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砂漠の脅威

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砂漠の脅威

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■■■ リアクションA ■■■


第1章 砂を越えて行こうよ

 ミャオル族のアイリが助けを求めて倒れこんできた翌日から、空京にある冒険好きの生徒が集まる店……「ミス・スウェンソンのドーナツ屋」(通称・ミスド)は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
 「ミス・スウェンソンは私たちの分の食料を提供してくれるって言ったけど、ミャオル族の所に持って行く食料だって必要じゃない? 私たちも少しずつでいいから、お小遣いを出し合おうよ!」
 蒼空学園の久世 沙幸(くぜ・さゆき)とパートナーの藍玉 美海(あいだま・みうみ)は、そう言って店の常連の生徒たちからカンパや救援物資を集めて回っていた。
 「ミス・スウェンソン、お騒がせして済みません! でも、どうしてもミャオル族を助けてあげたいんです。……あの、お金が足らなかったら、後でここで働いて返しますから」
 やたらぺこぺこと頭を下げる沙幸に、『ミスド』のオーナーであるミス・ヨハンナ・スウェンソンは鷹揚にかぶりを振って見せた。
 「騒がしいのはいつものことだし、お金のことなんて学生さんは気にしなくていいのよ? アイリ君を助けたいのは、私も同じなんですもの」
 「でも……」
 口ごもる沙幸に、美海が抱きついた。
 「沙幸さんは、このお店の制服が着たいだけなのですわ」
 「だ、『だけ』じゃないもんっ!」
 からかうような口調で言われて、沙幸は真っ赤になって美海の腕を振りほどいた。
 「や、あの、ここの制服可愛いし、着てみたい気持ちもあるんですけど、でもミス・スウェンソンにご迷惑をかけたくない気持ちも本当でっ!」
 「あら、わたくし別に、沙幸さんの『可愛い制服を着たい』という気持ちを否定しているわけではありませんわ。ミス・スウェンソン、沙幸さんもこう言っていることですし、わたくしも見てみたいので、是非一度制服を着る機会を……」
 わたわたと言い訳をする沙幸と、追い討ちをかける美海を、ミス・スウェンソンはにこにこと笑って見ている。きっと、今までもこうやって、店に来る生徒たちを見守って来たのだろう。
 「あのー、ちょっといいですかぁ?」
 シャンバラ教導団の皇甫 伽羅(こうほ・きゃら)が、そんなミス・スウェンソンの肩をぽんぽんと叩いた。
 「あのですねぇ、集計を取りましたところ、運ばなくてはいけない物資がかなりの量になりそうなんですぅ」
 伽羅の手には、丸めて筒にした数枚の紙束が握られている。
 「それで、ヨハンナさんにご相談なのですがぁ、大型のトラックか、大型飛空艇を貸してくれそうな方をご存知ないですかぁ? やっぱり、できるだけ早く物資を送りたいので、お借りできないかなぁと思うのですがぁ」
 「残念だけど、空京には、そういうものを持っている人自体居ないわねえ」
 ミス・スウェンソンは首を傾げて答えた。
 「トラックを一番持っているのは、多分、あなたがたシャンバラ教導団じゃないかしら。でも、空京まで持って来るのは大変だし……」
 「第一、今は学校から貸してもらえるような状況じゃないですぅ」
 伽羅はしょんぼりと肩を落とした。教導団は現在、本校の近くにある樹海で大規模な作戦行動を展開中だ。トラックは本校と樹海の間の輸送任務に借り出されていて、個人的に貸して欲しいと言える状況ではない。
 「他の学校でも持っているかも知れないけど、こういう個人的な用事で借りるのは、ちょっと無理だと思うのよねぇ。大型の飛空艇は、みんなが持っているような小型のものと違って、遺跡から発掘されたものを今の技術でどうにかメンテナンスしたて飛ばしているものばかりだから、数自体がほんとうに少ないし。うちが材料を頼んでいる業者さんも、みんな、荷物は馬車で持って来るわよ。……そうね、その馬車だったら貸してくれる人が居るかも知れないから、砂漠の入口までは馬車で運んでもらうことにしたら?」
 「村のまわりはスナジゴクが巣を作るようなサラサラの砂漠だから、馬車は村の近くまでは入れないですよねぇ……輸送の手段を貸してもらえる前提でリストを作ったけど、計算も手配もし直しですぅ」
 なだめるように言われて、伽羅は手近な席に座り、やおら電卓と筆記用具を取り出してガリガリと計算をし始めた。
 「と言うわけで、タン、あなたが提案した種芋は後回しですぅ。馬車で物資を運ぶなら、どっちにしろ何回かに分けて運ぶことになるですぅ。すぐに必要にならないものは、後に回すですぅ」
 こういうことになると、伽羅は意外と手厳しい。伽羅に言われて、パートナーのゆる族うんちょう タン(うんちょう・たん)はうなずいた。
 「はぁ……まあ、仕方がないでござるな。しかし、今後の事を考えれば、営農指導は必要だと思うでござる」
 「私たちも、小型飛空艇で頑張って運ぶから、ちょっとガマンしてよ」
 それでも、少ししょげているように見えるタンの肩を、沙幸がぽんぽんと叩いた。


