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第3章 傷つきし幼い命

-PM22:30-

 カツンカツンと靴音を響かせながら1匹の吸血鬼が、3歳から12歳くらいの幼い子供たちを連れて地下道を歩く。
「さぁここで大人しくしてるいのだよ」
 マグスは鍵を使って鉄の扉を開き、子供たちを数人に分けてそれぞれ別の部屋に入れる。
「―・・・どこでしょうかここは・・・まるで牢屋のようでございますね」
 石壁に片手を触れ、子供っぽい服を着て変装した本郷 翔(ほんごう・かける)は閉ざされた鉄の扉を見る。
「えぇ・・・明かりも蝋燭だけですし」
 ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)が辺りをキョロキョロと見回す。
「そのようだな。しかし・・・無駄に広い空間なのに明かりが少ないと、どうにも視界が悪い・・・」
 深くため息をつき、リリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)が中央付近まで歩くと、顔に何か冷たい雫が落ちてきた。
 ポツン・・・ポタタ・・・。
 リリは恐る恐る床へ視線を移すと、足元に赤い液体が溜まっている。
「―・・・あっ・・・あれ…」
 震える人差し指でヴァーナーが指す先には、両腕を鉄杭で指されて天井に張り付けになっている6歳くらいの少年の姿があった。
 驚きのあまりにリリは床にペタンと尻餅をついてしまう。
「あぁ・・・なんてことでしょう・・・」
 天井を見上げて、翔は悲感の声を上げる。
「拷問部屋なのだろうか・・・?」
「とりあえず少年を下へ降ろしてあげましょう」
 張り付けられた少年を床へ降ろしてやろうとヴァーナーが近寄ると、奥の方からシクシクと泣き声が聞こえてきた。
「誰か・・・そこにいるのですか?」
 翔は罠かもしれない場合を想定して、慎重に声が聞こえた方へ向かう。
 室内の角に座り込んで、膝をかかえて泣いている数人の少年と少女を見つけた。
 ビクッと身を震わせ、少年たちは怯えた目でヴァーナーを見上げる。
 数分くらい黙っていた彼らだったが、やがて1人の少女が重い口を開いた。
「あの子は吸血鬼に逆らったから・・・お家に帰りたいってダダこねたから罰を受けたの・・・」
「それだけの理由であんな目に?」
 彼の問いかけに少女は無言でこくりと頷く。
「実はボクたち、キミらを助けにきたんですよ。さぁボクたちと一緒にここから・・・」
「だめだよ!もし抜け出して帰ろうとしたら、別の場所に閉じ込められている友達が殺されちゃう」
 ヴァーナーが言い終わる前に、別の子が叫ぶように声を上げた。
「どういうことだ・・・?」
 翔と協力して張り付けにされた少年をようやく床へ降ろし終えたリリが問う。
「帰らないのではなくて・・・帰れないということでございますね・・・」
「なるほど・・・人質をとられているから家に戻れないのだな。さっさと扉を破ってここからするのだ」
 リリは火術で鉄の扉を溶かそうとするが、頑丈に閉ざされた扉はまったくの無傷だった。
「どうやら耐魔補正が施されているようだな。仕方ない、別の場所に閉じ込められた他の者たちが出てくるのを待とう・・・」
 3人は床に座り込み、他の同行者が動き出すのを待つことにした。



「翔さんたち・・・大丈夫でしょうか。それにしても・・・小屋の中はあまり広くなかったのに、地下室は意外と広いんですねぇ」
 牢獄のような室内を、私服を着てマグスに連れて行かれた子供たちに紛れたソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)が目を丸くして見回す。
「他にも部屋があるようだぜ。これだけの広さだ、かなり大勢の子供が捕らえられているのは間違いないだろうな」
 光学迷彩の能力で姿を隠してついてきた雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)は冷静な口調で言う。
「たしかにベアの言う通り、沢山の子たちが捕まっていそうです」
「どうする?すぐに攫われた子たちを連れてここから抜け出すか?」
「うーん・・・そうしたいんですけど。この扉・・・鍵がかかっているんですよね」
「わらわの火術でも破壊できないのじゃ・・・」
 しょんぼりとした様子で悠久ノ カナタ(とわの・かなた)は床に座り込んでいる。
「それならこのオレが開けてやるよ」
「あ・・・待ってください!確実にあの吸血鬼から子供たちを守るために、マグスさんが眠った頃合を見計らってからにしましょうよ」
「安全性を考えるなら一理あるな・・・」
 ソアの言葉にベアは納得したように言うと、どこからか呻くような声が聞こえてきた。
「―・・・うぅーん・・・ふぁああー・・・。あれ・・・なんでコージここにいるんだろ・・・」
 大きな欠伸をしてようやく眠りから目を覚ましたコージ・シュリンプ(こーじ・しゅりんぷ)は、ぐーっと背伸びをする。
「おまえも攫われてきたヤツの1人か?」
「攫われたって・・・コージが・・・?」
「私たちはここに子供たちを助けるためにきたんですよ」
「1人で町の中にいたら急に頭がボーッとして・・・気づいたらここに」
「そうだったんですか。でも安心してください、私たちがここから助け出してあげますから」
 コージはソアの言葉と自身のおかれている状況についてしばらく考えた。
 ようやく理解したのか、コージは急に怒った顔をして床を足で踏み鳴らす。
「どっどうしたんですか!?」
「このコージが簡単に捕まるなんて・・・!」
「おい、落ち着けよ」
「落ち着いてなんていられないよっ。ただ単に捕まったなんてジャックに知れたらなんて言われるか・・・!」
 簡単に術中にはまって連れてこられたなんてジャック・高円寺(じゃっく・こうえんじ)に知れたら、イヤミの1つでも言われると思ったコージはパニック状態になる。
「そうと分かったら早くここからでなきゃ」
 コージは火術を使って扉を破壊しようとするが、扉はびくともしなかった。
 力なく肩を落とすコージの肩に、ベアが同情の意味を込めてポンと片手を置く。



