天御柱学院へ

蒼空学園

校長室

イルミンスール魔法学校へ

ツァンダ夏祭り☆!

リアクション公開中!

ツァンダ夏祭り☆!

リアクション


◇第一章 甘々的日常恋愛におけるカオス理論◇

 ――長い銀色の髪。腰に差した二本の日本刀が特徴である。戦場で育ち、妹を殺した男を探す為に戦火の中を駆け巡る【銀狼隊】の一員。それがクルード・フォルスマイヤー(くるーど・ふぉるすまいやー)だ。しかし、彼は少々戸惑いの色を浮かべていた。隣にはいつものようにパートナーのユニ・ウェスペルタティア(ゆに・うぇすぺるたてぃあ)が寄り添っているのだが何かが違う。
 彼女はいつもの戦闘服ではなく、白地に撫子の花雪輪柄の浴衣。しかも、ユニはクルードの腕をしっかりと捕まえているのだ。
「ユ、ユニ……? くっつきすぎた……歩きにくいだろう? それに……こんな込み合った場所で……テロが起きたら……どうするつもりだ……」
「今日はそんなこと言わないで下さい。私、お祭りは初めてですし、それにクルードさんがお祭りに誘ってくれたんで嬉しいんです」
「……い、いや……それは間違っている……誘ったのは俺ではない……おまえ……」
 その時、大きな花火が鳴り響き、闇の中でユニの全身が浮かび上がる。青に統一された髪と瞳、くびれた腰にはだけた胸元はなぜか色っぽく、クルードは何かイケないものを見たかのように咳払いをすると目を背けた。
「ごめんなさい。花火がうるさくて、よく聞こえませんでした。何をおっしゃったんです?」
「…………いや……何でもない。……それにしても祭りとは……戦場で育ってきた俺には、理解できんイベントだな……」
「でも、みんな楽しそうですよ♪ クルードさんは何が食べたいですか?」
「……イカ焼き……だな」
「イカ焼き……ですか?」
「……ある情報を仕入れてな……それに今日は休暇だ……オゴってやろう……」
「嬉しい、クルードさん♪ じゃあ、お返しにいつもより美味しい栄養剤を作りますね!」
「いや……それはいい……それにだ……俺はいつでも変わらん……戦場でも学園でもな……」
「確かにそうですね♪ でも、私はそんなクルードさんが……」
 再び、花火があがるとクルードは微かに顔を赤らめながら、ユニから顔を背けると話しながら歩き出す。ユニはそっと彼の腕を捕まえ、相槌を打ちながら後に続いたのだ。

