びをしてむき出しになった首筋に口付けると、レオンハルトの肌に紫痕が浮かび上がる。
 蠱惑的な笑みを浮かべて、イリーナはレオンハルトの肌に雨のように口付けを降らせた。首筋、鎖骨、胸元。紫痕が散らされていく。
「おまえに食われるのも一興だが……らしくない。見ていられんぞ」
「んうっ……うぅ」
 レオンハルトは自分の口でイリーナの口をふさいだ。


 スティグマータの前に引き立てられたメニエス・レインは、単刀直入に切り出した。その力を手に入れたいと。
「見返りに救助部隊の情報を流してあげる」
「ふむ……。しかし私の操り人形となったお前から聞き出せばよいことだな」
「残念だわ」
 この結果をある程度は予測していたメニエスは交渉が決裂したと見るや行動に移った。隠してあった本物のエンシャントワンドを取り出すと火術を唱える。
しかし多勢に無勢。もちろんまともにやりあうつもりはなかった。
 一目散に逃げ出す。メニエスに不意をつかれた鏖殺寺院の兵士たちは動くのが遅れた。
「今だ!」
 逃げ出すチャンスの訪れを待っていた北条御影は、マルクスの首根っこを捕まえて、黒崎天音と共に走り出した。


 救助部隊の後方では関羽が青龍偃月刀を振るっていた。その姿は鏖殺寺院の兵士にプレッシャーを与えるものだったが、
 しかし関羽はよく見れば本物と違っていたし、青龍偃月刀はあくまで青龍偃月刀っぽいものだった。
 関羽として動いているのはうんちょう タン(うんちょう・たん)皇甫 伽羅(こうほ・きゃら)のパートナーであった。
 時をさかのぼること作戦決行前、
 関羽に進言する者がいた。
「お待ちください。関聖帝君御みずから囮になれば殲滅部隊が手薄になりましょう」
「やむを得ぬ。私がいればこそ鏖殺寺院も油断しよう」
「ではその役目、どうかそれがしに」
「影武者を務めると申すか」
「おそれながら」
「……」
「我が義姉者(あねじゃ)も人質として囚われております。どうか……」
 我が敬愛する関聖帝君とわが義姉者の危機! ここで立たずば義なく勇なし! その心意気で救助部隊として参加したものの、タンに良い策があるわけでもなかった。正面からの突破、強攻策しか思い浮かばず、改めて自分が姉と慕う人の存在の大きさを痛感していた。
「……」
 礼を取るタンを、関羽は静かに見下ろし考えていた。
 そして今に至る。しかし内心まさか採用されるとは思っていなかったので実際はどきどきである。
 だがそれはそれ、影武者を任されたタンはちょっとその気になっていた。
「我が名は関羽! 青龍偃月刀の錆となりたい者は前へ出でよ!!」
 普段からリスペクトしているだけあって物真似はけっこう似ていた。シャンバラ教導団の生徒は「さすが教導団非公認ゆるキャラ……」と思ったとか。