 そして、出発の日、「ミスド」の前はたくさんの学生たちでごった返した。
 「はいはーい、どんどん積むですぅ」
 慌しい中、伽羅は作り直したリストを片手に、妙に間延びした声で指示を出している。タンも、とりあえず荷物の積み込みを手伝っている。まず最初に送り出すのは、水と食料だ。食料には、学生たちが道中や村で食べる分と、ミャオル族への救援物資が含まれている。
 馬車を貸してくれたのは、運送業を営んでいるフォッカーという青年だった。学生時代に冒険で得た財産を元手にして運送業を始め、今では空京を中心に結構手広くやっているが、学生時代は「ミスド」の常連の一人だったらしい。
 「ごめんなさいね、急にお願いして」
 「いえ、ミス・スウェンソンには昔さんざんお世話になりましたから! それに、現役の学生なら、俺にとっては後輩ですからね」
 申し訳なさそうにしているミス・スウェンソンに向かって、フォッカーは爽やかに微笑んで見せる。
 「そう言ってもらえると助かるわ、フォッカー君。ありがとう」
 ミス・スウェンソンがにっこりと笑い、気をつけて行ってらっしゃい、帰りに寄って行ってねと手を振ると、フォッカーは照れくさそうに頭を掻いた。
 (……ミス・スウェンソン……ひょっとして、天然の魔性……?)
 その光景を目にした生徒たちの頭に、ふとそんな言葉が過ぎった。
 「オーナーさん、本当にお世話になりましたニャ。学生さん、フォッカーさん、よろしくおニャがいしますニャ」
 ミス・スウェンソンにぺこりと一つ、そして学生たちにもおじぎをして、アイリが馬車の御者台で手綱を持つフォッカーの隣に乗り込む。
 「ようし、じゃあ出発しようか」
 フォッカーが手綱をパシン!と鳴らすと、馬車はゆっくりと進み始めた。


 砂漠の入口に着いたのは、午後遅くなってからだった。真夏の砂漠を昼間渡ると体力の消耗が激しいので、日が傾いてから出発した方が良い、とアイリとフォッカー、そしてメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)が言ったからだ。
 馬車が進める所まで進んだ後、一行は馬車から荷物を降ろし、魔法の箒や小型飛空艇にくくりつけた。
 「じゃ、俺は戻るから。明後日また、第二便の荷物を持って来るよ。みんな、頑張れよな!」
 フォッカーは学生たちにそう言って、来た道を戻って行った。
 「あの……いったい、どっちの方向に進めばいいの? 道、ないよね?」
 ヴァルキリーのアメリア・ストークス(あめりあ・すとーくす)が、目の前に広がる砂の海を呆然と見回した。道どころか、目印になりそうなものも見当たらない。
 「それでも、この先でミャオル族が困っているんだから行かなくちゃ。アイリは、どうやってここを越えて来たんだ?」
 アメリアのパートナー、イルミンスール魔法学校の高月 芳樹(たかつき・よしき)が、風森 巽(かぜもり・たつみ)の小型飛空艇に乗せてもらったアイリに訊ねる。
 「風の匂いが、どっちに何があるか教えてくれるニャ。 学生さんたちはわからないニャ?」
 アイリは不思議そうに首を傾げた。
 「普通の人には、そういう能力はないなあ」
 (……もしかしたら、砂漠で生きているうちに、そういう能力が発達したのか?)
 かぶりを振って答えながら、芳樹はふとそう思った。その間に、アイリはしばらく鼻をヒクヒクさせた後、
 「こっちニャ! こっちにまっすぐニャ!」
 と、砂漠の奥を指差した。
 「よし、行こうか」
 芳樹はアメリアに声をかけ、空飛ぶ箒にまたがった。いつもよりかなり重たい箒は、ゆっくりと空へ舞い上がった。