「ねぇねぇ、アル君。どこから回るぅ〜? 屋台もいろいろ種類があって目移りしちゃうよねぇ」
「サトゥ、あんまりはしゃぐな。俺はあんまり祭りには興味はねぇんだ」
「そんな事、言わないでさ! 見て見て、赤い魚がたくさん泳いでるよ!! これ何? これ何?」
 薔薇の学舎のサトゥルヌス・ルーンティア(さとぅぬるす・るーんてぃあ)は黒い金魚の柄が入った赤い浴衣を着こなし、口に先ほど買った好物のたい焼きを咥えながら、そのお祭りの雰囲気を楽しんでいた。彼にとってお祭りはたい焼きとリンゴ飴くらいしか知識はない。それだけに周りは全てが新鮮に見える。火縄銃を用いた射的、日本刀目掛けて賽銭を投げる輪投げ、数字三文字の職業が仕切る汚職屋、しかし、彼は金魚すくいの屋台に惹かれたらしい。
 パートナーのアルカナ・ディアディール(あるかな・でぃあでぃーる)は白い衣装が好きなのに青い浴衣を薦められたため、ちょっとイライラしながらも、サトゥルヌスにツッコミを入れた。
「サトゥ! お前が着ているユカタに描かれている模様は何だ?」
「えっ?」
「金魚だよ。金魚!! これは金魚すくいと言って、このポイと言う道具で金魚を釣るゲームだ。んで、釣る事が出来れば持って帰れるんだよ!」
「いらっしゃい、金魚すくいやるか?」
 金魚すくいの屋台は二人の男が仕切っていた。サトゥルヌスに声をかけてきたのは、ねじり鉢巻きをして屋台に立つ体格の良い中年風の男で、比賀 一(ひが・はじめ)のパートナーで守護天使のハーヴェイン・アウグスト(はーべいん・あうぐすと)だ。守護天使らしく翼があるものの、外見やしゃべり口調はまさに祭り好きなオッサンといった感じだろう。一方、比賀の方は眠そうな眼を擦りながら、耳にイヤホンを挿して小刻みに頭を動かしていた。
 どちらかと言うと二人とも屋台に立つよりは戦場が似合うように見えるが、今日はお祭りだと言う事もあり、ハーヴェインは充分休暇を満喫しているらしい。
「へぇ〜、さすがはアル君。物知りだね」
 サトゥルヌスはアルカナの博識ぶりに感心する。アルカナは伊達に長生きしてないらしい。
「……で、どんな調理をしたら美味しいの?」
「く、食うな!!!」
「えっ?」
「金魚は食うんじゃなくて、観賞するモンなんだよ!!! まったく……」
 アルカナは自らの銀髪を掻き毟ると呆れた表情を見せた。だが、サトゥルヌスはそれを気にする事なく無邪気に笑いながら呟いたのだ。
「そっか〜、食べるんじゃないんだ。……でもさ、どんな味がするのか気にならない? 僕は気になるよ」
「……えっ?」
「フフッ、冗談だよ。アル君。そうだ、クーポン券を使おうよ。僕、可愛い魚だ〜い好きだからさ! 競争だよ!!」
 その笑みにアルカナは背筋をゾクゾクとさせた。悠久に生きる吸血鬼が惹かれた美少年。彼は気弱で臆病な少年だが、子どものような残酷性を併せ持っているのだから――

 神崎エリーザの配ったクーポン券。その券は生徒達に様々な影響を与えたようだ。誘い方も使用方法も千差万別だが、好意を持った二人で行動するのに、ちょっとした刺激をもたらすアイテムと化していた。

「わたあめ、美味しい!」
「まぁ、たまにはこんな日常もいいもんですね」
 御凪 真人(みなぎ・まこと)とパートナーのセルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)も同じようにそうだった。誘ったのはセルファだが、実際は真人の方も割引券を持っていてセルファを誘うつもりだった。お祭りは忙しい日常空間に注ぎ込まれた清涼剤とも言えるかもしれない。いつもは冷静に物事をはっきり言う性格のため、冷たい人間に見られることも多い真人も今日ばかりは、地味ながらも浴衣を身に纏い、セルファと一緒になって笑顔を浮かべている。
「次! 次は絶対に負けないよ」
「ふぅ、そんな調子では何度やっても結果は変わりませんよ」
 射的ではセルファの負けず嫌いぶりが炸裂し、セルファの草履の鼻緒が切れた時などは真人はいつもの調子で声をかけ――
「ふむ。ほっとけませんね、この状況は」
 と、器用に直してやる。
「……あ、ありがと……でも、私は別に真人に助けてもらわなくても、自分で何とか出来たんだからね!!」
 すると、彼女はツンデレっぷりを発揮する。普段、危険な冒険をこなす為に、冷静さを保っている生徒達だからこそ、こんな時くらいツンデレっぷりが顕著に現れているのかも知れない。

