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リアクション
そろそろ夏休みも終わりに近づいたある日、ミャオル族救援ボランティアに参加した学生たち宛てに、「ミスド」から招待状が届いた。そこには、
『「にゃんこカフェ・アイリのオアシス」オープン! このご招待状をお持ちの方は、ドーナツ、コーヒーとも無料で食べ放題、飲み放題です!』
と記されていた。
にゃんこカフェのオープン当日。生徒たちは、手に手に招待状を持って、『ミスド』にやって来た。
「『にゃんこカフェ・アイリのオアシス』へようこそー、ニャ!」
そこはまさに、にゃんこ好きにとっては楽園だった。
男の子は黒い蝶ネクタイと黒ベスト、女の子は赤いリボンタイと赤に紺のチェックのベストを着て、揃いのカフェエプロンをつけたミャオル族の少年少女たちが、お盆を持って行ったり来たりしている。中には、
「かわいいですわよ、沙幸。でも、もうちょっとスカートを短くした方が、その猫しっぽが映えるのじゃないかしら?」
「あの、ちょっともう、これ以上短くしたらお仕事になりませんてば……」
スカートを短く改造したミスドの制服に猫耳猫しっぽをつけ、パートナーの藍玉 美海(あいだま・みうみ)に嘗めるような視線で鑑賞されている久世 沙幸(くぜ・さゆき)のように、手伝いに来ている生徒も居るが、かれらを含めて、ウェイター・ウェイトレスは全員、猫耳猫しっぽを標準装備にしている。
(……ヤジロがあんな格好をするのも良いですね……)
店のドアをくぐったセス・テヴァン(せす・てう゛ぁん)は、パートナーのヤジロ アイリ(やじろ・あいり)が猫耳猫しっぽをつけている姿を思い描いて、ニヤリとした。
「ヤジロ、後であの猫耳を……」
「妙なこと言いやがると大陸の端から突き落とすぞ」
ヤジロはぎろりとセスを睨む。が、次の瞬間には、ミャオル族をつかまえて撫で回している女子生徒を、『自分もやってみたいなー……』という顔で見ている。
「可愛いものは嫌いじゃないんだし、いいじゃないですか」
しかし、吹き出すのをこらえながらセスが言うと、ヤジロはまたセスを睨む。
「可愛いものを見るのが好きなのと、自分が可愛い格好をするのは別! これ以上言うと本当に……」
「はいはい、もう言いません、言いませんてば」
入口でもめているのも迷惑だし、とりあえず席に落ち着きましょう、とセスはヤジリを促した。
「踊り子さん……ではなくて、店員さんをお触りしてもよろしいのかしら?」
荒巻 さけ(あらまき・さけ)は入口の近くにいたやはり猫耳猫しっぽに『ミスド』の制服姿のジェニファー・グリーン(じぇにふぁー・ぐりーん)に訊ねた
「ご遠慮ください、と言いたいとこだけど、ミャオル族に触りたいなら、給仕をしてる子をいきなり触ったりしないで、触ってもいいか声をかけてくれればOK、ってことになってるよ。ただし、セクハラはご法度だからね」
ジェニファーは片手を腰に当てて答える。もしも嫌がっている子をしつこく撫で回そうとしたら、容赦なく店からつまみ出す所存だ。
「もちろん、セクハラなんていたしませんわ。肉球〜♪ 肉球をぷにぷにさせるのよ〜♪」
さけはご機嫌で空いてる席を探し始める。
ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)は、カウンターの中で洗い物を手伝いながら、ミス・スウェンソンからドーナツの作り方を教えてもらっていた。てっきり断られるものと思っていたが、意外にもミス・スウェンソンはすんなりレシピを教えてくれた。ただし、
「でもね、結局生地のこね加減や揚げ加減は、何度も作ってみないとわからないものなのよ」
という忠告つきだったが。
「そこのあなた、ずっとドーナツを運んでいるけど、アイリ君たちを助けてくれた学生さんでしょ? 少し休んでドーナツをどうぞ?」
一方、ミルディアのパートナー和泉 真奈(いずみ・まな)は、ミス・スウェンソンに声をかけられて、慌ててかぶりを振った。
「私は、甘いものはあまり……すみません」
「えっ、そうだったっけ?」
そんな話を聞いたことがないミルディアは首をひねる。
