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リアクション
その夜はちょうど満月で、学生たちは煌々と冴える月光の下を、ほとんど灯を必要とせずに進んで行った。空飛ぶ箒と小型飛空艇を使っていることもあり、夜の間は敵の出現もなく、順調だった。
「この乗り物を使えば、たぶん朝まだ早いうちに村に着けると思うニャ」
なぎこの小型飛空挺からカガチの膝に移ったアイリは、鼻をフンフンと鳴らした。時々、こういうしぐさをする。どうやら、村のある方角を確認しているらしい。
そして、空が薄明るくなって来る頃、アイリが地平線を指差した。
「ほら、あそこニャ! あそこがボクたちの村ニャ!」
まだ『遥か彼方』という表現がふさわしい距離だが、確かに、砂漠と空との間に何かがあるのが見える。
オアシスが近くなって来ると、足元の砂がやたら凸凹するようになってきた。砂丘と谷とが延々とつながっている。
「あれは、スナジゴクが巣を掘った跡ニャ。……ううん、もしかしたら谷になってる所のどこかに、スナジゴクが潜んでいるかも知れニャいニャ」
アイリは悔しそうに地上を見つめてから、学生たちに言った。
「少し高い所を飛んだ方がいいニャ。スナジゴクが巣を掘る時、砂がけっこう高くまで飛ぶし、攻撃する時も砂をかけて来るニャ。空飛ぶ相手に直接攻撃は仕掛けてこニャいと思うけど、何かが巣にかかったら、攻撃に巻き込まれるかも知れないニャ」
その時、学生たちの少し後方で、ザッ!ザッ!と土を掘るような音がした。思わず振り向くと、地上に直径十メートルはあるすり鉢状の穴が開いていた。
「あれがスナジゴクの巣ニャ!」
アイリが叫んだ。
「重たい荷物を抱えて戦うのは危険です。逃げましょう!」
真人が皆に向かって言う。学生たちは慌てて高度とスピードを上げ、ふらふらとその場を離れた。
「ごめんなさい……やっぱりちょっと無茶だったかも……」
額から流れる汗を拭いながら、マリーアはカオルに謝った。まだ気温がさほど上がっていないのに滝のように汗をかいているのは、さっきからスタックしたバイクを何とか動かそうと格闘しているからだ。
二人は、空路を選んだ学生たちとは別に、軍用バイクで地上を進んでいた。だが、だんだん砂の凹凸が激しくなって来た上に砂の粒子が細かくなってバイクでは走りにくくなり、とうとう身動きが取れなくなってしまったのだ。
「ここまで来ちゃったんだから、進むしかないだろう。……気温が上がってくる前に、何とかしなきゃ」
「そうね……」
カオルはスタックしたバイクと無事なバイクをワイヤーロープでつないだ。無事な方のバイクにマリーアを乗せて引っ張らせ、自分はスタックしているバイクを押す。と、ずる、とバイクが動いた。
「抜けたか……?」
カオルは呟いた。マリーアも表情を輝かせる。が、その時、前方で砂が舞い上がり、バイクが引っ張られている方向ではなく、斜めになってずるずるずる……と動き出した。バイクが自力で動いているのではなく、明らかに砂が流れていて、それにバイクが引きずられている。
「やだ、引っ張られる!」
マリーアは悲鳴を上げた。パニックになってアクセルを全開にするが、後ろのバイクが流される力の方が強い。
「替われ!」
カオルはマリーアが乗っているバイクに、マリーアを後ろに押しのけるように飛び乗った。マリーアは小さく悲鳴を上げて、カオルの腰にしがみつく。カオルは砂の流れる力に逆らわないように注意しながら、ゆっくりとアクセルを開けて行った。斜面になりつつある砂を利用しながら、しかし下まで滑り落ちないようにしながら加速をつけ、何とか流砂の外に出る。その間にも、ザッ、ザッと音を立てながら、何度も砂が舞い上がる。
「これ……まさか」
目の前でゆっくりを陥没して行く砂を、カオルとマリーアは呆然と見た。見る見るうちに、すり鉢状の穴が広がって行く。
「俺たちだけなら、無理に戦うこともないな。早くこの場を離れよう」
侵食されて行く足元の砂から離れるように、二人はバイクを走らせ始めた。
その頃、空路を行った学生たちは、何事もなく無事にミャオル族の村に到着していた。小さな、だが澄んだ水をたたえた湖の周囲に緑地が広がり、そのさらにまわりに、木や草で作られた小屋が並んでいる。