 祭りが始まる直前にもこんな事があった。
 けして、饒舌ではなく、仏頂面ながらも直言を吐く宮辺 九郎(みやべ・くろう)も、同じ学校の生徒である皆川 ユイン(みながわ・ゆいん)を連れ出して、クーポン券を手渡していたのだ。
「二人で行くと、安いんだとよ」
「えっ!? これ、ツァンダ祭りの券……兄ぃ、私にくれるの?」
「俺に二言はない。早くいくぞ」
 ポケットに手を突っ込んで、ゆっくりと着実に歩みを進める腐れ縁の九郎に対して、初めてのプレゼントを受け取り、嬉しさを隠し切れないユインは彼の頬に軽くお礼のキスする。もちろんそこに深い意味はまったくない。ただの感謝のキスである。
「おいおい、ユイン。勘違いするなよ。俺は別に……」
「私だって、深い意味はないからね」
 しかし、ユインはその日のために浴衣を用意していた。その意気込みは普通ではない。
(うんうん、我ながら似合うね! 褒めろよ兄ぃ!)
 そして当日、九郎の前に現れた彼女は何か印象が違った。
 花火が光と音、祭りと言うシチュエーション。そして、ユインの浴衣が少し幼い彼女を大人っぽく見せる作用があるのかもしれない。だが、九郎はユインの浴衣をみて、素直に似合うとは褒める事など出来なかった。
「……馬子にも衣装たぁよく言ったもんだな」
「別に兄ぃの為に着てきたわけじゃないからね」
 ……と強がり、九郎を屋台に誘う。何だかんだ言っても、ユインは九郎と祭りをまわるのが嬉しいのだ。

 以上の点からわかるように蒼空学園のお祭りの風紀は乱れきっていた。

 その男はその雰囲気を小高くきりたった山の上の、さらに神木とも呼ばれる杉の木の上に造られた三階建ての小屋の上の頂点で歯軋りをしながら見つめている。
(チッ、どいつもこいつも青春をエンジョイしやがって。おっとっと、ここから落ちたらヤバイぜ)
 彼の名前はエドワード・ショウ(えどわーど・しょう)。蒼空学園の臨時講師でありながら、パラミタ情報誌『空京ウォーカー』特派員である彼は、事もあろうに生徒達の浮かれっぷりが許せない。羨ましい。違う、それは違うのだ。
(真の愛情とは何だ!? カップルでわたあめを食う事か!? 金魚すくいを一緒にする事か!!? 違うだろ! もちろん、ピーーで、ピーーで、エクスタピーーな事に決まっているではなぁいか! ハァハァ、せ、先生は君達を許しませんッ!!)
 ウズウズと湧き上がる『ぢぇらしぃ』。臨時講師らしく、恋愛妨害や恋愛反対や恋愛禁止などの難解な四字熟語が浮かび上がってくる。だが、彼は蒼空学園関係者。今の時代、公務員が事件を起こせば解雇、運が悪ければ死刑もありえる。
(どーする俺! どーする俺! どーするよ俺!? 三度同じ言葉を言うは老化現象の始まりなり)
 エドワードは灰色の脳細胞を駆使し、ある四字熟語を導き出す。
(偽装工作、関係悪化、最終破局、後悔無用。見つけたぞ、我が生きがい! 震えるぞ、心臓バクバク!!)
 彼は額には『ぢぇらしぃ』の文字の描かれた炎模様の白いマスクを被り、ワザとボロボロの制服と紅いマフラーをたなびかせると言ったのだ。
「臆するな! そして、悲しむな! 非モテ系男子の諸君! キミたちはもう独りじゃない! キミたちをもう「かわいそうな人たち」などとは呼ばせない! 非モテの戦士 『マスク・ド・ぢぇらしぃ』 ここに参上!」
 しかし、このような高い場所で叫んでも誰か聞いているのだろうか? あまりにも寂しいので、マスクを被ったマスク・ド・ぢぇらしぃは闇に向かって木を降り始めた。
「ヨイショ、ヨイショ……本気でコエー、ヘルプ、ヘルプ・ミー!!」
 彼がその木を降りるのにどれくらいの時間がかかるがわからない。下は深い闇。堕ちれば宝くじで三億円が当たらないくらいの確率で死ぬ。……が、それは自らが望んだ事だからしょうがないだろう。人はその儚い命と引き換えに感動を得るし、彼の行為は人々に勇気をもたらすに違いない。しかし、パートナーのファティマ・シャウワール(ふぁてぃま・しゃうわーる)は木の下で大きな大きな黒い影を手にして目を光らせている。

 ――ファティマの側で一枚の紙が落ちている。そして、そこにはこう書かれていた。
 ぼくのかんがえたすごいさくせん。
 さっきぼくはやってしまった。これはすごいさくせんだ。