実は真奈はダイエット中で甘いものを避けていたのだ。が、そのことを聞いていなかったミルディアがドーナツの試作品を大量に真奈に食べさせようとして、二人の間に小さな争いが起こるのは、また後日の話になる。
そのうちに、店の一角ではドーナツ大食い競争が始まった。
「月夜、今日は食べて食べて食べまくるぞ!」
樹月 刀真(きづき・とうま)と漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)の二人は、月夜が食費を使い込んで本を買ってしまったため、極貧生活真っ最中だった。食べられる時に食べておかなくてはと、ものすごい勢いで口にドーナツを詰め込んでいく。
「ドーナツ食べ放題……また本が買える」
コーヒーで口の中のドーナツを流し込んでぼそりと呟く月夜に、思わず刀真は怒鳴った。
「違う! また本につぎこんだらまた極貧生活になるだろ! 悪循環だぞそれじゃあ!」
だが、月夜は今度はほやんと表情を緩めてミャオル族の店員を見ていて、刀真の話をまったく聞いていない。
「……生活費の隠し場所を考えなくては……」
刀真は盛大にため息をつくと、次のドーナツに手を伸ばした。
騒ぎをよそに、皇甫 伽羅(こうほ・きゃら)とうんちょう タン(うんちょう・たん)は、食べ放題だからと言ってがっつくこともなく、コーヒーを飲みながらまったりしていた。
「申し訳ないが甘いものは少々苦手でな。コーヒーだけ頂こう」
クレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)も、コーヒーだけをもらっている。
「ミャオル族のお歌を教えてもらえませんか?」
メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)は、ミャオル族の少女にそう話しかけた。
「いいニャ、教えてあげるニャ!」
少女はうなずくと、不思議な声で歌い始めた。猫の鳴き声によるハミングのような感じで、歌詞があるのかないのかは判然としない。だがメロディーは素朴で単純だ。メイベルはすぐにそれを覚え、ハミングで歌い出した。ミャオル族たちや、他の生徒たちも歌い始め、店内は歌声に包まれた。
「こういうことを考えて下さる方がいて良かったですよ。……実は、学生たちの食料の分なんかは、出来るだけお支払いしようと思っていたんです」
歌声を聴きながら、高谷 智矢(こうたに・ともや)は、ほっとした表情でミス・スウェンソンに言った。ミス・スウェンソンはかぶりを振った。
「本当に、皆さんはそんなことを心配しなくて良いんですよ。……現役の学生さんたちには言わないことにしているんですが、学生時代にこのお店の常連だった人たちが、おみやげや職場でのお茶菓子にするからって、このお店からドーナツを買って行ってくれるんです。でも、本当はそれは、今ここに来ている学生さんたちと、このお店を応援して下さるためなの。自分たちと同じように、このお店で、たくさん思い出を作って欲しいからって」
オーナー冥利につきますね、とミス・スウェンソンは微笑む。
「そうだったんですか……」
智矢はうなずいた。
「あー、アイリってば寝ちゃってる」
白河 童子(しらかわ・どうじ)の声に皆がそちらを見ると、アイリがソファにお腹を上にして寝転がり、くーくーと寝息を立てていた。童子が、アイリの頬をつつこうと指を伸ばす。
「ちょっと、そっとしておいてあげてください。今日のために、村の子供たちを引率してここまで来たんです。疲れているんですよ……」
にゃんこカフェの提案者である大草 義純(おおくさ・よしずみ)が、人差し指を唇に当てて『静かに』という仕草をした。ミス・スウェンソンがブランケットを持ってきて、アイリのお腹にかけてやる。
その後、すっかり生徒たちと仲良くなったアイリは、時々砂漠を越えて『ミスド』に遊びに来るようになった。
もしかしたら、そのうちにどこかの学校にミャオル族たちが入学する日が来るかも知れない……。
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