2Day

-AM4:00-

 現世を徘徊する魑魅魍魎が眠りにつこうとする時刻。
「そろそろいいか・・・ん・・・?」
 床から立ち上がったベアが扉を破壊する準備をすると、扉の向こうからカチャカチャと物音が聞こえてくる。
 数分後、ガチャッと鍵が開く音がした。
「おいおまえ、こんなところで何やって・・・」
「金目の物をとりにきただけだよ!つ・・・捕まったのも作戦のうちだからねっ」
 針金で開錠したジャックが扉を開けて言葉を言い終える前に、コージが言い訳の言葉を並べる。
「ほぉ〜お・・・」
 疑いの眼差しを向けるジャックに、コージは目を逸らす。
「まったく、こっちは昼間から進入して探していたっていうのに」
 心底心配してくれていたと思い込んだコージは瞳を涙で潤ませた。
 しかしジャックの本音は、コージがいないと明日から路頭に迷ってしまうからという理由だった。
「さっさと金目の品奪って出るぞ!」
 コージの手を引いて出ようとするジャックの袖をソアが引っ張る。
「どうせなら奪うという名目で、人助けをしてみませんか?」
 可愛らしく笑いかけられたソアに連れられてきたのは、翔たちが閉じ込められている部屋の前だった。
「くそっ・・・なんでオレがこんな腹の足しにならないようなことを・・・。奪う対象が子供・・・しかもただの人助け。あぁ・・・ただ・・・ただ働きなんて・・・」
 ジャックはブツブツ文句言いながら開錠を進める。
 20分後、ようやく扉が開く。
「助かりました、ありがとうございます」
 翔に続けてヴァーナーとリリが部屋からでてきた。
「盗賊なのにちょっと時間かかったね」
 コージがぼそっとツッコミを入れる。
「うるさいっ!まだちゃんとしたピッキングは練習中なんだよ」
「それでは、私が鍵を盗ってきますね」
 そう言い終えると翔はマグスが眠っている2階へ向かった。
 ハンガーにかけてある服の中から手早く鍵を取ると、すぐさま地下へ戻っていく。
 鍵が合う分だけ扉を開けてやり、中から子供たちを出してやる。
「さぁ、早く脱出しましょう」
「あっあの・・・私とベアはここに残って、開けられなかった部屋に閉じ込められている子供たちを助け出します」
「では私も残るとしよう」
 ソアとベアだけだと心配だと思ったリリは、一緒に残ることにした。
「そうでございますか・・・では気をつけてください」
「えぇ、皆さんも・・・」
 子供たちを連れて小屋の外へ出る翔たちを見送ると、ソアたち3人は再び地下の部屋へ戻っていく。



-AM5:00-

 翔たちが外へ出ると、すでに空に太陽が上り始めていた。
「ずいぶん遅かったな」
 外に隠れて待機していた緋桜 ケイ(ひおう・けい)は、眠そうな表情で言う。
「ソアたちの姿が見えないが、どうしたんだ?」
「えーっと・・・奪った鍵だけでは全部の扉が開かなかったので、彼女たちは他の子供たちを守るために残ったのです」
「そうか・・・仕方ない。皆を町に送った後、俺とカナタはもう1度ここに戻ってこよう」
 ヴァーナーの説明に止むを得ないかと納得したケイは、彼らを連れて空京の町へ向かうことにした。
 日の光が入らない不気味な林を抜けて、石橋を渡ろうとした瞬間。
 突然どこからか発せられた雷撃がケイたちに襲いかかる。
 間髪避けたが逃すまいと、すかさず第2撃が放たれた。
「何者じゃ!」
 術を防ぐためにカナタは氷術でガードする。
「そこだなっ」
 蠢く影に向かってジャックがリターニングダガーを投げつけた。
 呻き声が聞こえた位置を確認したケイは、サンダーブラストを放つ。
 叩きつけるような雷撃の雨を食らった人影が逃げるように遠ざかっていく。
「何者だったのでしょうか」
「さぁな・・・。それよりも、この橋を通れば町に戻れる。俺とカナタはそろそろマグスの小屋の付近に戻らなければならんのだが・・・」
「えぇ、私たちはこの子たちを親元に帰してきます。重症な子もいますから」
 彼らはそれぞれの役割を果たすため、石橋の所で別れていった。