「あ、にーちゃんニャ!」
「アイリにーちゃんが帰って来たニャ!」
アイリの姿を見つけた、アイリの腰くらいまでしか身長がないミャオル族の子供(仔猫?)たちがとてとてと走って来て、アイリを取り囲んだ。アイリは白いが、子供たちは三毛、茶トラ、キジ、ブチと毛色はいろいろだ。
「「「うわあぁぁぁぁぁぁ、かーわーいーいー!」」」
なぎことティアが叫ぶ。カガチも我を忘れて二人と一緒に叫んでしまい、怪訝そうな目で見られて咳払いをして誤魔化した。
「と、とにかく、荷物を降ろして、子供や女性に先に救援物資を渡そう。……でも、想像していたよりずっと、子供たちは元気そうだね?」
カガチがふと首を傾げると、
「……小さい子供たちに、優先的に食べ物を分け与えておるからニャ。じゃが、それもそろそろ限界に近づいておったところニャ」
威厳のある声がして、子供たちがいっせいにしんと静かになった。学生たちが振り向くと、腰が曲がったミャオル族の老人が、杖をつきつき、よろよろとこちらに歩いて来た。
「村長さん、ただいま帰りましたニャ」
アイリがお辞儀をするのにならって、学生たちもはじめましてと頭を下げる。
「ご苦労だったニャ、アイリ。……このたびは、ミャオル族を助けるために来て下さったこと、心より感謝いたしますニャ。これ以上救援が遅れたら、木の根や草の根を掘って食べなくてはいけなくなるところでしたニャ」
アイリを労わった後で、村長は曲がった腰をいっそう屈めて、深々と礼をした。
「食料の他に、薬や包帯も持って来ましたが、怪我人はいますか?」
巽は村長に尋ねた。
「幸い、今はすぐに手当てが必要な怪我人は居ませんニャ。じゃが、薬草は尽きかけておるから、譲って頂ければありがたいですニャ」
村長の答えを聞いて、巽とティアはほっと胸を撫で下ろす。
一方、真人はあれだけ言われたのに結局持って来た魚缶をミャオル族の子供たちに配っていたが、
「これ硬いニャ……」
何と、子供たちは缶詰を開けずにそのままがぶっとかじりついた。お腹が空いているのではなく、缶を開けて食べるものだということを知らないらしい。
「待って待って、そのまま食べるんじゃなくて、蓋を開けなくちゃ……。この、外側の入れ物は金属で出来ていて、食べられないんです。ここには、缶詰はないんですか?」
幸いプルトップの缶だったので、開け方を説明してやって、真人はアイリに訊いた。
「ないニャ。ボクも、『ミスド』へ行って生まれて初めて見たニャ」
アイリが首を横に振った。
「……後から持って来る荷物に『缶切り』を追加してもらわなきゃ……」
真人は額を押さえる。だが、子供たちには魚缶の中身は好評だったようだ。
「これ食べたことない味だけど、おいしいニャ! 何でできてるのニャ?」
「おさかなって言って、こういう形をしてて、水の中で泳ぐ生き物なんだけど、この村には居ないです?」
なぎこが、肩から斜めにかけていたポシェットから、たい焼きを取り出した。
「なぎさん……出発前から何か甘い匂いがすると思ったら、それ持って来てたのか……」
カガチが深々とため息をつく。
「見たことないニャ……」
「おさかな、って言うニャ? お水の中に居るニャ?」
子供たちはいっせいにかぶりを振った。
「これは本物じゃなくて、お魚の形をしたお菓子だけどね」
ティアが説明すると、子供たちは口々に言い出した。
「オアシスのお水には、おさかなは居ないけど虫が居るニャ。捕まえて、炒ってからあめがけにして食べると美味しいニャ!」
「今は獲っちゃダメって言われてるけど、今度おねーちゃんたちにも食べさせてあげるニャ!」
どうやらお礼のつもりらしいが、
「なぎさんたちは、虫はあんまり食べないですぅ……」
「気持ちだけ、もらっとくね」
あまりありがたくない申し出に、なぎことティアは慌てて手を振った。そこへやっと、カオルとマリーアが到着した。どうしたどうした、と生徒たちもミャオル族も集まる。
「いや、大変な目に遭ったよ……」
カオルは持参してきた自分用の水を飲みながら、砂漠とスナジゴクの恐怖を語り出した。
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