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黄昏の救出作戦

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黄昏の救出作戦

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第四章 救出隊


 正面突破部隊の前に、全身を黒のラバースーツで包んだ男が立ちふさがった。その表情は仮面に隠されていて見えない。
 助けを求めるわけでもなく、かといって襲ってくるわけでもない。明らかに異質な雰囲気を出す男の出現に、部隊は戸惑った。
「要救助者か? ならこちらに……」
「要救助者? 違うな。教導団の諸君――」
 男、変熊 仮面(へんくま・かめん)は組んでいた腕をといて走り出した。
「私は君たちが嫌いだ! 効率よく人を殺す技術を学んでいる君たちがな!」
「刻印に支配された人質か。迎撃!」
 その時には光学迷彩で変熊の姿は消えていた。容赦なく、躊躇なく、変熊は持てる力をすべて使って救出部隊へと襲いかかった。
 変熊も薔薇の学舎の生徒であり、バスジャックによって誘拐された人質であった。しかし後輩をかばうため、自ら闇の刻印を受けた変熊は救出部隊の敵となっていた。
 助けるはずの人質との戦いが、救出部隊の戦いの幕開けになった。


「悪の怪人め! このシャンバランが退治してくれる!」
 神代 正義(かみしろ・まさよし)は雄たけびをあげると走り出した。年中巻いている、もはやトレードマークの赤いマフラーをなびかせて。
 同じ隊の仲間の制止の声はもちろん聞こえていない。正義の頭の中ではナレーションが始まっていた。
『神代正義は普段は歩兵科に所属する熱血青年である。しかし彼にはもう一つの姿があった……。この世に悪が現れる時、彼は正義のヒーロー「パラミタ刑事シャンバラン」へと変身するのだ!』
「とぅ!」
 掛け声とともに正義は勢いよく室内に転がり込んだ。ぐるぐると前転し、腕をぴんと伸ばして立ち上がると叫んだ。
「覚悟しろ! 悪の組織! このパラミタ刑事シャンバランがいる限り、この世に悪は栄えないのだ! 人の心を弄ぶお前たちの所業、このシャンバランが――」
 しかし正義の口上は言い終わらなかった。名乗りを上げる正義の背後から操られた人質が近づき、羽交い絞めにしていた。
「なに!? 口上の途中を襲うとは卑怯な」
 なすすべもなく正義は刻印の犠牲者になった。
 いつの間にかいつものヒーローお面ではなくダークヒーローお面に付け替えた正義は、全力で攻撃し始めた。無論、救助隊をである。

 混乱に乗じて、メニエス・レイン(めにえす・れいん)は救助部隊からそっと離れた。
(人助けに興味はないわ……)
 義勇兵としてイルミンスールから参加していたメニエスの目的は、壮麗のスティグマータの使う力だった。自分の知らない魔術、めずらしいなにか。それこそメニエスを動かすものだった。
(魔術で操ってるのだとしたら……)
 ぜひともその力を知りたい。いや手に入れたい。
 鏖殺寺院の兵士に見つかったメニエスは、あっさりとエンシャントワンドを捨ててみせた。
「あたし、あなたたちのボスに聞きたいことがあるのよ」

「邪魔だ!」
 アイザック・スコット(あいざっく・すこっと)は怒りに任せてエンシャントワンドを振るった。
「俺様はいま猛烈に腹が立ってるんだ! 消えろッ!」
 ワンドから飛び出す火術がゴブリンを焼き払っていく。
 順調に奥へと進んでいった。順調すぎた。常なら何かがおかしいと気付いただろう。しかし今のアイザックは怒りにかられているせいで、奥へと誘われているのに気がつかなかった。
 いつの間にか仲間ともはぐれている。だがそんなことはお構い無しにどんどんと奥へ進んでいく。
 気位が高いために嫌味なヤツと思われがちだが、契約者の瑞江 響(みずえ・ひびき)相手にはめっぽう弱い。ほれた弱みというやつだ。出会って一目でアイザックは恋に落ちた。パートナーにおさまってからでも猛烈アタックをしている。
 ほれた相手、響を拉致されてアイザックは完全に冷静さを欠いていた。
 だから、響が目の前にあらわれた時もその不自然さに思い当たらなかった。
「響! お前、無事なのか?」
「アイザック……。助けに来てくれたの……?」
「もちろんだろ! 無事か、響!」
 ぐったりした様子で床に横たわる響に駆け寄る。響の黒く細い髪が額にはりついていた。シャツは半ばまではだけ、肌がのぞいている。アイザックはどきりとした。
「寒いんだ。暖めてくれないか?」
「あ、ああ……。響、なんだかいつもと違……、響!?」
 響はアイザックにすがりつくと耳に熱い息をふきかけた。
「お願いを聞いてくれるかい?」
「も、もちろんだろ!」
 返事を聞いた響は微笑み、アイザックの首筋に口付ける。
「お、おい響、俺様は嬉しいけどこんな所で……」
 アイザックは知らなかった。響のうなじの後ろに菊の花の形をした紫痕があることを。
「うっ……、響……?」
 アイザックはなすすべもなく闇の刻印の餌食になった。